Case 11.助手とホーム・アローン

「リーゼロッテ、あんたのせいで、またこっちにブリリアント様の火の粉が飛んだよ」


 キッチンの中を眺めていると、二人のメイドがこちらに近づいてくる。

 屋敷に来たばかりのときに、ブリリアント婦人に、暴言をぶつけられていた二人だ。


「え、それは、ごめんなさい!」


 それに、純度100%の誠意で謝罪するワトソン君。しかし、二人の溜飲は下がらないようで、さらに詰め寄ってくる。


「ったく、センパイが仕事振ってあげたんだから、キチンとしろよ」


「はい! 次からは気を付けます!」


 嫌な顔一つせず。ワトソン君はやる気に満ちた笑顔を見せる。傍から見たら、八つ当たりをされているようだが……彼女は露にも気にしていない様子だった。

 それに舌打ちをして、二人は作業に戻り──ブリリアント婦人の悪口で盛り上がっていった。


「大分、精神が摩耗しているようだな、メイドたちは」


「ブリリアント様はお厳しい方ですからね」


 そう言うワトソン君は笑顔を崩さない。婦人の言っていた通り、彼女が依頼者には見えなかった。


「あ……シャーロット様、指から血が出ています」


「え? あぁ、紙で切ったのかもな。エリザベスさんに私の愛くるしい似顔絵を見せてもらったときに」


 私は、軽く切り傷になっていた人差し指を咥える。


「あ、シャーロット様、わたしに指、見せてください」


 そう言われたので、私は唇から指を出した。すると、ワトソン君は私の手を取り、引き寄せられる。

 そして……ぱくりと、私の指は彼女の唇の中に吸い込まれていった。

 絆創膏かなにかをくれるかと思ったので、少し驚いた。しばらくして、指が解放されると……。


「……治ってる?」


 切り傷はすっかり無くなっていた。


「これ、わたしの魔法なんですっ。だ、唾液で傷を治癒できるという……き、汚いですけどねっっ!」


 恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、彼女は言う。ポケットからハンカチを取り出して、私の指を拭いてくれた。


「魔法とは本当に、妙なものばかりだな」


「わ、わたしのは特別変わってると思います」


「というか、ワトソン君こそよかったのか? 私舐めたあとだったけど」


「え、はい。どうしてなんです?」


「いや、嫌じゃないならいいんだ。私の知識が敗北した」


 間接チューで登場人物が恥ずかしがってるのを小説でいっぱい見たときあるが、現実はそうじゃないらしい。


「さて、それじゃあ料理を見学させてもらおうか」


「え、見学だけですか? 調査は?」


「見学が、調査なんだよ」


 私はそう言いながら、ディアストーカー帽のツバをあげた。探偵らしい仕草だと思ったからだ。

 そして、料理の邪魔にならないよう気を付けながら、キッチンを歩き、観察していく。病院食しか食べたことのない私でも、パスタやピザなど、一目見て分かる料理がほとんどだった。


「リーゼロッテ……なんの用よ」


 ワトソン君に先程毒づいた二人に近づく。サラダとスープを準備しているようだった。


「はいっ、ブリリアント様をお守りするため、シャーロット様と調査しています!」


 澱みの無い笑顔を向けられ、明らかに不機嫌になる二人。


「一つ質問したいのだが、そちらはなんだ?」


 私は一口大にカットされた赤い野菜を指差して、そのメイドの一人に問う。


「は? バンカに決まってるじゃない」


「なるほど。一個、食べてもいいか?」


「……別にいいけど」


 カットされたそれを食べる。口に酸味が広がる。病院食でもっと小さいのはかなりの頻度で出ていたので、とても食べ慣れた味だった。


 そしてその味は……私の推理を加速させる。


 悪魔の実──私とジョーカーの認識が同じ可能性が十二分に出てきた。


 実際、こっちでも、ごくごく一般的な食材なのかもしれないが──何より、これを”悪魔の実”に変貌させる道具がそこにあったからだ。そしてそれは、あの人の魔法に繋がる。


「もちろんだが、毒物を混入させる者など居ないよな」


 私は二人のメイドに言う。


「馬鹿にしないで。料理が完成したらみんなで毒見しあうわよ」


「すまない、出過ぎた真似だった」


 私は誠心誠意謝罪したあと、ワトソン君の方に向く。


「……時間は残りわずかだ。最後にもう一度、参加者の動向を確認しておこう」


「はいっ、分かりました!」


「あぁそうだ、ワトソン君、一つ頼みがあるのだが──」


 そして彼女に耳打ちでとあるお願いをして、キッチンを後にした。


 参加者に変わった動きは見られず……ついに、パーティが始まろうとしていた。ブリリアント婦人に一室に集まるよう声を掛けられた。

 その部屋は──だだっぴろく、高級感ある大きな丸テーブルがいくつもあり、メイドたちによって次々と料理が運ばれてきている。

 私とワトソン君は、端の方で一緒に見つめていた。クリスさん、エリオット君、エリザベスさん、マキナさんは既に中央のテーブルに座っている。そこに、あの意地悪メイド二人組が料理を運んでいた。


「あの、シャーロット様、結局誰がジョーカーさんか分かったのですか?」


「候補止まりだな」


 私は、続ける。


「──そして今のままでは、この場でジョーカーを逮捕することはできないだろうな」


 探偵と犯人の構図で言えば、私の負け戦だ。そしてそれは皮肉にも、私の推理が”合っていた”場合だ。

 これがミステリー小説なら、なんとも拙い物語であること間違いなし。

 あぁ、だから探偵とは事件が起きて初めて、真価を発揮するのだろうな。そう思った。


 そしてパーティは始まり──最終局面の推理パートに差し掛かるのだった。



「諸君、集まって貰ったのは他でもない」


 他の参加者が座る中、私は前に出て定番のセリフを吐いた。ターゲットであるブリリアント婦人にも前に出てもらっている。


「……皆さんを集めたのは私ざばす」


 そう言う隣のブリリアント婦人を傍目に、一歩出る。


「ジョーカーの正体が分かったデースか? ミーは、ミーたちの中にいるなら、チョロリと出ちゃいそうデース」


 その言葉よろしく、不安そうな表情をするクリスさん。


「正直言おう。怪しい人物は一人いるが、確証はない」


「え、そうなの? 実質ヤバイじゃん」


 俄然、態度に大きな変化が見られないエリザベスさん。


「あの予告状一枚と、荒唐無稽な魔法だけで、特定するなど不可能に近い」


「そもそも分かったとして、あの魔法に太刀打ちできると思えない」


 俯瞰しているようなマキナさん。


「その通りだマキナさん。私達──ブリリアント婦人はいつ、殺されたっておかしくない状況だった。だがジョーカーはあえて、”悪魔の実”を以って殺害すると明記し、こうしてパーティを迎えた」


「悪魔の実とは、一体なんなのでしょう」


 そう、子供にしては落ち着いた様子のエリオット君。そんな彼の言葉にみんな頭を悩ませる。


「悪魔の実──私の認識がジョーカーと同じなら、ブリリアント婦人は殺されることはないはずだ」


 ここが、一世一代の大勝負──いや、大博打と形容すべきか。私はみんなの元へ歩いていく。そして……空いている席──ブリリアント婦人の席までいって、立ち止まる。


「悪魔の実の正体、それは──バンカだ」


 婦人に用意されたバンカ──トマトのスープの皿を指差して。私は、強く言い放った。


「ちょ、お待ちください、毒物の混入を疑っているのですか? 料理は私たちメイドが毒見をしあって──」


 何人ものメイドが駆け寄ってくる。彼女らの意見はもっともだ。

 しかし……。


「見ていてくれ。バンカは──料理として完成したとき、悪魔と化す」


 そして私は、毒まで食らう勢いで、スープを飲んでいった。

 すぐに体に異変は見当たらない。1分、2分、3分──と経っても、同じだった。

 するとみんなの訝しむような視線が突き刺さる。


「何も起きないじゃないざばす」


「”毒”とは、こんなものなのだ! 現実では映えないものなのだ!」


 実際、ミステリー小説で即効性の毒と称されるそれのほとんどが、接種してすぐに効果が出ることはない。

 現実は小説より奇なりというが──現実は、小説よりもずっとつまらない。

 でも……それでいい。

 どんなにつまらなくても、私は、悲劇が生まれなければいいんだ!


 そして、退屈そうにみんなに見られる中、ぐだぐたとして十分程が経過し──。


「──ぐっ!」


 ついに私は喉に焼けるような熱さ、心臓を鷲掴みにされるような痛苦に苛まれる。


「シャーロット!? アンタ、大丈夫?」


「ノー! これが悪魔の実デースか!?」


 みんなが立ち上がり、私の元へ近づいてくる。


「だい……じょうぶ……だ……」


 私は胸元に手を入れ──小瓶を取り出す。

 痙攣する体のせいで、ごたついてしまうが……ついに栓を外す。


「ごく……ごく……」


 そして中にある透明な液体を──体に流し込んだ。

 すると、じわじわと毒が浄化されるように、体が軽くなる。痛苦が消えていく。


「はぁ……はぁ……ワトソン君のお陰だな」


 さっき頼んだ──ワトソン君の唾液に、私の命は救われた。彼女の唾液があったからこそ、かなりの量のスープを飲むことができた。

 私は汗を拭いて、居住まいを正して。


「私の……勝ちだ──ジョーカー」


 参加者の一人に、びしっと指を差した。


 私は、事件が起きる前に事件を解決できたぞ……アンジェラ婦人!

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