Case 10.助手とショーシャンクスの空に

「──ワトソン君、この悪魔の実で婦人を殺害するという予告状……これを現状信じて、捜査をする他ないだろう」


「え? は、はい──あの、ワトソン君というのは一体……」


「しかし、悪魔の実から立てられる仮説は、一つじゃない」


「無視!?」


 私は、悪魔の実という単語を見たときがある。そして、その単語に関して、この異世界では誰一人として反応を見せなかった。

 もちろん、ジョーカーの隠語、もしくは創り出した単語という可能性もあるが──そうでなければ──。


 ──ジョーカーも転移者、という可能性が出てくる。


 偶然かもしれないが、名探偵たるもの、 偶然で片づけるのは眉唾だ。

 さすれば、おのずと私の行動は限られてくる。

 まず、最初にするのは──。


「──ワトソン君、まずはみんながワンピースを知っているかどうか、確認しようと思う」


 おそらくそれだろう。



「先週のワンピ読んだ?」


 私は、2階のトイレから出てきたクリスさんにそう問いかけた。彼はきょとんとして、目をパチクリさせる。嘘を付こうとしている仕草は見られない。沢山心理学の本を読んだときあるが、どれとも合致しない反応だった。


「そういえばクリスさんは、魔法を使えるのか?」


 次に、私はそう訊いた。

 地面を隆起させたのは、確実に魔法だろう。これまでいくつもの完全犯罪を成し、聖麗会に魔法を特定させていないジョーカー──参加者の誰かがジョーカーだとして──簡単に尻尾を出さないだろうが、訊かない理由はない。


「ミーは物質にかかる重力を自由に操れマース」


 百聞は一見に如かずと、彼はハンカチを上空に投げる。ゆらり、ゆらりと舞い落ちるハンカチに手を向けると──それは急激に加速し、落下した。そして、ミーの魔力じゃ軽いモノしか無理デースけどね、と続けた。


「なるほど。ありがとう」


 私はお礼を言って、次の参加者の元へと向かった。



 個人個人用意された個室に居たエリオット君も、ワンピの単語にぽかんとしていた。嘘は見られなかった。

 魔法を教えて欲しいというと、リュックに手を伸ばす。そして中から、灰色の塊を取り出した。


「これは粘土か?」


「うん、そう。これをね──」


 エリオット君が手を翳すと、粘土は自由自在に変形していく。そして、歪な壺の形になると──発光する。まさに焼成するように、形が整えられていき……綺麗な壺が完成した。


「ほう、これはすごいな」


「でしょ。まあ粘土しか、操れないんだけどね」


 照れながら頬を掻いて、そう説明してくれた。

 私はありがとうと言って、ワトソン君と共に退出した。



「ワンピースならよく着るけど、読むってなに?」


 エリザベスさんも最もな反応だった。そして、魔法のことを訊くと、リュックから一枚の大きな紙を取り出し……筆を走らせていく。

 しばらくして、ふうっと一息ついて、紙を見せてもらうと──デフォルメされた私の似顔絵の線画が、ぶへへへっと愛くるしく笑っていた。

 そして本番はこれからだと言わんばかりに、ニヤリと笑って、再び筆を手に取る。そして、筆が様々な色に発光し……みるみると、私の絵に色がついていった。


「す、すごいですっ!」


 ワトソン君 が、感心したように呟く。本当に、見事だった。あっちの世界で言えば、紙にデジタルで描いているような感じだろうか。幅広い彩色に、事細かな修正も、筆一本で成している。


「──とまぁ、こんな感じ。アタシの魔法は、自分の描いたものを自由自在にできる。絵を具現化したりするのは流石に無理だけど」


「ほう、本当にすごいな。それにこんなに私を可愛く書いてもらって嬉しいな、ぶへへへっ」


「実質世紀末じゃん」


 私はまじまじと絵を見つめたあと、帰るときに絵を貰う約束をしてもらった。


「にしても、シャーロットくらいの年齢なら、アタシのこと知ってたかと思ってたけど、アタシもまだまだだねぇ」


「……? どういう意味だ?」


「アタシ、絵本作家なのよ。昨日アンタが事件を解決した、ベル書店があるヴェルサイユ通りで店やってんの」


「そうなのか。生憎、絵本は1歳と3か月で卒業したんだ」


「文字読めないでしょ」


 本当なのだが、信じてもらえなかった。

 というか、そんなに私は子供に見えるのか? 名探偵を目指す身として、一目で頼れるような見た目でありたい。私は悲しみを背負った。


 そうして、次いで2階をぶらぶらと歩いていたマキナさんに突撃する。空中に光の玉が浮いていた。そして彼女もワンピに反応は示さなかった。

 彼女に関しては魔法を先程聞いたし、ブリリアント婦人に招待されている以上、嘘ということはないだろう──いや、一つ聞いてみるか。


「魔法に関して私は詳しくないのだが、一人の人間が二種類以上の魔法を使える、ということはあるか?」


「聞いたことない。あり得ないと思う」


「そうか」


 ならば、ジョーカーはその一つの魔法を掴ませていないということになる。いや、ジョーカーがやっぱり転移者で、あのオランウータンに力を与えられているということも考えられるが……。


「ところでマキナさん、君はあの地鳴りの後、外に出て来なかったな。何をしていた?」


「屋敷の中。一応記録しておこうと思って」


「なるほど、その玉でか」


 理にはかなっているか。


「邪魔したな。いくぞ、ワトソン君」


「は、はい──だから一体ワトソン君とは!? わたしリーゼロッテです!」


 そうして助手と共に、エントランスへ向かう私だった。



 参加者の魔法と、ワンピを知っているか否かの確認は取れた。完璧な嘘で私の目を欺いて知らぬ存ぜぬを貫かれた可能性はあるが、何でも試すことが大切だ。情報とは足で稼いだものの積み重ねなのだから。


「本当に、参加者の中にジョーカーさんは居るのでしょうか?」


「どうだろうな。あんな規格外な魔法を使うくらいだ。殺人の実行だけに重点を置くとなれば、外部からでも、如何様にもなるだろう」


 地面を断裂させられるくらいだ。地響きで屋敷ごと葬りさることすら可能だろう。

 しかし、そうしなかった。

 そして、予告状でそれを余興と称した。舐め腐っているのか、それとも他に理由があるのか。


「なんにせよ、調査を続行だ、ワトソン君」


「は、はい!」


 ワトソンが板についてきたワトソン君。私が歩き始めると大きく頷いて、隣に並んだ。


 そして、ワトソン君に案内され、キッチンにやってきた。

 何人ものメイドが、料理を作っている。


「パーティまでおそらく後1時間くらいです。大丈夫ですか、シャーロット様?」


「そうなのか? 案外時間がないな……。だが、推理に結び付けられそうな調査はギリギリできそうだ」


「おー、流石はシャーロット様!」


「しかし、物質的な証拠をジョーカーに突きつけることはできないだろうな。それが一番の難題だ」


「え、そうなのですか?」


「当然だ。事件が起きていないのだからな」


 私がしているのは、事件が起きる前に、事件を解決しようとしているようなものだ。

 例えば凶器を所持しているとかなら話は違うかもしれないが、完全犯罪の数々を成してきたジョーカーがそう杜撰ずさんな訳ないだろう。

 それに、現時点での私の推理が仮に合っているのだとしたら──それこそジョーカーを捕まえる証拠は確実に出ない。


 ──まさにチート級の犯罪方法を取っているのかもしれない……一筋縄でいかないな、ジョーカー。


 ともあれ、それは悪魔の実次第なのだが。

 もし、悪魔の実が私の想像通りのものなら──”あの人”と繋がる。

 それが偶然かどうか、このキッチンで明らかに──はならないが、綺麗な線で結ばれるのも確かだ。


 そしてそれが正しいのなら──ジョーカーは転移者ということになる。


 だとするのなら……ヤツも私のようにデスゲームを降りたのだろうか。

 そこまでして、民衆の私刑を執行し、成し得たいことは一体なんなのだろうか。


 私は──”参加者”の一人の顔を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。

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