Case 12.怨嗟の正義

「……え、なんで、僕?」


 エリオット君は、ぽかんと口を開ける。


「このスープの皿は……君が婦人にプレゼントしたモノだったね?」


「そう、だけど……」


「君はこの皿で婦人を殺そうとしていた。私の体を蝕んだのは──この皿に含まれている、鉛だ」


 トマトが悪魔の実や毒リンゴと呼ばれていたのは、昔、貴族たちが使っていたピューター制の食器を酸味で漏出させ、鉛中毒を引き起こさせていたからだ。

 そう、ウィ●ペディアに書いてあったのを、見たときがあった。

 それを要約し、そのようにして殺そうとしたのではないかと、エリオット君に告げる。


「そんなの知らないよ。僕、ちゃんと作ったつもりだし」


 平然と、彼はそう言う。


「作った、か。粘土しか操れないのではなかったか?」


「そうだけど、何? 粘土にだって、鉛くらい含まれてるんじゃないの?」


「致死量となるほど含蓄してることは決してない。君も知っているだろう」


 私が毒を喰らった時点で、彼がジョーカー──そして転移者であると確信している。粘土しか弄れないというのは嘘で、おそらく物質の成分量も調整できるはずだろう。でなければ、ここまでの苦しみを私が味わうことはなかった。確実に鉛の量を増幅させている。


「……どういう意味?」


 私は白々しくそう言った彼に、距離を詰めて。


「つまりジョーカー、君は──”あっち”での知識を利用して、完全犯罪を繰り返してきたのだな」


 例えば今回、トマトと食器のことが、こちらではまだ広まっていないことを利用したように。

 元居た世界。この異世界。全く文化が違うことが、たかがこの二日で、私もこの身で存分に味わった。


「だから、何を言っているか分からないよ」


「もっと言えば、”こちらの世界”で、まだ科学的に証明されていない事象で人を殺してきたのではないか? あくどい方法を思いつくものだ」


 それは長い歴史に支えられる現世の知恵で、古代や中世の人間を殺しているようなものだ。まさにタイムスリップしてきたかのように。


「あっちとかこっちとか、意味不明だよ」


「なら直接的に言おう。君も、デスゲームの参加者、なのだろう?」


「…………はぁ」


 呆れたように、彼は嘆息する。至極退屈そうな表情が刻まれている。

 その余裕綽々しゃくしゃくな態度が──証明しているようなものだが。

 だが実際のところ──彼も分かっているのだ。こんなの、証拠でもなんでもないことを。たとい、婦人が殺害され、鉛が原因だと判明しても……いくらでも惚けられるし、言い逃れなど容易なのだから。事故と言えばそれまでだ。


「認める気は、ないようだな」


「認めるもなにも、事実無根だし」


「婦人の皿を運んできたのは──メイドだ。あのメイドが依頼者なのではないか? 婦人の元にあの皿を運ぶよう指示した。状況証拠としては十分揃っている」


 その運んできたメイドは……婦人に横暴な態度を取られ、ワトソン君に八つ当たりしていたメイドの内の一人だ。説得力はある。


「確実な証拠じゃないじゃん」


「あぁ、そうだ」


 そう。結局、そこなのだ。今回に関しては、彼を捕まえることができないのだ。


「だが──私は、婦人の命を救った。そしてこれからも悪行を働くのなら、必ずや君を捕まえるぞジョーカー」


 この世界のシステムを頭に叩き込めば、きっと勝機はある。その秘めた決意をぶつけるように、ビシッと指をさす。

 すると、ジョーカーは──。


「──何をそんなにムキになっているのか」


 闇を宿したような眼を私に向けながらそう言った。


「猫でも被ってたかのような、変わりようじゃないか」


「胡散臭い演説を聞いているようだったからな。殺したい人間の一人や二人など、誰にだって存在するだろう」


「嘘……この子が……デースか?」


 自白でもするかのような豹変。参加者はこぞって、彼から距離を取る。


「認めるのか?」


「ご想像にお任せするよ」


 ジョーカーは、鼻で笑って。バカにするように、私を一瞥した。


「何故、こんなことをする。怨嗟の正義とは、一体なんだ?」


「何を言っているかさっぱり分からぬが。しかし、そうだな……君も、分かるのではないか、名探偵。”あの世界”は、狂っている」


 彼はピクリと、眉を顰めて、続ける。


「たとい、自分の愛する者が殺されても、復讐は、私刑は許されぬ。悪しき者を裁くのは、生まれた時から定められたルールであり、国だ。決められた方法で、お偉いさんのタイミングでしか、悪人ヴィランは断罪されぬ」


 冷ややかな声。されど、先と違って感情が乗っている気がする。

 真意は分からぬが……そう口にしたことが、ジョーカーの行動原理なのだろう。


「私には、未知なる情感だ。いかなる理由があっても、他人を傷つけてはいけないと私は教わってきた。そうやって本でいっぱい勉強してきた」


「ふっ、そうか。本でか」


 ジョーカーは私の言葉を聞いて笑う。何故だろう。さっきと違って、同情のような視線を向けられている。


「抱く信念は違えど──君も──こちら側の人間か。なるほど。そういう人間が、ゲームに参加させられているのかもしれないな」


「……私が、そちら側だと? ふざけるな、誰が君なんかと──」


 確かに、私は少し頭がおかしいけれど。いっぱい、怪訝な目を向けられてきたけれど。人の命を平気で奪うジョーカーと同じなはずがない。


「──これ以上話すつもりはない。依頼通りの殺戮方法を取るのが私の矜持。もうここに用はない」


 鷹揚と、ジョーカーは立ち上がる。エリオットの影は、どこにもない雰囲気を纏っている。


「……しかし、私は油断していたらしい。ここまで完膚なきまでに見破られ、さらに強力な治癒すら兼ね備えられていたとは、臍を噛む思いだ」


 そう言い残すようにして、彼は踵を返す。


「……待て、逃げられると思っているのか?」


「おかしなことを言う。捕まえられないと言ったのは、君じゃないか」


「あの時は、な。しかし──ジョーカー、君は確かに、『依頼通りの殺戮方法を取るのが私の矜持』と言った。これは十二分に証拠として機能する」


 私は、視線をマキナさんに向ける。すると、黙ってこくりと頷いた。


「なるほど、光の玉か。しかし、言わなければよかったものを。それなら今、口封じをするまでだ」


「その場合、あの魔法を使うのではないか? 君が殺しに魔法を使わないのは、証拠を残さないためだ」


「ふっ、なるほどな。まぁ一番は、恨まれ人しか断罪せぬという、私の矜持だが。……最後に教えてやろう、名探偵」


 依然として、余裕そうに彼は言って。


「何があっても、私は捕まえられない」


 壁に手を向けると──それは意図も容易く、土塊と化した。

 そして……その土塊は四散し、凄まじい勢いで、それぞれが私の方へと向かってくる。


「危ないデース!」


 私の前に飛び込むクリスさん。そして、白い光に包まれる手を上にあげると、それらは重力によって落下していく。しかし、全てを防ぎきれた訳ではなかった。彼は至るところから、出血している。


「クリスさん……すまない、私のせいで──」


「っっ、気にしないでくだサーイ……さぁ、ジョーカーを、早く……」


「あぁ……!」


 ジョーカーは既に穴の開いた壁から外に逃げたようで、姿が見えなかった。私は足腰に力を入れ、そのまま外に飛び出していく。

 すると、夜月が照らす庭を、ジョーカーは悠々と歩いていた。


「待て……! やはり、自由自在に操れるのは……粘土だけではないのだな……!」


「あぁ──君にはほとんどバレたようだし、教えてやろう。物体全てを私の意のくままに操れる。それはこの私の姿さえも、簡単にな」


「なっ──ずるいぞ! なんだその強すぎる能力は!」


 こっちは何も与えられてないのに!


「明日には老婆の姿になっているかもな 。故に、あんな証言、証拠にはならない」


「ぐぬぬ……」


 漫画の三下が出すような音が私の口から洩れていた。このゲーム、あまりに格差が過ぎると実感した瞬間だった。


「さらばだ、名探偵。どうしても私を捕らえたいのなら、戦うことだ。丁重にもてなしてやるぞ」


 私にそんなつもりはないし、そもそも対抗する力がない。

 しかし、何か策がないかと、思案する。

 ジョーカーはそびえたつ土の塔に手の平を向ける。簡単に壊せると感じさせるほどに、軽やかな背中だった。


 そんなとき──。


 その塔が──斜めに割れた。まるで、切り裂かれるように。


「……何?」


 それはジョーカーの想定外のことなのか。肩がぴくりと震えた。

 そして、瓦解する轟音と共に──。


「──袋のネズミとは、このことだね♪」


 夜風に金色のツインテールが靡き、片手に握られるレイピアは月夜に輝き。

 周囲にある万物を舞台装置にしてしまうくらいに、彼女──麗ちんは月明かりの中で存在証明していた。

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