Case 4.E世界の殺人事件(解決編)

 アンジェラ婦人は、ゆっくりと、語り始める。


「その子の……言う通りよ……私はサディストで、日ごろから主人に暴力をふるっていました。そして今回の殺人は……マゾヒストルークさんとの──妊婦さんごっこの末に、起きたものです」


「アンジェラ、君──」


「いいのよあなた。私は彼とマリアの親友として……一生この十字架を背負って生きていくなんて……やっぱりできそうにないわ……。それにお嬢ちゃんの愛って言葉……響いたわ」


「嘘……嘘よね……アンジェラ……?」


 マリア婦人は、茫然と彼女を見る。


「……そのおチビちゃん、こっち連れて来て」


 そして、自白がウララ・チンの心を氷解させたようだ。彼女は甲冑に命じる。私は再び、倉庫部屋まで連れていかれ、体を解放される。


「アンジェラ婦人、貴方は加虐嗜好、ルーク氏は被虐嗜好、間違いないね?」


「……えぇ。私は他人に痛苦を与えることで、性的快感を覚える。ルークは、その逆。他人に痛苦を与えられることで、快感を覚える」


 でもね、と言いながらを天を仰ぎ、彼女は続ける。


「……ずっと、苦しかった。愛する夫をしいたげることが。ルークも、愛するマリアに暴行を強制することが。そうしていつしか、私達は……夫がルークに店番を任せるとき、この部屋でSMプレイに興じるようになった。夫がすぐに帰ってこれないよう、食事や飲み物に下剤を投入することも多かったわ」


「アンジェラ……?」


「安心してマリア。愛はなかったから。ただ利害が一致してただけ。心から愛する人を、傷つけたくないっていうね」


「それで、今日の事故──妊婦さんごっこが起きてしまったのか」


 それが、真実か。妊婦さんごっこの内容は不明だが。


「そう。ここ最近、私達が最も快楽に浸れる行為でね。ルークが、自分も女性の苦しみを味わってみたいって言ったことが、きっかけだった。私の風魔法で、彼の体内に空気を送り込む。すると、妊婦のように、お腹が膨らんで……それで……っっ」


 彼女の両眼から、涙が零れ落ちる。それはすぐさまに、滾々こんこんと。


「いつもは……っ、6か月──いっても8か月くらいで辞めるんだけど……ルークが……もっとって……」


「それは、妊娠6か月、という意味か?」


「……えぇ、もちろんよ。私も……彼の満願成就な苦痛に満ちた顔を見て、高ぶってしまって……さらに風を、彼の体内に吹き込んだ……そしたら、もっとお腹が大きくなって……彼はさらに苦しそうにして……私興奮して……止まらなくなってしまった……」


「そして、悲劇が産まれてしまった、と」


「えぇ……。あぁ、私は……なんてことを……!!」


 失意の涙を零しながら。アンジェラ婦人は、膝から崩れ落ちた。


「それじゃ、連れて行って詳しくお話聞こうか♪ ま、ほとんど白状したようだけど」


 ウララ・チンがそう言うと、そんな彼女を、複数の甲冑姿が囲う。両腕を掴み、無理矢理立たせる。


「待て! 彼女はこれからどうなる……?」


「え? 当然、聖麗会──わたしが処遇を決めるよ♪」


「何……?」


 聖麗会とは……そんなに権力があるのか? 聖麗会の情報は、私にインプットされていない。


「部外者には話しちゃダメなんだけど──おチビちゃん頑張ったし、特別に教えてあげるね」


 猫撫で声のような、甘い声を紡ぎながら。それでいて、真逆のオーラを纏いながら、私に近づく。


「──この残虐性から考えて、処刑かな」


「なっ──」


「だってそうでしょ? お腹爆発して死んだんだよ? この人が報われないよー。それに──妊婦さんごっことかこの上なく気持ち悪いし♪」

 

「だからそれは、愛なんだ! ルーク氏がマリア婦人を、アンジェラ婦人がダミアン氏をおもんばかったからなんだ! 利害の一致、合意の上の事故! それを気持ち悪いなどと言うな!」


「えー、いや、普通にないでしょ。人を傷つけて、人に傷つけられることが快感で愛とか──え、何? おチビちゃんもそっち側?」


 彼女は小馬鹿にするように、肩で笑う。どうして……この真実を聞いて、そんな態度が取れるのだろう。


「君は──」


「もういいのよ。私がルークを殺したのは事実なんだから。この性癖を我慢できなかった、私が……」


 私に向かって悲しそうに笑い、割って入るアンジェラ婦人。諦念が顔全体に刻まれている。


「アンジェラ婦人……」


「それに、マリアへ償わないと。決して、償いきれるものではないけど……」


「アンジェラ、私は……。……っっ、正直、許せそうにないけど……でも……貴方に死んでほしくないっ! 親友、だから……!」


「……ありがとう。最愛の人を手にかけたのに……あぁマリア、大好きよ」


 婦人は、口端を上げる。この世界に思い残すことなどないように満足気に。


「それじゃ、連れてって」


 そして腕を取られ、離れていく。私は声を掛けようとすると……。


「──ごめんなさい、最後にいいかしら。ねぇ、お嬢ちゃん」


 私の方を向いて、彼女の方から問いかけてきた。甲冑も歩みを止める。


「……すまない。これは私が、望んだ結果ではない。必ずや、死罪は──」


「それはいいの。それよりお嬢ちゃんは──何者なの? 頭もいいし、それになにより……性癖異常者の私に寄り添ってくれるなんて……」


「私は──」


 この事件で──私の目的は定まった。

 デスゲームの謎を解明する? 異世界を究明する?

 違う……。こんな悲劇を、二度と生んではいけない。


 あの世界の……ベッドの上から動けなかった私とは違う。長ければ、デスゲームが終わるまで1年も生きられる。


「私は──探偵だ」


 咄嗟に、自然に、言葉が躍り出る。

 私は、新たな自分を、迎合する。


「異世界の、シャーロック──いや」


 過去のなまえを、放棄する。


「シャーロット・ホームズだ!」


 そして……声を張り上げて、言い放った。


「たん……てい……?」


 啞然とするアンジェラ婦人。他の人間も、首を傾げていた。

 この瞬間。

 探偵が存在しないこの異世界で──私は、産声を上げた。


「誰も見たときがない、天禀てんぴんの頭脳、書物で悉知しっちした叡智をって──悪を暴き弱きを救う、空前絶後の名探偵に私はなる! こんな悲劇が起きぬ前に解決できるような、前代未聞の名探偵に!」


 誰も、探偵を知らなくても……。私は、なるんだ。


「よく分からないわ。けど、頑張ってねお嬢ちゃ──シャーロットちゃん」


 その言葉と、笑みを最後に。彼女は連れて行かれた。

 事件は幕を下ろし……私は希望と悲しみの残滓ざんしを感じていた。

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