Case 3.E世界の殺人事件(後編)

「──SMプレイ……?」


 容疑者ダミアン氏がそう言う。無理もない。ここは”異世界”であるのだから、そういった名称が、そこまで浸透していないのかもしれない。


「ご主人、貴方は──アンジェラ婦人に、日頃から暴力を振るわれているのではないか?」


「なっ──」


 私の言の葉に、ダミアン氏は錯乱といって仔細ないくらい、動揺する。


「あんた、急にしゃしゃり出てきて、訳分からないこと言って、なんなのよ!」


 容疑者アンジェラ婦人は烈火の如く、怒りを表す。


「そして──」


 私はそれを無視して、視線をマリア婦人に向けて。


「マリア婦人──貴方も、殺害されたルーク氏に常日頃から暴力を振るっていた」


「なに……? ふ、ふざけないで……!」


「言い換えよう──振るわされていた」


「──!?」


 私がそう言うと、場の空気が一変した。

 そして、そのマリア婦人の態度を見てか、甲冑の私を掴む力が緩まる。解放される。


「殺害されたルーク氏は被虐嗜好マゾヒスト、アンジェラ婦人は加虐嗜好サディスト。違うか?」


 遺体と容疑者に視線を闊歩かっぽさせて、私は続ける。「遺体──ルーク氏の体の傷跡は、彼が求めたもの。ダミアン氏の体の傷跡は、アンジェラ婦人に求められたものだ」と。

 ダミアン氏らは、下に俯いた。静寂が訪れる。


「そんな事実は……ない……眉唾だ……」


 それからしばらくして静寂を破ったのは、ダミアン氏だった。


「アンジェラ婦人を庇いたいのだな。心に深い傷を負いながらも」


「何……?」


「先程、私のような小娘が体に触れようとしただけで、あれほど体を震わせた。トラウマ──心的外傷が根を張っている証拠だ。それは人間の本能なのだ。本で見たときある」


「違う……! い、いきなりだったから、驚いただけだ!」


 ダミアン氏は体を慄然とさせながらも、強い力を目に宿して、その視線を私にぶつける。

先程──ルーク氏らが円満な夫婦だと語っていたときのように必死ではあるが、余裕が感じられない。


「さっさとこいつを連れ出せ聖麗会! 胡乱な言いがかりで、親友の死に悲しむ私達を侮辱している!」


 その一声で。甲冑が再び、私の両腕を掴む。


「くすすっ、ちょっぴり面白そうな話だったけど、そう言われたら仕方ないねぇ、おチビちゃん♪」


 ウララ・チンはたのしそうに言うが、目は笑っていなかった。


「ダミアン氏! ならばその親友の無念を晴らしたくはないのか!」


 私は訴える。ここで諦める訳にはいかない……!

 しかし、ダミアン氏は反応を示さない。


「マリア婦人! 愛する人を、自分の手で傷つけるということは、さぞ悲しかっただろう! だが……その先に、真実があるんだ……!」


「だまって……! 知った風な口を聞くな……! 勝手な憶測で、夫を語るな!」


「確かに、貴方らの歩んできた道のりを、私は知らない! 私が導き、辿り着いた先が、惨憺さんたんたる真実かもしれない! だが……このままでは──ご主人は、ただ残虐に殺されたままなんだ!」


「残虐に……殺されたまま……? 貴方、何を言って──」


「貴方が与え続けてきたのは、苦痛じゃない! マゾヒストのご主人に刻まれた傷跡は──愛情だ!」


 そう! これも本に書いてあったことだ。性癖は、人それぞれなんだ!


「……!!」


 そんな、言葉の応酬……! マリア婦人の反応が変わった。私に向けられた憤懣ふんまんが、一瞬、消失した。ウララ・チンはくすくす笑いながら、「何言ってんの?」と言った。彼女には分からないらしい。やはり、私が解決するしかない……!


「それが、二人にとっての愛の証なのだろ!? 貴方がずっと黙秘したままならば、ご主人の人生は……悲劇一色の結末にされてしまう!」


「それは……っっ」


 マリア婦人の双眸そうぼうに雫が揺蕩たゆたい、滴り落ちていく。


「ダミアン氏! 貴方も、アンジェラ婦人を愛している! だから降り注ぐ暴虐を耐え忍んできたんだ! そして貴方は──この凄惨な事件の真実に辿り着きつつある」


「ち、ちがう……俺は……!」


 物的証拠はない。だから、私の想いを、ぶつけて導き出すしかない……!


「ルーク氏の体の傷を見たとき──貴方は体をさすり、アンジェラ婦人を見た。サディストの彼女が彼にも、傷をつけていたのではないかと」


「そんな事実はない! 妄言だ!」


「ならば──体を見せてくれ。暴力の痕が無ければ、謝罪し、私はここを去る」


「なっ……それは……っ!」


 ダミアン氏の反応も変わった……! これならいけるかもしれない。

 心理的に人の心の奥底を見抜き──真相が明らかになろうとしている。


 しかし──。


「──どうでもいいけどさ、おチビちゃんのお話、物的証拠あるのかなぁ? あるなら早く提示してくれないかなぁ。結局、聴取するの、聖麗会だからさ♪」


 間に入ってくるウララ・チン。確かに、事件を詳しく知らない彼女にとって、私の行動は犯人を見つけるのに効率がいい方法には見えないだろう。

 そんな彼女に──。


「待て、ウララ・チン。物質的な証拠なんてものは、解釈の仕方でどうにでもなるものですよ」


 私は、明智五郎を引用して言った。力を貸してくれ……!


「……なんで急に口調変わったの?」


「ウララ・チン。僕はこの事件によって、うわべはきわめて何気なさそうなこの人生の裏面に、どんなに意外な陰惨な秘密が隠されているかということを、まざまざと見せつけられたような気がします」


「……僕?」


「だが──この事件は、私の推理が正しければ、愛に満ちていたからこそ、起きてしまったんだ! その愛が包み隠されていいはずがない!」


「うっさ。ぎゃーぎゃー騒ぐとことかまさに子供だね。愛、愛とか連呼してるとことかもお尻青い。もういいよ、力づくで連れてちゃって」


「なっ──」


 鶴の一声で、私を掴む力が強くなる。そして、ゆっくりと甲冑が歩き始め……距離が離されていく。


「おい離せ! 泣き喚くぞ!!」


「はいはい、子供なりによく頑張ったね。ここからはオレ達大人の仕事だから」


「私はIQ150なんだぞ! 大人顔負けなんだぞ! いつも同室のサムさんに、『ミコちゃんは本当に面白い子じゃのぉ』って褒められてたんだぞ! というかウララ・チンも見た感じ子供だろ!」


「本当にうるさい奴だなぁ。あのねお嬢ちゃん、ウララ様はいいんだよ。清く美しいお方だからな」


「私だってそれなりのツラだろ! 同室のサムさんによく笑顔を褒められていたんだぞ!」


 距離がどんどん離されていく。


 ──万事休す、か…!?


 と、その時。


「──待って! 私が……殺したの……」


 アンジェラ婦人のその言葉で、空気が変わった。

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