Case2.E世界の殺人事件(中編)

「──ダミアン氏、改めて確認するが、鍵がかかったこの部屋に入れるのは、貴方らとルーク夫妻だけなのだな?」


「あ、あぁ……」


「そして、マリア婦人が発見した時、まさしく鍵がかかっていた、と」


「そう……悪夢のような光景に、手が震えて、開けるのに時間がかかってしまったけど……」


 それならば、やはり、容疑者はこの3人という可能性が高そう。

 しかし……。


 ──例えば開錠する魔法が存在したらどうだろう。容疑者の数は一気に膨れ上がる。


「ご主人、鍵を開錠する魔法に、心当たりはあるか?」


「え? ないんじゃないか。じゃなきゃ、鍵なんてものはこの世界に存在しないだろ」


「ふむ、それはそうか」


 なるほど。

 しかし、問題はそれだけではない。


「では、部屋の外から危害を加える魔法──とかは?」


「それは……分からない。最近、未曽有な連続殺人が起きているし……」


「ほう」


「だが、今回は無関係だろう。ほら、その連続殺人は、事前に”ジョーカー”から殺害予告が届くというだろ? ルークにそんな様子は見られなかった……」


 それは、私の知らない情報だ。

 連続殺人……それとジョーカー。デスゲームで私が与えられた役職と、関係あるのだろうか。

 関係あるのだとしたら、この事件もデスゲームに関係している……のか?


 ──兎にも角にも、厄介なのは魔法だ。


 それがある以上、一筋縄ではいかないだろう。おそらく、今の私がこの世界に対して持っている知識では、限界がある。

 だから私は……。


 ──ならば、物質的な解決策を探るのではなく、心理的な解決に重点を置く。


 明智五郎の行動原理をパクることにした。


「……お嬢ちゃんに解けるはずないでしょ。魔法のことも詳しくなさそうだし。……私の神経逆撫でするようなことばっかして、ふざけないで! 子供だからって、何でもしていい訳じゃないのよ!」


 マリア婦人は、焦燥と怒りがい交ぜになった様子で、私に言う。


「迷宮入りは、私が諦めたその時だ。難解な事件だろうが、私がご主人の無念を晴らす」


「口だけは達者ね!」


「え……? そ、そうか……? ぶへへへっ」


「何その不気味な笑い方!」


「それはそれとして、貴方らが魔法を使えるかどうか、聞いておきたい」


「メンタルどうなってんのよこの子……」


 三人は、嫌そうに、毒づきながらも教えてくれた。

 店主ダミアン氏は、魔法適正はないらしい。

 マリア婦人は、水をすぐに氷にできるという。しかし、量が多いと、時間がかかるとか。

 アンジェラ婦人は、風を操る能力が使えるらしい。ただし、例えば災害を起こせるような、それほど強大な力ではないとか。


「──マリア婦人、遺体を調べてみる。嫌悪感があるなら、目を背けておいてくれ」


 魔法があれど、結局、それは避けられないだろう。


「……何なのよ、この子」


 軽く舌打ちをして、マリア婦人は顔を逸らす。ダミアン夫妻も見たくないのか、続いた。


「──おや?」


 服を捲ると、すぐに異変が見つかった。

 腕や胸元に……無数の傷跡が刻まれている。ほとんどが古傷で、事件には関係なさそうに思えるが……。


 ──打撲の痣? こっちは切り傷。それになんだこの条痕……鞭……いや、縄……か?


 それらは誰かにつけられた傷であることは間違いなさそうだった。


「マリア婦人、ご主人の体に無数の傷がある。心当たりは?」


「……っ、何それ知らない、わよ」


「……なるほど」


 視線はそのままだが、表情筋が微かに動いた。


 ──人間が嘘を付く時のやつだ……これ心理学の本で見たときある!


 婦人は、この傷について知っている。


「マリアを疑っているの!? か、彼女とルークは、これ以上ない、円満な夫婦なんだ! そんな二人を私達は、十年以上見て来たんだ!」


 ダミアン氏のまくし立てるようなその態度。これに、嘘偽りがあるようには見えない。本当に円満夫婦なのだろう。それなのに、婦人は傷の存在を知らぬ存ぜぬで通そうとしている。


「ご主人は傷について?」


「え、傷────!? な、なんなんだこれは……!」


 遺体を見たダミアン氏の表情が陰る。

 次に、アンジェラ婦人を一瞥すると……彼女も顔を歪ませていた。が、視線は破裂した腹部に注がれていた。


「……おや?」


 そして、もう一度ダミアン氏を見ると……両手でそれぞれ反対の腕を擦りながら、アンジェラ婦人を不安そうに見ている。恐怖も滲んでいた。

 そのまま彼を見ていると、一瞬、肌が露出し……痣が見えた。


 ──これはまさか……。


「ご主人、すまないが、体を少し見せて──」


 私はそう言いながら、手を伸ばすと……。


「……ひぃ!」


 ご主人は体を縮こませ、大きく震えた。


 ──拒絶反応。これも、心理学の本で見たときある!


 マリア婦人の動揺する反応。ダミアン氏の怯えた反応。アンジェラ婦人の端然とした反応──三者三葉に思える。

 しかし、ルーク氏を中心に考えれば……線になる!

 これは、ルーク氏が遺してくれた生きざまで、手がかりなのだ!


 ──確証はもちろんないが、心理的な推理に繋がった! 明智五郎の行動原理をパクってよかった!


「マリア婦人、もしかしてだがご主人に──」


 ならば、もう一歩踏み出す。そんな時、外が騒がしくなった。


「もしかして、聖麗会が!」


 そう言って、慌てて走っていくダミアン氏。

 そしてしばらくすると、まばらな足音、鉄が地面を摩擦するような音が近づき……複数の人間が現れた。


「──へー、残虐な死体だね。かわいそー」


 先頭の女がそう言った。歳は十代半ばくらいの、金髪でツインテールの女だった。秀麗な顔貌で、身長は私より15cm以上高く、スレンダー。フリルのついた服を着ており、腰に鞘をかついでいた。

 そして、玲瓏れいろうたる声音は──死体に慣れていると言わんばかりに、緊張感が抜けていた。


「子供は危ないから、近づいちゃダメだよ~」


「君が聖麗会とやらか、初めまして」


 私は、挨拶をした。


「うん、そだよ~。聖麗会で一番強い、ウララちんッ。そしてね、聖麗会は、この国の秩序と平和を守ってるの。すごいでしょ~」


 子供をあやすように。彼女は、私にそう言った。どこか小馬鹿にしたような雰囲気をかもしながら。


「この事件は、心理的にだが、今一本の線に繋がろうとしている。私に任せてもらおうか」


「あはは、うんうん! すごいね!」


「おい、私を子供だと思ってバカにしてるだろ!」


「違うの?」


「子供ではある。だが、頭脳は大人な子供なんだ。病院の先生にそう言われたときがある」


「背伸びしたい年頃か~」


「人を見た目で判断するな! 人を見た目で判断するということは、その人が傷つくってことなんだぞ!」


 しかし、疑われてしまうくらい、私の容姿は幼く映っているのだろう。コナン君の苦労が身に染みた気がした。


「そっかそっか。じゃあ──」


 ウララ・チンと名乗った少女は、私に一瞬睨みを利かせて。

 鞘から勢いよく抜いたレイピアを、眼前に突き出してきた。かなりのスピードで、何がしかの魔法が関与しているのは明らかだった。

 シルバーに艶めく光る剣先に、私の顔が反射している。


「──大人と同じように扱っても、いいってことだよね。ウララちんはね、こう言ってるの。邪魔だから帰れって」


「邪魔でもなんでも、大人、もしくは同等として扱ってくれるなら、私は嬉しい」


「あれ? 動じてない?」


「私は、少し頭がおかしいからな!」


「へぇ、何それ格好いい♪」


「そうか? ぶへへへっ」


「笑い方きも。……なんだかツマンナイなぁ。カワイげのない子供って、わたし一番嫌いかもっ」


 ゆっくりと、レイピアを鞘に仕舞うウララ・チン。

 そして……。


「適当につまみ出して」


 顔を逸らして冷涼と言った。まるで私から興味を失ったように。するとすぐに二人の甲冑姿の人間に囲まれ、両腕を掴まれる。


「おい! 本当にコナン君じゃないか私は!」


 とても見たときある光景だ。ルックスのハンディキャップをひしひしと感じる。


 ──だが私は、ここで諦める訳にはいかない! マリア婦人と、約束したんだ!


 マリア婦人に視線を送る。彼女なら、私を信じ、助け船を出してくれるはずだ。


「早く出ていきなさい」


 冷徹な声色に、凍てつく視線。事件解決に時間を要しすぎて、失望させてしまったのかもしれない!


 ──まだ、確証は得られていない……。


 けれど。

 それは科学的なものを捨てきれていないからだ!

 そう、私は明智五郎になったではないか!

 だから──。


「──過激なSMプレイによる事故死、これが事件の真相だ!」


 私はそう、一幕の推理を告げた。

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