第一章

Case1.E世界の殺人事件(前編)

「──おー」


 意識が呼吸を始めたと同時に、私は感嘆した。

 下を見れば、石畳。辺りを見渡せば、ゴシック建築の建物。行きかう人々の服装も、ワンピースの様なドレス、甲冑姿、シンプルなシャツにマントを羽織ってる人もいる。

 そこはまさしく、ホームズシリーズの舞台、イギリスロンドン──とは少し違うが、海外のようなこの景観に、心打たれるものがあった。


「……お?」


 ふと、横目に入った窓ガラスに、幼い少女──自分の姿が映る。

 黒いクロークを纏った、華奢な体。ピンク色のミディアムヘア……。

 それは……。


『ルールその5、異世界では、参加者の本来の姿とは違う姿で参加してもらうウホ。年齢や性別、性格は考慮せずに、ぼかぁの方でランダムに指定するウホよ』


 そのルールによるものだろう。白い空間で既に違和感があったが、ハッキリと本来の自分とは異なる姿が映し出されている。


「前と同じなのは、体型と性別くらいなものだな──いや身長は少し、依然より高いか」


 そのルール通り、容貌が一変している。あっちでの私よりかは大人びている気がする。

 とはいえ、それでも童顔でかなり低身長──150cmもなさそうだ。私のアイデンティティは不変に思えた。


「さて、これからどうするかだな」


 ポケットに手を入れると、金貨が3枚入っていた。これは、インプットとやらの影響で頭にあった。貨幣の価値も、大体刷り込まれている。他にも、言語は問題なく扱えて通じるとか、住民は異能が使えるなどが、インプットされていた。そして悲しいのは、この世界に探偵という職業が存在しない──という㊙情報。


 ──参加者によって、転移のタイミングが異なるというが、私はどうなのだろうな。


 どこまでこの世界の情報を与えられたか、素直に気になる。


 ──謎が多い方が、楽しめそうだが。


 と、そんな時。


「きゃぁああああああぁああッ!」


 悲鳴が聞こえた。私を映す窓ガラスの奥からだった。

 そして……。


「──殺人よ! 誰か、”聖麗せいれい会”を呼んで!」


 その言葉を聞いて、私は導かれるように中に入っていった。


 中に入ると、びっしりと本が積まれた本棚に出迎えられた。どうやら、書店のようだ。

 声がしたのは──奥。私は駆け足で、進んでいく。人の姿は見られない。

 そして、本棚のラビリンスが如き道を進み、開きドアが近づいていくと同時に──。


「あなた……どうして……!」


 その悲痛なる声が耳朶を叩き。


「────!」


 血が付着した開きドアを開くと、惨たらしい光景が目に入った──血腥ちなまぐさい匂いが鼻腔を刺激した。

 無数の本に囲まれた……苦痛に顔を歪ませ、倒れている男性。

 それはまさしく、死体だった。

 腹部が破裂し──血塊、肉塊が辺りに散乱している。

 その傍に、手で顔を覆った若い女性が立っていた。


「失礼」


 私はそう一言言いながら、中に入っていく。


「え……誰……?」


 先程、主人が──と言っていたその人。言葉から鑑みるに、細君であろう。彼女は恐怖と涙で充満した顔で私を見る。


「この死体を発見したのは、貴方か?」


「え……うん……。私達夫婦は、この書店によく訪れるんだけど……こ、この人は、私の主人……どうして、こんな……っ」


「なるほど」


「…………ほんとうに……誰……?」


 私は屈みこみ、死体に触れる。


「お、お嬢ちゃん……!? 何してるの……!?」


 細君は声に驚きと怒りを滲ませ、私の肩に手を乗せる。


「死後硬直は始まっていない。殺害されてから2時間は経過していないな」


「死後硬直……?」


「あぁ。人間は死亡すると、神経機能が消失して、筋肉が弛緩するんだ。ご主人にはそれが見られない」


「本当にお嬢ちゃんは誰なの……!?」


 思索する。

 体内の化学反応は見られない、つまり……。


 ──この細君、滅茶苦茶怪しい!


 物語定番の、第一発見者が怪しいのは真実らしい。

 だが、しかし……。


 ──ここは、よくあるミステリー小説の世界じゃない。


 人間離れした異能──魔法、というべきか。

 その存在がある以上、突飛な真実が待ち受けていてもおかしくない。ノックスの十戒もビックリだ。


「ご婦人、今しがたよくこの書店を訪れる、と仰ったが……この店の店主は?」


「え……それが分からないの。たまに、主人は店番を任せられるから、それで席を外しているんだろうけど……」


「店番? それほど近しい仲なのか?」


「え……そう……ね。私達両夫婦は、親友……なの……。なんで……主人は……っ」


 細君の伏せた目から、涙が零れる。

 と、そこに。


「な──なんだこれは……! どうしてルークが……!」


 噂をすればなんとやらか。その夫婦らしき二人組が走って来た。


「貴方が店主か?」


「え……そ、そうだが、お、お嬢ちゃんは……?」


「私は名乗るほどの者ではない、ただの通りすがりだ」


「通りすがり……?」


「実はな──」


 私は、被害者の細君から聞いたこと、素人ながらの検死結果を伝えた。


「そんな……少し、店を任せただけの間に……」


「やはり、死後、それほどの時間は経っていないか」


「あぁ……1時間も経っていないと思う……」


 店主である男性はそう言った。


「二人に情報提供を願いたい。これまで何をしていたか、つまびらかにご教示してくれないか?」


「まずはお嬢ちゃんの情報を教えて欲しいものだが…!? 普通に名乗る者に見えるが…!?」


 店主はそう小さく何かを呟いた後、ゆっくりと、語り始めた。



「──なるほど」


 証言を頭の中で整理する。まずは、この人らの関係性。

 殺害されたのは、パスタ屋を営んでいるルーク氏、28歳。

 そして、第一発見者は、妻のマリア婦人、27歳。

 仕込みの時間が近いとのことで、呼びに来ると、亡くなっていた、と。

 発見場所は、本屋の奥にあるこの一室。ここは倉庫のようなもので、内側から鍵をかけられるとのことだ。ちなみに、マリア婦人が来た時、鍵はかかっていたそう。そして、合鍵を持っているのは、ルーク夫妻のみだという。


 最初は、マリア婦人がもっとも怪しい容疑者に思えたが。

 話を聞くに、この本屋──ベル書店の店主夫妻も、容疑者に伺える。

 店主のダミアン氏、29歳。細君のアンジェラ婦人、29歳。

 ルーク夫妻とは長年の親友で、急用ができて、なおかつ客足の少ない時はルーク氏に店番を任せているそうだ。何故今日、倉庫にいたのかは不明だということ。


「犯行時刻は、店番を任されてから、殺されるまでの約1時間の間……」


 そして、その間ダミアンさんは急な腹痛を覚えて御手洗いに行っており、一人になった空白の時間がある。何でも、最近体調が芳しくないらしい。

 アンジェラ婦人も、空白の時間がある。こちらに来るまで、30分以上、自宅で一人で居たと証言している。

 それから、偶然入口で鉢合わせした二人が、私のすぐ後に現れた、という話だ。


 ──アリバイは無い。さらに店主夫妻ならば、鍵は持っていて当然。二人協力してか、単独か。どちらにせよ、容疑者であることに変わりない。


「はぁ……はぁ……、外の方に、お願いしてきたわ。”聖麗会”に伝えに行ってくれるそうよ」


 戻ってきたアンジェラ婦人が、息を切らしながら、そう言った。

 そして、人が近づかないよう、店じまいもした、と続けた。


「……悪いが現状、怪しいのは貴方ら三人に思える」


「君も十分怪しいが!?」


 ダミアン氏が、そう言う。


「何を言う。私はルーク氏と関り合いがない、動機がないだろう」


「そういう意味じゃなくて! 子供なのに沈着が過ぎるよ!」


「失礼。私は少し、頭がおかしいんだ」


「それは重々承知してるよ!」


 やはり私は、コミュニケーションが得意じゃない。

 本は沢山読んできたが、今までサムさんや主治医の先生、特定の看護師さん以外とほとんど話したときがないため、実戦経験が浅いのだ。


「だが安心してくれ。この陰惨凄惨な事件は私が、真相究明してみせよう。ご主人の雪辱を、必ずや果たしてみせる!」


 愛する夫を失ったマリア婦人の方を向き、ビシっと指を立てて。

 私は、まなじりを決した。


「犯人が分かったって、主人は帰って来ないのよ!」


「……あぁ、そうだ。だが、最期の瞬間、ご主人が何を思ったか──その遺志が明らかになるかもしれない。心中察するが……私に任せて欲しい」


「だからまず誰なの貴方は!!」


 心からの叫び。その哀哭が、私の胸に突き刺さる。


 ──私が、暴いてみせる。


 私にあるのは、本で培った知識。そして……”アレ”で培わされた知識。

 その叡智で、解き明かしてみせる──。

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