Case 5.私と、デスゲームと、プイキュアと、私怨の暗殺者と。

「貴方達からも色々聞きたいからよろしくね♪ それと死体の回収お願い♪」


 次々とウララ・チンは指示を出し、ダミアン氏やマリア婦人も連れて行かれ……大きな布に包まれた死体もこの場所から去っていく。

 そうしていつしか、ベル書店にはウララ・チンと私だけになった。

 私はアンジェラ婦人の処遇について考え直してもらおうと、話しかけようとすると──。


「──おチビちゃん、転移者でしょ♪ あぁ、デスゲームの参加者、って言った方がいい?」


 明朗快活と、彼女は言った。


「……なるほど。つまり、ウララ・チンもか」


「そう──ってかさっきから気になってたけど、そのイントネーション不快なんだけど。麗ちんは、白崎しろさきうららで、麗ちんだから。ちなみに本名ね! 麗しい名前でしょー!」


「なるほど、あっちでの名前を名乗っているのか。どうやら同じ国の生まれらしいな」


「へぇ、おチビちゃんもそうなんだ。もしかして、参加者全員そうなのかな?」


 さあ、と私は言って、続ける。


「……それで、私を殺すのか?」


「うーん、そうかなー♪ だって、生き残りが二人以上いると、あっちの世界に戻されるんでしょ? 麗ちん、絶対戻りたくないからさ──あんなとこ」


 表情は、あっけらかんとしていたが、徐々に声のトーンが落ちていった。彼女はなんとしても、戻りたくないらしい。つまりそれは、デスゲーム参加への意志表明だ。


「人を傷つけるのはいけないことだ。麗ちんが属する聖麗会とやらは、秩序と平和を守る存在なのだろう?」


 そういえば、聖麗会とやらに馴染み──かなり地位の高そうな麗ちんは、私よりもずっと前に転生してきたのだろう。


「え、なになに、じゃあおチビちゃんはまさか、ゲームを降りるつもり?」


「あぁ。参加しない。あの世界に戻されても私は構わないからな」


「ふーん、さっきから変な子だなぁって麗ちん思ってたけど、演じてる訳じゃないんだね♪」


「しかし……やるべきことはある。デスゲームとやらのルールを聞かされた時は、殺されても構わないと思っていたが──話が変わった。麗ちん、いっぱいお願いするから、殺さないでくれないか? 私は名探偵にならなければいけない」


「えーどうしようかなー」


「じゃあ分かった! 私はな、今日転移してきた! 仮に私が最後の転移者の場合──ゲーム開始は今日からだろう。だから、1年後──私を殺していい。それまで、猶予をくれないか?」


「そんなの口だけかもしれないじゃん」


「私は嘘をつかない! 嘘をつくということは、他人を悲しませるということだからな!」


「それキライ。さっきも似たようなこと言ってたけど。……けどまぁ、いいよ。今日の所は、事件解決してくれたご褒美に」


「おー! じゃあ、アンジェラ婦人の刑も軽くしてくれ!」


「それはムリ。気持ち悪いもんSMプレイとか。麗ちんはね、麗ちんの思う正義を執行する。おチビちゃんが名探偵とやらになろうとしてるのと同じでしょ。信念は人それぞれ」


「うぐっ、正論で殴られた……痛い……」


 とはいえ、だ。確かに、彼女の言っていることも一理あるが……。


「しかし、マイノリティな欲望に彼女たちは苦しみながらも抑制していた。愛する妻のため、夫のため。それは分かってくれないか? 情状酌量があってもいいだろう」


「しつこいなぁ。なら、麗ちんを納得させるだけのおチビちゃんの正義を示すことだね。あの人の死刑が執行される前に」


「……分かった」


 今はここが、及第点だろう。今の私には、この世界の知識・常識が欠けすぎている。

 私が納得したのを見て、麗ちんは踵を返す。


「最後に教えてくれ。いつ、私が転生者だと気づいた? ……やはり、ホームズを名乗ったときか?」


 当然これから、他のデスゲームのプレイヤーに身バレしない方が、動きやすい。無意識的な所作で麗ちんに感じ取られたのかもしれないから、参考までに聞いておこう。

 その私が投げかけた疑問に、鷹揚おうようと、振り返る麗ちん。


「──コナン君」


 そう言うと、彼女は体をひるがえし去っていくのだった。



 外に出ると、夕日が沈みかかっていて、空に橙色がいでいた。


 ──さて、方針は決まった。まずは開業しなければならないな。


 探偵がこの世界に存在しない以上、そうする他ないだろう。しかし、どのようにすればいいか分からない。……というより、インプットされていない。


 ──あのオランウータン、やっぱり私にハンデを背負わせてるんじゃないか!?


 そう思ってしまうほどに、事前に想像していたよりも、この世界の常識が与えられていない。私だけが無能力者らしいし、そこらへんも不遇にされていてもおかしくない。


 ──こっちでも開業届を出していないと青色申告できないとかあるのか……?


 どのような社会の仕組みなのかも、さっぱり分からない。不安でいっぱいだ。やはり、書物を読み漁ってまずは知識を養うべきか。それならすぐにできる。


 何故なら──。

 私は一度見たものは、決して忘れることがない──いや、できないのだから。


 そしてそのギフトも──この世界の私にしっかりと引き継がれている。

 と、そんなことを考えていると……。


「お嬢ちゃん!」


 甲冑が私の方へと走ってきた。声、様相から、先ほど私をつまみ出そうとした一人だと察する。


「麗ちんの舎弟か」


 さっき子供扱いされていっぱい悲しかったので、酷い言い方をしてしまった。私は反省した。


「忠実なるしもべと呼べ! いやそれより、オレの期待していたとおり、事件を解決してくれたな。感謝する」


「嘘こけ! 子供だ子供だと揶揄ってただろ!」


「あぁ!? 貴様こそ、誰が舎弟だ!?」


「そっちが怒ってくるのか!?」


 と、そんなやり取りをしていると……。

 遥か空の上に、夕暮れをくりぬくようにして、巨大な長方形が映写される。

 そして、ぴょこんと跳ねるように、人影が見えたかと思うと──。


「ちちんぷいぷい、チョチョイノ~~~チョリーッス! カナメイトのお前ら、こんぷいぷい~、転生したら魔法少女だった件、異世界チューバー──ITuberの、魔法少女カナタ・プイキュアだぷい! 今日も雁首揃えて、見やがれぷい!」


 淡い赤色のハーフアップの髪の毛に、星やハートなど、様々な髪飾りを施した少女が天真爛漫に微笑み、手を振っていた。魔法少女らしく、ローブを着ている。そんな、空に映し出されたバーチャル世界の彼女に──私も、道を行きかう人々も釘付けになる。歓声が、湧き上がる。彼女がどれだけ人気を集めているかは明々白々だった。

 私がまず、思ったのは……。


 ──絶対転移者だ!! プイキュアって言った!!


 素直にそれだった。


「さて、さっそく本日一つ目の企画に参るぷい! まずは、カナタ・ステーション! このコーナーでは、カナタんが、この世界のありとあらゆる事件を、紹介しやがるぷい!」


 そう言いながら微笑んで、彼女は続ける。


「えーっとまずは……武器屋を営んでやがる職人気質かたぎで硬派だと言われるアルベルトさんが、皇族マライア家のメイドと不倫をしてやがる、という情報が入っているぷい」


 ──カナタ・ステーション暴露系!?


「それと──ヴァイオレット通りにあるベル書店で殺人事件がありやがったようぷい。犯人は既に捕まっているようで、聖麗会から情報が伝わり次第、続報をお知らせするぷい!」


 と思ったらちゃんと報道ステーションとしてるのか……いや、それより…… 彼女は聖麗会と繋がっているのか?

 さすれば、イコール麗ちんと認識しあっている可能性は十二分にあるということであり。少なくとも、麗ちんは彼女が参加者であるということは分かっているだろう。コナン君がこの世界に存在しないように、ITuberもおそらく、存在しないだろうし。


「続いて──ジョーカーについてですぷい」


 そう彼女が言うと──甲冑が、肩をピクリと震わす。


「ジョーカーの情報は、なしのつぶて、箸にも棒にも掛からぬと言った状態で……そんな中、今日、新たに予告状がローランド家に届いたそうですぷい」


 ダミアン氏もジョーカーの名を口にしていたな。連続殺人犯だとか。


「……お嬢ちゃんに声を掛けた理由はそれだが、ちょうどいいな」


 そう甲冑に言われても、もちろんピンとくる私ではなかった。黙って空を見つめる。


「その内容を読み上げるぷい。次なるローランド家で開催されるパーティの時、恨まれ人である参加者の一人に、私は怨嗟の正義を執行いたそう──だそうぷい」


 周囲の人間が、ざわつく。それだけで、この世界を脅かしている存在だということが伝わる。


「……怨嗟の正義だと?」


 その言葉の意味が、私にはよく分からなかった。


「……オレが嬢ちゃんに声を掛けたのは、依頼をするためだ。ローランド家のパーティに参加し、ヤツを捕まえてもらいたい」


 そして、次の甲冑の言葉を聞いて、さらに謎は深まる。


「民衆から絶対的な支持を得る──ジョーカーをな」


 その言葉通り……周囲の人間は、殺せ、殺せと沸き上がった──。

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