都市で生きるヒト

 寄る方もなく彷徨っていたら、日本以外の国のヒトのコミュニティに運よく出会うことができた。そして、出会いもあった。放浪していた時に、いわゆる「悪い友達」ができた。孤児院の奴らと同じで逞しく生きていた人間だった。

 あの三人との初めての出会いは今でも忘れられない。自分が身を寄せていた地域で噂になっていた札付きの悪である三人組、ラスタ、OD、銀から呼び出された。場所に向かうと、そのタッパの活かし方を教えてやると言われ、ママに引き合わせてくれたのはこいつらだった。

 ラスタは名前の通りのボブマーリーの信奉者で、ドレッドヘアに網シャツのコテコテのジャマイカスタイルの女だった。事故でこの世を去ったシングルマザーだった母の密かな夢であったレゲエミュージシャンを目指している。

 とにかく自分のことをジャマイカ人だと自称しているが、両親共に日本人であることは本人の前では言わない方がいい。ステゴロの喧嘩では負け無しらしいからな。

 ODは両親から虐待を受けていた。通報を受けて施設に入れられたが、人付き合いが上手くいかずに一人ぼっちだった。その施設で三人は出会ったようだ。

 風貌はいわゆるトー横キッズ。地雷系。手首切ってそうだな。名乗ってはいるが怖そうだからという理由で、オーバードーズはしたことはないそうだ。

「え、だって、あの、普通に危ないからやらない方がいいし、リスカもなんか痛そうだから、あたしは止めたほうがいいと思うんだけど⋯⋯なんで引いてるの、意味分からないんだけど!」

「こういうのを不憫かわいいって言うんだな」

「ヤーマン、それな」

「ラスタは黙ってて!」

「まぁまぁ、うちの店のフライドチキン食うか?」

 二人を諌めたのは、銀。両親、親戚ともに日系の韓国人で、日本に在住している。俺には何故なのか理由が分からないが、差別を受けてきた歴史があるのだと教えてくれた。同じ人間同士なのにどうしてそんなことをするのだろう。理解できなかった。

 銀は勉強が好きだったが、通っていた学校が放火によって全焼してしまった。その為にこの冷たいだけの都会に一人でやって来たらしい。仲間のために怒ることができる女だった。

 小学生の頃から続けているテコンドーの有段者らしく、全国大会に出た時に、学校からもらった表彰状は今でも大切な宝物だと淋しさを滲ませながら言っていた。

 

 彼女らは痛みを知っていた。確かに素行は悪いかもしれないが、都会に生きているヒトにしては良心を持ち合わせているようだった。野生のカンと言うか、直感でこの三人とは良い付き合いができるだろうなと感じた。今となっては、バーのママさんと出会うきっかけを作ってくれたこいつらには、感謝してもしきれない。

 ママさんの話をすると、彼女の母親が南国生まれで、人権活動家という肩書きがあるらしい。俺のような逸れものや、セーフティネットからこぼれ落ちたヒト、私と同じように女を好きになるヒトがそこにいた。

 従業員として彼女らも雇われているらしい。ママさんも生きていくだけで精一杯で、他人に世話を焼いている余裕もないはずなのに、困っている人は放っておけないからねと豪快に笑っていた。

 そんな人の役に立てるかもしれないことに、誇りのようなものを感じていた。

 いざ労働を始めると、仕事といっても、黙って入り口に立っているだけの楽な仕事だった。

 だが、面倒ごとが全く起こらない訳ではない。ママさんの店は「女性のみが入店出来るバー」というシステムを採用しているからだ。女性たちが安心して過ごせるような空間を作りたいという思いからこのような形態をとっているのだという。

 厄介な絡み方をしてくる連中も多かった。お客をナンパするためにしつこく入り口まで付きまとってくる奴、女性しか入れないことがはっきり書いてあるにも関わらず押し入ろうする奴、女性以外の入店を拒否するのは差別だと言う奴らもいた。そして、ママさんの活動に反感を持っているものが徒党を組んでわざわざやってくることもあった。

 説明してやってもご理解いただけない阿呆どもを「言葉だけ」で説得することは骨が折れた。だが路地裏で、少しどぎつい交渉をすればあっという間にお帰りいただけた。

 勿論こちらから仕掛けることはない。正当防衛の原則だ。向こうから暴力を振るってさえ来なければこちらから仕掛けることは絶対にない。さらに人のルールでは過剰にやり返すのはいけないことだと孤児院で勉強していたので、程よく相手を追い払うのには気を使った。

 ラスタと銀、ODはバーテンダーとして働いている。特にODの作るカクテルは分量や比率にブレがなく、本人が苦手だと言う理由で悪酔いしない物しか作らないのでトラブルも起こらず、店側としてもありがたく思われているようだった。

 殆どの人間はルールを守っているわけで、俺の出番はあまりない。自分としても力で誰かを従わせることは苦手だった。ヒトという生き物は知性がある。言葉を尽くせば争うことなく居ることができるのだ。  

 友人、仲間、従業員の皆と笑い合い、なんでもないような事で、小さな幸せを噛み締めることができる。このかけがえのない日常が、いつまでもずっと続けばいい。そう思っていた。

 やっと手に入った、安寧の場所。少し前の自分には想像すらできなかった今の生活。良い人々に囲まれ、明日を夢見ることができる。俺はなんて幸せ者なんだろう、こんな日々がずっと続けばいいのに。


 そんな甘い考えを、冷凍都市東京は許してはくれなかった。

 

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