ウルフギャングTOKYOストリート

鬱崎ヱメル

出会い

 俺には「恩人」がいる。


 俺たち人狼はメス同士で番い、そして子を為す。生みの親と育ての親の「二人の母親」がいるということになる。母さん達には、数値では測ることができない愛情を注いでもらったと思っている。

 黒毛のかっこいい母さん、白毛の可愛いママとの生活は、陽光のように暖かく穏やかで、静かな安やぎに満ちたものだった。

  そんな日常が崩壊したのは、風の強い冬の日だった。山奥にあった俺達の里に、多くの知らないヒトがやってきた。何か大きな声を出しながらこちらへと駆け出してきた。足元にいた一人が蹴り上げられた瞬間に、起こっていることが異常事態だということを本能で理解した。

 そいつらは「狩り」を始めた。バイクという乗り物で追い立てて、捕まえたのものから順にいたぶり始めた。俺は必死に逃げたが、走ってるうちにいつの間にか、母さん達と逸れてしまった。結局のところ、二人がどうなったのか、生きているかどうかすら確かめる事はできなかった。

 そして、逃げ切ることはできず、そいつらに捕まってしまった。リンチされて、死ぬんじゃないかと思うほどにバットや角材で殴られ意識を失った。その間に車の中へ押し込められたようだった。

 道端に無惨にも投げ捨てられた。子供の自分でも、死ぬということが分かった。冷たくなって行く体、霞んでいく視界に、やってくる終わりを感じた。完全に意識が飛ぶ間に誰かが近づいてきた。そいつに抱き上げられたところまでは覚えている。


 意識を取り戻すと、暖かい部屋にいた。

「おかーさーん!この子起きた!」

 人にしては小さい奴に拾われたようだった。いわゆる、人間の少女という形態らしい。母さん達が外の様子としてよく言っていた。

 彼女には犬だと思われていたが、俺は人狼だ。だが、今のように幼体だと人型を保つのは難しい。その生態のため、子犬のような形をしていた。

 彼女には本当の「愛情」を注いでもらった気がする。ただ、大したことはされてない。けれど、大きな恩をもらった。完全に怪我が治るまで一年ほど世話になり、流石にこれ以上長居するのは彼女に悪いと思い、隙を見て早く自然に戻ろうと決心していた。出ていく日に後ろから声をかけられた。


「また会いにきてね」


 今でも忘れられない、聖母のような微笑みだった。こんなに美しい心根の「ヒト」もいるなんて知るはずもなかった。あの時に初めて、俺は恋というものを知った。


 それからは良い人生を、とはならなかった。ヒトの姿にも慣れて、ガキの姿でほっつき歩いていたら、施設に保護された。しかしそこでは、持っていた性分の喧嘩っ早さもあったが、灰色の眼と髪の色、平均を大きく超えた背の高さと体格の良さを怖がって「良い子」は誰も近付いてこなかった。

 代わりに、何故か柄の悪そうな「先輩」たちには気に入られ、彼女らにこの冷たい都市で生き残る術を教えてもらった。見た目は確かに近寄りがたかったが、いつかは誰かの役に立てるようになりたいという志の高いヒト達だった。だが、そのせいもあって、里親は見つからなかった。

 施設の園長の婆さんには良くしてもらったし、高校の卒業資格を取るまで面倒を見てもらったが、年齢の問題もあったし、その施設を出て社会に漕ぎ出すしかなかった。


 そこで見たヒトは、様々な生き方をしていた。

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