別れ

 ホールスタッフである従業員の一人が、帰路についていたところを何者かによって襲われ、全治1ヶ月の怪我を負ったと言う知らせが入った。幸いなことに、軽い打撲で済んだ。

 その事件を皮切りに、店の壁にスプレーによる落書きがあったり、窓ガラスが破られていたり、店に無言電話が入るようになった。さらに悪質な誹謗中傷のビラが撒かれるようにもなった。行為はエスカレートしていき、ママさんの殺害予告まで来るようになった。

 警察に事情を話しても、実際に個人が被害を受けるまでは何もできないの一点張りで取り合ってもらえなかった。見回りは強化するからと言われ話は終わった。

 翌月には店に強盗が入り、俺がついた時には店内はめちゃくちゃにされていた。

 それでも、ママさんは非暴力の姿勢を崩さなかった。

「一度でも暴力に訴えかければ、どんな大義名分があったとしてもその人間は地獄に落ちるの。日本に来るときにね、今は光の国にいるおばあちゃんが教えてくれた。決して力に頼ってはいけないわ」

 俺なんかよりよっぽど強いヒトなんだと思った。彼女は、本当の強さを持っている。こんな立派なヒトになりたいと思える人だった。


 強盗が入ってから一ヶ月ほど経った後のことだった。


 いつものように、開店前の準備のために裏口に回ると、何故か鍵が空いていた。ママさんがもう裏にいるのだろうか珍しいこともあるなと思いながら中に入った。

「うぅ⋯⋯」

 ママさんが頭から血を流して倒れていた。信じられなかった。一体何が起こったのか、目の前の現実を理解することができなかった。動転する頭で救急車を呼び、彼女の元に駆け寄る。

「誰だ、誰にやられたんだ!」

 うっすらと目を開けると彼女は言った。

「どんなことがあっても、やり返しちゃ駄目⋯⋯私と約束してちょうだい⋯⋯」

「もう喋らなくていい、待ってろ、もう救急車呼んだからな!」

 声をかけ続けたが、途中から反応が不明瞭になっていった。三十分ほどかかって救急車は無事に到着したが、出血が多く必死の蘇生措置の甲斐なく、救急車の担架の上で救急隊の一人が首を振り、その場で死亡が確認された。

 救急隊員の一人が近づいてきた。匂いで分かった。孤児院で生きる術を教えてくれた先輩だった。

「⋯⋯こんなことを言うのは規定違反なので独り言として聞いてね。我々、救急隊の進行を、虚偽通報で 妨害した何者かがいたかもしれないんだよね」

 何者かの目星はすぐについた。悪い友達のネットワークの情報は早い。そして警官の中の知り合いにも聞いたら、読み通り例の追い返した連中が結託し、有る事無い事をSNSで吹聴して周り、ヘイトスピーチをしていた市民団体を焚き付けたんだそうだ。

 あとは簡単だった。主犯格をラスタ、売人ネットワークに顔がきく銀、SNS中毒のOD、孤児院の先輩救急隊員の姐さんに非番の時に「攫って」もらい少し強めに説得をした。このぐらいやれば手を出してこないだろうと思っていた。

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