第58話 取引といこうか
◇◇◇◇◇
城内がにわかに騒がしい。
突入したクルースニクが次々と部屋を改め、城主であるヴァンパイアを捜索していた。発見すればすぐにでも呼び笛を鳴らす手はずになっている。
「ルティス! あそこだ!」
「ああ。行こう、アルヴァー」
ロウソクに照らされた廊下を走るアルヴァーが、向かう先を指さす。
いつの間にか明かりが灯された城内で、その部屋だけがどこか異質な雰囲気を放っていた。
一般の隊員には微細すぎてわからないかもしれない。
しかしルティスとアルヴァーは、そのわずかな異変を感じ取っていた。
二人は銃を構えると、自分たちの勘を信じて一気に室内に踏みこんだ。
「っ! なんだよこりゃ……!」
「ひと足遅かったようだね」
足を踏み入れた室内はひどいありさまだった。
刻まれた戦闘の痕跡が、壮絶さを物語っていた。
亀裂の入った壁面。
倒れた石柱。
引き裂かれた布が、天井から無惨な様子で垂れ下がっていた。
「やあ、遅かったね。お二人さん♪」
広間の奥、玉座に腰かけるギルベルトは二人の姿を見るや否やにこやかに片手を振った。
「貴様っ……!」
「てめぇ! エルザになにしやがった!」
予想だにしなかった光景に、ルティスもアルヴァーも声を荒らげる。
ギルベルトの膝の上で、エルザは彼に体を預けて横抱きにされていた。
意識がないのか、彼女は瞳を閉ざしたまま。
「どういうことか、説明してもらいましょうか」
一度大きく息を吸い込んだルティスが問う。
部下の報告では、城の主は初老の男だったはず。
それがどういうわけか、玉座に座っているのはギルベルトである。
まさか同一人物というわけはあるまい。
「この城を牛耳っていたヴァンパイアなら、もう殺しちゃったよ? 残念だったね」
わざとらしく小首をかしげてウインクするギルベルトに、いらだちがつのった。
「利用されていたのは、こちら側だったというわけですか」
「雑魚を引き受けてくれて感謝してるよ」
完全にしてやられた。
だが、ヴァンパイアを討ち取るというクルースニクの大義名分が断たれたわけではない。
玉座を陣取る彼らもまた、ヴァンパイアなのである。
今ここで目の前のヴァンパイアを討ち取ればいいのだ。
だが、彼の腕の中にエルザいる。
下手をすれば彼女を巻きこみかねないこの状況に、ルティスもアルヴァーも攻撃に転ずることができなかった。
向かいあうギルベルトは、余裕すら醸し出す笑みを浮かべている。
軽い口調にもかかわらず、なんとも言いがたい雰囲気がルティスとアルヴァーの足を止めていた。
「あら、お兄さま。もう終わっちゃいましたの?」
「終わったよー。そっちは?」
膠着する双方の意識をそらせたのは、可憐な少女の声である。
ピンクのツインテールを揺らしながら、アリシアは軽やかな足取りで玉座の肘かけに腰をかける。
彼女のうしろに続いて、ダグラスがのんびりと歩いていた。
屋敷を出る際にはきっちり着こまれていた燕尾服も、今はだいぶ着崩してしまっている。
「雑魚なら全部片づけましてよ」
ちょこんと小首をかしげて、アリシアはにっこりと笑う。
「……エルザはどうした?」
玉座のそばに控えたダグラスは、ギルベルトの膝で眠るエルザを見遣る。
貼りつく前髪をふわりとなでれば、ひたいから流れた血が固まって黒く変色していた。
傷はふさがっているようで、当の本人は規則正しく息をしている。
「疲れて寝ちゃった。今日はがんばったからね」
安堵したようにやわらかい表情で眠るエルザの頬に、ギルベルトはそっと手を伸ばす。
彼女を囲む三人が、自然と優しげな微笑みを浮かべたのは気のせいではない。
「さてと」
ギルベルトの表情が変わる。
まっすぐにルティスとアルヴァーに視線を寄越した彼は、言い知れぬ威圧感を放っている。
「前の城主は死んだ。そして今、ここに座ってるのは俺だ」ギルベルトの目がスッと細められる。
「言ってる意味、わかるよね?」
こぶしをにぎりしめたまま、ルティスは苦々しい笑みを浮かべた。
突き刺さるプレッシャーに、おもわずひれ伏してしまいそうになる。
「なにが望みだ」
「そうだねぇ……。グールってのはさ、城主の言うことなら、ある程度は制御できるんだよね」
「だからなんだ! グールどもに町でも襲わせる気か!?」
「ははっ、それはそれでおもしろいかもね」
「くっ……!」
居てもたってもいられず、アルヴァーが吠える。
その様子を、ギルベルトたちは愉しそうに眺めていた。
彼らがなにを考えているのかわからない。
それが余計に、彼らに対する感情を複雑なものにしていた。
「取引といこうか、隊長さん」
ギルベルトの声色が、至極真剣みを帯びる。
もう冗談は通用しない。
ルティスは固唾を飲んだ。
「最低限のグールの制御は約束しよう。そのかわり、エルザはもらっていくよ。もし無理なら……」
口角を上げたギルベルトの視線が、「わかってるよね」とでも言いたげだった。
言葉にしなくともひしひしと感じる圧力に、ルティスのこぶしに嫌な汗がにじんでいた。
「取引? 『脅迫』の間違いじゃないのかい?」
「くくっ、心外だなぁ」
アクアマリンの瞳が妖しくきらめく。
吸いこまれそうな双眸が、まっすぐにルティスたちを貫いていた。
「俺たちヴァンパイアは、元来そういう生き物だよ」
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