第56話 崇高なるヴァンパイア
◇◇◇◇◇
石造りの城内を、エルザはギルベルトに導かれるまま進んでいく。
途中、城内に迷いこんだグールに出くわすこともあったが、もはや彼らの敵ではない。容易く息の根を止めると、二人はさらに先を急ぐ。
明かりのない廊下を、ランプの光だけを頼りに歩いた。
「まさか隠し通路があるなんて思わないじゃない」
ため息まじりのエルザのつぶやきに、ギルベルトはけたけたと笑ってみせた。
「もしもの備えが、まさかこんなところで役に立つなんてねー」
広場で合流したあと、彼が正面からではなく、城の横にひっそりとたたずむ物置小屋に入っていったときは、エルザも正直どうしたものかと躊躇した。
しかもその小屋の地下室が城内につながっているなど、いったい誰が予想しただろうか。
「エルザ、そこもろくなってるから気をつけてね」
そう言って、ギルベルトはうしろを歩くエルザに手を伸ばした。
複雑に入り組んだせまい廊下を右へ左へと曲がっては、階段を数回ほど上り下りする。
足場はあまりよくはない。
薄暗い視界とふぞろいな石畳が、彼らの歩調を遅くさせていた。
「よっと、てかなんでこんなに暗いんだよ~」
道中、通りすぎてきたいくつものドア。
そのどれもをたやすくやり過ごし、ギルベルトは目の前の小さなドアに手をかける。
身をかがめ、両手足で這うようにして、高さのないドアをくぐり抜ける。
「いいよ、エルザ。頭気をつけてね」
ドアの向こうから聞こえた声に、エルザも同じようにして前へと進んだ。
「ここ、は……?」
いままで歩いてきた隠し通路とは、地面の感触が違う。
そこは硬い石畳の上ではなく、血のように赤い絨毯の上だった。
「城のメイン廊下だよ。出入口の場所は知らなきゃわからないからね」
その言葉と同時に、隠し通路への出入口がぱたんっ、と閉まった。
とたんに、ドアは壁の模様と同化してしまい、見分けがつかなくなってしまった。
「ギル、くわしいのね」
「もともと俺んちだからねー。まぁ改装とかしてたら別だけど」
苦笑いするギルベルトの心中は複雑だろう。
どこからともなく吹き抜けた強い風に、小さなランプの火が消えた。
二人は警戒心を高める。
直後、暗闇に包まれた廊下がいっせいに明るく照らされた。
次々と灯る廊下づたいのロウソクが、まるで彼らをいざなうようにゆらゆらと揺れていた。
「ギル……!」
「あいつの仕業だ」
火の消えたランプを脇に置き、ギルベルトは振り返って廊下の奥を見遣る。
彼らの後方にあるロウソクに火は灯っていない。
明るいほうへと歩を進めれば、ロウソクは役目を終えたように消えていく。
「どうやら、案内してくれるみたいだね」
ギルベルトはしっかりと前を見据えながら、導かれるままに廊下を進んでいった。
二人を包む雰囲気が、無意識のうちに緊迫したものに変わっていく。
「ギル……」
「やっぱりここか」
ロウソクの火は、ひときわ大きなドアの前で途切れていた。
揺らめく明かりに照らされたドアは豪華絢爛で、その部屋がそれだけ特別なものだということを物語っていた。
「エルザ、準備はいい?」
エルザが力強くうなづいたのを確認して、ギルベルトは落ち着いた様子でドアに手をかける。
ゆっくりとひらくドアのすきまから、明るい光が漏れていった。
広間に足を踏み入れる。
ダークトーンで統一された室内と、壁面に施された精巧な装飾。
天井から幾重も垂れ下がる銀糸の織物。
広間の中央にまっすぐに敷かれた赤絨毯の奥へと視線を伸ばせば、数段高い位置に鎮座するのはきらびやかな玉座だった。
「よく来たな、我が子どもたちよ」
「黙れ!!」エルザが叫ぶ。
玉座に腰かけたベルンハルドは、まるで子どもの帰郷をよろこぶ親のような笑みを浮かべていた。
感情を逆なでするような彼の言葉に、エルザは嫌悪感をあらわにする。
いつ飛び出していってもおかしくない様子のエルザを手で制しながら、ギルベルトも親の仇をにらみつけていた。
「おやおや、親子の感動の対面だというのに………。悲しいものだな」
わざとらしく悲しむような仕草を見せたかと思えば、ベルンハルドは口角を上げ、牙を見せて嗤っていた。
「崇高なるヴァンパイアの血を受け継いでいるのだ。もっと誇るがいい」
「笑わせないで。あんたみたいなのが親だなんて反吐が出るわ」
「やれやれ、その反抗的な態度はいただけないな。どれ、出来の悪い娘を躾ねばならんな」
忌々しいとばかりに吐き捨てたエルザの言葉に、ベルンハルドはおもむろに玉座から立ち上がった。
黒光りするステッキを片手に、一段一段、もったいぶるように踏段を降りてくる。
「さぁ来るがいい。二人そろって相手をしてやろう!」
ステッキの先端が、カンッ、と無機質な音を響かせた。
その瞬間、視線を合わせたエルザとギルベルトは勢いよくベルンハルドに向かっていく。
二対一、単純に数だけで見るなら、ギルベルトたちのほうが有利に思える。
しかし、ベルンハルドは余裕の笑みを浮かべながら、二人の攻撃を紙一重でかわしていた。
やはり経験値の差だろうか。
自分に向けられた攻撃を、ベルンハルドはステッキ一本で退けている。
振り下ろされたサーベルを受け止めているにもかかわらず、ステッキは欠けることなど知らない。
金属同士がぶつかりあい、振りかざしたこぶしが空を切る。
「ククッ、この程度とは……。残念だよ」
二人の視界から、ベルンハルドの姿が消えた。
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