第55話 下等生物の分際で
「アルヴァー!!」
「くっ……!!」
響いた銃声に、アルヴァーは弾かれたように後方へと跳び退いた。
ヘビのように伸ばされたダニエラの腕から間一髪で逃れる。
「わりぃ、助かった」
「危なかったね、アルヴァー」
銃口をダニエラに向けたまま、ルティスは足元で膝をつき呼吸を整えるアルヴァーにそう言った。
ルティスの咄嗟の援護がなければ、いまごろ彼はダニエラの爪の餌食になっていたことだろう。
「まったく、おぞましいものだね」
「はっ、あれが本性かよ」
長く伸びた鋭い爪。
むき出しの牙。
腰をくねらせながら舌舐めずりする女の様相に、人知れず身震いする。
ルティスとアルヴァーを品定めする視線は、まさに血に飢えた化け物のようで。
その表情には美しさの欠片もない。
「ルティス、やるぞ」
アルヴァーは自身の銃と引き換えに、ルティスのサーベルを受け取る。
両手に構えたサーベルが、いつの間にか姿を見せた月明かりに照らされていた。
「援護は任せてくれ」
「信頼してるぜ、相棒」
ルティスの放つ銃声が、生ぬるい空気を引き裂いて響き渡る。
軽やかに弾丸をよけるダニエラの動きを見極めながら、アルヴァーは一気に地面を踏みこんだ。
振り上げた刃は硬い爪に阻まれるが、間髪入れずに次の手を繰り出す。
互いに相手の首だけを狙い、ダニエラの爪がアルヴァーの頬をとらえた。
滴り落ちる鮮血を気にも留めることなく、アルヴァーは彼女の腹をめがけて足を蹴り出す。
衝撃を受け止めきれずに後方へ飛んだ女に、アルヴァーは追い打ちをかけるように突っ込んでいった。
しかし、やはり彼女もヴァンパイアである。
不安定な体勢ながらも、ダニエラは彼の振りかざしたサーベルを素手で弾き飛ばした。
「アルヴァー!! 下がれ!!」
地を揺らすような太い声に、アルヴァーはダニエラから目をそらさずに反射的に距離をとる。
直後、女の苦しむ声とともに、重たい金属音が頭上から聞こえた。
弧をえがくように何度も回転を繰り返し、女の体に幾重にも絡みつく鎖鎌の先端が、むき出しの華奢な背中に突き刺さる。
「あああぁぁあぁぁっ!?」
「無事かい!? お二人さん」
「手を貸すぜ?」
「ジョッシュさん! ドミニクさん!」
太い鎖に拘束されたダニエラは、その場で苦痛に身をよじっていた。
動きを封じられたヴァンパイアを逃がすまいと、部下たちが次々と輪にしたロープを投げる。
「引け引けぇっ! 縛り上げろっ!」
肉体に食い込むロープがドレスを裂き、ダニエラのやわらかな素肌を傷つけていく。
「はぁっ、んっ、……んふっ、ふふっ」
天を仰いだダニエラは、恍惚とした表情を浮かべていた。
なまめかしいほどの吐息が空に溶けていく。
形勢は不利だというのに、彼女はこの状況でさえも快感であるかのように、唇に舌を這わせた。
「んはぁ♡ 下等生物の、分際でぇ!!」
「「「うわぁあぁぁ!?」」」
何重にもかけられたロープを振りほどこうと、ダニエラが体を反転させる。
予想外の力に、隊員の何人かが振り飛ばされてしまった。
手から離れたロープが、へたりと地面に落ちる。
「てめぇら! 離すんじゃねーぞ! きばりやがれ!!」
ジョッシュとドミニクが、両手でつかんだ鎖を力いっぱい引き寄せる。
腰を落として全身をこわばらせ、ダニエラの力を必死に押さえつけようとしていた。
「このままじゃ埒が明かねぇ!」
「空いている者は前へ! 予備の銃弾を回せ!」
ルティスの指示に、動ける隊員と銃弾が集められる。
すべての照準が、ダニエラに合わせられた。
「撃てっ!!」
「んあぁぁっ……!!」
合図とともにいっせいに火を吹く銃口。
無数に放たれる銀の銃弾。
銃創からは煙が上がり、血のにおいに混じって焦げたにおいが鼻をつく。
「ぁああぁっ…! どうしてっ……!? エサごときにこんなっ……!!」
「アルヴァー!」
「行くぞルティス!」
互いを呼ぶ声を合図に、ルティスとアルヴァーはダニエラに向かって一直線に地面を蹴った。
二人の手にはそれぞれのサーベル。
抜き身の刃が月明かりを反射して闇夜にきらめく。
「っぁああっ……! ぁあっ……!」
「さっさとくたばりやがれ!!」
アルヴァーは上体を低くして正面から、そしてルティスはすばやくダニエラの側面に回る。
互いの切っ先は、それぞれ女の心臓と脳に突き立てられていた。
「っ!? あああぁぁああぁぁんっ!!」
サーベルが肉を切り裂く。
心臓と頭を貫いたサーベルをさらにねじ込む。
辺り一面に響き渡る、けたたましい断末魔。
それさえもどこか絶頂を感じさせるように聞こえたのは、気のせいではないのだろう。
耳をふさぎたくなるような金切り声がやんだあと、女の体はまるで一気に年老いたかのようにしわだらけとなり、骨と皮だけの肉体は、どこからともなく黒い灰となって崩れていく。
周囲は静寂に包まれていた。
なにが起きたのか理解できているはずだが、誰もが頭の整理が追いついていなかった。
静まり返る空間に、サーベルを鞘に納める澄んだ音色が響き渡った。
次の瞬間、誰からともなく叫びだす。
呆然としていた隊員たちが、次々と勝利の雄叫びを上げていた。
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