第9話 心中なんて嫌

 先ほどまでの晴天が嘘のように、上空には見るからに重たい暗雲が垂れこめていた。

 昼間にもかかわらず、外は不気味なほどに薄暗い。ひんやりとした空気が肌に刺さる。

 ぶ厚い雲によってこんなにも太陽の光がさえぎられていれば、日中からグールが活動しているのも納得である。


「ケガ人は下がって! 動ける者は銃弾の補充と援護をお願い!」

「これは訓練じゃねぇ! これ以上侵入させんなよ!!」


 エルザたちの登場に、失われかけていた前線の隊員たちの士気が持ちなおす。

 後方支援にまわったルティスは的確に各所に指示を出し、戦える者たちは武器を手にアルヴァーとエルザに続く。

 混乱していた現場が、一瞬で統率の取れた連携を見せはじめた。それは確実に敵の数を減らしていく。

 心臓を貫かれ、頭に銃弾を浴び、首をはね飛ばされたグールたちが次々と屍と化す。いくら太陽が出ていないとはいっても、やはり昼間ではグールの動きも鈍いらしい。

 戦況は次第に、クルースニクの有利に傾いていった。




 絶え間なく周囲に響いていた銃声が鳴りやんだのと同時に、エルザはサーベルをすばやくひと振りして鞘に戻した。

 予期せぬ戦闘で乱れてしまった長い金髪を、手ぐしで流すようにして整える。


「ふぅ……」

「終わったかな?」

「みたいだな」


 周囲を見回しながら、アルヴァーがルティスに返事をする。

 その声をきっかけに、まわりの隊員たちもみな安堵の表情を浮かべていた。


「死人が出なかったのは幸いだったね」


 建物や敷地にそれなりの物理的被害はあるが、敵を退けたことには変わりない。クルースニクの勝利である。


「それにしたって、なんだってグールが支部を襲ったんだか」


 アルヴァーのつぶやきに、ルティスも首を縦に振って同意する。


「たしかに、こんなふうに天気の悪い日は、日中から活動しているグールはたまにいる。しかし集団で、かつ支部を襲うなんてことはいままで一度もなかったはずだよ」

「そうなんだよなぁ。知性がないわりには、ここが危険だってことはわかってたはずなんだよ」


 支部にはグールにとって脅威となる銀製の武器が集約されている。だからこそ、これまで直接手を出してくることはなかった。

 そもそもこの町に自体、グールはほとんど姿を見せない。

 にもかかわらず、どういうわけか群れをなして強襲してきたのである。

 偶然なのか。はたまたなにか目的があってのことなのかはわからない。

 なにせ言葉が通じないのだ。本能のままに生きるやつらを生け捕りにしたところで無駄なことだろう。


「さてと、んじゃま、片づけでも、っ!?」


 そのときだった。

 ため息とともにつぶやいたアルヴァーのセリフをさえぎるように、どこからともなく地鳴りが聞こえてくる。

 地を這うような不気味な低い音に、隊員たちは互いの顔を見合わせた。


「っと……!」


 地鳴りに合わせて、足元がぐらりと揺れる。地震である。この地方では珍しい現象だが、揺れはさほど大きくはなさそうである。

 しっかりと足を踏ん張り、大地が落ち着きを取り戻すのを待つ。

 おおかた揺れはすぐに収まるだろうと、誰もが思っていた。


「は? ってぅおぉおおぉぉっ!?」

「ちょっ!? バカ!!」


 揺れが止まったと思った矢先に、エルザの視界の端からアルヴァーが姿を消した。

 次の瞬間、本人の意志に反してエルザの右腕がぐんっ、と下へと引っぱられる。

 一瞬のことで、なにが起きたのか理解できなかった。

 突如として襲う全身の浮遊感と衝撃と腕にかかる重みに、エルザの表情がゆがむ。


「っと、大丈夫かい? エルザ」


 左腕をつかんだルティスの声に彼を見上げ、次いで自身の置かれた状況を確認する。

 どうやら地震の影響で、地面が陥没してしまったようだ。もともと地下水の通り道かなにかで地盤がもろくなっていたのだろう。

 運悪くその真上にいたアルヴァーが、落下の瞬間に咄嗟にそばにいたエルザの腕をつかんだせいで巻き添えを食ったらしい。迷惑極まりない。

 間一髪ルティスが左腕をつかんでくれたおかげで穴の底に落下せずに済んではいるが、アルヴァーともども地に足が着かず、宙ぶらりんである。


「アルヴァー!! 手ぇ離しなさいよ!」

「離したら俺落ちる!!」

「知るか! 一人で落ちなさいよ!」

「お前っ! 俺を見捨てるのか!?」

「あんたと心中なんて嫌よ!!」

「俺も嫌だ!!」

「じゃあ離せ!!」

「嫌だ!!」


 しっかりと手首を握りしめて離さないアルヴァーに、エルザは大声で文句を言ってやる。

 いっそのこと蹴落としてやろうかと足を伸ばすが、どうやら彼は意地でもエルザの手を離す気はないらしい。


「やれやれ。誰か手伝ってくれるかい?」


 二人が言い争っている頭上で、ルティスは部下たちに声をかけていた。さすがに彼一人の力で大人二人を持ち上げるのは、いくらなんでも無理がある。

 窮地に陥っているエルザとアルヴァーを救出しようと、隊員たちが続々とルティスの近くへと集まってきた。


 次の瞬間、嫌な音がした。


 地面のひび割れる音とともに、宙にぶら下がったままのエルザの体がガクンッ、と下がる。


「おや? どうやら、もちそうにないみたいだね」

「「え?」」


 ルティスの発した言葉の意味を理解する間もなく、一ヵ所に集中した重さに耐えきれなかった地面は、瞬く間に開口部の直径を広げる。

 とたんに体は土砂とともに、重力に従い落下していった。


「「「うわぁぁああぁ!!」」」


 落下に巻きこまれた隊員たちの悲鳴が穴に反響する。幸い誰も生き埋めにならなかったのが、せめてもの救いだろう。

 泥だらけになった白い制服を手で払いながら、エルザは隣で腰を押さえるアルヴァーの尻を思いきり蹴り飛ばしてやった。

 湿った泥の壁に顔面からつっこんでいったが知ったことではない。すべての責任は彼にあるはずだ。否、誰がなんと言おうとこいつが悪い。


「最悪だ……」


 慌てて縄梯子を取りに向かった地上の隊員の声に上を見上げれば、冷たい雫が頬を打った。

 黒い曇天から、大粒の雨が降りだしていた。



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