第8話 これだから坊っちゃんは

 地下に下りてきたときと同様に、エルザ、ルティス、アルヴァーの三人は昇降機に乗りこんだ。

 あまり広いとは言えない昇降機は、大の大人が五人も乗ればいっぱいいっぱいになってしまうだろう。定員十名とはいえ、正直なところ実際に定員上限まで乗ってしまったら、せま苦しくてかなわないが。

 内臓が一瞬浮き上がるようななんとも言えない浮遊感のあと、それはカタカタカタ……、と一定のリズムを刻みながら上昇していく。


「しっかし、お前も隅に置けないな」

「はぁ? あんたまさか、あんなやつの言うこと、まともに信じてるの?」

「信じてるわけじゃねーけど、同じ男として、やつの気持ちはわからなくもない」


 腕組みをしながら大きく首を上下に振るアルヴァーの頭を、エルザは思いきりこぶしで殴ってやった。

 アルヴァーが「った!?」と短く叫ぶが知ったことじゃない。


「あんた、一回病院で診てもらったほうがいいんじゃないの!?」


 初対面の人間の指を味見と称してくわえる男の神経などわからないし、ましてや理解したいとも思わない。

 軽蔑のまなざしをアルヴァーに向けていれば、「そういうことじゃない」とやり返された。


「お前、意外といい体してるしな」

「…………」


 セクハラである。

 たしかにエルザはどちらかといえばスタイルがいいほうだ。日々の訓練と過酷な任務で引き締まった筋肉はしなやかで、だが手足はすらりと長い。

 女性特有のやわらかさと曲線美も兼ね備えた体は、いわゆる出るとこ出て締まるとこ締まっているというやつである。世の女性たちからしたら、まさに理想的な体型だといえよう。

 だからといって、それを口に出して本人に言うのはどうかと思うが。


「……さいってー」

「いってぇ!?」


 人の体をまじまじと眺める無礼な男の足を、エルザはブーツのかかとで思いきり踏みつけてやった。

 次の瞬間、昇降機内にカチャリ、と金属音がこだまする。

 そろって振り返れば、ルティスがにこにこと満面の笑みを顔に貼りつけていた。

 その両手には、彼愛用の銃。


「待て待て待て待てっ!! おおおおお落ち着けルティス!! 俺が悪かった!! だから銃をしまえ!?」


 真っ青になりながら慌てるアルヴァーをよそに、ルティスは両手に一丁ずつ握った銃の安全装置セーフティーロックを慣れた手つきで解除する。


「ルティス!? ル※%#&*!?」


 声にならない悲鳴をアルヴァーが上げたのと、ルティスが両手を前に突き出したのはほぼ同時だった。

 しかし構えられた銃口は、エルザでもアルヴァーの脳天でもなく、まっすぐに二人の肩越し、昇降機の格子扉に向けられている。


「……ル、ティス? どうし」「チッ、これだから坊っちゃんは……!」

「へ?」


 ルティスの行動から異変に気づいたエルザが、彼に倣うようにして自身の太もものホルスターから銃をつかみ出す。すばやく弾倉を確認し予備の弾を装填すると、片膝をついて格子扉の向こうに狙いを定めた。


「え? は?」

「敵襲みたいだよ、アルヴァー」


 一人だけ状況についてこれていないアルヴァーに、ルティスは自身の左耳を指さした。人差し指の爪の先で小さくコン、コン、とつつかれたのは、無線機のイヤホンである。

 アルヴァーは慌てて、無造作に自身の首にぶら下がったままの無線機を装着する。


「っ!?」


 スイッチを入れるや否や聞こえてきたのは、部下たちの叫びにも似た報告だった。


『こちらメインエントランス! 至急応援をっ……!!』

『敵襲! 敵襲で、うわぁああぁぁ!?』


 次から次へと飛び交う情報が、事の緊急性を物語っていた。


「っ!? そーゆーことかよ!!」


 ようやく事態を把握したアルヴァーが、遅ればせながら銃を手に取る。

 無線を聞くかぎり、現場は相当混乱しているようだ。応戦しているであろう隊員たちの声に交じって、絶え間ない銃声や破壊音、ヒトならざるものの声がこだましていた。


「アルヴァー、前線の指揮は任せるよ。エルザもね」

「「了解」」


 安っぽいベルの音が、地上への到着を知らせる。

 銃口を向けた先に見えたのは、力ずくで押し破られそうになっている両開きのエントランスドア。

 ギシギシと音を立てて軋むドアに、何体ものグールが押し寄せていた。

 うす汚れた歯をむき出しにして、割れたステンドグラスの間から腐敗した体をねじ込むグールを、屋内の隊員たちが懸命に食い止めている。

 おそらく外にはまだ、たくさんのグールが待ち構えていることだろう。


「全員ドアから離れろ!!」


 アルヴァーが叫ぶ。

 声に振り返った隊員たちが、いっせいにその場から退避する。

 金属でできているはずのエントランスドアが、大きくゆがむ。

 蛇腹状の格子扉がひらくのと同時に、エルザたちは構えた銃の引き金を引いた。

 銃弾の雨が降る。硝煙のにおいが鼻をついた。

 貫通した銃弾で蜂の巣のようになりながら、エントランスドアに半身をねじ込ませていた敵が一掃される。


「アルヴァー!」

「わーってる! 行くぞエルザ!!」


 予備の弾倉をそれぞれルティスに投げ渡し、エルザとアルヴァーはすばやく腰のサーベルを抜いた。

 駆けだした先の、半壊したドアを蹴り開ける。

 すでに本来の役目を果たせなくなっていたドアは、いとも簡単に外への道をひらいた。



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