胃もたれ? はぁ、なんのことでしょ?

CHOPI

胃もたれ? はぁ、なんのことでしょ?

「久しぶりだね、おばあちゃん」

「ほんとに、よく来たねぇ」

 新年が空けて、ふとカレンダーに目を向けると1カ月が過ぎようとしていた。『1月は行く、2月は逃げる、3月は去る』とは、よく言ったものだ。本当にあっという間に1月が終ろうとしていた。


 毎年元旦には親戚一同が、年明けに祖父母の家に顔を出していた慣習も今は昔。ここ数年は親戚一同の高齢化も相まって、各々が行けるタイミングで祖父母宅に挨拶に行っている。そして私は今年、昨年末からずっと宿題のように縛られ続けていた仕事の案件のせいで、正月三箇日ですら休みが無かった。月末になってようやく一息がつけた、なんて、社会人生活始まって以来初のことだった。……マジで仕事に殺されるかと思った、今回ばかりは。


 いや、そんなことはどうでもよくて。とにかくそんな感じで年末年始を過ごしたものだから、祖父母の家に顔を見せに行けていなかった。そもそも、普段も自分の生活に託けてなかなか祖父母のところに顔を見せに行けないから、年明けの挨拶くらいしか会っていない。そんな祖父母孝行をあまりできていない私だからこそ、『年明けの挨拶くらい行かねば!』っていう使命感にも駆られていたりする。


 そこでようやく何とか休みになった1月最後の土曜日。こうして祖父母の家に顔を出しに来たわけだった。


「おばあちゃん、これ。大したものじゃないんだけど」

 そう伝えつつ手土産の紙袋を手渡す。中身は祖父母が揃って好きなかりんとう、黒糖の優しい甘さは抜群のお茶請けだ。

「あらあら、美味しそう。あとで、みんなでおやつにしましょう」

 “お持たせで悪いけど”、そう言って笑うおばあちゃん。

「玄関先でごめんねぇ、さ、早く上がって」

 そう言って先に部屋の中へと向かうおばあちゃんの背中が小さくなってて『年取ったなぁ』、なんて思うけど。お茶を淹れたり、私の座る場所に座布団を用意したりと、ちょこちょこ動き回る機敏さは相変わらずで、その元気そうな姿を見て安心した。


 ――ボーン、ボーン、ボーン……


 私はおばあちゃんち以外では、こんな音を鳴らす時計を見たことが無い。THE・昭和なイメージそのままの掛け時計が音と共に知らせたのは、丁度短針と長針が重なる時刻だ。

「あれ? おじいちゃんは?」

「もうすぐ帰ってくるはずよ」

 聞けばお昼ご飯のお使いを頼んだとのことだった。興味本位で何を頼んだのか聞いても『お楽しみ』としかおばあちゃんの口からは返ってこなくて、だからおじいちゃんが帰ってきたときに思わず口が空いてしまった。


「ただいま。お、もう来てたか」

 おじいちゃんは今でもバリバリに自転車を乗り回している。なんなら、電車やバスよりも自転車移動の方が断然多い。元気だよなぁ、なんて感心していたけど。

「え、お昼ご飯、それ買いに行ってたの……?」

「ん? おぉ、これな。ばあさん、たまに『食べたい』って言うんだよ」

「いやねぇ、なんかどうしても食べたい日があるのよ」

 おじいちゃんの手にぶら下がっていたその袋は、祖父母宅からだと一番近くの店舗でも2駅ほど離れた場所だ。“大丈夫、まだあったかいぞ”なんて言うけど、おじいちゃん。あなた、自転車どれくらいの速さで漕いでるの……?


 冷めたら美味しくないから、と急いでお膳の上に準備されたソレ。3人でお膳を囲むようにして座って、各々が目の前の紙の蓋を開く。視界に入った赤と緑と白、続いて香った、チーズと火の入ったトマト、そしてバジル。一人一箱、小さめとはいえしっかりボリュームがあるそれは、いわゆるお一人様用・Sサイズの宅配ピザだった。


「「いただきます」」

 そう言って食べ始める2人を追うようにして、私も慌てて『いただきます』と言ってピザに手を付ける。

「美味しいねぇ」

「ばあさん、本当に好きだよなぁ」

 なんて話している2人。2人にとっては日常風景なんだろうけど、孫としてはビックリですよ。いやまぁ、確かに宅配ピザって店舗行けば半額で安いけども。……というかそれ以上に、1人1枚なのにも驚きですよ。さっきはおばあちゃんのこと、年取ったな、なんて思ってごめんなさい。全然元気だわ、本当。


 ニコニコ笑いながらピザを頬張る2人。流石に飲み物はジュースじゃなくて、おばあちゃんの淹れた温かいお茶なことに、妙な安心感を覚えてしまった。

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