幸せとは

その後、

サラはしばらくカイルと共に幸せな時間を過ごした。

しかし、昼食前にカターナ国からの要人が来たと団員からの報告で、カイルは慌ただしく部屋を飛び出していってしまった。


後には護衛が二人、申し訳なさそうに部屋の入口に立っている。


カイルからは、くれぐれもサラの身に何か無い限り2メートル以上近づくなと念を押されたと言っていた。


昼食はボルテとルイと三人で取り、少し休んでからそろそろ支度をとマリーに促される。


その後は沐浴したり、肌に香油を塗られたり、フェイシャルマッサージや爪磨き、ありとあらゆる事を施され、サラは慣れないボディーケアにぐったりした。


世の中の令嬢はこんなにも日々、自分を磨き上げいるのかと尊敬の念まで浮かんできた。


その後、助っ人にと1人の使用人も加わり、三人がかりでドレスを着せられる。


この日の為に用意したドレスは、淡いアイボリー色で、一面に輝くスパンコールが縫い込まれ、胸元にはフワッとしたレースが一つ一つ丁寧に編みこまれた。

控えめな色柄ながらも、エレガントであり、気品と奥ゆかしさを感じるような、そんなデザインになっていた。


「まぁ、よくお似合いですわ。

サラお嬢様はお肌が白く、とてもきめ細かいのでこの淡いアイボリーが引き立ってとても素敵です。」

助っ人に来た使用人はサラを褒めちぎり、

その度にマリーは鼻高々に、サラを褒め称える。


「それはそうでしょう。

我がご主人様の大切な婚約者様ですから、サラお嬢様心もお優しくて、使用人にもお土産を買ってきてくれたりする、素晴らしい方なんですよ。


何しろご主人様が大変大切になさってまして、ほら今も入口に警備が二人立っているでしょう。選りすぐりの屈強な男達です。」


カンナがサラを褒めちぎるので、サラはだんだん恥ずかしくなってしまう。


「カンナさん、恥ずかしいのでその辺でやめて下さい…。」


「お嬢様はもっと、ご自身に自信を持つべきですよ?あの、カイル竜騎士団長の寵愛を一心に受けているんです。」


「それにしても、今日は出来るだけ側にいると言っておられましたが、ご主人様はなかなか戻って来られませんね。」

マリーがそう言って時計を見上げる。


針はもうすぐ5時を指す。

晩餐会は6時には始まるので少し気が気では無くなる。


「カイル様もお着替えがあるのでしょう?」

サラも心配になってくる。


「まぁ、男性方のお着替えはさほど時間はかかりませんので大丈夫ですが、それでもシャワーには入って頂いて、爪ぐらいは綺麗に整えさせて頂きたいわ。」


マリーはそう言って、カイルの衣装をクローゼットから取りに部屋を出て行った。


「カイル様はどんな衣装を着られるの?

見てみたいです。」


「軍人ですから、普段とさほど変わり映え無いかと思いますが…。

白地に腕章やら軍章やらがびっしりついた軍服ですわ。」


黒い軍服姿は良く見たが、白い軍服はレアだと思い心が躍る。


端正な顔立ちのカイルが着れば多くの令嬢がきっとたちまち目を奪われてしまうだろう。


「それは…きっとカイル様がモテ過ぎて困ってしまいますね…。」

サラは心配になって俯いてしまう。


「ご心配をなさらなくても大丈夫ですよ。

カイル様はサラお嬢様以外、目もくれませんから。」

ふふふとカンナが笑う。


助っ人に来た使用人も、

「そんなに仲がお宜しいのですね。」

と、にこやか笑う。


「辞めてください。

カイル様はきっと、場慣れしない私を気遣って過保護にされているだけですから。」


「いいえ。サラお嬢様、ご主人様は本気ですよ。形だけかとお思いですか?

貴方は本当に、愛されて大切にされています。


あんなに周囲の男性を牽制して、独占欲丸出しですから。3年間お世話していますが、あの様なご主人を見たのは始めてでございます。」


「そうですよ!もっと自信を持って下さい。

その薬指の指輪もとても高そうなお品です。」

助っ人に来た使用人もそう言ってサラを持ち上げてくれる。


「ところで貴方のお名前は?

バタバタしていて聞きそびれてしまっていました。」


「私はララと申します。

普段は国王陛下の身の回りのお世話をしていますが、今日は御令嬢がたのお手伝いをと、言いつかっておりますから、何なりとご指示下さいませ。」


そう言われるとサラは困ってしまう。

普段から自分の事は基本自分で出来るし、既にドレスも着て後は化粧直しだけだった。


「お好きな飲み物でも、飲んで好きに休んでいて下さい。」

ニコリと笑って言うサラを驚き目を点にする。

「世の中の貴族達に聞かせてやりたいお言葉です。なんて優しいお嬢様なんでしょう。」


感動の眼差しを向けられる。

サラとしては普段通りにしてるだけなのだが。


「そうですね。ちょっと10分ほどみんなで休憩しましょうか。」

カンナがお茶の支度を始める。


ララもすかさず手伝おうとするが、カンナに止められて、おずおずと空いているソファに座る。

「私、この様な施しを受けたのは初めてです。ソファに座ったのも初めてです。」


「そうなの?私は普通の貴族とはかけ離れた生活をしていたから、何が正解か分かりませんが…。」

それから束の間戻って来たマリーも加わり、4人でたわいもないお喋りをした。


サラがお化粧直しをしている頃、やっとカイルがバタバタと戻って来た。


「すまない、遅くなってしまった。

急いで支度をするからそれまで部屋で待っていてくれ。」

ドアを開けるなりそれだけ言って、カイルは急いで着替える為行ってしまう。

慌てて、カンナがその後を追う。


「お嬢様、ちょっと旦那様のお手伝いに行って来ますので、少々お待ちくださいませ。」


サラはこくんと頷きカンナに手を振る。


時計を見ると、6時まであと20分だった。

「少し遅れてしまうかも知れませんね。」

ララが時計を見つめ呟く。


「少しくらい遅れた方が良いのです。その方が逆に身構えず、入りやすいかも知れません。」

サラは微笑みそう言うと、

「寛容なお嬢様ですね。」

と、ララに褒められる。


普段マイペースなサラにとって、時間に間に合わない事はさほど苦にならない。

ただ、カイルが少し慌ただしくて可哀想だと思うだけだった。


「お待たせしました。」

と、カイルが部屋に迎えに来たのはものの10分ほどで、どれだけ急いでくれたのかと心配になる。


「お忙しいのに…大丈夫ですか?

お昼ご飯は食べられました?

少しお茶でも飲んで、休んでから行きますか?」


その頃には時間なんてどうでも良くて、サラはカイルを心配してしまう。


「大丈夫です。

それより、そのドレスとても良く似合います。その色にして正解でしたね。」

カイルが嬉しそうに笑うので、サラも嬉しくなる。


「ありがとうございます。素敵なドレスをご用意していただき感謝します。」


最近気付いたのだが、カイルは何故かカンナとマリー、ボルテやルイがいる時だけ敬語になる。


ボルテとルイがいる時は仕方が無いと思うのだが、なぜマリー達の前でもそうなのか不思議に思っていた。


「ご主人様、まだお髪を整えていません。」


慌ててカンナが追いかけてくる。

よく見るとまだ髪が半乾きの状態だった。


「歩いてる間に乾くから。」

とカイルは断り外に出ようとするのを、カンナとマリーは2人がかりで止めようとする。


「カイル様、風邪をひかれたら大変です。」

サラも慌てて、2人に続き手を引っ張って椅子に座らせる。


「言う事を聞いて下さいませ。

今夜はサラ様をエスコートするのですよ。

護衛だからと思っていてはなりません。」

カンナがまるで母親の様にカイルに諭す。


「分かったから…手短に願います。」

カイルも降参してやっと、大人しくされるがままになる。


サラも手伝おうと、カイルの濡れた髪を軽くタオルで拭いていると、

こっそりとカイルが、

「ドレスもだが、サラが1番美しい。」

と、そっと耳元で言われ顔がボッと熱くなる。


カイルは椅子に座る前、見ない顔の使用人に目を向けるが特に気にも留めない様な素振りでいた。


「よろしければ、お茶でもいかがですか?」

そう言って、ララはカイルに温かい紅茶を差し出す。

「ありがとう。」

と、受け取るがそのまま机に置いて口はつけなかった。


不思議に思って見ていたがサラはハッと気付く。

ララはもしかしてカターナ国王の密偵なの⁉︎


だから、マリーもカンナも私達の仲の良さをララに大袈裟なほど話してたの?


「サラ、気にしなくていい。俺がいるから大丈夫だ。」

サラの様子を察したカイルが、何気なくそう言って落ち着かせる。


前髪を上げてサイドに流した感じで髪を整えられたカイルはいつもより倍かっこ良く、直視出来ないくらい素敵だった。


「はい、完成しました。サラお嬢様どうですか?上出来でしょう?」


「はい、とっても素敵です。」

部屋にいる4人の女子は思わず拍手をする。


「俺は別に脇役だから何だっていい。」


当のカイルはまったく気にせず自分の事に関しては無頓着だ。


「あまり、走り回ったりしないで下さいよ。髪が乱れてしまいますから、後ちゃんと歩く速度をサラ様と合わせで下さいね。」

はい。はい。とマリーの小言を大人しく聞いてるカイルが可愛く見えて、サラは思わずふふふっと笑ってしまう。


そんなサラを見てまた、カイルも苦笑いをする。


「では、行ってきます。」

サラの手を取りカイルは歩みを進める。

護衛2人も後ろからついて来ている。


体制は万事整った。


後は敵がどの様に出て来てもいい様臨機応変に動くだけだ。

サラには出来るだけ晩餐会を楽しんでもらえるよう、怯えさせないよう、余り要らない情報は伝え無いようにしていた。


ブルーノが誰の竜に怯えたか確認出来た為、

誰が主犯格かカイルには目星が既に、付いていた。

サラを傷つけられぬ様、細心の注意と警戒を怠らず細部にまで目を光らす。


舞踏会の行われるホールには、敷地内だといっても割と遠く馬車に乗って移動する。


外は知らぬ間に暗くなっていた。

月明かりと外灯の中いくつもの馬車が行き交い、着飾った人々が通り過ぎて行く。


サラはカイルに手を引かれ、綺麗な装飾に飾られた馬車に乗る。

屋根付きの馬車は椅子もソファのようにふかふかで乗り心地がとても良い。


馬車の中には小さなシャンデリアまで付いている。

「凄い綺麗ですね。」

サラが驚き馬車内をキョロキョロと見回す。

カイルはそんなサラを愛おしそうに見て、目を細めて微笑む。



「団長、失礼します!

我々も馬でついて行きますか?」


「1人はさっき部屋にいた使用人から目を離すな。もう1人はついて来い。」


「了解しました。」

指示を聞いて団員は素早く動く。


本当に今日で辞めてしまうんだろうかとサラは思ってしまう。


「サラは要らない心配はするな。

俺が側に居るから大丈夫だ。」


カイルはサラの手をそっと握る。

「手が冷たい。」


「大丈夫です。

始めての舞踏会なので、緊張してるだけですから。」


にこりと笑ってみせる。


外は知らぬ間に暗くなっていた。

月明かりと外灯の中いくつもの馬車が行き交い、着飾った人々が通り過ぎて行く。


サラはカイルに手を引かれ、綺麗な装飾に飾られた馬車に乗る。

屋根付きの馬車は椅子もソファのようにふかふかで乗り心地がとても良い。


馬車の中には小さなシャンデリアまで付いている。

「凄い綺麗ですね。」

サラが驚き馬車内をキョロキョロと見回す。

カイルはそんなサラを愛おしそうに見て、目を細めて微笑む。



「団長、失礼します!

我々も馬でついて行きますか?」


「1人はさっき部屋にいた使用人から目を離すな。もう1人はついて来い。」


「了解しました。」

指示を聞いて団員は素早く動く。


本当に今日で辞めてしまうんだろうかとサラは思ってしまう。


「サラは要らない心配はするな。

俺が側に居るから大丈夫だ。」


カイルはサラの手をそっと握る。

「手が冷たい。」


「大丈夫です。

始めての舞踏会なので、緊張してるだけですから。」


にこりと笑ってみせる。


馬車に乗ってしばらく城内を走ると、景色の中にガラス張りの建物が見えてくる。


「ここが、国王陛下が言われていた温室ですか?」

窓を覗きながらサラはカイルに問いかける。


「ああ、中の温度を一年中一定に保っていて温かいんだ。バナナやパイナップルなんかの果物も育ててる。」


「素晴らしいですね。

ここから見える風景も綺麗…。宝石箱みたいにキラキラしてます。」

目を輝かせてカイルに振り返る。


「そうだな、明日にでも行ってみるか。」


「はい。是非行きたいです。」

ふわりと笑うサラが可愛いくて、カイルは出来ればここに閉じ込めて、誰にも見せたく無いなと思わず考えてしまう。


「サラ、他の男に話しかけられても無視しろよ。しつこい様なら婚約指輪を見せて威嚇しろ。」


「威嚇ってどうすれば?犬じゃないので…」

ふふふっとおかしくなってサラが笑う。

カイルもつられて笑う。


「とにかく、相手にするな。ダンスなんて誘われたら走って逃げろ。」

そんな事してもいいの?とサラは笑いが止まらなくなってしまう。


「ドレスで走る令嬢なんて…。」


「サラは意外と足が速いから逃げ切れるだろ。かくれんぼも得意じゃないか。」

2人は出会ってからのこれまでを思い出し、温かい気持ちになる。


「分かりました。もしも誰かに声をかけられたら、カイル様の所まで走って逃げますから。受け止めて下さいね。」


はははっと笑い合いながら束の間楽しい気分になり、緊張が解れていった。


気付けば、晩餐会が行われているホールに到着していた。


先に馬車を降りたカイルがサラに向かい、手を差し出す。

サラも頷いてカイルの手にそっと自分の手を重ねる。



馬車を降りると、目の前に高く広く玄関に続く階段があり、真ん中には赤い絨毯が敷き詰められている。


余りの高さにサラは一瞬足がすくむ。


ドキドキと脈打つ心臓の音が、カイルにまで聞こえてしまうのではと、心配になる程高鳴る。


「ゆっくり登るから転ばない様に。」

カイルが笑いかけてくれ、少し気持ちが落ち着く。

カイルの腕に掴まりながら慎重に階段を踏み締めた。


やっと階段を登り終え、玄関に近付けば見知った顔の団員が立っていた。

カイルに向けて敬礼をするその姿を懐かしいとサラは自然と笑顔になる。


ふと、兵士と目が合いびっくり顔で固まってしまう。

「……リューク殿⁉︎」


彼はよく食堂で顔を合わせ、いつも気軽に声をかけてくれたコイル少佐だった。


「リュークの妹のサラと申します。その節は兄がお世話になりました。」

丁寧にお辞儀をして笑いかける。


「こちらこそ。そっくりなご兄妹ですね…。」

別人だと思ってくれたんだろうか?びっくり顔のコイルを後に会場内に入る。


ロビーを抜けると、行き交う人も増えカイルとサラにお辞儀をしたり、微笑み返してくれたりと忙しくなる。


カイルが分かる限り、名前や人物について教えてくれる。


「そこに居るのが陸軍の近衛隊長だ。少し挨拶をする。」

サラにそう告げ、一緒に近付き礼を取る。


「お久しぶりです。近衛隊長閣下。」

サラもカイルに続き、覚えたてのリアーナ国式のお辞儀をする。


「おー!カイル騎士団長じゃないか!

珍しいな。客人として参加するのは初めてじゃないか?」


「ええ、まぁ。」

とカイルが軽く相槌をすると、今度はサラに目を向けて、

「こちらが噂の婚約者殿だな。なんとお美しい女性じゃないか!紹介してくれ。」

口髭を撫でながら近衛隊長はサラを見る。


「婚約者のサラ・サラマンドラです。

サラ、こちらは近衛隊長のマルクス閣下だ。」


「初めてお目にかかります。サラと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

サラは深くお辞儀をする。


「こちらこそ。見目はいいが、なかなかの堅物のカイルが婚約したと聞いて、驚いていたんだ。貴方が、ボルテ公爵のお嬢さんか!

聡明な目をしておるな。末永くカイルをよろしく頼むぞ。」


「父をご存じなのですね。こちらこそ不束者ですが、よろしくお見知り置きの程を。」

微笑み挨拶を交わすサラはどこから見ても、素敵な淑女だった。


「うちの家内を紹介しよう。」

奥様もとても気さくな方で、ドレスやアクセサリーの事で話は弾む。

カイルと近衛隊長もしばし話し、その場も和む。


「お話は尽きませんが、国王陛下に挨拶がまだなのでこの辺で失礼します。」

カイルが話しを切り上げてやっとその場を離れた。

その後も何人かに同じような挨拶を交わし、やっとホールの入口に辿り着く。



「ホールに入る前だと言うのに、既に疲れたな…。」

カイルが呟く。サラは少しだけ笑って

「私もです。」

と、賛同する。

「喉が渇いたな。」

そう言って、近くのウェートレスにシャンパンとオレンジジュースを頼む。


カイルは飲み物を受け取ると、サラを導いてホール内に足を踏み入れる。


ホール内からはオーケストラがワルツの音楽を奏でていた。

中央には楽しそうに踊る若い貴族達、それを取り囲むように、来客者達が楽しそうに語らう姿が見える。


「足は痛まないか?どこかに一度座るか?」

カイルはサラを心配し、いつもよりまして過保護なる。


「まだ、ダンスも踊っていませんから、足は大丈夫です。

それよりも、国王陛下にご挨拶に行かなくてよいのですか?」


「あれは、その場を抜ける為の口実だ。

国王陛下に挨拶が遅れても問題無い。

ここに来るのが遅くなったのも、陛下のせいだから。」


そう言って、サラを壁際に連れて行き、寄りかからせながらジュースを渡してくれる。


有り難くオレンジジュースを受け取って、2人でグラスを軽く合わせてから、サラは渇いた喉を潤す。


「はぁー、美味しいです。」

身体の隅々までオレンジの爽やかな酸味が行き渡り、ホッとため息を落とす。


「ここに来るまでに何人もの男どもがサラを見ていた。隙あらば近付いて来そうだから気を付けろ。」

カイルは不機嫌にそう言ってサラを見つめる。

無理も無い、今日のサラは綺麗すぎる。


色とりどりのドレスの中で、一際アイボリー色のドレスが映えて、控えめの色合いにもかかわらず逆に目がいってしまう。


それに、今日の髪型は長い髪をアップにまとめて、華奢な白いうなじが目に入る。


これは目に毒だとカイルが思うほど、色気がダダ漏れだ。


それに、その愛らしい笑顔を振りまけば、たちまち会場内の男共の視線を奪ってしまうだろう。

無自覚の美しさは、罪だと自覚して欲しい。


「それを言うなら、カイル様の方が絶対おモテになられます。何人のご令嬢が微笑みかけたことでしょう。」

サラはそう言って心配そうな顔で見上げる。


「そうか?」

当の本人はまったく気付いてないようだ。


白い軍服は黒いタキシードが多い中で、どうしても目立ってしまう。

それに伴い、見目美しい丹精な顔つきと、スタイルの良さとが相まって世の中の女性の視線を一気に集めてしまう。


「これを飲んだら、仕方ないから国王陛下に挨拶に行くか。」

ついでにと言うような口調が可笑しくてついサラは笑ってしまう。



「カイル!やっと来たな。」


一息ついていた所に、不意に声をかけられる。

「お疲れ、今の所問題ないか?」

カイルと同じくらい長身の男が近付いてくる。カイルはサラの前に立ち男の視線からサラを隠す。


「ああ、警備は万全だ。

それよりも、サラ嬢に挨拶もさせてくれないのか?」

声の主はサラでも分かる。

カイルの後ろから顔を出して挨拶をする。


「お久しぶりです。ショーン副団長様。」

微笑みかけて軽く会釈をする。


「ああ、サラ嬢!

お元気そうで何より。


ドレス姿は初めて見るが、とても美しい!

任務中じゃなけれは、一緒に踊って頂きたかったな。」


「おい!サラに近づくな。」


片手を出して握手をしようとするショーンをカイルは威嚇する。


「そう噛み付くなよ。

独り占めはよく無いぞ。もっと心を広く持つべきだ。

サラ嬢、こいつに愛想が尽きたら是非、俺に声かけてくれ。」


「…それはこの先も無いかと…。」

サラは返事に困ってしまう。


「余計な事を話すな。早く任務に戻れ。」


「未だって任務中だ。不審人物が居ないか、不審物がないか、隊員配置の確認もついでにやって、本当お前のせいで大忙しだよ。」


「今まで手を抜いてきたせいだろ?」


「まったく、一休みしたらすぐ帰って来いよ。俺にはあいつらの面倒は無理だ。」


「戻るつもりは無いが、補佐役に優秀な男を推薦してある。後は自分で何とかしろ。」


「サラ嬢からも言ってよ。

貴方には軍服が似合ってるって、サラ嬢の一言があれば直ぐ戻って来ますよ。カイルなら。」


「軍服姿が見れなくなるのは寂しい気もしますが…カイル様が決めた道ですから、私は賛同したいと思います。」


「出来た婚約者様だ。」


「ほら、もういいから早く任務に戻れ。」


「分かりましたよ。戻りますよ。まったく自分だけシャンパン飲んで羨ましい。」


「ノンアルコールだ。早く行け。」


シッシッと手で払う素振りをしてショーンを任務に戻す。

軽く敬礼をしてショーン副団長はその場を去っていった。


気を取り戻して、サラと共に上段に座る国王陛下に挨拶に伺う。

その、少し離れた上段にはカターナ国の国王とその家臣が座り談笑しているのが横目に入る。


「ご挨拶が遅れ申し訳ありません。

本日はお招きありがとうございます。」

カイルは国王陛下に臣下の礼を取る。

サラもそれに従い、深くお辞儀をする。


「やっと来たか、カイル。待ち侘びたぞ。

これはサラ嬢、今夜は一段と美しい!!

もう少し近くに来て顔を見せてくれ。」

国王陛下は立ち上がりサラに近付こうと三段ほどある階段を降りようとする。


「陛下。」

女王陛下に止められ、立ち上がったままその場に止まる。

カイルも流石に威嚇出来ず、眉間に皺を寄せながらも心を落ち着かせる。


サラは最前まで近付き再度、深くお辞儀をする。

「お久しぶりでございます。本日はお招きありがとうございます。」


「今日のドレスはサラ嬢にとても似合っている。約束通り、一曲踊ってくれるか?」


「もちろんでございます。初心な者で、お手柔らかにお願い致します。」


「ああ。そうだ、

肝心の妃の紹介を忘れていた。私の妻のシャルロットだ。今は身重で後数ヶ月に産まれる予定だ。」


「初めてお目にかかります。サラ・サラマンドラと申します。」

女王陛下に向けお辞儀をする。


「初めまして。カイル騎士団長の婚約者様のお噂は、陛下から良く聞いておりました。

お会い出来て嬉しいですわ。

陛下が我儘を言って申し訳け無いけど、踊ってあげて下さいね。」

初めて見る女王陛下はとても気さくで優しい雰囲気の人だった。


「カイル、顔が怖いぞ。」

陛下に指摘され、カイルは視線をサラに向け、平常心を取り戻す。


「今宵は、どうぞ楽しんでくれ。

カイルには今まで沢山の任務を遂行してもらった。

これまでの功績を称え、サーの称号を与えたいと考えている。

私としても心強い我が国の砦であり、親友でもある。

手放すのは少々寂しいが。

カイルの人生だ。

あまりに国の為に縛られ過ぎるのもどうかと、日頃から考えていた。

これからは思いのままに生きて欲しい。


平和な時代が訪れる事を切に願う。」


「もったいなきお言葉ありがとうございます。」

カイルは晴々しい顔で国王陛下と向き合う。

サラも申し訳ない気持ちがあったが、これで良かったのだと胸を撫で下ろした。


カイルとホール内の挨拶周りをした後、ボルテとルイと共に食事をして楽しい時間を過ごす。


カイルは時折、カターナ国の要人達の動きを目で追いながら、警戒心は解かないでいた。


「せっかくだから、一曲ぐらい2人で踊って来たらどうだ?」

ボルテが食後のデザートを食べながら2人に言う。


「皆さんお上手で…この中で踊るのは勇気が入ります…。」

この日の為に練習はしてきたが、とても人様に見せれるような自信は無いと、サラは怖気付く。


「せっかくだから、ワルツならどうだ?」

カイルは昔、軍学校で習った程度だが身体能力には長けているから、ワルツ程度なら踊れそうだと思い、サラを誘う。


「……分かりました。本当に緊張してるので足とか踏んでしまうかもしれないですよ?」


「後で、国王陛下とも踊る約束をしているのだろう?練習だと思って行ってみなさい。」

ボルテはせっかくの娘の晩餐会デビューを堪能したいと2人を促す。


カイルが席を立ち、サラにダンスの誘いの決まり文句を言って、片膝をついて手を差し出す。

「本気ですか?」

サラは戸惑う。


「手を取ってくれないと俺も恥ずかしいんだが。」

カイルがそう言って笑うので、ドキドキしながらも手を差し出す。


ホールの中央に向かいながら、沢山の女性からの熱い視線を感じる。


「カイル様、本当に踊りますか?なんだかさっきより観覧者が増えた気がするんですけど…。」


「どうした?珍しく弱気だな。

サラはこの日の為に練習してきたのだろ?

俺なんか軍学校時代に授業で習った程度だぞ。」


「えっ⁉︎大丈夫なんですか?」

目を丸くしてカイルを見上げると、

楽しそうにニヤッと笑って、

「今から見て覚える。俺の身体能力を舐めるな。」

自信有り気にカイルが言う。


「なんだか気負いしていた私が間違ってました。」

サラも肩の力が抜けて、楽しくなってきた。

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