第四章 婚約者として…

それから、

とんとん拍子で偽の婚約話しは進みボルテの体調が回復し歩けるようになった頃、サラマンドラ家三人は郊外にあるカイルの邸宅に身を寄せた。


そこはとても静かな場所で、元々は国王陛下が避暑地の別荘として建てたらしく、林に囲まれ、自然が豊かなた場所だった。


そこで1ヵ月、三人は思いがけず平和な日々を送っていた。


カイルは、週に1回邸宅に帰ってくるくらいで前にもまして会える日が減ってしまった。


サラは、晩餐会に向けての立ち振舞いやダンスの練習など、久しぶりに貴族の令嬢として、お稽古事で日々忙く過ごしていた。


カイルとの関係についてはボルテとルイには嘘をつきたく無いと思い、偽婚約者であると言う事を正直に話した。


最初、ルイは本物の婚約者になれるように努力するべきだと、サラにいろいろ言ってきたけれど最近では諦めたのか何も言わなくなっていった。


邸宅の暮らしはとても快適で、庭のバラの手入れや馬小屋のお手伝いなど、忙しいレッスンの間に楽しんでいる。

 

マリーお勧めの庭の薔薇園は今薔薇が咲き誇り、一番綺麗な時期だ。


朝、サラはいつもの様に目が覚めて朝食の準備をするマリー達を手伝いに厨房へ行く。


「おはようございます、サラ様。」

マリーが朝からテンション高めにやってくる。

「昨夜、ご主人様が遅くにお帰りになりました。サラ様と一緒に朝食をと申しておりましたよ。」


「私と二人だけでですか?」


「はい。なので、そんな使用人のような格好では無く、令嬢に戻って着飾って来て下さいな。」

そう言って、カンナを呼びサラはまた部屋に戻されドレスを吟味する事になる。


服を選びながらカンナが言う。

「朝食ですが、せっかくですし、バラ園の東屋で取られてはどうですか?

今朝は清々しく気持ちの良い天気ですし。」


「素敵!!

日々忙しくしているカイル団長に少しでもバラを眺めて穏やかなひとときを過ごして欲しいわ。」

サラも嬉しそうに賛成する。


身支度を整えサラがバラ園に顔を出すと、

東屋はとても綺麗に整えられ、バラも見事に咲く誇っていた。


「お嬢様、お呼びするでお部屋にいてくださいな。今日は御令嬢らしく、日々のお勉強の成果を見せてくださいね。」

マリーに言われて少し緊張してしまう。


「少しくらいお手伝いしたいの。

机に飾るバラを摘んで来てもいい?」


「分かりました。ドレスを汚さないよにお気を付けて下さいね。」

そう言って、ハサミと籐で編んだ籠を渡してくれる。

「はい。」

サラはにっこり微笑み庭へ降りて行く。


何色がいいかしら?

深紅に白に薄ピンク色いろいろな色が咲き乱れて迷ってしまう。黄色も捨てがたいわと、庭のあちこちを見て回る。


やっぱり深紅かしら。そう思い、慎重に一本ずつ丁寧に摘んでいく。


カイル団長はきっと、忙しくて花を愛でる時間なんて無かっただろうし、きっと貴重な時間になるわ。


バラを摘みながらサラはカイルの事を考える。


「何をしている?」

不意に後ろから声をかけられて、ビクッとして振り返る。


「痛っ」

慌てた為にバラの棘が指に刺さってしまう。


「すまない。」

慌ててカイルはサラの手を取り傷を見て、自分のハンカチで血を抑えてくれる。


「カイル団長!

おはようございます。

だ、大丈夫です。私の不注意ですから。」

急の至近距離に戸惑い、心臓がドキドキ高鳴ってしまう。


今朝のカイルは白シャツに黒ズボンと言うラフな服で完全なプライベートの様だ。


「俺のせいだ。痛いか?」

そう言って懐中から聖水の瓶を出そうするので、サラは慌てて止める。

「だ、大丈夫です。大した傷では無いので、抑えておけば血もすぐ止まります。」


「しかし、化膿してはいけないからちゃんと手当てをしなくては。」

心配性は変わって無いなとサラはふふっと笑ってしまう。


「お気遣いなく。

それより、お久しぶりですね。カイル団長、やっとお休みが取れたのですか?」


「ああ。なかなかこちらに戻れなくて申し訳ない。不憫な思いはしてないか?」


「大変、居心地良く楽しく過ごしています。お庭も広くて、ブルーノものんびり過ごさせて頂いています。」


「そうか、それは良かった。

…しかし、話しには聞いていたがこんな場所があったなんて知らなかったな。」


「ここに住まわれて何年ですか⁉︎

まったくバラ園に来た事なったんですか?」

サラは驚き目を丸くする。


「もう、三年以上になるが…。

こんな平和な日々はそう無かったからな。」

苦笑いしながらカイルは答える。


「…そうなんですね。

お忙しいから…勿体無いです。」

寂しそうな顔をしてサラが言う。


「庭の手入れもサラが手伝ってくれたと聞いた。ありがとう、このバラ園が気に入ったのならサラにやろう。」

そう言ってカイルが笑う。


久しぶりに笑顔を見たとサラも嬉しくなる。


抑えていたハンカチを取ると血もすでに止まっていた。

カイルはそのハンカチを素早くポケットに戻し、サラの持っている藤の籠をそっと奪い歩き出す。


「どの、花が欲しい?俺が摘むから支持してくれ。」

カイルはそう言って先を歩く。


「えっ⁉︎そんな大丈夫です、自分で出来ます。」

慌ててカイルの背中を追う。


しばらく二人でバラを眺め選び、摘みながら楽しい時間を過ごした。


「お腹が空いて来ましたね。そろそろ戻りましょうか?」


「そうだな。

籠もいっぱいになったし、丁度いい。玄関や部屋にも飾ろう。」

カイルも楽しそうに話す。


東屋に戻ると、マリー達がやっと帰って来たとバラを受け取り朝食が運びこまれた。


「旦那様がここに来てからこんなに優雅な朝食は初めてですね。今日はのんびりお過ごし下さいませ。」


マリーがそう言って、給仕の者も下がらせ二人っきりにしてくれる。


「ところで、ボルテ殿の体調は問題ないか?」

薬の後遺症には気持ちの浮き沈みもあると聞き、カイルは心配していた。


「大丈夫です。今のところ穏やかに過ごしていますよ。昨日はルイと二人で乗馬を楽しんでいましたし、ご飯も美味しいと言って沢山食べています。」

サラは明るく答える。


「そうか、それは良かった。」

美味しい朝食を食べ進めながら話しは弾む。


「ところで急で申し訳ないが、明日、国王陛下がお忍びでここに来る事になった。

ボルテ殿と一緒に少し顔を出して欲しい。」

サラはびっくりして食べていたパンを落としそうになりながら、カイルを凝視する。


「カイル団長と国王陛下が仲が良いとは聞いていましたが…そんな突然来られるものなんですね。」


「ああ、あの人は時に、国王らしからぬ行動をする人だから、皆振り回されているんだ。気さくで悪い人では無いから気を揉まないで会ってやってくれ。」

そんな風に言うカイルはやっぱり凄い立場の人なんだと改めて理解した。


「分かりました…。何を着てお会いしたら良いのか後でカンナさんと吟味しなくては。」

サラは深刻な顔で言うので、


「普段のままで構わない。

むしろあまり着飾らない方がいいかも知れない。あの人は無類の女好きだからな…。」


「そうなんですか…。」

サラは瞬きを繰り返す。


「立場が立場なだけに、ショーンよりもタチが悪い。何か言われたら、すぐ俺に言ってくれ。」

偉大なる国王陛下のイメージがどんどん崩れていく。

「後、サラの事は婚約者として紹介するから、団長呼よびは辞めて欲しい。」


「わ、分かりました。なんでお呼びすれば良いですか?」


「呼び捨てで構わないが。」

笑いながらカイルが言う。


「それは無理です。」

サラは慌てて否定する。

母は父の事をなんて呼んでいただろうか?

旦那様?それとも名前で呼んでいた?


婚約者としてどう立ち回るべきか、こんな時相談できる人がいない。

後でマリー達に聞いてみよう。


楽しい朝食はあっという間に終わってしまった。

明日に向けて少しでもマシな令嬢になろうと、部屋に籠りサラは書物を読み漁っていた。


夕飯は初めて三人で食卓を囲む。


ボルテはお酒を飲んで上機嫌だった。

「ボルテ公爵様につきましては、体調の方も良く、昨日は乗馬もなさったとか。とても安心しました。」


「カイル殿、仮にも婚約者の父に対してその様なかしこまった話し方では、直ぐにバレてしまうぞ。私の事は父と呼んで欲しい。」

ボルテはそう言って朗らかに笑う。


「分かりました…、では、お父上と呼ばせて頂きます。私の事は呼び捨てで構いません。」

カイルは生まれて初めて父と呼ぶ人が出来たと内心嬉しく思う。


「そうだな、カイルと呼ばせてもらう。息子が1人増えたみたいで嬉しい限りだ。

今度、一緒に乗馬でもしよう。」


「是非、お供させて下さい。」

そんな、2人のやり取りをサラも嬉しく思う。


「お父様は良くお兄様と乗馬をして遠くまでお出かけでしたよね。懐かしいです。」


「そうだな。サラはいつも連れてってと行って大泣きしてたが。」

ボルテが、ワハハと笑う。


「なんでも同じ様にしたがって困った娘だったが、今では竜に乗る様になってしまったとは、この先本当に嫁の貰い手に困るなぁ。」


「なぜ直ぐその話になるのですか。」

頬を膨らませサラは怒る。


「貰い手が無くて困ったら、カイルよ。本当に嫁にもらってくれないか?」


突然話が振られてビックリするが、平常心を装ってカイルは答える。

「私なんかに、サラ様は勿体無い事です。」


「そうか?

こんな、じゃじゃ馬を相手に出来るのはカイルぐらい強い男じゃ無いと難しいと思うんだが。」


「お父様、私にもカイル様にも失礼です!」

サラは怒って言う。


本当にそうなれたら幸せだなとサラは思いながら、何も答えないカイルを寂しく思う。


カイルが静かに話し出す。

「お父上は、…私の様な孤児院出身の者でも、サラ様の婿にと思って頂けるのですか?」


「生まれ育ちは誰も選べないだろう?

私はその過酷な環境でここまでの地位に上り詰めた貴方がとても誇らしく思うよ。

並大抵の努力では無かったはずだ。」


その言葉を聞き、カイルの心に希望が見える。


「もしも…今回の件が解決出来た暁にはサラ様を私に頂けないでしょうか?

もちろんサラ様の承諾が得られればですが…。」


えっ⁉︎っとサラはびっくりしてカイルを見つめる。


「本人が良ければ私は何も言わないよ。

むしろ君の様な男にもらって貰えたら安心する。」

ボルテは変わらず朗らかに笑い、ワインを飲み進める。


「これはめでたいなぁ。サラ少し考えてみたらどうだ?」


「と、突然その様な事を言われましても…。」

サラは真っ赤になって俯く事しか出来ない。


「せっかくの夕食を濁してしまい申し訳ありません。とりあえず、食べて下さい。」


サラにそう言って、カイルは何事も無かったかの様に食事を始める。


ボルテはそんな二人を見ながら、ルイの思惑通りになりそうだなぁと密かに喜んでいた。


何とか食事が終わり部屋に戻ろうと席を立つ。

ボルテはさすがに飲み過ぎたようで、ルイに支えられながら部屋に戻って行った。


サラはどうすれば良いか分からず、

「おやすみなさい」とカイルに頭を下げて

そそくさとその場を離れようとする。


「サラ、少し話がしたい。」

カイルに止められ、振り返る。

目が合うと、ドキドキが止まらなくて顔もまともに見れない。


カイルはサラを連れてバルコニーへ出る。


空には星が満点に輝き月も優しく二人を照らしてくれる。


「サラ、さっきボルテ殿に言った事は本気だ。出来れば本当の婚約者になって欲しいと思っている。

だけど、直ぐに返事が欲しいとは言えない、晩餐会までに考えてくれたら嬉しい。」


熱い視線で見つめられサラはどう答えるべきか迷う。


好きだけど…それだけじゃ叶わないいろいろなしがらみもある。


「…分かりました。良く考えてみます。」

俯きがちにそれでもちゃんと向き合いたいとサラは頷く。


「ありがとう。」

カイルはサラの頭をポンポンと優しく撫ぜてくれる。

「部屋まで送る。」

そう言ってカイルは歩き出す。


「ありがとうございます。」


カイルは部屋の前まで送ってくれる。

別れ際、


サラが振り返り挨拶をしようとすると、カイルが不意にサラの頬を片手で優しく触れ、ハッとしてカイルを見上げる。

目が合うと優しい眼差しで見つめられる。



「俺の事は二の次でいい…。

まずは、晩餐会の事を一番に考えて欲しい。あまり思い悩むな。おやすみ…」

そう言って優しく頬を撫でて離れていく。


「…おやすみなさい。」


それだけの事なのに心が落ち着く。


心は決まった。

晩餐会が無事終わったらその時伝えよう。

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