作戦そしてそれぞれの思い
サラはそれから3日寝込み、
やっと熱が下がった頃、ボルテはベッドで腰掛けるまで回復していた。
薬に良くある中毒症状も今の所出ていない。
サラは久しぶりにワンピースに袖を通す。
カイル団長はどう思うかしら?
どうせなら可愛く見られたい。
赤と白のチェックの生地にフワッとしたフリルが可愛いい。
マリナと一緒に選んだワンピースだ。
同じ柄のカチューシャを付け久しぶりに、女の子らしく着飾り気持ちが上がる。
あれから毎日ちょっとの時間だけど、カイルはお見舞いに来てくれた。
サラにとっては一番の励みになった。
日に日に食べる量も増えて、顔色も良くなっていった。
寝込んでいた間、ブルーノのエサはカイルがハクと共に与えてくれていたと聞いている。
バルコニーに出て笛を吹く。
爽やかな風が吹き抜けて、気持ちの良い晴天だ。
バサァ バサァ
羽音が聞こえてブルーノが舞い降りる。
スカートが風に巻き上がり慌てて押さえる。
「ブルーノ、元気そうね。」
首元に抱きついてブルーノに挨拶する。
あの雨の日に見た赤い竜、あれは誰だったのだろう?
サラとブルーノを狙っていた?
ブルーノが先に察知したから大事にならなかったが…。
「ブルーノは私の命の恩人よ、ありがとう。」
ブルーノは鼻を擦り寄せてご飯をねだる。
「今朝はカイル団長に会った?」
マリーが用意してくれた餌をブルーノに与えながら聞いてみる。
良かった、食欲は旺盛で元気そう。
あの、赤い竜の所有者が父を拉致監禁した張本人だとすると、貴族出身者と言う事になる。
カターナ国には竜騎士団は無く、国が所有する竜もいない。
父が連れて行かれた日、令状を読み上げたのは確かに軍司令部の長官だった。
カターナ国の政治家はほぼ貴族出身だ。
政治家の中で竜を所有する者、そして海賊と取引をして今やカターナ国の権力まで握っているのかも知れない。
だけど何故、お父様は無実の罪を着せられたの?
今はこの竜騎士団の駐屯地に身を隠しているけれど、父が元気になったらせめて歩けるようになったら、新たな方向性を考えなくては…。
亡命して、この地で生きていくのか?
それとも、犯人を暴き国を正常に戻す為に導くのか?父はどう考えているのか、まだ聞いていない。
私達家族だけでそれは可能なのだろうか?
これ以上カイル団長を巻き込む訳にはいかない。
これまで十分すぎるくらい、時間もお金もプライベートさえも注ぎ込んでくれている彼を思うと…解放してあげなくてはいけない。
竜騎士団長としての任務も責任もあるのに、
これ以上頼ってはいけない…
カイルは朝から国王陛下に呼び出され城にハクと共にやって来た。
出かける前に、カンナからサラの熱が下がり今日から起きていると聞いていたから、出来れば仕事前に会いたかったが…
だからかつい仏頂面になってしまう。
国王の間に通されしばし時間を潰していると、
「おお、カイル朝早くからご苦労だったな。」
と国王が顔を出す。
まだ、執務前なのか簡素なシャツと乗馬用のズボンというラフな格好だ。
「おはよう御座います。陛下、朝から何用ですか?
まさか、乗馬のお相手ではありませんよね…。」
「はははっ、それもいいな。
たまには一緒に乗馬も楽しそうだ。」
そう言って、朗らかに笑い上座に座る。
国王陛下と言っても実は、今年35歳になったばかりでまだ若く年が近いせいかカイルにも寛容でいつも久しげだ。
「時に、ボルテ公爵の具合はどうだ?」
「脱出時はかなり容態が危ぶまれましたが、現在は会話も出来、ベッドの上ですが座れる程に回復しています。」
「ほう、まだ1週間も経っていないのに回復力が早いな。
例のサラ嬢の聖水のおかげか?」
国王陛下にはカイルから逐一報告を入れて情報を共有している為、話も早い。
「はい。自分もそれによって命拾いをしましたので、聖水の力は確かです。
ただ、病には効果はなく万能ではありません。傷を癒す効果と、心を満たす効果があるようです。」
「そうか…で、サラ嬢の体調はどうだ?」
「今朝から起き上がり、動ける様になったと報告を受けています。」
「そうか、良かったな。
悪かったな。早く帰りたいだろう?」
含み笑いをする殿下に、カイルは冷静を取り繕って「問題ありません。」と、返事をした。
「ところで,2ヶ月後の晩餐会だが、ボルテ公爵とサラ嬢は出席出来るだろか?」
「このまま順調に回復すれば可能かと、サラ様につきましては、うちの使用人達がドレスの製作を依頼する為、急ぎ手配しているようです。」
「せっかくの社交界デビューだからな。
サラ嬢はとても美しいと副団長から聞いたぞ。会うのが今から楽しみだ。」
意外と女好きな面もあるこの国王は正妻と側室を入れて三人の妃がいる。
若干、呆れた顔をしてカイルが嗜める。
「正妃様につきましては後少しで、二児を出産予定ですよね。
あまり他に色目を向けるのはどうかと思いますが…。」
「お前はいつも硬いな。
その顔と立場を生かせば、いいよって来る女は星の数程いるだろうに勿体ない。
もう少し、ハメを外して遊ぶべきだ。
そうすればもっと俺に対しても寛容になるだろう。」
はぁーーとカイルは深くため息を吐く。
「話が折れたな。
その晩餐会だが、隣国の者も招待する事にした。」
「カターナ国からですか⁉︎」
カイルが目を開き驚く。
「ボルテ公爵と、サラ嬢に危険が及ぶのは分かっておるが、膿を出すには手っ取り早いだろう?」
カイルは渋い顔をして国王を見る。
「カイルが警護すれば、サラ嬢もボルテ公爵も安心だ。」
「何故、そんな強行を?」
カイルは裏があると読み、低い声で尋ねる。
「実はな…厄介な事に先日、カターナ国の国王陛下から直々に書状が届いた。
我が国との貿易に重い重税をかけるとの一報だ。まるで鎖国でもするのかと思う程だ。」
「我が国と貿易が出来なくなって困るのはカターナ国では無いですか?何故?」
「他の国と手を組んだか、もしくは気でも狂ったか。」
「カターナの国王は、俺の戴冠式で会った時には温和で優しげな人物だったが、争い事は好まないと友好同盟にも積極だったのに、どうもおかしいと思わないか。」
「確かに。
ただ、ボルテ公爵様は本当に自国に敵対してまで反旗をひるがえしたい意志があるのかと、本人の意思を聞くべきではないでしょうか?」
「そうだな。
ボルテ殿に一度会って話しをしたい。もちろんサラ嬢にも。
話しをつけておいてくれ、こちらから出向く事も構わないから。」
「分かりました。」
「後、ルーカスと言う団員の取り調べは終わったのか?」
「サラ様が一度会って話しをしたいと申しています。もうしばらくこちらで預かりたいのですが?」
「分かった。
殊勝な事だな、自分を裏切ってもしかしたら命も取られていたかも知れない相手と、何の話をしたいと言うのか。
よっぽど出来た女子なのだろうな、
お前もよっぽど大事にしてると聞いているぞ。」
何がいいたい?っと刃向いたいところだが…。
「大事な要人を保護したまでです。」
あくまで冷静を保って話しをする。
後はダラダラと要らない話しが続くと見たカイルは、「それではこれで」と切り上げ、城を後にする。
ショーンが密告したせいで、国王陛下はやたらとサラについて揶揄ってくる。
帰ったらショーンの奴に一言文句を言わなくては…
カイルの機嫌はますます悪くなっていった。
お昼前に駐屯地に戻ったカイルは事務仕事をこなしながら、サラの事を考える。
晩餐会にカターナ国からの客人が来る事を告げるべきだろうか?
ただ、怖がらせるだけなら辞めるべきだ…。
ボルテ公爵の考えも聞いて見なければいけない。
そう思うと、ジッとしてはいられず、軍服を羽織り、執務室を後にする。
貴賓室の扉に門兵が二人、カイルが近づくと敬礼をする。
カイルは敬礼を返えし扉を叩く。
トントントントン。
ガチャと扉が開く。
「カイル団長、お疲れ様です。」
中から突然サラが笑顔で出迎えて、カイルは思わず固まる。
しかも可愛らしいワンピースを着ていてどこからどう見ても女子だ。
門兵二人も、見た事ない可憐で美しい令嬢が出て来たので唖然とサラを見ている。
カイルは慌ててサラを部屋に押し入れ扉を閉める。
「なっ、何故サラが対応してるんだ?
その格好で外に出るな。」
焦った手前、少し声を荒げてしまう。
「ごめんなさい…。
もしかしたらカイル団長かもと思ったので…。」
シュンとしてしまうサラを見て、しまったと思ってカイルは急いで取り繕う。
「いや、違うんだ…
その、良く似合ってる…
だが、一応ここは、女人禁制だ。
その格好で出歩くと目立ってしまう。」
「はい…。気を付けます。」
サラは褒めてくれたのか、注意されたのかよく分からなくて首を傾げながら返事をする。
「お疲れ様でございます、カイル様。」
マリーが他の部屋からやって来たので、カイルはサラからそっと離れる。
「今日はこの後、サラお嬢様のドレスの生地選びと採寸で仕立て屋が来る事になっています。
聞けばご主人様の知り合いらしいのですが、ご一緒に立ち合いますか?」
マリナが来るのだろうと思ったが、俺がいるとサラが気を使うだろうと、同席したい気持ちを抑え、
「仕事が積んでいるから、用が済んだら戻らなければいけない。」
「それは残念です。」
「しかし、サラ様は病み上がりだ。
まだ、早すぎるんじゃないか?」
マリーにそう言う。
「ご主人様、本来ならもうとっくに発注しててもおかしく無い時期なんですよ。
間に合わなくなったら大変ですから。
少しでも早くしなくてはならないんです。」
「そうか、分かった…。
くれぐれも無理をさせないように。」
二人を見てそう言うと、ボルテ公爵に用があると、足早に離れて行ってしまう。
「本当に、うちのご主人様は忙し過ぎます…。
少しぐらい着飾ったサラお嬢様を褒めていってもいいのに…そう言う所がダメなんです。」
サラはふふっと笑いながら、
「褒めて頂きましたから大丈夫です。」
遠ざかる後ろ姿を見守りながら、出来ればもう少しゆっくりお話しがしたかったけれど…と残念に思う。
カイルはボルテに今朝の国王陛下との一部始終を話して聞かせた。
そして、静かにボルテの決断を聞く。
「私は、亡命して自分だけが助かればいいとは思ってはいない。
私の国で今、重い税をかけられ苦しんでいる民がいるのだ、一刻も早く救わねばならない。」
ボルテ公爵からの力強い言葉を聞き、カイルは強く頷く。
「サラ様にはどう伝えますか?」
せっかくの社交界デビューに命を晒さなければならないとは、カイルとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「後から知らせる方が酷だと思う。」
と、ボルテ公爵は言ってサラを部屋に呼ぶ。
「はい。お父様、お呼びでしょうか?」
サラが部屋に顔を出す。
「サラ、実は今カイル団長から聞いたのだが、晩餐会にカターナ国からも要人が招待されるそうだ。
もしかしたら、私を落とし入れサラの聖水を狙っている敵が紛れ込む可能がある。
参加を取りやめるか?」
カイルとボルテを交互に見てサラは言う。
「それは、良い機会ではないですか。
こちらから探さなくても、向こうから来てくれるなんて。」
気丈にも、にこりと笑って言う。
「危ない目に合うかもしれないが、大丈夫か?」
父であるボルテ公爵がサラに聞く。
「カイル団長は?ご参加されるんですか?」
「私は、警備は任されています。
当時は万全を期して任務にあたる所存です。」
サラはカイルに微笑みかけて、
「それならきっと大丈夫です。」
そう言う。
「カイル団長、よろしく頼む。
それまでに私は回復しなければならないな。」
そう言って優雅にお茶を飲むボルテは落ち着いている。
「分かりました。心して任務にあたる所存です。」
サラを危険に晒す事、程のいいおとりじゃないかと国王陛下にさえ、怒りをぶつけそうになった。
だが、本人は良い機会だと言う。
サラらしいと思うと同時に心配になる。
本当は強がりな泣き虫だと言う事をカイルは知っている。
「晩餐会と言えば、年頃の男女の見定める場所でもあります。
姫にも良い話しが舞い込むと良いですね。」
ルイがそう言って場を和ませようとする。
「まだまだ子供と思っていたが、サラももうすぐ20歳になるのか…早いものだなぁ。」
「お父様もルイも、突然何を?
私まだまだ結婚するつもりはありません。
お兄様の代わりにお父様の支えになりたいですから。」
「いやいや、そうは言っても適齢期を過ぎると嫁の貰い手がなくなってしまうぞ。
子を産むには若い方が良いだろうし。」
「お父様、女の幸せは結婚して子を成す事だとお考えですか?
世の中には、結婚しなくても幸せな女性は沢山いますよ。」
「姫、しかし跡取りがいなくては…由緒正しきサラマンドラ家が途絶えてしまいます。
良く考えて発言して頂きたい。」
ルイは3世代に渡ってサラマンドラ家を支える家臣である。
「父の跡を継ぐのは従兄弟のマイルだっていいんじゃないですか?」
「マイル殿はブルーノに嫌われてますから無理です。代々竜の乗り手が跡を継ぐと決まっています。」
なんだか険悪な雰囲気になりつつある二人を見比べ、ここに部外者がいるべきでは無いと、カイルはそそくさと席を外すそうと切り出す。
「では、私はこの辺で失礼します。」
「カイル団長、どう思われるか?
姫のこのような発言、家を継ぐ者として些か自分勝手では無いか?」
「いや…私は個人的な事はちょっと分かりかねますので…
では、仕事が立て込んでますので。」
どちらの味方にもなれないとカイルは後退りして、部屋を出る。
サラが結婚…
内心ではかなり動揺していた。目の前が真っ暗になるくらいには…
いつかするのだろう…
知らない誰かと…
やるせ無い気持ちでムシャクシャする。
サラが誰かの元に嫁ぐ時、俺は耐えられるだろうか…
サラは思う。
カイル団長が好きだって言ってくれたのは夢だったのかしら?
やっぱり、親が子供を思う様な気持ちって事だったのかな…
団長はいつも冷静で、顔色一つ変えないし全く心が読めない。
ルイが結婚話しを始めても、まるで他人事の様に素気なくて寂しいくらい…。
私も好きって言えたら何かが変わってたのかな…
晩餐会という厳重な警備体制の中、果たして敵は顔を出すのか分からないけど、カイルが目を光らせてくれている。
そう思うだけで不思議と怖くない。
素のカイル団長に会いたいな。
今だって、他人行儀な感じで用が済んだらさっさといなくなっちゃうし、どんなに着飾っても一瞬目に止まるだけ…
例えドレスを着ようが、男装してようがきっと彼の心を惑わす事なんて出来ないんだわ。
まぁ、私には令嬢の様な優雅さも魅力もこれっぽっちも無いだろうし…
だんだんイジケのような開き直りのような諦めの気持ちも芽生えてきた。
晩餐会に向けて、護身術くらいは磨きをかけておかなくちゃ。
それから1週間、
サラは晩餐会に向けてのあれやこれやで忙しく、バタバタ過ごした。
リュークの姿で団員に紛れて過ごす事も少なくなり、たまに厨房で食事の準備を手伝うぐらいになった。
ボルテからは敵に対しての有力な情報は得られず、薬漬けだったせいで牢獄に入れられた当時の記憶は曖昧だった。
覚えている事は青い竜の鱗で作られたネックレスをかけた海賊の姿と、火を吹く竜とブルーノが戦っていた記憶のみだった。
火を吹く竜…
サラが一人で雨の中見たあの竜なのか?ブルーノだけはきっと犯人を分かっている。
そして今日、久々にカイルに呼ばれサラはリューク姿で執務室を訪れる。
まともにカイル団長と会話したのはいつだっただろう?
サラが回復した日から毎日の様に父に挨拶をしには来ていたけれど、会った所で眼線を絡ます程度、挨拶程度の関係だった。
いつも忙しそうでサラから声はかけ辛く、すれ違いの日々。
ああ、あの久しぶりにスカートを履いた日以来だわ。
そう思うと、変に緊張してきてしまう。
コンコンコン。
約束の時間にノックを鳴らす。
中から返事が無い為、
「失礼します…。」
と、そっとドアを押し1人入る。
中には誰も居なかった…
鍵もかけずに不用心では?と、少し思いつつも大人しくソファに座り待つ事にする。
突然、プライベートルーム側のドアがガチャっと開いてカイルが出てくる。
サラもビックっとして振り返る。
一瞬カイルが動きを止めてサラを凝視する。
「すまない。少し待たせたか?」
そう言って何事も無かった様に近づいて来る。
「いえ、今来た所です。」
サラはソファから立ち上がり、頭を軽く下げる。
「…1人で来たのか?護衛は?カンナは?」
怪訝な顔で言ってくる。
「一階下に降りるだけですし、1人で平気かと…。
団員の身辺調査も終わったと聞きましたし。」
本当、心配症で過保護な所は相変わらずなのね…。
出来れば、素のカイルに会いたくて誰も付けずに1人で来たのだ。
「ところで今日はどんな用事なのですか?」
カイルのお説教が始まる前に急いでサラは話しかける。
「今からルーカスの所へ連れて行く。
ルーカスは明日城下の軍本部に移動になった。」
「わがままを聞いて下さり、ありがとうございます。」
サラは素直にお礼を言う。
カイルに促され部屋を出て、階段を降りる。
その間も特に二人に会話は無く、たまにすれ違う団員と挨拶を交わすだけ。
なんだか寂しい…とサラは思う。
この何週間でカイル団長との距離がどんどん遠くなるのを感じる。
私の事なんてもう好きじゃ無いのかもしれない…。
一歩先を歩くカイルの背中を見つめながら泣きそうな気持ちになる。
本邸を出て宿泊寮を超え、庭を奥に進むと知らない場所に物々しい建物が立っているのが見えて来た。
「ここは、勾留場だ。
不貞を働いた物を一時的に預かる場所だ。今はルーカスだけがいる。」
厳重な警備体制らしく、外に門兵が二人中に三人が配置され重たい扉を計五人で開けてくれる。
「行くぞ。」
カイルに着いて中に入る。
中の空気は冷んやりしていて重苦しく、途端にサラは緊張する。
岩で作られた壁に鉄格子の窓、重々しい牢屋が続き、サラの心臓はバクバクと嫌な音を立てる。
先を歩くカイルが一度足を止め、振り向きサラの顔色を伺う。
「大丈夫か?リューク殿。」
一瞬見つめ合い、サラは深く深呼吸してカイルに頷く。
一番奥の部屋でカイルは足を止める。
「ルーカス、リューク殿がお前と話しをしたいとの事だ。」
カイルの良く通る低い声が響く。
サラは格子の中を恐る恐る覗くと、窓から光が入り、白色で塗られた壁は他の場所に比べて明るく清潔感があった。
椅子と机が部屋の真ん中にぽつんと置かれ、ルーカスが1人ひっそり座っていた。
カイルは監視員に声をかけ下がらせ、サラの横に並んで立つ。
鉄格子越しにサラはルーカスに声をかける。
「ルーカスさん、お久しぶりです。」
ボーっと一点を見ていたルーカスと視線が合う。
「リューク殿…
この度は…なんと…謝ったらいいのか…。」
ルーカスはバッと立ち上がり、床に伏せて声にならない嗚咽を繰り返す。
「ルーカスさん、もしも僕が同じ立場に立たされたら同じ事をしたと思います。
私は貴方から竜騎士団の事をいろいろ教えてもらいました。一緒に剣術や乗馬も習いました。あの時間は確かに本物であったと思います。貴方が私の護衛をしてくれて良かったと思っています。」
出来る限りの言葉でルーカスの心が軽くなる様に願い話しかける。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
ルーカスはしばらく床に伏せたまま泣き続けた。
サラは鉄格子越しに、ルーカスの肩に手を置き優しく話しかける。
「悪いのはルーカスさんのお父様や私の父を陥れた人なんです。
貴方は悪くない…、
私からも出来るだけ刑が軽くなるようお願いするつもりです。」
「あ…ありがとうございます…。」
ルーカスは初めて顔を上げサラを見る。
真っ赤になった目にはいっぱい涙を溜めて…
そんなルーカスにサラはハンカチを渡して優しく微笑む。
二人の様子を静かに見守っていたカイルが口を開く。
「リューク殿もそう言ってくれている。
俺も今までのお前の訓練や仕事についてなんの問題も無かったと思う。
むしろ良くやってくれていた。
今回の事は、まさかの事態を読めず、油断した長である俺にも責任があると思っている。
全てが解決したら、
またここに戻って来られる様に上には働きかけるつもりだ。
だからそれまで、訓練の一貫だと思って腐らず耐えてくれ。」
思いがけないカイルの言葉に、ルーカスは涙を流し感謝する。
「カイル団長…ありがとうございます。
僕は…ここの生活が好きでした…
なんで早く、誰かに助けを求めなかったのか…今では悔やまれてなりません…。
本当に申し訳けありませんでした。」
土下座して謝るルーカスの頭を、カイルはポンポンと優しく撫ぜ、
「戻って来い。」
と言ってルーカスを安心させる。
サラは思わず涙ぐみながら二人を見比べ、カイルの懐の深さに感銘を受けた。
ルーカスと別れサラとカイルは留置場を出る。
二人は来た道を無言で歩く。
話したい事は沢山ある。
聞きたい事も沢山ある。
だけど、お互い見えない壁を越えなければ分かり合う事は出来ないと、諦めにも似た切ない思いがある。
ふとカイルが足を止め振り返る。
足元ばかり見て歩いていたサラは気付かず、カイルの懐に飛び込んでしまう。
「わっ⁉︎ごめんなさい。」
びっくりして慌てて飛び退けようとする。
だけどカイルにぎゅっと抱きしめられ身動きが取れない。
「サラ、ボルテ公爵様が歩けるようになったら俺の郊外にある邸宅に移り住まないか?
その方がここよりは自由が効くし、男装しなくても普通に過ごせる。」
サラは抱きしめられたまま、心臓のドキドキが止まらない。
「あ、ありがとうございます…
でも、これ以上、カイル団長にお世話になる訳にはいけないと…父も言っておりますし…」
少しの沈黙の後…
「じゃあ。こういうのはどうだろうか?
俺と婚約しないか?
形だけで構わない。
そうすれば赤の他人じゃ無くなるし、堂々と警護する事が出来て好都合だ。」
任務を遂行する為、形だけの婚約…
胸が苦しくなる…
それでも少しの間だけでも側にいられるのなら…
「そうですね…。
縁談の話しからも逃げれそうです…」
「では、俺からボルテ公爵には断りを入れておく。」
そう言ってルーカスは、さっとサラから離れて、何事も無かったかの様に先を歩いて行ってしまう。
ルーカスの心が何も見えない。
前よりも遠い存在になってしまったようで、
サラは寂しく思ってしまう。
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