戦いが終わり…
「あの…。報告が……。」
当直で警備を担当していた男が、言いにくそうにカイルに話しかける。
「なんだ?手短に言え。」
カイルに変わりショーンが言う。
「実は…12時過ぎ、一報が入ったのですが…。カイル団長が危篤だと……。」
「はぁ?誰からの情報だ?こちらからは送って無いぞ?」
「…それがどこからの情報か確かで無く…ただ…リューク殿が……。」
「リューク殿がどうした?」
埒が開かない団員に向かいカイルが聞き返す。
「青い竜に乗って飛び立ちました…。」
「何処へ⁉︎」
慌てたのはカイルだ。ショーンも凍り付き聞き返す。
「誰がそんなデマを⁉︎」
「ルーカスは⁉︎
ルーカスが一緒では無いのか?」
「ルーカスも姿が見えないのです…。」
「なんだって⁉︎五班班長は?
至急、執務室まで連れて来い。」
ショーンはそう言い、カイルの顔色を見る。
流血で多くの血を失って青白い顔が、今はもっと血の気を失っている。
「俺が指揮を取る。カイルはとりあえず休め。」
ショーンが気を遣って言う。
「休める訳ないだろ!」
この男が正気を失った姿はここ三年、団長に就任してから一度もなかった。
いつだって冷静沈着で的確な判断と指示を出し、同期としても団長としても彼の下で働ける事を誇りに思っている。
大した男だと、一目置いた存在なのだ。
その男が今目の前で頭を抱え苦痛に耐えている。
「マイロ、ルイ様にリュークが居なくなったと報告を。」
それでも気丈にカイルは指示する。
「はっ。」
マイロは急ぎ足で立ち去る。
「…とりあえず
濡れた体をどうにかしてから執務室に行く。お前も風呂に入って傷口の手当を。」
「ああ…。」
言葉少なに去っていく後ろ姿を見送る。
ショーンは思う。
側から見ても分かるくらい、カイルはリュークをいや、サラ嬢を気にかけていた。
心を許す程になっていただろうと、友として感じていた。
女子と分かった時、やっぱりと思う気持ちと、良かったなと思う気持ちでからかいもした。
あの男にはもはや、サラ嬢は必要不可欠な存在だ。片思いだろうが何だろうが…友として一大事だ。
しかもデマが流れている。
この、集団力と団結力に満ちた竜騎士団に密偵が入り込んでいたのか?
今回の襲撃が海賊側に漏れていた事、デマを撒き散らし団員に不安を煽った人物。
幹部に近い人間でしか判り得ない情報だ。
まさかルーカスが…。
ショーンはいつに無く急ぐ。
ザラつく気持ちを抑え真夜中だろうと構わず、部下を起こしルーカスの捜査を命じる。五班だけには任せておけない。
シャワーを浴びに部屋へ戻る。
カイルはボーっとする頭で部屋に戻り、血と汗と雨で張り付いたシャツを脱ぐ、包帯を取り始めて傷口を見た。
左鎖骨下辺りを弾痕がくっきり残っていた。
表面はかろうじて塞がり止血出来ているが、まだまだ完全とはいかず少し動けば剥がれそうだ。
熱いシャワーを浴び頭が少しはっきりしてくる。
髪を乾かしながら現実を再認識する。
サラが居ない⁉︎
朝出かける時に待っていると約束したはず…
急に目の前が真っ暗になったような感覚を覚えカイルはその場に座り込む。
サラが居ない……。
雨の中、聖水を汲みに…俺の為に?
探しに行かなければ!!
一人で凍えているかも知れない…
夜の飛行は怖いと言っていた。
どこかで泣いているのでは⁉︎
誰が何故?サラに嘘の情報を…何の為に?
サラを捕らえる為か⁉︎
立ち上がり急ぎ執務室に行く。
ふとソファを見ると膝掛けに、机の上に飲みかけの紅茶と、籐籠に入った大量のクッキーが…
サラが作ったのか?
数時間前までここに居たんだ…
俺の帰りを待っていた…
片付ける余裕も無いまま急いで出て行ったんだ!
冷めた紅茶を手に取り飲み干す。
探しに行かなければ…。
そうだ!
ハクならば臭いで分かるかもしれない。
ドアを開け廊下に出ようと瞬間…
「おい!どこに行くつもりだ!!」
後ろから呼び止められ、振り返るとショーンが隣の寝室のドアに手を掛けたところだった。
「はぁー。胸騒ぎがして来てみたら…
本当に行こうとしてるし…」
カイルに近付き、怪我していない方の腕を掴み、強引に部屋に押し戻す。
「お前はまったく、昔っから無鉄砲な所があったよな…。
団長になってから慎重になったが、
今何時か分かってるか?
そして俺達は今戦地から戻ったところだ。
しかもお前は死ぬかもしれなかった重傷を負ってる。
しかも…熱くないか?熱もあるじゃねぇか!
そんなんでどこ行くつもりだ?野垂れ死にたいのか。」
「助けに、行かなければ…。
彼女は暗闇が苦手だ…
1人で泣いてるかもしれない…
誰かに捕われたらどうする?傷付けられたら?
そんな時に寝てなんていられる訳ないだろ。」
「ここからは俺の仕事だ。
今のお前は使い物にならない。
お前が暴走した時に止めるのが俺の役目だ。
薬に頼ってでも寝て体を休めろ。」
カイルはベッドに追いやられ、水と薬を渡される。
「…これがもし、毒だったらどうする?」
カイルがポツリと言う。
「裏切り者はルーカスだ。判りきってる筈だろ?
俺がもし敵ならこんな弱ってる相手に毒なんてもらない。大怪我で大雨の中飛び出して、ほっときゃ死ぬだろ…。」
ショーンはニヤッと笑う。
「それもそうだな…。」
クシャクシャっと無造作に髪を掻き分ける。
「大丈夫だ。
サラ嬢は雨が降ってる限り無事だ。
だってそうだろ、竜の速さに追い付くには竜しか居ない。
天候は敵も読めなかったのかもな、相当慌ててる筈だ…。
俺の知ってる中で、雨が好きな竜はブルーノだけだ。」
「無事に帰ってこれたら往復で二日だ…。
雨はいつまで降るか分からない…。」
「心配症だなぁ?
そんなんじゃ嫌われるぞ。」
呆れ顔でショーンは言う。
「彼女は一人この擁壁で囲まれた場所まで乗り込んで来たんだ。お前が思ってるほど弱くない。信じてやれ。」
カイルは素直に薬を飲み横になる。
「お前が寝てる間に、全て終わらせといてやるから安心しろ。」
そう言ってショーンは部屋の灯りを消し部屋を足速にて行く。
「灯台下暗しってのはこう言う時に使うんだな。」
朝早く、仮眠を取ってたショーンの元にルーカスが見つかったと一報が届いた。
ルーカスは地下にある牢に隠れていた。
「で?
自分のした事に罪の意識を感じたのか?」
しばらく俯き黙っていたルーカスが口を開く。
「カイル団長はご無事ですか?…」
「昨夜の作戦を敵に漏らしたのはお前だろ。何故カイルの心配を?
お前のせいで若干作戦を変更しなくちゃいけなくなった…。」
「も,申し訳ございませんでした。」
ルーカスは縛られ捕われながら、地面に頭を付けて謝る。
「頭を上げろ。
カイルは無事だ。ちょっと弱っているがそれは怪我のせいじゃ無い。
で、何故リューク殿に嘘の情報を流した?」
「リューク殿に聖水の在処を教えてもらう為です…。」
「敵は、場所を知るのが目的か?
その聖水の事を敵に漏らしたのはお前だな。」
目に涙を溜めルーカスは自供する。
「僕は、僕はリューク殿と同じなのです…。
三年前、漁師だった父が海賊に捕らえられました。父を助けたければ竜騎士団に入り、情報を漏らせと言われ…。」
ううっと涙する。
「悪いが同情は出来んぞ。
俺達騎士団の信用を落とす案件だ。
カイルの怪我についてはお前のせいとはいい切れないが…
リューク殿に着いてはお前のせいだ。
雨の中1人で寝ずに飛んでいる筈だ。
リューク殿に何かあったら無事にここからは出れないと思え。
カイルがお前を殺すかもな…。」
「団長に殺されるなら本望です。」
震える声で、でもはっきりとルーカスは言う。
「誰かに止めて欲しかったのか?
何故,その旨を事が起きる前に我々に言わなかった?
カイルだったら何とかしたぞ。
貴族も平民も皆同じ尊い命だと日頃から言っていただろう。
あの男ならお前の親父さんも助け出した筈だ。」
床にひれ伏し泣きじゃくるルーカスはまるで子供のようだった…
「で?
お前は誰に頼まれて情報を流してたんだ?」
「…顔は知りません。
ケイと名乗る海賊のリーダーだと聞きました。彼を裏切ると家族諸共命は無いと…。」
「聖水に興味を持ったのはお前が教えたからか?」
「ち、違います!
先日の海峡沖での戦いで怪我した団員が戻って来たのを見たらしく…それで…教えたら父を解放してくれると…。」
「…で、親父さんは解放されたのか?」
「…分かりません。
父は捕まる前、ヤバい取引を見てしまったと、海賊と貴族が薬を取引をしている現場にたまたま遭遇したと言っていました。」
「じゃあ。その海賊のリーダーの顔を見たのかもな。…殺されてなきゃいいが。もしくは薬漬けにされてるかもしれない…。」
「えっ……そんな…。」
「リューク殿の父上は薬を飲まされ廃人一歩手前だった…。
あの聖水のおかげで一命は取り留めたが、薬は依存性が高いから抜け出すのが大変だ。
聖水を日々飲み続けなければいけないかもしれない。」
「とりあえず、大人しく牢屋に入っていろ。」
「父は?父はどうなったか調べてもらえませんか?」
「…連れて行け。カイルだったら同情して調べたかもしれんが、あいにく俺はあいつみたいに優しく無くてね。
悪い事した奴に同情の余地は無い。」
「リューク殿が無事に帰ったら考えてくれるだろ。」
泣き崩れるルーカスを団員は力ずくで連れて行く。
海賊団のリーダー ケイ何者だ?
今や、隣国カターナとも手を結び堂々と取引をする程の男だ。
まさか薬で操ってるのか?」
ショーンはカイルに変わり、ボルテ公爵の様子を見に行く。
その前に国王陛下に報告書を書き、騎士団の様子も見て朝から大忙しだ。
まったくカイルはこれを毎日こなしてるのか?俺はあいつにはなれないな。
早く復活してくれと思いながら空を見上げる。
雨は小康状態だ、このままだと止んでしまうか?
まてよ?とショーンは思う。
海賊に竜の所有者は居るのか?
我が国で竜を所有している貴族は80軒程だったはず、カターナ国は50軒ここから何とか絞れないか?
竜を捕まえるには竜で追うしか無い。
カターナ国の竜の所有者登録を調べてみるか。
コンコンコン。
ショーンはゲストルームのドアをノックする。
最上階にあるこの部屋は、国王や貴族などが滞在する時に使う為の豪華な部屋だ。
カイルの団長就任式の時に一度国王陛下が使って以来だった。
「はい。」
緊張した面持ちで、ショーンは部屋に足を踏み入れる。
一応、ショーンもハミルトン侯爵家の三男だ。しかし、昔から堅苦しいのが大嫌いで、勝手に家を飛び出して以来一度も帰っていない。
貴族と話すのも苦手だ。
「挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
胡散臭い作り笑顔と共にルイに臣下の礼をする。
「ああ、副団長殿。
うちの姫が無鉄砲に飛び出してしまったようで、大変迷惑をお掛けしております。
ところで、カイル団長の容態はいかに?」
何処まで護衛が話したかは知らないが、サラ妃が居ないのは承知の上でホッとする。
「カイルは鍛えているだけあって頑丈ですから、少し休めば直ぐに回復しますので心配しないで下さい。
昨夜もあれからサラ嬢を探しに行こうと飛び出すので、強制的に休ませたまでです。」
苦笑いしながら隠し事なくルイに伝える。
「何処まで出来たお方なのか…。」
「本当に…あの男の代わりに朝から忙しくしてますが、既に逃げ出したい思いです。」
「出来た君主を持つとお互い大変ですな。」
ボルテ公爵に目線を落としルイが言う。
「ところでボルテ公爵様のご様子は?」
「まだ、完全に目が覚めない様子で…たまにうわ言の様に名前を呼ばれたりしますが。」
「食事は取られましたか?」
「ええ、それは問題無く。
ただ、幻覚や幻聴があるようで…正気を取り戻すまでには時間がかかるかと…。」
「サラ様が聖水を持って無事お戻りの際は、直ぐにお声掛けしますので。」
「で、誰がデマを流したのか分かりましたか?」
「はい…実は…。」
ショーンはルーカスの一部始終を話して聞かせる。
「そうですか…。彼にも同情の余地はありますな。好きで情報を流した訳では無いのなら。」
「そうですね。カイルの傷を1番に心配していたくらいですから、少なからず敬愛心はあったのかと思いますが…こればかりは国王陛下がお決めになる所です。」
「うちの姫が無事に帰って来れれば、お咎めも温情あるかと思いますが…。」
「ところで、ルイ殿に1つ伺いたいのです。
カターナ国には貴族が所有する竜が50匹ほどいると聞きます。
全ての竜の所有者を調べたいのですが、何か良い方法はありませんか?」
「そうですね…。国防省が竜を管轄していますが、今や我が国の誰を信用していいものか、考えあぐねます…。
そうだ!!
民間企業ですが、竜の餌を一気に取り扱う業者が一件ボルジーニに在ります。
そこに名簿もあるのでは?」
「なるほど!!
貴族に関わらない民間人の方が、よっぽど信用出来ると言う事ですね。」
「直ぐに手紙を書き伝書鳩で届けます。」
「助かります、ありがとうございます。」
直ぐに対処出来そうでショーンはホッとする。
「では、カイルが目覚め次第ご挨拶に伺う様に伝えますので。」
「こちらも、公爵に海賊のリーダーケイについて何か聞き出せたら直ぐ報告します。」
「よろしくお願いします。」
「一つお教え願いたいのですが?」
帰り際、ルイに話しかけられ足を止める。
「竜騎士団は統制が取れた、誠に素晴らしい隊だと思いますが、民間の出のカイル団長に貴方の様な貴族出身者が、反感を持つ事は無いのですか?」
「我が国は特に、貴族だから平民だからと区別する文化が薄れています。
世代を若くする事にそれは、もっと加速しつつあり、今や平民と貴族の結婚もよくある話となりつつあります。
特に、軍人においては実力がものを言う世界です。
単にカイルがこの団で、いや、この国で一番強くて魅力的な団長だから、誰もが従い憧れる存在なのだと思います。」
「昨夜、カイル団長と共に動いて分かりました。強さだけで無く頭も切れる。欠点が一つも無い人物だとお見受けしました。」
なるほどと、頷きルイも納得したようだ。
「最近、うちの団長にも欠点らしきものが出来ましたよ。
今まで真面目で浮いた話の一つもなく、面白味に欠けていましたが、しばらく揶揄うには持って来いです。」
笑いながらショーンが言う。
「今も、彼女が居なくなってかなりダメージを受けてますが、次、会う時には一段と強くなってると思いますよ。」
「そうですか。それはこの先楽しみです。」
二人はお互いほくそ笑み分かれる。
なるほど、ルイ殿の策略だったのか。
羨ましい限りだ。
しかしあの男、国王陛下からのお見合い話しも蹴ったくらいだ。
いくら心があったとしても、そう簡単にはいかないだろうな。
そんな事を考えながら執務室に戻り、ショーンは俄然やる気を取り戻す。
昼間には雨は上がり虹が出る。
カイルはあれから12時間眠り続け、目覚めた時はお昼を回っていた。
「寝過ぎて頭が痛いなんていつ振りか…。」
とりあえず、シャワーを浴びボーっとする頭を叩き起こす。
サラの事を思い喪失感に襲われるが、彼女は大丈夫だと自分に言い聞かせる。
続き間になっている事務室に行く。
ショーンがソファに寛ぎながら何やらモグモグ食べていた。
「おい!それは俺のだ。」
ショーンを人睨みし、籐籠ごと奪う。
籠いっぱいに入っていたクッキーが半分程減っている。
「お前、一人で食べ過ぎだ。」
「なんだよー。やっと起きてきたのか。
俺がどれだけ一人で頑張ったか…
ちょっとは褒めて欲しいぐらいだ。
クッキーくらい食べてもバチは当たらないだろ。
でも上手くて手が止まらないんだよ、もう一枚。」
「ダメだ。俺はまだ一枚も食べてないのになんでお前が先に食べるんだよ。」
子供じゃ無いんだからと呆れつつ、やっと正気に戻ったなと、ショーンはひとまず安心する。
「あーーもう眠む過ぎる。後はお前に任せる。」
ソファに横になり既に寝ようとする。
サラの膝掛けを使うなと奪い取り、ショーンを起こす。
「おい。ここで寝るな!後、引き継ぎしろ。何処まで進めたか話してから行け。」
ショーンは朝からの仕事の全てをかい摘んで話し、さっさと部屋に帰ってしまう。
とりあえず、ルーカスに会いに行って見るか…。
重い腰を上げカイルはルーカスが収容された地下牢へ降りて行く。
昨日まで、サラと仲良くやっていた風景を思い出し、心が痛む。
仲が良過ぎて嫉妬もしたが、ルーカスの心の闇に気付いてあげられなかった…。
団長としての不甲斐無さを感じる。
サラが無事に戻って来れば、国王陛下には恩情酌量の余地有りと一筆書こうと思う。
お前の優しさが、軍人として仇となると前団長からは良く言われたものだ。
例え仇となっても人間らしさは失いたく無い。
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