再び戦いの時

一方カイルは国王陛下に向けて昨夜の報告と、取り逃した海賊船の追尾と拘束の許可、カターナ国への入国許可を全て一気に書き終え、指示を各班長に伝える。


ふと、外を見ると太陽光が眩しく、清々しい朝の風が吹いている。


サラはどうしているだろうか。


自室に戻るとソファの上に丸くなって寝ているサラを見つける。

軽く微笑み、またベッドに運ぼうとサラに近づく。

抱き上げようと片膝をつくと、サラの瞳がそっと開く。


「寝てなかったのか…。」


「さすがに寝れません。」

カイルは微笑み、サラの頬をそっと撫ぜ離れていく。


そんな何気ない仕草にもドキッ心が躍る。


「それもそうだな…。


一緒に朝飯でも食べに行くか?」


サラは頷き、ソファから立ち上がる。


朝食は打ち合わせも含まれるのかと思ったが、2人だけでルーカスもいない。


「打ち合わせはもう終わったのですか?」

席に着くなりサラは訪ねる。


「ああ、大丈夫だ。

後はそれぞれ支度をして昼前に出発する。」


「さすがですね。」

カイルの仕事の速さにはいつも驚かされる。


「食べ終わったらハクの所に行くが、一緒に来るか?」


「はい。行きたいです。」


少しの時間だけど2人だけの時間が嬉しいとサラは思う。だけど、今夜の事を考えると不安で心が震えてしまう。


カイルは至って普段通りで昨日の戦闘についても特に話そうとはしない。


命の駆け引きの現場には何も貢献出来ないけど、最前線で戦うカイル団長の心の支えになりたい。


どれだけの人の命を1人で抱えて戦っているのだろうと心配になる。


少しでも安らぎと癒しの時間を過ごしてくれたらとサラは思う。


朝食を終えて、ハクの元へ2人で歩いて行く。

こんなのんびりしていて良いのだろかと、サラは頭の片隅で思う。


「カイル団長、旅立つ支度は大丈夫なんですか?私とこの様にのんびりしている場合では無いのでは?」


「一応、今だけは休暇なんだ。少しくらいのんびりしたい。」


「それならば、少しでも仮眠した方が良いと思います。その方が疲れも取れますし…。

何なら私がハクに餌を与えておきますから。」

少しでも休んで欲しくてサラは言う。


「俺と一緒に居るのは嫌か?」


「そう言う事では無くて…、少しでも休んで疲れをとって欲しいんです。」


「サラと一緒に居るだけで疲れは取れるから大丈夫だ。」


「本当ですか?…」


「サラと話していると、気持ちがフラットになって束の間、素に戻れるんだ。嫌なのか?」


「嫌なわけ無いじゃないですか…。

嬉しいです。だけど、カイル団長の貴重な時間を私なんかの為に使ってもらうのは悪い気がして…。」


「俺は贅沢な時間を過ごしていると思ってる。」


「サラがここに来てくれなかったら会う事も無かったし、この先もきっと俺と貴方が交わる時間は無いだろう…。


だから今が、貴重で大切な時間だと思っている。」


サラに向けられたカイルの視線は、真剣で心の中まで見抜かれそうでサッと視線を逸らす。

訳も分からず、体が火照る。


「この先だってきっと普通に会えますよ…。


国は離れてしまうかもしれませんが、たとえお父様が地位を取り戻したとしても、私は令嬢に戻るつもりはありません。」

歩きながらサラは言う。


「…それは無理だろう。

ボルテ公爵の後継は今やサラしかいない…

ブルーノも世継ぎはサラだと決めたんだ。」


「でも、父が戻ったらブルーノは父と居るべきです。

私は女ですし、カターナ国では代々家を継ぐのは男性と決まっていますから。」

出来ればこの話は早く止めたいとサラは思う。


「それならば、普通男子の居ない貴族は婿を取るのではないか?」


「私には従兄弟も居ますしいざとなったら継ぎたい人はそれなりにいます。

親のいいなりで結婚をするつもりもありません。」


「カイル団長は、結婚だけが女の幸せだと思っているんですか?」

サラが珍しく強く言うので、カイルは目を見張る。


「いや、そこまで深く考えた訳では…。

きっとお父上はそう思うだろうと言うだけだ。」


「私、結婚するなら好きな人としたいです。それが駄目なら結婚はしません。」


「…変わったご令嬢だな。」

そう言ってカイルはハハハっと笑う。


「男装してここに乗り込むくらいのじゃじゃ馬ですから。きっと貰い手だってい

ませんよ。」

ふふっとサラも笑う。


「…そうか。

貰い手が誰も居なかったら俺が貰ってやる。乗馬ぐらいは教えてやるよ。」

きっとからかってるんだとサラは思う。少し心がズキンとするが、軽く笑って言い返す。


「…そう言うカイル団長は何故結婚しないのですか?」

一瞬サラに目をやって、

「いつ死ぬか分からん男に嫁ぎたいヤツなんかいないだろ…。」

と呟く。


「じゃあ。誰もお相手がいなかったら私がお嫁に来てあげますね。きっと、退屈させませんよ。」

ニコリと笑うサラをカイルは足を止め、射抜くような目で見る。


「…本気にするぞ…。」

ため息と共に小さく呟き、また歩き出す。


「なんて言いました?」

カイルの顔を覗き見てサラは首を傾げる。


まったく無自覚に可愛いのは自制して欲しい。

「…何でもない。」

そう言って、わざと早歩きするカイルにサラは小走りで追いかける。


「もう、急に早く歩かないで…待って下さい!」

サラは息が切れるほどだ。

いつも私に合わせてわざわざゆっくり歩いてくれていたんだなぁと実感する。


どこまでも優しくて不器用な人。


なんだか追いかけっこをしてるみたいで楽しくなる。

「ふふふっ」


「何、笑ってるんだ?」

カイルは怪訝な顔で振り向く。

「いえ、団長がいつに無く大人げないから。」

そう言ってしきりに笑う。

カイルは苦笑いする。


いつの間かハクの居る厩舎に到着する。


鉄製のドアを開けるとハクはバサバサと舞い降りてきて鼻でカイルを押しやり餌をねだる。


「ちょっと待て、焦るな。」

カイルはハクを嗜めながら、外に置かれていた餌の入った荷台を中に入れてやる。


「俺の周りには手のかかる奴ばっかりだ。」とカイルがぼやく。

「それは私も入ってますか?」

サラが抗議する。


「自覚があるならそうじゃないか?」

少年みたいに笑ってカイルが言う。

この笑顔好きだなぁ、と見惚れてしまう。


急にどこからとも無くバサァバサァと羽音がしかと思うと黒い影が横切り、厩舎の中に舞い降りた。

勢いが良過ぎて土埃が舞う。

咄嗟にカイルはサラを庇う様に立ち、思わず咳込む。


「何なんだ?」

2人土埃を手で払い退け、目を凝らす。


「ブルーノ!!お帰りなさい。」


ルイの所に行っていたブルーノが帰って来た。

サラは走り寄りブルーノに抱き付く。

それを見てカイルは羨ましい限りだと、ブルーノにまで嫉妬する。


「良く帰って来たな、ブルーノ。

お疲れ様だった。」


カイルは荷物を入れるカバンを取りながらブルーノを労う。


カバンにはサラとカイルに当てた手紙が二通入っていた。


「ルイ殿からだ。」

それぞれ手紙を読む。


カイル宛には、感謝の言葉とこれから王都に向けて旅立つ旨、旅路ルート滞在場所等も詳しく書かれていた。

途中でボルジーニに滞在する事も書いてあり、滞在場所には港町の商店街にある店の名が書かれていた。


上手くいけば今夜会えるかもしれないとカイルは思う。



サラ宛にはルイとジーナからの手紙があり、元気かどうか、ちゃんとカイル団長の言う事を聞いて、勝手な行動を慎む様にと書かれていた。


ジーナからは春先に一緒に植えた花畑が綺麗に咲いた事。近所の馬が無事に子馬を産んだ事。


日常の平和な出来事が懐かしくて切なくて、思わず涙が一雫落ちてしまう。


不意に大きな手がサラの頬を包み、涙を拭う。

見上げるとカイルが心配そうな顔でサラを見ていた。


何も言わずにカイルはサラを抱きしめて、

背中を優しく撫でくれる。


お昼に出発しなければならないカイルには時間がない事を思い出し、サラはハッとして距離を取ろうとする。


「ごめんなさい。団長、し、支度とかあるんじゃないですか?」


「俺の事はいい、サラも少し休むべきだ。部屋に戻るぞ。ルーカスには午後から護衛に付くように伝えてある。それまでちゃん休め。」


ハクとブルーノに餌を与え足早に戻る。



カイルが部屋まで送ってくれる。


「見送りは要らん。

ちゃんと体を休めて、上手く行けたら明日にはボルテ公爵を連れて戻れるはずだ。」


サラは急に不安になる。

「あの…、ボルジーニの商店街にあるマーラのお店にあの聖水があります。何かあった時には使って下さい。」


「分かった。ルイ殿もその店に立ち寄るらしいから、行ってみるつもりだ。」


「…ビーフシチューが美味しいのでちゃんと食事も取って下さいね。」

離れ難い。


何故か昨日の朝に見送った時よりカイルが遠く感じる。


「分かった。

じゃあ。行ってくる。」

離れて行くカイルの腕を思わず掴んでしまう。

「どうした?」


「絶対、帰って来て下さい。待ってますから、約束ですよ。」


「大丈夫だ。

そんな心配するな、自慢じゃないが今まで負けた戦はない。」

サラを安心させる様に、頭をポンポンと優しく撫でて笑顔をみせる。


サラは泣きそうになりながらそれでもなんとかカイルの腕を離し別れる。




お昼近く、竜騎士団15名は空高く飛び立って行った。


見送りは要らないと言われたから、部屋のバルコニーからサラは見送った。


この胸騒ぎは何なのか,不安は拭いきれない。


カイル率いる竜騎士団は午後3時近く、ボルジーニの港の片隅の倉庫に舞い降りる。


慎重をきす為、一頭ずつ竜が降りて来ては倉庫に隠す。


「お待ちしていました、団長。」

副団長のショーンは珍しく真面目に敬礼して、カイル達を出迎える。


「お疲れ、何か新しい情報はあるか?」

敬礼を軽く返しながらカイルは問う。


「先程、例の定食屋に行って来ました。肉がめちゃくちゃ柔らかくてビーフシチュー美味しかったぁ。」


呆れ顔ではぁーーっとカイルは深いため息を吐く。

コイツの緊張感の無さはわざとなのか?と思う。

「真面目にやってるのか?まったくお前は…。」


「あっ、サラ嬢の魔法の聖水預かって来ましたよ!これでしょ?」

手のひらほどの小瓶がキラキラと煌めいている。

「気安く名前で呼ぶな。」

カイルは不機嫌にショーンを睨む。


「はいはい。

ちゃんと仕事もしてますよ。

ルイ殿が店に来たらこの場所に来る様伝えておきました。後は、密偵から報告を。」


「お久しぶりです、カイル団長。」

密偵の1番隊長から報告を受ける。


ボルテ公爵が監禁されている船には、20人程の乗組員がいて、監禁部屋の監視は3人。


1人は廊下、2人はドア付近をいつも交代制で見張っているらしい。


作戦会議をする。


まず、見張りの交代のタイミングを避け出来るだけ見つからないよう、3人で忍び込む。


ボルテ公爵の部屋にたどり着いたタイミングで、残りの団員が、竜で海賊船に乗り込む。戦になる事は避けられないが、負傷は出来るだけ抑えたい。

その後、どさくさに紛れて公爵を連れ出し、共に竜で船を降りる。


海賊船は3隻、出来れば出港後バラバラの所に乗り込みたい。


密偵の話しでは夜出航する予定だと言う。


夜、ボルジーニの港は静まり返り海岸沿いの店すらも真っ暗だった。

以前来た時はもっと活気に溢れた港だったはず。領主が変わり街の雰囲気もガラリと変ってしまったのだとカイルは思う。


倉庫内で竜達に餌を与えながら、海賊船の出航報告をカイル達はひたすら待っていた。


そこへ馬に乗った白髪の男がやって来る。


「団長、ルイ殿がお見えです。」


仮に作った執務室で軽く休んでいたカイルに声がかかる。

「すぐ、通せ。」


ルイに誠意を示す為、カイルは軍服を急いで着て身なりを整える。


トントン。


ノックの音が響き、白髪のがっしりした体格の男が1人入って来た。


「お久しぶりです、カイル団長。

我が主の為にお力添えをありがとうございます。」

男は随分年上なのにもかかわらず、カイルに臣下の礼を取り頭を下げる。


「辞めてください。ルイ殿、私は貴方より若輩者です。頭をお上げ下さい。」


カイルは急いでそう言って、頭をあげさせる。


「うちの姫が突然訪ねた事、申し訳なく思っていました。随分なじゃじゃ馬にて、お手を煩わせる事はありませんでしたか?」


突然、サラの事を話されカイルは若干動揺するが、表には出さず終始落ち着いた態度で話しをする。


「いえ、初めは本当にリューク殿だとばかり思い込んでしまい。

手荒な真似をしてしまった感があり、申し訳なく思っています。」

深々と頭を下げる。


「うちの姫はそんじょそこらの令嬢とは訳が違う。大丈夫ですよ。」

カイルは微笑する。


「鬼の団長でも、手こずらせてしまいましたか。」


「いえ、サラ様にはいつも驚かされ、楽しい時間を頂きました。

こうやってボルテ公爵のお力添えが出来るのも、彼女が出向いてくれたからだと思っています。」


「良かったです。

我々に取っても自慢の姫ですので。」

ルイは豪快に笑ってサラへ想いを馳せる。


「さて、 

今夜決行と聞きましたが、こんな老いぼれでもよければご一緒させて頂きたい。」

真剣な表情に戻りルイが言う。


「もちろんです。 

その為に今夜、合流して頂いた次第です。」


今夜の作戦をルイに話し同意を得る。


ルイが持参したマーラのビーフシチューを皆に振る舞ってくれて、少しの間、団員にも穏やかな時間が流れた。


密偵から海賊船が出航したと一報が入る。


カイルとルイは密偵を1人連れ,小舟に乗り込み海賊船を尾行する。


厄介な事に海賊船3隻は付かず離れずの距離を保ち、ボルテ公爵が監禁されている船を真ん中に、前後で護衛するかの様に配列している。


「どう言う事だ?


普段海賊は統制も取れ無い輩が集まった集団の筈なのに、まるで軍隊のような配列ではないか?」

ルイが小声でカイルに話しかける。


「まるで、奇襲がある事が分かっているかの様ですね。」

ポツリとカイルが言う。


「これじゃ、見つからず乗り込むのは無理では…?」


カイルは咄嗟に考え、これしか無いと思い立つ。


「ルイ殿、私に考えが。


私が、竜に乗って船員達の目を惹きつけます。

その間に、小舟で近付き船に潜り混んで下さい。後は、作戦通りで。」


カイルは密偵に指示をする。

「いいか、作戦通りルイ殿を守りボルテ公爵を連れ出すのだ。

もし、警備が多すぎ連れ出せ無い場合は、戦闘が始まるまでその場で待機、俺も出来るだけ早く乗り込み、すぐ追いかける。

出来るな?」


「はい。了解しました。」

密偵は小さく敬礼する。

「誰よりも身体能力に長けている。大丈夫だ。お前なら出来る。」

密偵は強く頷く。


カイルはハクを呼び出す為、竜にしか聞こえない笛を取り出す。


「カイル殿、その首から下げた小瓶は姫からですか?」

不意にルイがカイルに聞く。

カイルは強く頷く。


「では、貴方も無事に帰らなければなりませんね。

帰る場所があるからこそ、人は強くなれるのですよ。」

そう言ってルイは強くカイルの肩を叩く。


「…肝に銘じます。」


カイルが笛を鳴らすと、どこからとも無く風が吹き、空から白く大きな影が近付いて来る。

ハクだ。


低空飛行で小船に並行して飛ぶハクに素早くカイルは飛び乗る。


ルイと密偵に目線を合わせ深くうなづいてから空高く飛び立つ。


白い鱗が月明かりを浴びて綺麗に輝く。


「彼はモテるだろうなぁ。」

こんな緊迫した中でルイはそんな事を呟くので、密偵は驚き軽く笑ってしまう。


「団長は自分達の憧れですから。」

いい意味で肩の力が抜け二人、海賊船に向かい小船を漕ぎ出す。


♦︎♦︎♦︎


一方海賊船では、

看板で見張りを強化四方八方からの攻撃に備え、準備万端だ。


「白竜だ!!」

マストの上で監視していた船員が叫ぶ。

皆,一斉に空を見上げ銃を構える。


「打て!!撃ち落とせ!!」

海賊達は昨日の戦いで、躍起になっていた。

竜騎士団は我々の敵だとばかり白竜目がけて打ちまくる。


白竜は火を吹き、風が巻き起こる速さで彼方へ此方へと飛び回る為、誰の弾からも逃れてしまう。

船長が叫ぶ。

「あの、白竜を撃ち落とせた者に金一封を渡す!!撃ち落とせ!!」


白竜の火でマストに火が付き船員が慌てて火消しに走る。3隻もろとも甲板は火の海だ。


「おのれあの男、俺達を焼き殺すつもりか!!ふざけやがって!!」

船長は地団駄を踏み怒りまくる。


無論カイルは焼き殺すつもりは無い。

海賊と言えども、無駄に命を落とさせるつもりは無い。

ただ、目を逸らさせる為のパフォーマンスに過ぎない。

火はマストの布にだけを燃やし,鎮火できる範囲だ。



上手く引き付けられただろうか。


しかし、昨日決めた今夜の作戦が何故漏れたんだ?身近にスパイが居るのか?

頭の片隅で考え、とりあえず終わってからだと思い直す。



船の影に小舟が見えた。人は居ない。

上手く乗り込めた様だ。


さて、どこから飛び込むかとカイルは空高く旋回しながら船の様子を伺う。


今までなら正面突破、1人でも戦力外にする為迷わず人の多い所へ飛び込んだだろう。


しかし、先程のルイとの話が頭をよぎる。


サラの顔がチラつき、カイルは心を落ち着ける。

火の手の回っていない裏だ。

海賊達は火消しに躍起になっている。今のうちに忍び込めそうだ。


瞬時に判断し、ハクに指示を出す。

低空飛行したハクからカイルは飛び降り上手く着地し、物陰に素早く逃げ込む。


ハクはしばらく目眩しに、船の上を旋回し海賊の目を逸らさせてくれている。

余りに優雅に飛び回るハクを呆れながらカイルは見上げ、撃たれるなよと心配する。


ボルテ公爵がいる部屋は階の1番下、ボイラー室横。頭に叩き込んだ船の図面を思い起こし、素早く移動する。

階段付近で1人海賊に遭遇し、ひと蹴りで仕留め、縛り上げ部屋に閉じ込める。


脱出ルートとしてはこの階段のみ、出来るだけ敵を減らし即座に脱出が出来るよう頭を働かせる。


最後の階段を降りるタイミングで、上から足音を聞く。

敵は何人だ?1、2、3人走り降りて来る。


武器庫か?

階段下に隠れ様子を伺う。

敵が再び階段を登りかける。


カイルは素早く飛び出し、1人2人と瞬時に倒す。無駄な血は流さない。打ち身と骨折程度の力加減だ。


伸びた奴を階段下に縛りあげる。


ボイラー室横のドアにたどり着く。


ルイ殿と密偵は中か?

何が予期せぬ事があったのかと予感し、そっとドアを開き中の様子を伺う。


腰のサーベルに手をかけ、身を引くく構える。

「竜の名は?」向こうから声がかかる。


敵、味方が分かるよう、兼ねてから決められた密偵との暗号だ。

「ハク」


フッと息を抜きカイルは立ち上がり、部屋に入る。

「団長!ご無事で。」


「俺を誰だと思っている。」


「どうした、なぜ脱出しない?」


「それが、ボルテ公爵の体調が思わしく無く…」


カイルは急ぎ、ボルテ公爵が寝ているベッドに歩み寄る。

ルイが賢明に呼びかけている。

「ボルテ様!目をお開け下さい。」


「何が…」

話しかける手前でカイルは気付く。

薬か?この匂い…

香ばしい様な花の香りの様な…

「薬を嗅がされていた様で、目が虚ろ焦点が合わない様子です。」


なんて事だとカイルは顔をしかめるが、サラから預かった小瓶を取り出す。

「これを、ボルテ公爵に飲ませて下さい。

少量だが、幾分体調も戻るかもしれないので。」


傷口を癒す効果はこの目で見たが、飲んで体の中から治せるとは聞いていない為一か八かだ。


ルイはすかさず、ボルテ公爵の口に流し込む。

しばらく、様子を見守る。


ドンッ!!


衝撃で船が揺れる。


副団長率いる竜騎士団が降り立った合図だ。


急ぎ脱出をしなければ。


「顔色が幾分取り戻しました。

ボルテ公爵分かりますか?ルイです!

カイル団長と助けに来ました!!

後、少しの辛抱です!」


「…ルイか?…カイル騎士団長…。」

呟くほどの小さな声だが、先程よりは正気に戻ったようだ。


「ボルテ公爵様、今から脱出します。

私が抱えて行きますので、しばし辛抱を。」

そう素早く言い,カイルはボルテ公爵の体を抱え上げる。


「行くぞ。」

密偵に小さく合図をして、部屋を出る。

前方を密偵、後方をルイが守り慎重に先を急ぐ。


ドンッ!! ドンッ!!


何度か船が揺れる。

階段下までは敵に合わずたどり着けた。


「ここより先は気を付けて行くぞ。」


人1人抱えて歩くのはどれ程の重みか。

動じる事なく歩くこの若者の力強さ。


幾度もの戦闘を潜り抜け、以前会った時よりもなお、強く逞しく揺るがない強さ。

ルイはカイルの背中を見つめ密かに心躍る。


密偵がふと足を止め身を屈める。

「3人いや5人か?足音が…。」

階段を駆け下りる音が迫ってくる。


「ルイ殿、ボルテ公爵様をお願いします。」

そう言うが早いか、踊り場でボルテを下ろしカイルと密偵は2人息を揃え階段を登って行く。

均整も取れている軍隊としても申し分無い動きだ。ルイは密かに舌を巻く。

 

いい男になったなと感心する。

こんな所で死なす訳には行かない。皆、無事に脱出しなければ…。


階段を駆け上がり、カイルは密偵に指で合図を送る。

出来る限り踊り場から離れた場所に行かなくてはと思う。


狭い階段という場所で5人を相手に、お互い剣を構え戦うには不利だ。


出来れば挟み討ち。

密偵の男は縄を出し頭上高く投げると上手い具合に上階の手摺りに引っかかる。相手はまだ気付かずこちらに向かって降りて来る。


カイルが先頭を切りサーベルを抜き1番手前の男を切る。


「うわぁ。密偵だ!!」

切られた男は叫び階段を転がり落ちる。すかさずカイルは交わしながら次の敵と会い交える。

その間に、スルスルと縄をよじ登った密偵は上から敵を討つ。


挟み討ちで、5人を海賊はあっという間に片付ける。

「手加減が出来なかった…。死んだか?」

カイルは呟き転がり落ちた海賊を見る。

「大丈夫そうです。まぁ、三か月程は動けそうもありませんけど。」

密偵はニヤッと笑ってカイルを見る。


「いい動きだ。」

カイルは褒め称え、下の階に急ぎ戻る。


「ここを登り切ったらもう少しです。」

戻って来たカイルはルイにそう告げ、またボルテを担ぎ歩き出す。


服には返り血を浴びている。この男の狂気と優しさが垣間見える。

敵に回せば鬼だが味方ならこれ以上頼りになる男はいないだろう。


階段に残党がうめいている。切られてはいるが息はあるようだ。


ルイは思う。

鬼になり切れては無いんだなと、どこか安堵する。

軍人の中には修羅に落ち、人の命の重みを忘れる奴もいる。


彼はきっと懺悔しながら生きているんだろう。

亡くなった命の重さを抱え、今いる仲間の命をも守り、自分自身の幸せとは無縁で、誰かの為に命を惜しまず……軍人としては優し過ぎる。


階段を登り切ると長い通路が続く。

上での戦闘もまだ終わっていない様子。


前後を警戒しながら歩く。


2、3歩前の部屋のドアが突如開く。

カイルから伏せてと合図が送られボルテ公爵を庇いながら床に伏せる。


先頭にいた密偵が音もなく近付き、一撃で倒す。まだ、部屋の中には人が居そうな気配がする。

カイルは近くにある掃除道具入れから長いデッキブラシを2本取り出し密偵に投げ渡す。


それをドアが開く前に巧みに壁とドアの間にデッキブラシを挟み突っ張らせ開けない様にする。

中からドンドンと叩かれドアが揺れる。


「時間の問題だな、先を急げ。」


カイルは密偵を急がせ振り返り、ルイを思いやる。


「大丈夫ですか?」


「ああ、平気だ。なんなら担ぐのを代わるか?」


「大丈夫です。」

カイルは微笑し、先を行く。


外に出るドアにたどり着く。


「ここから先は戦場だと思って下さい。」


「承知した。」

ルイも腰の剣に手を当て警戒する。

先頭の密偵はドアを開け外の様子伺う。


「どうだ?制圧出来ているか?」

カイルも近付き様子を伺う。

近くに敵の気配は無い。


「よし、行くぞ。」


「はっ!」


三人一気に走り出す。


密偵の誘導のもと甲板の端までたどり着く。


ひとまずボルテを下ろし、小舟を見下ろす。

担いで降りるのは無理だ。ハシゴが2人分の体重を支え切れないと咄嗟に判断し空を仰ぐ。


この上はハクしか無いが、4人は無理だ。

せめて三人。


密偵に考えを伝える。


「ハクを呼ぶから、お前は二人に付き添いハクへ乗って駐屯地に戻るんだ。」


「カイル団長は?」


「このまま戦闘に加わる。」


「私が戦闘に加わります。カイル団長が先にお戻り下さい。」


そう言う密偵を先に追いやり、ハクを呼ぶ。


他の竜も一斉にこちらを向く。


バサァバサァと、空から白竜が現れる。


「援護する、早く乗るんだ!」


ハクが舞い降りるとカイルは同時に前に躍り出て、動きに気付いた数人の海賊と戦う。


白竜は降り出した雨の中先を急ぐ。


雨の嫌いな竜達は苛立ち、羽ばたきも激しく全速力で飛ぶ。


「おい。ハク!!

カイルを落とすなよ!!」

並走して跳ぶ黒い竜から副団長は慌てて制する。

副団長の後ろには体調の悪いボルテ公爵が乗り、ハクには密偵と呼ばれる男、名はマイルとルイがカイルと共に乗る。



「…団長!!」

マイルが何かを察して叫ぶ。


「おい、どうした⁉︎」

副団長からは様子が分からず聞き返す。



カイルは一命を取り止めていた。

サラがマーラに預けていた聖水が役に立ったのだ。


カイルの意識が浮上する。

頭がガンガンと痛い。

俺は死んだのか?と一瞬思うが、この痛みはあり得ないだろ…。


さっきからうるさく誰かが呼ぶ声がする。


「…ル、…カイル!!」

「…団長⁉︎」


重たい体を持ち上げ辺りを見渡す。

「…ここは何処だ?」

ぼんやりする頭で考える。


「団長!!

 …カイル団長! 良かったです。」

密偵改め、マイルの声が後ろから聞こえ振り返る。


「おお!!カイル殿…良かった…。」

その後ろには白髪の男ルイが心配そうな顔で覗きこむ。


重たい体を持ち上げて、ハクに落ちないように縛り付けられていた縄を自ら外す。


「どうやら生き延びた様だな…。」


「本当に心配しやがって!!

もう少し遅かったら死んでたとこだぞ。」


「サラ妃が託した聖水が無かったら、死んでたんだぞ。

ただ、量が足りず完全には治っていないし、血が多く流れたせいでお前は2時間近く目覚めなかった。」


副団長は叫びながら話しかけるが、

「…頭に響くから叫ぶな…。」

カイルはそう言って話を制する。


「はぁー。まったく心配かけやがって…。」


とりあえず、目が覚めて騎乗するカイルを見つめ、副団長はホッと肩の荷を下ろす。


後、1時間ほどで竜騎士団の駐屯地に到着する。


雨がこれ以上酷くならなければいいが…。


3隻の海賊船はものの1時間で制圧した。


後から駆け付けた我が国の海軍に後始末を託し、ボルテ公爵と共に帰路に着いた竜騎士団は、15人。

1人もかける事なく戻って来れた。

負傷者はカイルを含み5人。


カイルは副団長から報告を受け安堵する。


前方に灯りが見え始め故郷に帰って来たとみな安堵する。


小雨降り注ぐ中舞い降りる。


「ボルテ公爵様をすぐさま医務室へ。」

到着してすぐカイルの指示の元、タンカーに乗せ室内に運び入れる。

それに寄り添いルイも着いて行く。


時間にして深夜の2時、

昨日といい二夜続けての深夜帰り、それに出血の為に貧血気味のカイルはさすがにしんどそうだ。


「とりあえず各自、休息を体を休め明日改めて報告を、解散。」


かろうじて,自分の足で歩いているカイルを副団長のショーンと密偵のマイルが支え部屋まで送る。


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