戦いの時

翌朝早くカイルは15名の竜騎士団をきひいて飛び立つ。


サラもカーテンの隙間からそっと見送った。


どこかで戦や揉め事があれば最前を切って出向くのが、彼らの日常なんだと今更ながら理解した。


カイルはいつも、明日もしかしたら死ぬかもしれないと言う覚悟を持って、日々生きているあるんだ。 

 

昨日町へ行った時、既に出発は決まっていたんだろうか。屈託なく笑うカイルが思い出される。

私がカイル団長に出来る事はなんだろう?


癒しを与えてあげられただろうか?

気休めぐらいにはなった?


どうかみんな無事に帰って来てと祈りを捧げるしかなかった。


朝の食堂は普段より少し静かだが、普段通りルーカスと朝食を取った。


「話し合いが決裂したら、お昼過ぎから海賊船に乗り込み取り押さえる事になりそうです。

午後は怪我人救助と援護に五班も何人か派遣されます。」

ルーカスが教えてくれた。


より身近に感じて心が震える。


お昼前に厨房を手伝い、いくらか気は紛れるが手が空くと空を見上げて戻ってくる兵士はいないか確認してしまう。


午後、厨房の後片付けを手伝っていると、一報がはいる。

傷ついた竜が戻ってくると、居ても立っても


居られずサラも広場に走る。


あの虹色に輝く聖水を持って…。


広場に出て、救護班と一緒に空を見上げる。


一頭の赤い竜がふらふらと危うげに飛びながら降りてくる。


あっ、翼に穴が……。

流血もポタポタと降ってくる。

傷が深そうだわ……


舞い降り竜に世話係のカミル共に駆け寄る。


竜は見ず知らずのサラを警戒して威嚇する。


「大丈夫!!

貴方の怪我を治してあげるから…じっとしてて…。」

近付き触れよう心見るが、よたよたと竜はサラから離れようとする…


やはり他の竜とはハクの仲良くなったようにはいかないらしい…


こんな時、ブルーノがいてくれたらきっと仲を取り持ってくれたのに…と頭の片隅で思う。


「カミルさん、お願いがあります。この水を布に浸して傷口に被せて下さい。

きっと、止血出来るはずです。」


「分かりました。」

とカミルもあまりの傷の深さに手の施しようもなく…

藁をも掴む気持ちでサラの持って来た泉水を布に含み傷口を覆う。


すると、先程まで絶え間なく流れていた血がゆっくりとなりぴたっと止まった。


「こ、これはどう言う事ですか?」

聖水の量が少ない為、穴が塞るまでは無理だったが血が止まり一安心する。


「あまり量は無いので慎重に使わなくてはいけませんが万能薬です。」


その後は傷ついた団員を3人乗せ帰って来る竜、火傷をした竜など次々と現れ戦闘の苦戦具合が分かる。


サラは救護班と一緒に必死に怪我人の手当てを続け、気付いた時には辺りは暗く夕刻を過ぎていた。


「団長は大丈夫ですか?戦闘状況は?」

戻ってきた団員にサラは聞く。


「団長は無傷です。

団長に勝てる輩はいない、大丈夫です。ただ、海賊船は10隻もいる為鎮圧には時間がかかりそうです。」


「そんなに…それでも夜には帰ってくるのでしょうか…。」


「時間で休憩は取ってます…

休戦の要求も思案していますが…上手くいくかどうか…。」


負傷した団員と竜の代わりに新たな団員が飛び立って行く。


どうか皆さん無事でいてとサラはその度心の中で祈る。


♦︎♦︎♦︎


その頃、

海峡でカイルは頭を捻っていた。

海賊船は何の為に海峡を占拠しているんだ?制圧した海賊船の乗組員に聞いてもまったく埒があかない。

皆、声を揃えて大将からの命令だと言う。


海賊は本来、軍隊とは違いそれぞれの船にキャプテンがいる。そのため海賊同士のがみ合いや小競り合いは良くある。だから大きな統制はとれないと思っていた。


何かがおかしいと思う。

 

カターナ国で何か重大な動きがある筈だ。

それは多分、ボルテ公爵の事にも繋がるはずだ。


朝、一報では昨夜から港街で海軍の動きが活発化して、ボルテ公爵奪還に向けての作戦を一旦中止したと。


副団長からの報告を待つ。


昼過ぎ、伝書鳩を飛ばしこちらの動きを伝えてある。向こうで何が起こっているのか?


夕方過ぎ、10隻あった海賊船を後2隻残し弾圧に成功した。

多少の負傷者は出したが、海軍共に死者は無く、海賊側も多少手荒く入って行ったが死者は出ていない。

「カイル団長、副団長から伝書が来ました!」

暗闇を苦手なハトは夜飛ばせない為、代わりに竜が持って来たらしい。


『カターナ国外交官と海賊の長と名乗る男が密会有り、両者対戦の構え有り。


午後に動き有り、交渉が成立した模様。

海賊船、海軍共に解散し港は正常化。


ボルテ公爵監禁の船、出航の為追跡。』


読み終え、カイルは深いため息を一つ。


「どうやら、カターナ国と海賊の交渉は成立したらしい…。海峡も正常化するだろう。

休戦し向こうの出方を待つ。」


「海軍閣下に伝達頼む。」

何の為の戦いだったのか…腑に落ちないが、ひとまず撤退だな。


朝から緊迫していた団員に休戦を伝える。



夜もふける頃、残っていた2隻の海賊船も去って行った。


竜騎士団も任務を終え帰路に着く。


駐屯地に向けて飛び立つ。


全団員さすがに疲労を隠せず、言葉少なに

ひたすら帰路を進む。


そう言えば、朝、食べてから何も口にしていなかったなとカイルは思う。


サラはどうしているだろうか?

心配させていたに違いないが…ちゃんと食事を取っただろうか?


息を付くと、サラの事ばかりが頭に浮かぶ。重症だなと自分で苦笑いする。


もう真夜中だ…


駐屯地から戻った団員が、サラが救護班と共に負傷者の手当をしていたと聞いていた。

かなり疲労しているのではないかと心配する。


ちゃんと寝ていてくれるといいが…



静かに広場に降り立つ。


出迎えの当直警備員が労いの言葉と、リューク殿からだと冷えたレモネードが帰還した団員に配られる。

サラの気配りに心が温かくなるのを感じる。


サッパリしたレモンの酸っぱさと、甘さが体に染み渡るようで一気に飲み干し、やっと帰って来れたと安堵する。


「リューク殿は、一刻程前まで一緒に待っていたのですが、さすがに疲労が目に見えて…

先に休むようお願いして、やっと部屋に戻られました。

もしかしたらまだ起きてるかもしれません。」


「そうか…、分かった。


今夜は解散してそれぞれ休息をとってくれ、明日は休暇で構わない。

皆ご苦労だった、お疲れ様。」



「はっ。」

団員15人中、負傷者5名、竜の負傷は三頭、傷も浅く、サラの聖水のおかげで皆大事には至っていない。


無性に彼女に会いたいと思う。

ただ戦場帰りの気が立っている状態で彼女に会うのは危険だとも感じる。


自分が何をしでかすか分からない。


足早に部屋に戻りカイルは着ていた防具を脱ぎ捨てる。 

良く見ると、体に無数の擦り傷と打ち身でできたあざがある。

海賊との戦いは普通の戦闘より苦戦を強いる。

揺れる船の中、相手は各自武器も違えば統制も取れていない輩だから、あらゆる方向から攻撃を受ける。


これぐらいの傷で済んで良かったと思いながらシャワーを浴びる。

 

サッパリしていくらか気持ちが落ち着いた時、軽食が運び込まれる。


腹を満たし、寝支度も整え灯りを消した頃、


ふと続き間になっている執務室から灯りが漏れている事に気付く。


カイルは不審に思いそっと中を覗き見ると、

ソファにサラが小さく丸まって寝ていた。


そっと近付き、そのあどけない寝顔を盗み見る。天使のようだと、しばし見惚れてしまう。

無意識に白く滑らかな頬に触れようとする己を戒める。


しかし、こんな所で寝かすのは忍びない。


風邪をひかれては困るし、と自分に言い訳をし、そっと体を抱き上げ寝室のベッドへ運ぶ。


起こさぬようにそっとベッドに寝かし毛布をかける。

いつまででも見ていられるなと、床に座り寝顔を堪能してしまう。


ひとまずソファで寝るか、と窮屈なソファに横になる。


ソファからもサラが見えるように若干配置を動かしてしまう自分に少し呆れたが、

寝顔だけで充分癒され、疲れた体は知らぬうちに眠りに落ちていった。



チュンチュン、と


鳥の囀りでサラは目を覚ます。


あれっ?ここは何処?


一瞬、不思議な感覚に襲われボーっとした頭を無理矢理振る。


えっ⁉︎

ソファで寝るカイルが目に入る。


カイル団長⁉︎

一気に目が覚め血の気が引く。

疲れて帰ってきたカイルをソファで寝かしてしまったと悲しい気持ちに陥る。


慌てて起きてベッドを整え、懺悔するようにカイルの前で膝まつく。

そっと顔を覗くと綺麗な顔で寝ているカイルは目を覚さない。


よっぽど疲れているのだろう、このままそっと部屋を出た方がよいだろうか。


寝顔はなんだか可愛らしいわ。と、しばらくそっと眺めていると頬に切り傷があるのに気が付く。


綺麗な顔に跡が残ってはいけないと思い立ち、聖水を入れていた瓶を探しに執務室に行き、急いでハンカチを取り出す。

聖水は既に、数滴を残すのみになっていた。


それでも皆んなの役に立ててサラは満足している。

数滴をハンカチに染み込ませ、そっとカイルの頬傷にあてる。


不意にサラは手首を掴まれビクッとなる。


「…何をしている。」

 

カイルはとっくに起きていた。

軍人たる者、いかなる時も物音一つで目は覚める。


「あっ…。すいません、 

ベッドを占領してしまって…。」

サラは、近過ぎる距離にドギマギして、さっと離れようとするが、

掴まれた手首の力が意外と強くて離れる事が出来ない。


数秒二人見つめ合う。


「…お帰りなさい。ご無事で何よりです。」


「ああ、ただいま。

……で、何をしていた?」

再度カイルは訪ねる。


「あの…、頬の傷が気になったので、跡が残ったらいけないと思って聖水を当ててました…」


カイルは体を起こしソファに座る。


握っていたサラの手の甲に引っ掻き傷かまあるのが目に入る。

「この傷どうした?」

そう聞かれて初めてサラは気が付いた。


「あっ…、いつでしょう?

全然気付かなかったです……

竜の手当をした時に少し暴れたので、その時でしょうか…。」


カイルはサラの持っているハンカチを奪い取ってサラの手の甲に当てる。


「自分の事をもっと大切にしてくれ。」

しばらく当てていると、少ない聖水でも傷は薄くなった。

「傷を作るな。

…女なんだからもっと注意するべきだ。」


「カイル団長の顔の傷にも当ててください。」


「俺はいい。

傷は軍人に取って勲章みたいなもんだ。」


「ダメです。綺麗な顔に傷が残っちゃう。」

慌ててサラはカイルからハンカチを奪い取りハンカチを頬に当てる。


心配そうにサラがカイルを見つめてくる。


仕方ないと諦め、サラのしたい様にさせる。


「少しは寝れたか?

今日は戦闘参加メンバーは休暇にしたから、もう少し寝たほうがいい。」


「団長こそ、ちゃんと寝てください。

私は自分の部屋に帰りますから、ベッド奪ってしまってすいません…。」


「いや…。別にそれはいいが、今からその格好て戻るのか?」

サラの今の格好を見渡し渋い顔をする。


さすがに男性用の寝巻きだが、髪も下ろしてその上ハーフズボンで膝から下がでている。どう見ても女だとバレるだろう。


サラも昨夜遅く、慌ててシャワーを浴びた後、急いでこちらに来た為、服を持って来る事まで考えていなかった。


「…ダメ、でしょうか?」


「ダメだ。どこから観ても女に見える、誰かに会ったらバレるぞ。

それに、そんな薄着で動き回るな。」

まるでお兄様みたいに心配症ね…。とサラは心の中で思う。


「後で、服を取って来る。」


「いやいやダメです。

団長にそこまでさせられません。

 あの、大丈夫ですから早くベッドに入って下さい。今の時間ならまだ誰も起きてないはずですし。」

 

サラは立ち上がり出て行こうとすると、サッと手を握られる。

「ダメだ。1人で行かせられない。」


カイルは立ち上がり、「服を取って来るから待ってろ」と言って素早く着替えをして出て行ってしまう。


えっ⁉︎

ちょっと待って…引き出し開けちゃうと下着とかサラシとかいろいろ入ってるし恥ずかしい。


慌てて追いかける。


と、廊下の角でカイルが誰かに話しかけられているのが見えて急いで今来た道を戻る。


どうしよう。恥ずかしい…。


数分後、カイルが戻って来たが恥ずかしくてサラはソファの後ろに隠れる。


「サラ?…何してる?」

すぐに見つかり覗かれる。


「すいません、ありがとうございました。」

それだけ言って服を受け取り洗面所に駆け込む。



「サラ、そのまま聞いてくれ。」

ドアの向こうから話しかけて来る。


「副団長から今、連絡が来た。


ボルテ公爵を乗せた船を追跡したところ、ボルジーニの港に停泊、海峡から逃げ延びた海賊船2隻と合流したようだ。

やはり、同じ目的で海賊達は繋がっている。


俺達も逃げた海賊船2隻を捕まると共に、ボルテ公爵奪還も決行しようと思う。」


慌ててサラは着替えを済ませ、カイルに駆け寄る。


「カイル団長!!

私もボルジーニに行きたいです。」


カターナの王都には1日かかるが、ボルジーニだったら竜に乗ればここから半日で行ける。


「気持ちは分かるが…

ここで待っていて欲しい。

何が起こるか分からない。ここが1番安全なんだ。」


シュンとしてサラは俯く。

「必ずボルテ公爵を連れて帰ってくる。」

サラの頭を優しく撫でながらカイルは考える。


隣国の港に軍として入るのは許可が要る。

しかし、今回は昨夜の海賊船を捕まえる口実もあり、すぐに許可は降りるはずだ。


カターナ国側も表立って海賊の味方は出来ない筈だ。

人数は15人昨夜と編成を変える必要もある。


即国王陛下の報告と、隣国への入国許可を取らなくては、頭で既にやるべき事を並べ立てる。出来れば昼までに飛び立ちたい。


「いつ出発ですか?

昨日の疲れも残ってるのに…」

サラは心配顔でカイルを見上げる。


「心配しなくても大丈夫だ。

野戦の場合は1ヶ月以上野宿は当たり前だし、どこでも寝れる。」

欲を言えばもう少しサラと居たかったが…。

心の中でそう思い苦笑いをする。


今まで誰にも執着してこなかったからか、帰りたい場所が出来てしまった自分は今、弱くなっていないだろうか。


「一つ約束してくれないか?


必ず、何があっても誰を犠牲にしても自分の身を1番優先にして欲しい。

出来るなら危ない事はして欲しくない。


…俺の為だと思って聞いてくれ。」


「では、カイル団長も誰かの盾になってその身を削るのは辞めてくれますか?」


カイルは言葉に詰まる。

どう思ってサラは言っているのだろうか?

自分と同じ気持ちで…?


それを今、問うのは重過ぎる…。


「そう簡単に死なないから心配するな。」


そう言ってサラを優しく抱きしめる。


カイルはしばらくそうしていたが、気持ちを切り替え、


「よし、俺は仕事に入る。

サラは昨日遅かったんだから、ここでまだ休んでいればいい。…昼前には出発したい。」


そう言って足早に執務室に行ってしまう。


朝ご飯くらいは一緒に食べれるんだろうか。


まだ外は薄暗い。


自室に戻るのも気が引ける。

カイルの部屋を少しうろうろしてからソファに横になる。

さっきまでカイルが寝ていたソファは、残り香も心なしか温もりも残っている気がする。


目を閉じていると、不思議と心が落ち着いてくる。

サラには皆の無事を祈る事しか出来ない。聖水はもう無くなってしまったし…。


ふと、ボルジーニのマーラの所に少し残してきた事を思い出す。


カイルに後で伝えなくちゃ。


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