カイルの覚悟

「おかえりなさい。」

執務室に戻るとルーカスが満面の笑みで出迎えてくれる。

「ただいま戻りました。」


サラも和かに答える。


カイルは他に寄るとこがあると、建物玄関で別れた為、サラは1人でルーカスと再会する。


「町は楽しかったですか?」


「お土産にカップケーキを買って来ました。後で食べて下さい。」

サラは紙袋を1つルーカスに渡す。


「これ、今人気の焼き菓子屋さんじゃないですか!

ありがとうございます。後で、同僚と頂きます。」

袋にはいろいろな種類が5個も入っていた。


カイルの机にはチョコやクッキーの入った片手で気軽に食べるお菓子を入れた袋を置く。


後は、明日からお世話になる厨房の人達に渡す予定だ。


「さぁ。朝の続きの仕事をします。」


「はい。」

2人はそれぞれ持ち場に向かい黙々と与えられた仕事を続ける。


夕方頃、


与えられた仕事も終わり、2人は手持ち無沙汰になり、本棚にあった騎士団の歴史を一緒に見ていた所だった。


「お疲れ様です。」

と、見張りの声がしたかと思うと

ガチャッとドアが開きカイルが戻って来た。


応接間のソファで2人並んで座っていたのでハッとして振り返る。


「お疲れ様です。」


と、ルーカスは慌てて立ち上がり敬礼するが、カイルはじっと2人を見比べて物いいたげな顔で睨む。


「リューク殿に報告がある。

五班はもう下がっていい。」

不機嫌そうにそう言う。


「はっ。では、リューク殿お先に失礼します。また、明日部屋までお迎えに行きます。

お菓子ありがとうございました。」

サラにも敬礼して執務室を出て行った。


執務室は2人きりになってしんと鎮まる。


「私にお話しとは?」

サラは話を聞こうとカイルの机に近付く。


カイルはサラが机に置いた紙袋を手に中を覗き見ている。


「あっ、クッキーとチョコです。良かったら、お仕事の合間に食べて下さい。」


「ありがとう。…少し一緒に食べるか?」


夕飯にはあと少し時間があるし、お腹も空いてきたサラは喜んで

「はい。」と、返事をしてお茶の支度をする。


「コーヒーと紅茶どちらにしますか?」

サラが聞く。


「コーヒーで。」

と、答える。


何気ない会話が、カイルのささくれだった気持ちを穏やかにしてくれる。


カイルはさっきまで、サラとルーカスが座っていた2人掛けソファに腰を下ろす。


「竜騎士団の歴史か…。興味があるのか?」


机に置かれた本を取ってパラパラとめくる。


「隣国の事なのに、余りにも私は知らない事ばかりで…ルーカスさんにいろいろ教えてもらってたんです。」


「そうか。

…ルーカスとはすっかり打ち解けたようだな…。」

少し不貞腐れた言い方になったが、仕方がない。


「気さくな方で、とても話しやすいです。

カイル団長はいつもお忙しそうですね。

何か私でもお役に立つ事があるといいのですが…。」


コーヒーと紅茶を入れ机に置く。


サラは向かいのソファに座ろうとしたが、カイルが座るソファの横をトントン叩くので、緊張しながらそっと隣りに座る。


「俺が孤児院育ちなのは知っていたんだな。」

ポツリとカイルが言う。


「誰も産まれ出る場所は選べません。

私はたまたま公爵の家で生まれ育っただけで、カイル団長はたまたまご両親を亡くされた…。

その与えられた環境でどう生きるかは本人の努力次第です。


カイル団長は人並み外れた努力をしたから、今の地位にまで上り詰めたのだと思います。

尊敬します。」


誇れる生い立ちでは無いがカイルは特に孤児院出を恥ずかしい事だとは思っていない。


ただ他者からどう評価されるかは別で、今まで差別的発言もされてきた為、自分からあえて誰かに話した事は無かった。


「俺の両親は、生まれた年の内戦で逃げ遅れて亡くなったと聞いている。

親の顔も知らないし、天涯孤独だから別に命も惜しいとは思わない。

だから、誰かの盾になって死ぬ事は雑作もない。」

なんて事はない話しだと言う風に、カイルはコーヒーをひと口飲む。


サラは心が震え、耐えていないと今にも涙が出そうだった。

膝の上で握りしめた手が震える。


もっと自分を大切にして欲しい、と言いたいのに…それは、カイルの信念を否定する事になるのだろうか…


「このクッキー美味いな。サラも食べてみろ。」

そう言えば、いつからか私の事を呼び捨てにしてるとサラは気付く。


少しは心を開いてくれているのだろうか。


それを嬉しいと思う気持ちも、彼の邪魔になるのだろうか…


「頂きます…。」


サラは震える手でクッキーを一枚袋から取り出す。

カイルはその震えている細くて白い手をそっと握る。


「どうした?」


静かに言うが、サラに話すべき話しではなかったと少し後悔する。


「……悪かった。サラに話すべき話ではなかった…。」


サラはぶんぶんと頭を横に振る。

言葉にしようと思うと、涙が出てしまいそうだった。


だけど、何故かこの人を強く守りたいと思う。決っして死なせるものかと強く。


「私が…私がカイル団長を死なせたりしませんから…。」


涙が一粒溢れてしまう。


「…そうか。

俺は、サラの盾になって死ねたら本望だな。」

軽く笑ってサラの手を離す。


「絶対死なせたりしませんから!私が助けます。」


掴んだクッキーを手離し、カイルの手を両手で握る。


「そんなに簡単に死なないから、大丈夫だ。

その為に日々鍛えてるつもりだ。」


空いてる片方の手でサラの頭を優しく撫ぜる。


「近くの海峡で海賊が集結してるらしい。


他の船がカターナ国に渡れなくて困っていると、援護を依頼が海軍からあった。

明日の朝、出立する。」


「私に何か出来る事はありますか?」


震える声で、涙が溜まった瞳でそれでも真っ直ぐカイルを見てサラは言う。


「いつも通り過ごして欲しい。俺が居なくても大丈夫だ。

ルーカスは居るし困る事があったら彼に聞け。うまくいったら夕方には帰る。」

 

ブルーノがいてくれたら一緒に行けたのにと思う。

だから、あえてブルーノに配達をお願いしたのだろうか?


「もしかしたら、ボルテ公爵の件とも繋がっているかもしれない。」


「どう言う事ですか?」


「この海峡はカリーナ国とリアーナ国を行き来する船が必ず通る場所だ。

そこを海賊が占拠すると言う事はお互いの国にとって死活問題だ。


海賊の目的は未だ分からない。金銭を要求する事もないし脅しもしてこない。ただ、渡ろとする船を容赦なく撃ってくるらしい。」


「リアーナ国を鎖国させるつもりですか?」


「リアーナの国王と海賊の繋がりが濃厚だ。


おそらく、ボルテ公爵はその繋がりをいち早く察知して国王に申し入れしたのかもしれない。」


「お父様は何を知ってしまったのでしょう?」


「副団長からの報告では、貿易商と潜入したところ1箇所だけ妙に警備が固い部屋があったらしい。中は確認出来なかったが、今夜潜入し中を確認すると連絡があった。」


「副団長は大丈夫でしょうか?」


「ああ見えて、潜入捜査には長けているから心配しなくていい。」


カイルはサラを安心させるように微笑む。


サラに出来る事は何も無い。ただ無事を祈るだけだ。


「お帰りをお待ちしています。ご武運をお祈りします。」


「一つだけ…お願いがある。」


「…はい。」


「泣き顔は俺以外に見せるな。」


サラの頬につたる涙をカイルはそっと拭く。


「普段はこんな泣き虫では無いんです。

カイル団長がいつも泣かすから…」


ちょっと頬を膨らませてサラは怒る。


サラに握られている手をそっと外し、両手でそっと抱き寄せる。


サラの涙が止まるまでずっと抱きしめていた。


離れ難いなとカイルは思う。


サラの温もりがもはや自分の安らぎになっていて、事あるごとに抱きしめてしまう。


これ以上距離を詰めてはいけないと頭の中で警告音が鳴っている。

身分差も立場もすべてかなぐり捨てて、自分のものに出来たらと。


逃げる事なく腕の中で収まっているサラの気持ちを知りたいと思うのも罪なのか…


しばらくすると涙が止まったサラが我に返って離れていく。


「…すいません。お仕事しなきゃいけないのに…。」


サラは恥ずかしそうに、冷めてしまった紅茶を一気に飲んで一息付き、片付けを始めてしまう。


カイルはコーヒーを出来るだけゆっくり飲んでサラの動きをジッと見つめる。


「部屋まで送る。」

そう言って立ち上がる。

「大丈夫です。すぐ下の階ですし…お仕事を」


「その顔は誰にも見せられない。」

被せ気味にそう言ってドアを開けてサラを待つ。


「朝は何時に出発するのですか?」


「天候待ちだが…多分、6時前には出る。見送りは要らないぞ。」

念を押されてしまう。


「…はい。大人しくお帰りを待っています。」


「いい心掛けだ。」

そう言ってカイルは笑う。


部屋の前に着いた時サラはカイルに言う。

「少し待っていてもらえますか?渡したい物があります。」


「ああ……。」


サラは部屋に急ぎ入って、小さな小瓶を持って出てくる。


「これが、前に話した不思議な水です。

お守り代わりに持って行って下さい。」


小瓶には首から下げれるようにチェーンがついている。


「持って来た水はこれが最後か?」

貴重な水は自分の為に使って欲しいとカイルは思う。


「いえ、後コップ一杯程度あります。」


「…分かった。使う事が無いように祈っててくれ。…では、行ってくる。おやすみ…。」


「はい…。お気を付けて、行ってらっしゃいませ。」


離れ難いが、気持ちを断ち切り2人それぞれ背を向ける。

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