カイルとサラ

そんな話しをしながら建物を出て馬場に向かう。


「サラ殿、

……もしも寂しいと思う時は俺を頼ってくれ、リューク殿の代わりにはならないかもしれないが、話しを聞く事はいつでも出来るから。」

不意にカイルがポツリと言うから、サラは思わず泣きそうになる。


「…ありがとうございます…。」

声が震えてしまった気がする。

泣いてはダメだと自分に言い聞かせて空を仰ぐ。


今はまだ仕事中のカイルの時間を余計な事に割いてはいけない。

私が泣いたらきっと優しいカイル団長は貴重な時間を私の為に使ってしまう…。


足を止めて方向を変え、カイルはハクの厩舎(きゅうしゃ)に向かう。

戸惑いながらも静かにサラはついて歩く。


ガラガラっと扉を開けるがハクは何処にいるのか見当たらない。

ふとカイルが振り返ったかと思うと、サラは抱きしめられていた。


「…もっと考慮すべきだった、すまない。

寂しい思いをさせてしまって…。」

そっと話すカイルの声が耳に響く。


「だ、大丈夫です…。

ブルーノはすぐ帰って来ますし、全然平気です。」

あえて明るく話し、カイルの腕から逃げようとする。


「サラ殿は……

兄上を無くしてまだ間もないのに…

誰も知り合いがいない地で1人にさせてしまった…。」


「…そんな風に思ってません。


私の事を心配してくれるカイル団長やルーカスも居ますし、私は大丈夫です。」


ちょっとだけ緩まった腕の中から、カイルを仰ぎ見る。


私よりも心配顔なカイル団長がこちらを見下ろしている。


「団長は私に過保護過ぎます。

女だからって気にかけ過ぎないで下さいね。

周りにバレちゃいますよ。」

微笑みながらサラは言う。


はぁーっと短いため息を吐きカイルは言う。


「…どうすればサラ殿は

……心を許してくれるのだ?

貴方には、自分自身に戻る時間が必要だ。」


「そうやってカイル団長が甘やかしてくれるから私は平気です。


さぁ、早く馬場に行かないと授業時間終わっちゃいます。」

サラは緩んだ腕からするりと抜け出しカイルから離れて行く。


なかなか動く事が出来ずにいるカイルに、早く早くと笑顔で手招くサラがとても眩しい。


カイルは思う。


……一緒に美しい風景を観に行ける日が来る訳が無い、と…


本来なら彼女は公爵令嬢として綺麗なドレスを着て、何不自由無く幸せに暮らしていただろうに、何が楽しくて男装して、こんな血生臭い男だらけの騎士団なんかに居なくてはならないのか…。


早く元の生活に戻してやりたいと思う。


だが、

そうなればこんなに気安く話す事は無くなるだろう。


もう二度と触れる事も無いだろうと…

 

そう思うと、言いようも無い無力感と絶望感にも似た重い気持ちになる。


いつか何処の貴族に嫁ぐのだろうか?


俺の知らない所で知らない男にこんな風に笑いかけるのだろうか……


胸が苦しくて誰にも渡したく無いと思うこの気持ちは罪なのか…。


「団長、お待ちしておりました。」

2人が馬場に着いたら教官らしき男が駆け寄って敬礼してきた。


カイルも姿勢を正して敬礼を返す。サラはペコリと頭を下げる。


「今、丁度速馬の練習をしておりました。宜しかったら、参戦しますか?」


「いや…客人もいるし、今日は辞めておく。」

カイルはいかなる時もサラを1人にするつもりは無く、誘いを断った。


「私、やってみたいです。」

突然サラが手を上げて、馬に乗りたいと言い出す。

カイルは目を見張って驚き、戸惑いながら言う。

「リューク殿は昨日初めて馬に乗ったばかりでは無いか、無謀過ぎる。」


「竜に乗れるのであれば乗馬の方が簡単なのでは?私がお教えしますから、ちょっと乗ってみますか?」

何も知らない教官は良かれと思ってサラを誘う。

カイルは眉間に皺を寄せ怪訝な顔をしているが、サラは見なかった事にして教官に言う。


「ぜひ乗らせで下さい。」


馬場には勝ち残った精鋭達が6人、今や遅しと馬に跨り並んでいる。


教官が馬の中で1番落ち着いている馬を選び、引き連れサラに手綱を渡そうとした瞬間、


突然カイルがその手綱を奪いヒラリと軽々しく馬に跨る。


「1人で馬に乗るなんて危なっかしくてさせられない。」


怒っている様な呆れているような顔で、ぶっきらぼうにそう言い捨てて、馬場に馬を向かわせ、他の騎手とともに並ぶ。


馬を奪われ唖然とサラは立ちすくむ。

一拍おいてムッとなって頬を膨らませて怒る。


そんな、サラにチラッとカイルは流し目を送りながら、


「この中で俺に勝てる奴がいたらここに居る全員に明日1日休暇を与えてやる!

本気でこい!!」


カイルは良く通る低い声を張り上げる。


その場にいる団員全員が一気にテンションを上げ、

ワァーー!!

と、とどろき歓声や声援が飛び交う。


騎手達も興奮気味に目が血走りヤル気をみせ、

オーー!!と、気合いを入れる。


慌てて教官は号令をかけるため馬場に走り寄り、赤い旗を掲げた。


馬達も興奮気味に足踏みをする。


さっきまで不貞腐れていたサラも、

突然のお祭り騒ぎに胸が高鳴り、柵まで駆け寄って息を呑む。


スタート前の緊迫したひと時、

サラを射抜く様に見るカイルの熱い目線に時が止まったかのような錯覚を覚え、

目を逸らす事さえ出来ず2人見つめ合う。


見守る団員達の声が急に静まる。


教官が振り上げた赤い旗を下ろした瞬間

 

7頭の馬達は一斉に走り出す。


砂煙を巻き上げ蹄の音が響く。


サラは胸の前で両手を組み、祈る様な気持ちで後ろ姿を見送る。


馬場の半周までは先頭の馬が2頭、両者一体横並びで飛び出す機会を狙っている。



ワーー!!と、観衆の声が再び轟く、

カーブを曲がり後は一直線だけだ。


団長は?

目を凝らして徐々に近付いて来る馬達を見つめる。


直線で一気に前に踊り出た馬が一頭、カイルだ。

カイルの鮮やかな手綱捌きに目を見張りドキドキが止まらない。


ラストスパート、どの騎手もムチで馬をひたすら叩く。

それを涼しい顔で1番手のカイルは姿勢を崩さず身を屈めるのみ。


ゴールの瞬間、


まるで全ての風景がスローモーションのように、ここにいる誰もが息を呑み、駆け抜ける馬達をただ見つめる。


カイルが誰よりも早く華麗にゴールを切った。


団員の歓声と残念そうな嘆きでゴール前は騒めき、団員達がカイルや騎手達に群がる。


沢山の団員の中にいるカイルは、圧倒的なカリスマ性と人を惹きつける魅力に満ちていて、サラは、この人は騎士団の団長なんだと改めて自覚した。

それと同時に急に近寄り難く感じてしまう。


教官と2人少し離れた所からその様子を見守っていると、

「凄いでしょ!うちの団長は乗馬だけじゃなく、武術もー剣術も優れていますし、

それに、上に立つ者としても申し分無い存在感です。」



「カイル団長は怖がられている存在だけでは無いんですね…。」


「そうです。団長に憧れて入隊を希望して来る若者も多いですから。」


「カイル団長に憧れてる気持ちは僕も分かります。」

そう素直な気持ちを教官に伝えてサラは微笑んだ。


そんなラサの肩を教官は優しくポンポンと叩きながら、

「頑張って精進して下さい。

もし、団員になりたければ入団試験を通らなければいけませんから。もちろん試験には乗馬が必須です。」


「…頑張ります。」

と、苦笑いをする。


「リューク殿、乗馬の練習がしたいなら俺が教えやる。」


人混みに居たはずのカイルが知らぬ間に近くに来ていた事に驚きサラは目を丸くする。


不機嫌そうにサラの肩に手を置き、

「この馬借りて行くぞ。」

と、教官に目も合わさずそう言ってサラを庇う様に肩を抱いたまま歩き出す。


サラは急に教官と引き離され慌ててペコリとお辞儀をしてその場を離れた。


「おめでとうございます。

ダントツの一位でしたね。さすがです。」

と、笑顔でカイルに話しかける。


一方、カイルは不機嫌な顔でサラを見下ろす。

「何故、いつも自ら危ない事をしようとするのだ。」


「…乗馬も、剣術も、兄をいつも羨ましいなと思って見ていました。 

…ずっと淑やかにと言われてきたのでその反動でしょうか…。」


はぁーとため息をついて、

「では、本来の貴方は相当なジャジャ馬なのだな。

…見ているこっちがハラハラする。」


呆れ顔でそう言いながら馬にヒラリと跨り、サラを持ち上げたかと思うと蔵に座らせてくれる。

「ありがとうございます…。

乗馬は二人乗りも可能なんですね。」


いきなり目線が上がってサラのテンションも上がる。


しかしこれはかなり恥ずかしい…


サラが落ちないように、カイルは片手で手綱を持ち、片腕はサラのお腹に回され否応にも体が密着してしまう。

まるで後ろからカイルに抱きしめられてる感じだ。


あまりの近さにサラの心臓はバクバクと脈打ち体に力が入って固まってしまう。


カイルの合図で軽く馬が歩き出す。


「しっかりつかまってろよ。」

サラが鞍につかまると同時に、カイルは再度合図を出して馬が走り出す。


サラは思わず叫びそうになってたまらず目をぎゅっと瞑る。

しばらく走ると慣れてきて、そっと目を開けてみる。

周りの風景が流れるように動いていく。


「凄い…。」

まるで風を追い越すような爽快感で怖さを忘れ1人感動する。


いつの間にか駐屯地の門を抜たかと思うと、林を駆け抜け、住宅街を通り港町までやって来た。


カイルが手綱を緩め馬もゆっくり歩き出す。


「サラは来る時ここには立ち寄ったか?」

静かにカイルが話しかけてくる。


「初めてです。

…綺麗な港町ですね。

栄ていてまるで故郷のボルジーニみたいです。」

キョロキョロと辺りを見渡してサラは目をキラキラ輝かせながら街並みを楽しむ。

 

ちょうど正午頃、

商店街は活気に満ちていてテラスで昼食を食べる人や市場で買い物をする婦人、魚も野菜も豊富にあって豊かで平和な事がよく分かる。


公園では子供達が走り回り、親はベンチで会話を楽しむ。


皆幸せで楽しそうな日常を送っている。

その様子を見てサラも幸せな気持ちになる。


カイルは馬から降り、サラの為に手綱を持つ。

「腹が空いたな。何か食べて帰えろう。」


「はい。」

満遍の笑みでサラは喜び、つられてカイルも笑顔になる。


「近くに美味い定食屋がある。行ってみるか?」

「はい!」


カイルから手を差し出されて、サラはそっと手を重ねるとその手をカイルの肩に誘導され、ぎゅっと腰を両手で掴まれ馬から下ろしてくてる。


紳士的なカイルの態度にサラは顔が火照って俯いてしまう。


「団長…あまり女扱いしないで下さい。

今は男の格好ですし、変に思われてしまいます…。」

小さな声でそっと伝える。


「俺から見たら既に女にしか見えないが。」


そう言うと、ちょっと考えカイルは方向を変える。


「飯を食べに行く前にちょっと寄りたい所がある、着いて来て。」

サラを導き、商店街に入る。


どこに行くのだろうとサラはそっと後を着いて行く。


カイルがふと一軒の可愛らしいお店の前に立ち止まる。

ドアを開けてサラを先にと通してくれる。


「いらっしゃいませ。」


中から可愛らしい声がして女性が姿を表した。


「こんにちは。」

サラはにこやか挨拶をする。


「こんにちは。

カイルも久しぶりね。良く来てくれたわ。」

親しそうにカイルに話しかけている。

 

2人は知り合いなんだとサラは2人を交互に見て、なんだか寂しい気持ちになる。


美男美女でお似合いだわ…。


男装している自分がなんだか見窄らしくて恥ずかしい気持ちになる。


「彼女に似合う服を買いたい。見繕ってくれ。」

カイルは軽くそう言ってサラに笑いかける。


えっ…。彼女って言った⁉︎

サラはびっくりして急に狼狽え出す。


「まぁ。女の方だったんですね。


どうぞこちらに、お好きな色とかありますか?お肌が白くて綺麗だからこの様な色とかお似合いになりますよ。」


可愛らしい笑顔でサラに提案してくれる。


「えっと…。カイル団長…困ります。

あまり着る機会もありませんし。」


「いいから、見て来い。

この際だから何着か買っておこう。」


カイルは楽しげにそう言ってサラの背中を押す。

「この店は昔からの知り合いがやってるから、気心知れてる。気にしなくていい。」


「あっ、紹介が遅れました。


私はカイルの妹です。と、言っても孤児院が一緒だったんです。マリナと申します。」

頭を下げて挨拶をしてくれる。


「あの、…サラと申します。

カイル団長にはお世話になっております。」

同じように頭を下げる。


「可愛らしいお名前ですね。

マリナと呼んで下さいね。

こちらで試着も出来ますから好きなお色を教えて下さい。」


戸惑いもあって再度カイルを見ると、近くのソファに腰を下ろして2人の様子を傍観する構えで寛ぎながら、シッシッと手で行くように促す。


「あ、ありがとうございます。」


サラは久しぶりに女の子に戻って洋服を選ぶ。

ボルジーニを追われて二年、そんな普通の女子の楽しみさえも忘れていた自分に苦笑いする。


「水色も似合うと思いますし、赤も可愛らしくて素敵です。

少し髪を整えさせて頂けますか?」


「…よろしくお願いします。」


導かれるまま椅子に座り髪をとかされ、綺麗な洋服を着せてもらいサラも楽しい気分になる。


「マリナさんは、このお店をお一人で切り盛りしていらっしゃるんですか?」


歳も自分とあまり違わなそうなのにとサラは興味深くマリナに聞く。


「いえ、店主は他にいるんですよ。 

もう、結構なお年で洋服の裁縫の仕事を奥でなさってるんです。 

なのでお店にはほとんど私が出ているんです。」

気持ちも見た目も優しいマリナに、サラは話し易さを感じ親しみを覚える。


「カイルはあんまり愛想が無いから、一見怖く見えるでしょ。

団員にも町の人にも怖がられてますけど、ああ見えて結構優しい人なんですよ。

でも、初めてです。女方を連れて来たのは。」


カイルの事を親しげに話す彼女が少し羨ましいと思いながらサラは聞いていた。


「団長は優しいです。いつも気を遣ってくれますし。」


「良かったわ。

カイルの良さを知ってくれてるみたいで。」

にっこりマリナは笑い、サラの髪を綺麗に整えてくれた。


「髪はおろしている方が可愛らしいですね。

でも、こんなに短く切られて思い切りましたね。」


「えっと…いろいろ事情があって…。

ちょっと前までは腰の位置まであったんですけどね。」

へへっとごまかし笑いをしてその場を取り繕う。


「ごめんなさい。余り深くは聞かないようにしますね。

でも、ここで何か困った事があったらいつでも来てくださいね。」


「ありがとうございます。」

その後もマリナとは久しぶりに女子トークに話が咲いて楽しくて素敵なひと時を過ごした。


マリナ一押しのラベンダー色のフワッとしたワンピースに着替えて、恥ずかしながらカイルの待つ場所に行く。 


「お待たせ。

カイル起きて。すっごくサラちゃん可愛くなったからびっくりするわよ。」


待たせ過ぎたのかカイルが珍しく目を閉じて寝ていた。


カイルはパッと目を開けてソファから立ち上がる。


「ありがとう。代金は俺が払うから

…サラには言うなよ。」

こっそり、マリナに耳打ちする。


にっこり笑ってマリナは頷く。


サラからはそんな2人が仲の良い兄妹と言うよりは、恋人同士の様に見えて、

よく分からないモヤモヤとした気持ちが心の奥に広がる。


サラは沈む心を隠して、渋々とカイルの前に出て行く。

恥ずかしくて顔をあげられない。


カイルはひと時、言葉を失うほどサラの可愛さに見惚れてしまう。


「…サラ殿、とても似合っている。


誰もリューク殿とは気付かないから顔を上げて堂々としていろ。」


「…はい。」

そっと、心配そうにカイルの顔を伺う。


カイルの満面の笑みを見てホッとする。


気付けばその他に二着ほど包まれて、箱に入れられて後で届く手はずを整えられていた。


「お買い上げありがとうございます。

後でこっそりカイル宛にお届けしておきますね。」

知らないうちにお会計も終わっていて、サラは戸惑う。

「あの、カイル団長、買ってもらう訳にはいきません。」


カイルに何度も言うがまったく聞き耳を持ってくれず、サラは困ってしまう。


「俺が本当のサラを見たかったんだ。

気にするな。

それより、腹が減ったな。早く食べに行こう。」

お店を出て2人、先程話していた店へと歩き出す。


カイルがさっきよりも丁寧に歩幅を合わせてくれたり、階段で手を差し伸べてくれたりと、サラを女子扱いしてくれる。


手を握られながらサラはドキドキが止まらない。

「カイル団長、大丈夫でしょうか?

先程から周りの皆さんからチラチラと見られてる気がします。

カイル団長は有名人なのにこんな堂々と2人で歩いてしまって…

変な噂が立たないでしょうか?」


サラはさっきから周りの視線が痛くて、どう振る舞っていいのか心配になる。


「気にしなくていい。 

サラがあまりに綺麗だから、皆んなが見てるんじゃ無いか?」

カイルが揶揄う様に楽しげに言う。


「私じゃないです。

団長が有名人だから皆んな見ているんですよ。」

サラは小声で訴える。


階段を登り裏路地の様な場所に一軒の洋食屋に到着する。


カイルはドアを開けサラを先に通してくれる。

「いらっしゃい。あら、カイル団長じゃない。今日は珍しく可愛らしい方と一緒なのね。」

お店の店主がびっくり顔で出てきた。


「悪いが、人目の付かない場所をお願いしたい。」

「そうなのかい?堂々と2人で来たのに訳ありなのかい?」

店主は好奇心旺盛に目を輝かせて聞いてくる。


「俺は別に構わないが、彼女が気にして落ち付かないといけないから。」


「まぁ。綺麗な子だから目を引くだろうね。奥の特別席使っていいよ。」

コソコソっと囁き奥に通してくれる。


「いつものランチでかまわないかい。」


「ああ。」

カイルは苦笑いしながら頷いて、サラを奥の席に連れて行く。


「団長が良く来るお店なんですか?」

サラが聞く。


「ああ。多少、店主がお節介だが味は良いから。町に偵察で来る時は良くここに寄るんだ。」


「そうなんですね。

あっ、早く食べないとお昼休み終わっちゃいますね。

洋服選びが長引いてしまってすいません…。」


マリナとのお喋りが楽しくていつの間にかお昼休みを半分過ぎてしまっていた。


「大丈夫だ。

偵察に行って来ると伝えてあるから、これも仕事の一環だ。」


どのタイミングでか分からないが、カイルはいつの間にかちゃんと連絡していた。


「少しは気分転換になったか?」

サラの事を考え連れ出してくれたのだと気付く。

「ありがとうございます。

女子としていろいろ忘れていた事を思い出しました。」


恥ずかしそうにハニカむサラが可愛らしくて、カイルは目を細めて微笑む。


本来のサラが見れた気がしてカイルも内心嬉しかった。


もっと甘やかしてやりたいと、庇護欲が湧き出てくるのを自分でも抑えきれない。


「良かった。少しでも気休めになればと思ったが、俺も結構癒されたよ。」


カイルも気付けば仕事を忘れて、素の自分で接していた。


「お待たせ。今日は煮込み野菜のスープだよ。」

店主が持ってきたランチを2人で食べる。

焼き立てのパンと具沢山のスープはとても美味しくてサラは夢中で食べる。


「サラは料理が好きなのか?

もし、厨房を手伝いたいなら昼食時でやってみるか?」


「是非、やりたいです!」

料理なら少しは役に立てそうだと被り気味に返事をする。


「実は、シェフから何度か話があって困っていたんだ。

留学の名目で居てもらってるから、日給程度しか出せないが…。」


「無給でも大丈夫です。

置いてもらってるだけで、何も役に立てなくて心苦しかったので、役割を頂けると嬉しいです。」


「分かった。

シェフに話しておくから明日から厨房に入ってくれ。

でも、くれぐれも無理は禁物だからな。」


サラが頑張り過ぎてしまわないよう忠告も忘れない。


「はい。」

サラは自分の役割りを与えられ、居場所が出来た気がして嬉しくなる。


サラはニコニコしながら食べ進める。


「普段から料理をしていたのか?」

 

ふと、カイルは疑問に思っていた事を聞いてみる。

「子供の頃からよく乳母と一緒に、遊びの延長でお菓子を作ったりしていました。


父が連れて行かれてからは、使用人も減りましたし、自分が出来る家事は手伝ってました。」


「そうか、偉いな。」

カイルが感心して頷いてくれる。


2人でたわいも無い話をしながら食事をしていると、

ふと、これってデートになるのかしら。

と、サラは思う。


男の方と2人だけで出かけた事なんて今まで無かったから、そう思うとなんだか緊張してきてしまう。


ちらりとカイルを盗み見するが、至ったて普段と変わらない雰囲気で食事をしている。


団長はきっと慣れてるから、どうって事ないのね…。

なんだか面白くない気持ちになってしまう。そう思うと、先程のマリナとの関係も気になってしまう。


知りたいけど知りたくないようなモヤモヤした気持ちになる。

…私が聞いていい事では無いわ…


お父様が大変な時にそんな事を考えるなんて不謹慎だわ。


「どうした?」


急に手が止まったサラにカイルが声をかける。


「あ、いえ…。

お父様もちゃんとお食事が取れているのかとふと思ってしまっただけです…。」


父を思うと気持ちも沈んでしまう。


「ボルテ公爵も、きっとサラの事を考えているだろう。

会えるまで、ちゃんと食べて健康でいる事が大事だ。」


「…はい。」


「食べ終わったら帰るか…。


副団長も密偵と合流している頃だし、何か情報が入るかもしれない。」


「はい。」


今は、お父様の無事だけを考えなくてはいけない。

浮かれていた気持ちを封印するように、サラはそっと息を吐いて気持ちを整える。


店を出てカイルと2人少し商店街を歩く。


ここに来る時とは違い気持ちも落ちて人目も気になり、俯きがちになってしまう。


急に肩を抱かれびっくりする。

カイルが前から走って来た子供とぶつかりそうになったサラを助けてくれた。


「サラ、下ばかり見ていると危ない。」


「ご、ごめんなさい。」


急接近したカイルにドキッとしながらそっと距離を置く。


「ルーカスさんに何かお土産を買って帰りたいです。」

小さなお菓子屋が目に入りサラが言う。


カイルの眉がキリッと上がるが、サラは気付く事もなくお店に向かって歩きだす。


「少しくらいはお金持ってますから、団長は待っていて下さい。」


そう言ってサラは道を渡り店に入ってしまう。


確かにこういう店は女性客ばかりで、一緒に入るのは気が引けるが、急に離れたサラを心配して目で追う。


しばらく待っていると大きな紙袋を両手で抱えてサラが店から出て来た。


店の前で男がサラに話しかけている。


カイルは急いで道を渡りサラの元に駆けつける。

サラを守るように男の前に立ち、怪訝な顔で睨む。

「何か彼女に用か?」


突然カイルに睨まれた男はびっくりして、


「い、いや、あの、荷物が重そうだったから持ってあげようと思っただけです。」


そう言ってそそくさと逃げ出す。

カイルは立ち去る男の背中を睨みながらサラから荷物を奪い持つ。


「あっ、ありがとうございます。」


「…ルーカスにこんなに買う事ないだろ。」


「あっ、これはルーカスさんだけじゃなくて、お部屋の外で警護してくるている方とマリナさんと後、カイル団長にも買って来ました。

…甘い物嫌いではないですよね?」


ここ何日か食事を共にしてカイルの嗜好も何となく分かった。


カイルの机の上にチョコやクッキーの入った瓶がある事はリサーチ済みだ。


「ああ、…嫌いでは無いが。」


「良かった、では後でお渡ししますね。」


微笑むサラを見て、出来れば自分だけにこの笑顔を見せて欲しいとカイルは思う。


「お洋服を着替えなければいけないですよね?マリナさんのお店に行きましょう。」


また、サラに男装させなければいけないと思うと気が思いが、周りからの目線をかわすには仕方が無いとカイルは自分に言い聞かす。


女性姿のサラは可憐で目立ち、誰もが目を引いてしまう。


その格好で駐屯地になんて帰ったらどんな事になるか…。

恐ろしくて想像もしたく無い。


マリナの店に戻り、男装したサラはマリナにお菓子を渡し「また会いに来ますね。」と約束する。

 

再び2人で馬に乗り帰路を急ぐ。


束の間の休息はほんの1、2時間程度で終わり現実に戻る。

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