サラの思い

太陽が登る前の薄暗い時間、

鳥のさえずりでサラは目が覚めた。


寝慣れないベッドのせいか、頭が冴えてなかなか寝れず、何度も寝返りを打ってやっと寝たのが夜中を回った頃だった。


頭が少し重い気がするが、

気のせいだと頭を振りベッドを出た。


顔を洗って、胸にサラシを巻き髪を一つに束ねる。


ふとバルコニーを見ると、ブルーノが食べ残した果物を鳥達が取り合っているのが見えるた。

ブルーノは朝の散歩に出かけたのか、既にいなかった。


サラは部屋を1人出る。

階段を降り、長い廊下を歩く。


どこからか良い匂いがする。これはコーンスープの匂い?まだ薄暗いのにもう、朝食の準備をしているなんて何時から支度をしているのかしら。


食堂を覗くとさすがにまだ誰もいない。

次に厨房を覗いてみると、男達が4人程バタバタ忙しそうに料理をしていた。


「おはようございます。

何か手伝う事はありますか?」

元気に挨拶をして厨房を見渡す。


一斉に男達はこちらを見る。

「お前、誰だ?

見かけない顔だなぁ、新入りか?」

この中の責任者風の男が鍋をかき混ぜながら訪ねてきた。


「昨日来ました、リュークと言います。

料理好きなんです。手伝う事ありますか?」

努めて明るく話しかける。


「じゃあ。そこのじゃがいもの皮むいてくれ。」

「了解です。」


サラは仕事を与えられ喜んで引き受ける。


箱一杯のじゃがいもをさっそく取り出し泥を落とし、近くに置いてある包丁で皮を剥き始める。


「おっ!なかなか上手だなっ。

下っ端より使えそうだ、フライドポテトを作る予定だ。お前作れるか?」


「はい。大丈夫です!任せて下さい。」

この二年サラは乳母のジーナに料理を教わった。


もう公爵令嬢では無いのだからと、1人で何でも出来るようになりたいと思い、掃除や洗濯も手伝ってきた。


家事だったらちょっとは役に立てるだろうと張り切る。



一方その頃、幹部の宿泊階ではちょっとした騒動が起きていた。


護衛兼世話係のルーカスがリュークを起こしに部屋に行ったら、すでにリュークは部屋にいなかった。

慌てたルーカスはバタバタと廊下を走り回り、談話室や資料室とリュークを探す。


「どうした? ルーカス、朝から騒がしいな。」

不思議に思った、幹部最年少のカミルが部屋から顔を出す。


「リューク様がお部屋にいらっしゃらなくて。」

「ブルーノに餌でもあげてるんじゃないか?」


「そう思って、バルコニーや庭先など探したのですが…」


「ハクの厩舎か?もしかしたら団長のところでは?」


「ハクの厩舎に行ってみます。」

慌ただしくルーカスは階段を降りて行った。


「どうしたルーカスは?」

他の幹部も顔を出す。


「おはようございます。

昨日からこちらで預かっている客人が部屋に居なくて探しているんです。」


「そいつって、色白で女みたいな美少年か?」


「そうです!どこで見ましたか?」


「さっき食堂へ行ったら給仕の仕事してたぞ。コックが新入りが入ったって喜んでたが?」


「ありがとうございます。」

カミルは一言そう言って、急いで食堂に向かう。

団長が自由にしていいって言うから、これじゃルーカスの身が持たないな。


幹部も団員も基本、皆同じ食堂で同じ食事をする。

ただ、幹部席は三段高くなっており、話し合いが出来るように広く長い机が置かれている。


騎士団の中には既婚者や貴族もいて彼らは自宅から通っているので、寄宿舎で生活しているのは平民出の若者や研修生と称して訓練に来た若い貴族出身者が多い。


カイルやショーン副団長もちゃんと郊外に邸宅を持っているが、帰るのが億劫になって居座っているだけだ。 


朝の食堂はとても活気に満ちていて、今まで寂しく辺境地に暮らしていたサラにとってはとても楽しい場所だった。


「少年、このポテト美味いな。お替わりもっと持って来てくれ。」


1人の兵士がサラの手を掴んで言う。


「分かりました、ただいま用意します。」

サラはにこにこと給仕をする。

皆んながいっぱい食べてくれて嬉しい。



コツコツコツコツ…


急に兵士が静まり返り皆急いで席に着き出す。

どうしたんだろとサラは入口を振り返ると、こちらに向かってカイルとショーンが歩いてくる。


まだ軍服こそ着てないが、威厳に満ちたその姿は皆に恐れられる騎士団長そのものだった。


昨夜一緒にハクに乗った時、屈託なく笑っていた人と本当に同一人物だろうか?とサラは思う。


「お、おはようございます。」

サラは慌てて頭を下げる。


「おはようございます。

リューク殿、今朝は早くに起きたんですね。護衛のルーカスが朝からあなたが居ないと探していましたよ。」

副団長のショーンが気さくに話しかけてくる。


「あっ、ごめんなさい。じっとしていられなくて…。」

サラは素直に謝る。

チラッとカイルに視線を送ると、怖い顔をしていた。


怒ってる…。

「ルーカスさんはどちらに?僕、探しに行って来ます。」

持っていたポテトの入った器を近くの兵士に渡し慌てて走り出そうとする。


「ルーカスはカミルが伝えに行った。

リューク殿はここで一緒に食事を。」

瞬間、カイルに腕を掴まれ引きずられるように幹部席に連れて行かれる。


サラは大人しく椅子に座って、カイルの顔色を伺う。

「すいません。…勝手にしてしまって、朝からご迷惑をお掛けしました…。」

体を小さくしてサラはもう一度カイルに謝る。


「いや、

……自由にしていいと言ったのは俺だ。

でも、必ずルーカスには行き先を伝えて欲しい。

リューク殿の護衛が奴の任務だからな。」

低く落ち着いた声でカイルは言う。


さっき一瞬見た怖い顔ではなく安心する。


「このポテトうまっ!!

リューク殿が作ったのか⁉︎何が普通と違うんだろう?」

副団長の軽いお喋りが場を和ます。


「これは皆が喜ぶ訳だ。

いいじゃないの、本人がやりたいんなら負担にならない程度でやってもらえば。」


「…そうだな、ダメとは言えない。


でも無理は禁物だ。睡眠は健康維持に一番大切だ。」


「はい。…ありがとうございます。」

良かった。いつものカイル団長だ。

でもさっき見た怖い顔はなぜ?

と、サラは思う。



カイルは先程見た光景に少なからず苛立っていた。

団員達が馴れ馴れしくリュークに触れていた。リュークも嬉しそうに笑っていた。 


俺にはなかなかあの笑顔を見せてくれないのに。訳も分からず嫉妬してしまう。


なぜこんなにも惹かれてしまうのか。



食事が運ばれて来て3人で食べ始める。


「リューク殿はもっと鶏肉を食べて筋肉を増やすべきだよ。」

ショーンが言って、サラの皿に鶏肉を分け与える。


「いや、疲れを取るには野菜をたくさん食べるべきだ。」

カイルはそう言って、サラの皿にカットしたトマトをいくつか載せる。


「こ、こんなに食べれません。」


まだ食べ終えてもいないのにどんどん2人はサラの皿に乗せようとする。


なんとか盛られた分を食べていると、カミルがルーカスと共にやって来た。


「良かったです…。

リューク殿、もしや外にまで行ってしまったのかと心配しました。」

ルーカスが汗を拭きながら言う。


「ごめんなさい。心配かけました。

朝早く目が覚めてしまったので、起こすのも申し訳ないと思って…すいません。」

立ち上がって頭を下げる。


「いえいえ、僕も昨日起こしに行くまでお部屋でお待ち下さいと、言わなかった事を反省しています。」


「とりあえず、みんな座って食事にしよう。」

ショーンが促し座らせる。


「リューク殿はトマトがお好きなんですか?」

お皿の中のトマトの量を見てカミルが言う。


「あっ…。団長が食べろっていっぱい乗せて来たんです。良かったら手伝ってもらえますか?」


「リューク殿、皿の分は自分で食べるべきだ。」

カイルが鋭い目を向けてくる。


これはある意味、皆に迷惑をかけた罰なのではと思い、サラは仕方なく食べ進める。


「今日、カイル団長は国王陛下に呼ばれてこの後王都に出発するから、五班の護衛4名程先発しろとダン班長に伝えてといて。」

副団長が軽口のように突然そう言う。


「はっ!」

とルーカスは食べるのを辞めて敬礼する。


「夕方までには帰る予定だ。

ハクに乗って行く。

リューク殿は研修生と強化指導に参加するのか?」


「はい。ゴイル伯爵にお願いしています。」


「長旅からの疲れもあるはずだ。余り無理はするな。

ルーカスよく見張っていろ、ケガでもさせたらボルテ公爵に顔向けできない。」


「了解です。」

ルーカスはフライドポテトを頬張りながら敬礼する。


「このポテト美味しいです!団長も食べてください。」


「リューク殿が作ったそうだ。

皆に好評で良かったな、リューク殿。」

ショーンが笑ってサラの頭をポンポンする。


「はい。」

サラも満面の笑顔で応える。


確かに美味いな。


とカイルも思うが口には出さず、リュークと嬉しそうに話すショーンに何故だかイラッとする。


リュークが来てから自分でも分からない感情に心が掻き乱される。

その笑顔は俺にだけ見せて欲しいとまで思ってしまう。


これ以上、ここでショーンと仲良く話す姿は見ていられないとカイルは立ち上がり、


「…では、食べ終わった者から解散。」

そう言って、足速に食堂を後にする。


「団長、朝から機嫌が悪いですね。」

小さな声でカミルとルーカスは顔を見合わす。


「今日、カイル団長は国王陛下に呼ばれてこの後王都に出発するから、五班の護衛4名程先発しろとダン班長に伝えてといて。」

副団長が軽口のように突然そう言う。


「はっ!」

とルーカスは食べるのを辞めて敬礼する。


「夕方までには帰る予定だ。

ハクに乗って行く。

リューク殿は研修生と強化指導に参加するのか?」


「はい。ゴイル伯爵にお願いしています。」


「長旅からの疲れもあるはずだ。余り無理はするな。

ルーカスよく見張っていろ、ケガでもさせたらボルテ公爵に顔向けできない。」


「了解です。」

ルーカスはフライドポテトを頬張りながら敬礼する。


「このポテト美味しいです!団長も食べてください。」


「リューク殿が作ったそうだ。

皆に好評で良かったな、リューク殿。」

ショーンが笑ってサラの頭をポンポンする。


「はい。」

サラも満面の笑顔で応える。


確かに美味いな。


とカイルも思うが口には出さず、リュークと嬉しそうに話すショーンに何故だかイラッとする。


リュークが来てから自分でも分からない感情に心が掻き乱される。

その笑顔は俺にだけ見せて欲しいとまで思ってしまう。


これ以上、ここでショーンと仲良く話す姿は見ていられないとカイルは立ち上がり、


「…では、食べ終わった者から解散。」

そう言って、足速に食堂を後にする。


「団長、朝から機嫌が悪いですね。」

小さな声でカミルとルーカスは顔を見合わす。


参加した研修生の剣の指導は思っていたよりとてもハードで、サラは既に剣すらも持ち上がる力が残っていない。


一緒に参加したルーカスは久しぶりにいい汗かいてますと楽しげだ。


男と女の力の違いを見せつけられた気がして、先を思いため息がでる。


「リューク殿は基礎体力が足りないのだ。

もっと筋力を上げる腕立てと腹筋、基礎運動をやるべきだ。」

ゴイル伯爵は鬼教官だ。

薄々感じてはいたけれど、カイル団長より100倍鬼ではないかとサラは思う。


「鬼なのはカイル団長では無く、ゴイル伯爵なのでは?」

腕立てをしながら一人で呟く。


「ゴイル伯爵なんて可愛いもんですよ。

戦いの時の団長を知らないから、敵に容赦なく切りかかる時なんて味方で良かったって皆思うぐらいですよ。」

ルーカスがそうこっそり教えてくれた。



お昼は昼食を食べて1時間ほどしたら今度は乗馬の訓練だった。


竜には乗った事があるが馬は初めてだった。


竜よりは簡単に乗れたけど、高さがない為に台を使ったし、午前中の疲労で体がギシギシと痛んだ。


夕方、カイルが帰って来たとルーカスから夕飯の誘いがあったが、結局ベッドから起き上がる事が出来ず部屋で一人寝転がっていた。


コンコンコン


やっとのこと起き出してシャワーを浴びパジャマに着替えた時間に誰かがやって来た。


サラシを外しているけど女だってバレないかな?

心配で一枚カーデガンを羽織り、ドアを開ける。


そこには私服に着替えたカイルが立っていた。

「大丈夫か?

結構しばかれたってルーカスから報告があったが…。」

任務を終えて素になったカイルは心配そうな顔でサラを見下ろす。


「慣れない事をやったので、しばらくは仕方ないです。

普段からの運動不足のせいなので気にしないでください。」

苦笑いしながらサラは言う。


「これはハッカで作った塗り薬だ。

患部に塗ると痛みが和らぐ。」


「ありがとうございます。」

サラは微笑み返す。


「夕飯は食べれたか?」


「はい。ルーカスさんが持って来てくれたので…半分くらいは食べました。」


「食べて体を作るのも大切な事だ。

時間をかけてもいいから全て完食した方がいい。」


「…分かりました。

頑張って完食します…。」

サラが俯くと、頭をポンポンと撫でてカイルは言う。



「少し話してもいいか?」


真剣な眼差しは、もしや父の事で進展があったのではと思う。

「どうぞ中に入って下さい」と招き入れる。


「悪いな。もう寝る所だったのだろう?」

申し訳なさそうにカイルは言う。


「いえ、聞かずに寝ても眠れないだけですから、どうぞ座って下さい。」

カイルは2人掛けのソファに座る。


「何が紅茶かハーブティーでも飲まれますか?」


「いや、すぐに帰るから大丈夫だ。」


サラは向かいの1人掛けソファに座り、話を聞く。


「ブルーノの鱗だが、密偵の報告では全ての宝石商、質屋、貴金属店を当たったが城下町のどこからも出て来なかった。


既に国外に流されたか、ボルテ公爵を貶めた黒幕が自ら身に付けている可能性もある。」


「誰か、ボルテ公爵に恨みや妬みを持っていた人物はいなかったか?」


サラは考える。父は温厚で誰かに恨みをかうような人では無かった。


でも、家事や山火事で国王から褒美や勲章をもらう事に誰か妬んでいる人物は居なかっただろうか?


「…あの1人だけ父が捕まった時、父の無二の親友だと思っていた隣町の領主リチャード・ガーデナー公爵様が、父に不利な証言をしたと聞きました。」


「ボルジーニの隣町は確かコーラルだったか?そことも我が国は貿易しているが、取引でコーラルの領主に会った事はないな。」


普段から、外国の要人や取引で訪れる人の警護を担う竜騎士団は隣国の領主にもそこそこ面識がある。


「今日、国王とも会って正式にボルテ公爵の救出を任命されたから公に動けるようになった。

3ヶ月後にある晩餐会にリューク殿も是非にと国王殿下からお誘いがあった。

その時はすまないが一緒に参加してくれ。」


「晩餐会なんて参加した事が無いです…。」


「衣装はこちらで用意するから大丈夫だ。

それまでにどうにかボルテ公爵を助け出せればいいのだが。」


「そんなに、早く父を救出出来るとお考えですか⁉︎」


サラは半年以上かかるだろうと思っていたのにカイルは3ヶ月以内と思っている事にびっくりする。


「ブルーノの鱗の捜索と同時にコーラルの領主リチャード公爵を探る。どちらかから有力な証言が出るはずだ。

必要ならば、俺か副団長が向こうに渡ることも考えている。」


「お忙しいのに、ありがとうございます。

僕も何かお手伝い出来る事があったら言ってください。」


「リューク殿はいる事に意味があるのだ。

ここに貴方がいるだけで既に意味は成している。

夜遅くに悪かったな、おやすみ」


と言って、カイルは立ち上がり部屋を出て行こうとする。


今、女である事をカイルに言わなければ、手を差し伸べてくれるこの国の国王陛下をも欺く事になってしまう。


「あの、カイル団長大切なお話しがあります!」


カイルを慌てて追いかける。


しかし、今日一日しごかれた体は思うように動いてはくれず足がもつれ躓き、前のめりに倒れ込む。


「キャッ⁉︎」

目をつぶり次の衝撃に備え体を硬くする。が、いつまで経っても来ない。


そっと目を開けると、カイルが目の前にいて支えてくれていた。

しかし咄嗟に支えたカイルの腕はサラの腕を支え、あろうことか柔らかな胸の前を渡っていた。

「えっ⁉︎」

カイルとサラは同時に驚いた。見開いた目が合い、しばし見つめ合う。


先に動いたのはカイルだった。


「…すまない…。」


そう言ってサラを抱き起こし立たせて、

背を向け何事も無かったように部屋を出ようとする。


「あの、カイル団長…話を聞いて下さい。」


震える声でサラは言う。

 

「実は……

わ、私は女です…。


今まで偽っていて申し訳ありませんでした。」

どうしていいか分からずサラは頭を下げ続ける。


しばらくの沈黙の後…


「……知らないフリをした方がいいのかと…」

カイルがボソッと言う。


「騙していた事に怒らないのですか?」

頭を上げサラは問う。今にも泣き出しそうだ。


「いや…

気付かなかった俺にも落ち度がある。

竜に乗れるのは男だけだと、先入観だけで信じてしまった俺も悪い…。」

頭を掻きながら、さすがのカイルも言葉を選ぶ。


「はっ⁉︎

何故今日、普通に剣術の訓練なんかに参加したのだ?

馬にも乗ったのでは無いか⁉︎

女の身でありながらなんて危ない事をしてるのだ。」


突然、思い出して怒りだすカイルに、


「…怒る、ところはそこですか?…。」

サラは拍子抜けする。


男だと偽っていた事を責められる覚悟でいたのに。



「そうか…。俺は本能で分かっていたのか…どこかおかしくなったのかと思っていたが、良かった。」

小声で呟きそしてカイルは気持ちを抑えきれず微笑む。


突然、笑顔を向けられてサラは首を傾げる。


「とりあえずこの事は秘密にしておく、幹部だけには折を見て俺から話す。

ここにいる間は昨日と変わらずリューク殿だ。

生きにくいとは思うが……


貴方を匿う為にはこの場所が一番安全なんだ。

国王陛下には直ぐに俺の思い違いだったと伝えておくから心配するな。」


抱きしめられていた腕が緩み、そっとサラは顔を上げる。

カイルの優しい目に見つめられ、顔が火照るのを感じて慌てて腕の中から逃げようと試みる。


「さっきから…

バルコニーでこっちを観てる奴がいる。」

えっ?

と驚きサラはバルコニーの方を向くと、ブルーノが心配そうにこちらを伺っていた。


「女であるサラ殿が何故、ブルーノに乗れるんだ?」

ブルーノを見ながらカイルが問う。


「分かりません…

代々竜は直系の嫡男に受け継ぐ事のように思われがちですが、必ずしもそうではなく竜が決めた乗り手がその家を継ぐ事になっています。

時に従兄弟だったり、家臣だったりもするようです。ちなみに父は三男なんです。」


「その場合、嫡男や次男はどうなるのだ?」


「分家したり、他の貴族の養子になったりします。」


「ボルテ公爵のご兄弟は何をしている?」


「次男は分家して領地内に住んでいます。

嫡男は養子となって他の地で領主となっているそうですが、一度も会った事がないので詳しくは分からないです…」


「そうか。

そこら辺も調べてみる必要がありそうだな。


ともかく、今夜はもう遅い。

早く寝て疲れを取ってくれ。…おやすみ…」


そう言ってカイルはサラの頭を優しくポンポンと撫でてから部屋を去って行った。


(カイルside)


カイルは自室に戻りベッドに転がり考えた。


リュークが女である事が嬉しいと思う自分がいる。男だと思って居た時でさえ、ふとした瞬間に触れ合うだけで、笑顔を見るだけで、心が乱れた。


女だと分かった今、もはや自分自身が制御不可能では無いだろうか。


心が知らずにサラ殿に奪われる。

こんな事、今まで一度も無かった。


全ては竜騎士団の為に捧げてきた身だ。

時間を惜しみ鍛え上げ、祖国の為国王陛下の為に丹念し、いつか国王の盾になって死ぬ事も厭わないと思い生きてきた。


誰かと心通わせ自分自身が幸せになる事なんてこれっぽっちも望んでないのに。


彼女に誰かが触れただけで心が掻き乱される。

側にいるだけで無意識に触れたくて体が勝手に動いてしまう。


出来ればいつも笑顔でいて欲しいと願う。

涙は俺だけが拭ってあげたい。


ダメだ…


サラ殿は公爵家の生まれ、身分だって釣り合わない。カターナ国は未だ身分制度が色濃く残っている。


我が国はその点寛容で、貴族で無くても働き次第で称号がもらえたり、貴族と平民が結婚する事は今や良くある話しだが。



遠くない未来、サラ殿は国に戻るんだ。


俺の気持ちを押し付けてはいけない。


はぁーと大きくため息を吐く。


団長になる前、後腐れない相手を抱く事はあったが決して心は通わせなかった。


元々、俺は孤児院出身で出生だって分からない。そんな男が公爵の令嬢に近づくなんて、許されないだろう。


引き返すなら今のうちにだ。

そう思うのに、頭からサラが離れない。


どうするべきが判断に迷う。

こんな事は初めてでどこまで自分を抑えられるか分からない…。


自制心だけは人一倍強いと思っていたのに情けない。

出来るだけ、自分からは彼女に近づかないよう心掛けなくては。


しかし、護衛はもう一人付けるか。

男だらけの場所で女だと気付かれたら危険だ。

研修生の訓練に参加させるのも辞めさなくては、怪我でもさせてしまったらボルテ公爵に合わせる顔がない。


あれこれ考え、複雑な気持ちを抱えながら2人はそれぞれの朝を迎えた。

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