竜騎士団

ひたすら海を飛び続け昼を過ぎた頃、

遠くに街が見えて来た。


大きな船が何隻も行き交い、空から見ても街中が活気に溢れている事が分かる。


三年前のボルジーニを思い出す。


「ブルーノ、あの丘の上の建物が竜騎士団のいる駐屯地らしいの。あの近くに下ろしてくれる。」

サラは丘の上の一際目立つ白壁の擁壁に囲まれた建物を指差す。


高度を上げて見つからないよう上から伺うと、何頭かの竜が庭に降り立つ姿が見えた。


赤い竜に黒い竜その先頭には一際輝く白い竜が飛んでいた。


「あの白い竜にカイル騎士団長が乗っているのね!なんて、綺麗な竜なの…。」

否応にも胸が高鳴る。


これ以上近付くと気付かれてしまう。


「ブルーノ、あの林の向こう側に見つからないように私を下ろして。」


竜騎士団に気付かれないようしばらく空高く旋回しながら様子を伺う。

全ての竜が見えなくなった頃を見計らってブルーノはそっと地上に舞い降りた。


「ブルーノ疲れたでしょ。しばらく林に隠れて休んでいてね。」

ボルジーニの民からもらった果物と野菜をブルーノに食べさせながらサラは言う。


「幸運を祈っていて。

カイル騎士団長に逢えるまで戻って来ない覚悟で行って来るわ。」

ブルーノに別れを告げ、サラは1人林の小径を歩く。


今までに無い不安と期待とで胸がドキドキ高鳴る。

カイル騎士団長が噂通りの怖い人だったらどうしよう、そう思うと足が震えてくる。


お兄様お願い、私を守って。


サラは無意識にカバンの中に入れた不思議な水が入った瓶をそっと握り締める。


広い敷地を囲む白壁の周りを歩きながら、正門は何処だろうとサラは探す。


遠目に、人が一人立っている門を見つける。正門にしては小さい、人、一人が通れるくらいの入り口だ。


よし。あの門兵に話しかけて見よう。

一歩また一歩と近く度に、心臓があらぬ音で脈を打つ。


門の前まで来て足を止める。


門兵はこちらに気が付き鋭い目線で睨まれる。

サラは怖くて足が震えてしまう。


大丈夫、落ち着くのよ。きっと話せば分かってくれるはずだから…。


一歩一歩と門兵に近く。


門兵は持っていた槍でサラの行手を塞ぐ。


「あの、ぼ、僕はリューク・サラマンドラと申します。

 カイル竜騎士団長様にお会いしたいのですがいらっしゃいますでしょうか?」

サラはありったけの勇気を振り絞り、震える手を握り締めながら門兵に言う。


「お前いくつだ?

騎士団長も舐められたもんだな。

お前みたいなガキが簡単に会える様な人じゃないんだ。とっとと帰んな。」

迷惑そうな顔でシッシッと片手であしらわれる。


「ぼ、僕は騎士団長様に会いたくて隣国のカターナから来ました。

どうかカイル騎士団長様に会わせていただけませんか?」


「邪魔なんだよ!!


団長はお前みたいなガキに構ってる暇なんか無いぐらい忙しいんだ。」

門兵はドンっとサラの肩を押す。


震える足では衝撃に耐えられず、サラの体が後ろに傾く。

あっ!!と思って目を瞑る。

だが、いつまで経っても衝撃が来ない。


えっ⁉︎と思って振り向くと、逞しい片腕がサラを支えている事に気が付く。


「何をしている?」


低く落ち着いた声が静かに響く。


「はっ!カ、カイル団長、おかえりなさいませ。」

慌てて門兵はサラの背後の人物に敬礼をする。


えっ…、今、カイル団長って言った?……

サラはそっと後ろを仰ぎ見る。


「俺は、何をしていると、聞いている。」

ゆっくりはっきり言う重低音の声に、門兵もサラも体を震わせ身を固める。


「はっ!

このガキが突然、団長に会いたいと行ってきた為、約束も無いに簡単に会える方では無いと伝えていました!」

緊張した門兵は敬礼をしたまま叫ぶ。


「ここに、訪れた人は皆客人だと思えと教えられなかったか?」

一方、背中側のカイル騎士団長は落ち着き払った声で冷静に言い放つ。


「その通りであります!」


「では、

何故客人である少年が突き飛ばされているんだ。」


「も、申し訳けございません!」

直立不動で敬礼していた門兵は、バサっと音を立て、頭を90度に傾けおじぎをする。


「見たところ貴様は五班のカールだな。

この事は班長に伝えておく。それ相応の罰を与えられると思え。」


カイル団長から鋭い目で射抜かれたカールは先程の堂々とした態度とは裏腹に頭を下げてうなだれる。


「申し訳なかったな、少年。大丈夫だったか?」

カイルはサラの傾きかけた体勢を直し、支えていた腕を離す。

そしてサラの顔色を伺う様に覗きこむ。


カイルと目が合ってハッとする。


背はサラより頭一個分以上高かったが、

想像していた強面とは全く違った。


黒いサラサラの髪に、鋭い目はアーモンド型瞳の色は漆黒、すーっと通った鼻筋に引き締まった薄い唇は精悍さを与え、見惚れるほど綺麗な顔をしていた。


思わずサラはボーッと見惚れてしまう。


「…少年、大丈夫か?」

再度、カイルは問う。


あっ⁉︎少年って私の事だ!

認識して慌てて帽子を取り頭を深く下げて言う。

「始めまして、ぼ、僕はリューク・サラマンドラと申します。突然お伺いして申し訳けありません。」


「いや、問題無い。」

先程とは打って変わって優しい声でカイルは答える。


「…リューク・サラマンドラ?

もしかして…、

ボルテ・サラマンドラ公爵様の嫡男か?」


「は、はい。父を覚えてらっしゃいますか?」


カイルは一歩下がり、姿勢を正してサラに向けて臣下の礼をする。


「もちろんです。

ボルテ公爵が外交官をしていた頃、何度か話しをさせて頂きました。」


カイルが急に敬語で言葉を正したので、初めの砕けた感じの方が良かったのに…と、サラは少し寂しく思う。


「そ、そうだったんですね…。その節は父がお世話になりました。」

普段、貴族男子がする様にサラも胸に手を当てて頭を下げる。


「いや、むしろ良くしてもらったのは俺のほうです。

どうぞ中に入って下さい。ぜひ話しを伺いたいです。」


門兵に目配せして扉を開けさせる。


顔面蒼白の門兵はこれ以上失敗は許され無いと、慌てて扉を開け敬礼をする。


「少し足元が暗いので、お気を付けて。」

カイルは小さなランプの灯りでサラの足元を照らし、誘導する様に前に立ち歩き出す。


扉を開けると薄暗いトンネルが、三メーター程続いて、不思議な空間だった。


壁だと思っていた白壁は建物だったのだと気付く。

「この建物は一種の要塞になっているんです。」

カイルは静かに説明する。

先程まで、低く響く声が怖いと怯えてしまったが、不思議と今は心地良く安心感を与えてくれる。


「リューク殿はお一人でこちらに来たのですか?」


「はい。訳あって母国には申告せずに来た為、目立たないように一人、竜に乗って来ました。」


そしてサラにゆっくり話しかける。


「何か私に大事な用があるのでは?」


鋭い眼差しはランプの灯りでいくらか優し気に見えるが、まるで心の中全てを見抜く様な雰囲気にサラは緊張する。


こんな聡明な方に男と偽って近づくなんて、なんて罪深い事をしてしまったんだろうと泣きたくなる。


ここで女である事を明かすべきか迷う。


竜騎士団は女人禁制だ。

働く者さえ女子はいないとルイから聞いている。

竜達が嫌がるからだ。


「あ、あの…、実は…。」

カイルはジッとサラを見つめ、身動き一つせず、発するひと言を待つ。


サラは動揺で瞳が揺れ、今にも涙が溢れそうになるのを必死で堪える。


沈黙を破ったのは、カイルの方だった。


「こんな場所で、聞き出す話しではないな。事を急ぎ過ぎました。申し訳ありません。」

一礼してクルッと背を向け、再びカイルは歩き出す。


遅れを取らぬ様サラも必死で着いていく。

トンネルを抜け明るい場所に辿り着く。

サラは眩しさで目が眩む。


そんなサラを思いやってか、カイルはサラの前に立ち太陽の光を遮ってくれる。

とても細やかな心遣いにサラは戸惑う。


「もしかして、ブルーノは近くにいるのですか?

先程こちらに舞い戻った時、ハクがやけに落ち着かなかったので。」


「ブルーノをご存じなのですか?

…ハク、とは?」


「ああ、以前ボルテ公爵にお会いした時ブルーノに乗らせて頂いたんです。


普通、貴族の方は他人が竜に近づく事を嫌がるのに…自分が興味深々で青い竜を見ていたからか、ボルテ公爵の方から声をかけてくれました。乗って見ないかと…。

ちなみにハクとは俺の白い竜の名です。」


「そうなんですか…。ステキな名前ですね。


…もし、よろしければここにブルーノを呼びましょうか?」


「本当ですか?ぜひ会いたいです。」


今まで冷静沈着、無表情だったカイルだが、ブルーノの話しをした時、少し口角が緩んだのが分かった。


この方はきっと、純粋に竜がお好きなんだと

サラは思う。

サラはポケットから笛を出しピーッとひと吹きする。


しばらくすると、

何処からか羽音が聞こえてきた。

ひと風ファーと吹上げてブルーノが降りてくる。


「ブルーノ。ありがとう来てくれて。」

サラはブルーノの首に抱きつく。


「ブルーノ久しぶりだな。」

カイルは当たり前のように、サラの横からそっと大きな手を伸ばしブルーノの頭を撫でている。


サラは思わずその光景を凝視する。 


「凄いです。カイル騎士団長殿は…

普通、家竜は飼い家の者にしか身体を触らせないと聞きます。


ブルーノがこんなにも自然に貴方を受け入れているなんて驚きです。


父の家臣の者だって触れられないのに…。」


驚きと尊敬の入り混じった熱い目線をサラから送られてカイルは少し戸惑いをみせる。


「俺の場合はちょっと特殊で…

偶然拾った卵からハクを育てたせいか、自然とどの竜も触らせてくれるんです。」


「あの、その…敬語辞めて頂くわけにはいきませんか?…私はカイル団長よりかなり歳も下ですし…なんだか壁を感じてしまいます…」


カイルはサラをジッと見つめてくる。


「了解した…。リューク殿がそれでいいのなら。」


「リュークと呼んでください。」


「では、俺の事はカイルでいい。」


「えっ⁉︎

それは無理です。カイル団長を呼び捨てなんて恐れ多くて…。」

まだ、何か言いたげなカイルを振り切ってサラは急いで話を変える。


「それにしても、どの竜とも仲良くなれるなんて羨ましいです。」



「…羨ましいか?

俺が竜の小屋に行くと少々厄介な事になるが…。

ここにいる竜は、竜騎士団で拾ってきて、ほぼ卵から育てた若い龍なんだ。」


「竜は自分の死期を悟ると卵を1つ生むと聞きました。」


「そう、ここにいる竜のほとんどが戦いで傷つき死んでしまった竜の子供なんだ…。

だからまだ若く、1番年長がハクで20歳だ。

ブルーノは250歳くらいだったか?」


非道で冷酷?屍の山を築く?

この心優しいカイル竜騎士団長が?

何故そんなレッテルを貼られてしまったんだろうと、サラはふと思う。


「はい。今年で255歳になります。頭のいい子で不思議と話が通じるんです。


あの、一つ質問していいですか?

この隊に、貴族出身の方はいらっしゃらないのですか?」

素朴な疑問を投げかける。


それと言うのもカターナ国では竜を所有出来るのは貴族だけと決められていたから、一般庶民が普通に竜を所有出来るここリアーナ国の現状が信じられない。


「半分以上は貴族出身だ。


元々家竜が主流の隊だったが、俺が入隊してから平民が竜を育てて自分の竜にする事が認められ、徐々に増えた。」


「カイル竜騎士団長殿が革命を起こしたのですね!」

先程から向けられるサラの尊敬の眼差しに慣れず、カイルはこそばゆい。


「いや…、革命を起こしたのは国王陛下だ。

心広き陛下が俺の存在を認めてくれたから、今の地位があるに過ぎない。

俺はただ、竜と共に在りたいと思っている。」


「僕も、竜が好きです。

入隊させて下さいとは言えません。

何か僕に、お手伝い出来る事はありませんか?」


「次期公爵に成られる方にこんな所で働かす訳にはいかない。


戦になればこの隊は最前線で戦う事になる。

あくまで貴方は客人として扱わせて頂きたい。」

カイルは静かに諭す。


「それが、リューク殿がここに来た本当の目的か?」

カイルは再度問う。


サラは戸惑う。


出会って数分で父を助けて欲しいだなんておこがましく言っていいのだろうか?

彼の地位や人生すべて、もしかしたら大きく巻き込んでしまうかも知れない。


少し沈黙し考え混む。

そして意を決して、


「…父を助け出したいんです。」

小さく、しかしはっきりと決意をサラは述べる。


「分かった、幹部を招集する。

俺に着いて来て。」


カイルはその一言が聞きたかった。


踵を返し堂々とした足取りで建物に向かうカイルの後ろを急いでサラは追う。


「ブルーノ、好きにしていていいよ。後でまた果物たくさんあげるね。」

サラは離れ際に、そうブルーノに伝える。


そこからのカイルの行動は早かった。


副団長に幹部の招集を命じると、司令室にサラを伴い戻り、机に向かい何やら書き物を始める。


サラはここまで、大股で歩くカイルの後ろを懸命に小走りで追っていたが、司令室に入ると『ソファに座って待っていろ』と言われ、話しかける事も憚られる為、静かにカイルを見守りながらソファに座っている。


そうだ、ルイからの手紙を渡しそびれていたわ。きっとお父様を助けて欲しいと言う主旨の内容だと思う。今、渡すべきかしら?

チラチラと、真剣な面持ちで机に向かうカイルを垣間見る。


「どうした?」

それに気付いた様にカイルは手を止めず、サラに一瞬視線を向ける。


「あの、父の家臣だった者から手紙を預かってきました…貴方に渡す様言われていたのですが。」


「分かった、読もう。」

そう言って片手を差し出してくる。

その間も書き物をする手を止めない。


サラは急ぎカイルに近付き託された手紙を渡す。

一瞬手が触れてしまい、心臓がドキンと脈を打つ。

「すいません…。」と、小さな声で謝る。


カイルは別段、気にする事なく手を止めてサラから渡された手紙の封を切り読み始める。


サラッと手紙に目を通しカイルは言う。

「早くこれを渡してくれたら良かったのに、何を躊躇していたんだ?」

低く響く声で、しかし優しげに問う。


「見ず知らずの僕みたいな子供に突然お願いされても、困る内容だと思ったので…


隣国の誰もが恐れる騎士団長殿にお願いするのはおこがましいのではと躊躇してしまいました…。」


「ハハッ、子供が何を遠慮する。」


カイルに笑い飛ばされ、今まで躊躇していたのは何だったのかと力が抜ける。


「実は、ボルテ公爵の事は気になっていた。


あんな心優しくおおらかな方が謀反の罪で投獄されるとは、何かの間違えでは無いかと陛下と相談し意見書を提出したのだ。


しかし、回答書には明らかな証拠と証人がいると、他国の口出しは一切不要と書かれていた為へたに動けなくなってしまって、国王も争い事は好まぬとそれっきりとなっていたのだが…。」


「ここだけの話しだが…

ボルテ公爵が幽閉されている場所を特定する為、密偵を放っている。

公爵に会えるまで帰ってくるなと言ってあるので近々連絡が来るのではと思う。」


えっ!!とサラは目を開いて驚く。


それほどまでに知らない所で父の為に動いていてくれた人がいたのだと…。


「ルイ殿とは一度酒を酌み交わした事がある。国内では密偵が厳しく張っていたはずだから、ルイ殿も身動きが取れず、歯痒い思いをしていたのだろう。」


ルイの事まで察してくれる。この人の懐の深さを知ってなお驚く。


「うちの国王は意外と柔軟な男で、秘密裏に動くなら自由にしていいと言われている。

リューク殿が気に止む事ではない。」


サラがカイルを巻き込む事に躊躇していた事さえもお見通しだったのだ…。


「カイル騎士団長殿には何て、お礼を伝えればいいか…頭が上がりません。」


「俺はまだ何も出来ていないぞ。


俺は俺の意志で動いている。

リューク殿が責任を感じる事は何もない。

とりあえずはボルテ公爵の近況が分からなければ何も始まらない。」


カイルは言う、

この二年間どんなに最善を尽くしてもボルテ公爵の居場所さえ分からず、それに加え国内で起きた少数民族との争いで竜騎士団が忙しく、手が足りず動けなかったと…


やっと平和が訪れたのが半年前。


再度密偵を送って探ってみたが、見えない敵に拒まれて情報収集が上手くいかず、場所の特定さえ出来なかった。


しかし、やっとここ数日動きが見えて転機が来た。


「戦には動き出す時がある。

どんなに掻き分け進もうとしても、何処にも辿り着けなかったのに、突然視界が良くなり目指す物が見えて来る時が。それが今だ。」


と、誰が父を陥れたのか犯人を見つけ出し真相を暴き、父を救い出すとはっきりサラに伝えてくれた。


「リューク殿がこちらに出向いてくれたのが良い口実になりより動き易くなる。


ただ、宣誓布告する分、敵からの火の粉が降って来るはず、貴方を守る為しばらくこちらに滞在願いたい。」


「失礼します。皆を連れてきました。」


そう言って、副団長が男達を三人引き連れ部屋に入って来る。


失礼ながら、この中ではカイル騎士団長が一番優しそうだと密かに思う。


「それはそうと、団長さっきから一緒に居るその少年は誰ですか?」

赤毛で茶色の瞳の副団長は見るからにチャラい、いや、軽い感じでカイルに話しかける。


「紹介が遅くなった。

彼はボルテ公爵の御子息リューク殿だ。」

カイルは立ち上がり、サラの横に並ぶ。


「えっ⁉︎

報告にはリューク殿は20歳過ぎだって書いてありましたが?

どう見ても子供にしか見えない。」

一番体躯が良い黒髪の男がサラの顔を除く様に近づく。


「おい!あまり近づくな。

公爵様の御子息だ。失礼のない様に。」

カイルがギロっと睨むと、大きい身体を縮こませ頭を掻きながら離れる。


「それについては先程確かめた。

ボルテ伯爵の青い竜ブルーノに合わせて頂いたんだ。

リューク殿が呼び寄せた。後継者以外不可能だ。」


「あっ!!そう言えば先程、中庭に見かけない青い竜が昼寝をしてると報告が。

あれがブルーノですか!

てっきり野生の竜が入り込んだのだと思っていました。」

筋肉隆々の色黒の男が言う。


「ダン、空からの侵入者に対して警戒が甘い。

ブルーノが舞い降りた時、守礼本部はなにも反応しなかった。

五班は早急に解決策を考えろ。」


「はっ!!」

色黒の男は姿勢を正しく敬礼する。


カイルの一声で四人が一斉にビシッと背を正す。

「後、北門の門兵。

訪問者に態度が悪い。教育し直せ。」


カイルは特に怒っている訳でも無く淡々と話すだけなのに、空気がリピッとする。


「はっ!!」


普段からどれだけ恐れられているのか、そして隊の誰もがこの騎士団長に一目置いているのかが、初めて会ったサラでも分かるほどだった。



「リューク殿にそれぞれ自己紹介しろ。」


「はっ!自分は副団長のショーン・ハミルトン侯爵です。一班を指揮しており、密偵を使った捜査を主にしています。」


次に色黒のさっき怒られてた男が話し出す。

「初めまして。ダン・パルクです。

五班を指揮しております。主に守備、護衛をしています。」


次は躯体の一番大きい男が話す。

「私は、ゴイル・バルト伯爵

二班の指揮官だ。普段は若手の育成、教育をしている。」


最後は部屋に入って来た時から一言も発しなかったメガネの色白な男だ。

「僕はカミル・ポートマンです。この中では一番最年少の20歳です。主に竜の世話をしています。リューク殿もよろしかったら一緒に手伝って頂きたいです。」

サラに向かってにこりと笑う。

やっとサラは少し緊張が解ける。


「リューク・サラマンドラと申します。突然訪ねた御無礼をお許しください。


父の事でいろいろとご尽力と聞きました。ありがとうございます。」

兄の見よう見まねで頭を下げ胸に手を置く、臣下の礼をする。


「リューク殿、貴方は公爵を継ぐ者だ。あまり容易に頭を下げてはいけない。」


そのタイミングで、バサバサっと外から音がして部屋が暗くなる。皆何事かと一斉に外を見る。

「あっ、ブルーノ。」

見ればバルコニーにブルーノが舞い降りてこちらを伺っていた。


「ブルーノが、挨拶をしたい様です。」

サラは言い、バルコニーの窓に向かう。

一足早くカイルが窓を開け、ブルーノが窓から顔を覗かす。


「ブルーノには狭過ぎるな。」

背を曲げ部屋の中まで入ろうとするブルーノに部屋中、笑いが起きる。


「ブルーノは父が連れ去られる時、最後まで一緒にいました。しばらく父の後を追った様ですが、1週間程経って大怪我を負いながら帰って来ました。」


「ブルーノ尻尾を皆んなに見せてあげて。」

サラが言うとくるりと向きを変え尻尾を窓から中に差し込む。」


「これは…。鱗を剥がされたのか⁉︎」

カイルは尻尾の先を見つめ白い皮膚が見える場所を見つめる。


皆も駆け寄り可哀想にと憐れむ。


「ニ年かけてやっとここまで回復しましたが、帰って来た時は尻尾の半分くらいが剥がされた状態でした。

竜の鱗は高く売れるので装飾品などに加工されたのでは無いかと…。」


「鱗から何かしら犯人まで辿り着けるかも知れない。」

カイルが言う。


「副団長、密偵に至急連絡を。

青い鱗はブルーノ以外いないはず。

王都周辺の装飾品店全て当たらせろ。」


「了解!!

必要なら人数を増やして捜査します。」

そう言って、副団長は敬礼し足早に部屋を出て行った。


「正式にリューク殿をこちらで預かる為、書類を書いた。

カミル、これを急ぎ国防省に届けてくれ。」


「はっ!!了解致しました。」

カミルは書類を手に急ぎ出て行った。


「で、少年の大義名分は何て?」


「竜の訓練を目的とした留学だ。」


「なるほど、それなら道理は通る。」


「カターナ国にも正式にリューク殿が竜騎士団本部にいる事を伝える。

カターナ側も戦はしなくないはずだから下手に手足は出せないだろう。」


「これで敵を炙り出して正々堂々戦える。」


「だ、大丈夫ですか?そんな大事にしてしまって…。」

国を巻き込んで動き始めている事に、サラは動揺する。


「竜騎士団を甘くみるな、リューク殿。

ボルテ公爵の味方に竜騎士団が着いたと分かったら、敵は下手にボルテ公爵に手を出せなくなる。

向こうだって全面戦争にはなりたくないからな。」


根っからの軍人気質である、ゴイル伯爵が興奮気味に言う。


「リューク殿心配するな。

竜騎士団は心理戦には長けている。

それに貴方を表沙汰にする事は決して無いから安心して欲しい。」


「僕は何をしたらいいのでしょうか?」

カイルを仰ぎ見上げてサラは問う。


「貴方は、ここの敷地を出なければ自由に過ごしてくれていい。これを機会に体を鍛えてハシゴ無しでブルーノに乗れるように訓練するのはどうだ?」


「ごもっともです…。」

竜に満足に乗れない自分など即戦力外だと肩を落とす。


「いずれ、一緒に動いて頂く時の為鍛えて待っていれば良い。明日から私の授業に出るか?」

笑いながらゴイル伯爵が言う。

 

「よろしくお願いします。」


何も出来ないのならば、少しでも役に立てるよう努力すべきだとサラは思った。


「ゴイル伯爵、リューク殿はあくまで客人だ。軍人のように鍛えたら身が持たない。

あまりやり過ぎないで欲しい。」

カイルはか細いサラを思って心配する。


「いえ。カイル団長、せっかくの機会です。

僕もカイル団長みたいに強くなりたいです。明日から頑張ります。」


「…無理はするな。

とりあえず客室を使ってもらう。

生活に足りないものがあれば遠慮なく言って欲しい。」


「何から何までありがとうございます。」


それからサラは客室に通されやっと一息付く。


「この階は主要幹部の部屋が揃っている。

既婚者は通いだが、独身者は隣の棟が寮になっていて、敷地には常に誰かいるから安心して過ごして欲しい。」


「あの、竜がいる厩舎は自由に出入り可能ですか?ハクに会ってみたいのですが。」


「ハクは気難しいから俺からしか餌を食べない。他の竜はカミルが主に世話をしているが、もし今日行きたいなら、就業時間外になるが着いてくるか?」


「はい。ぜひ行きたいです。」


「分かった、後、ブルーノはどうする?舎が必要なら至急用意する。」


「いえ、ブルーノは普段から自由に生活してるので不要です。

お腹が空いたら戻ってくるくらいで、束縛を嫌うので。」


「その割には、ずっと着いてきてるぞ?」

カイルが窓を指すと、バルコニーにブルーノが降り立った所だった。


「きっと心配してくれてるんです。 

僕が頼りないから。」

ふふっと笑ってサラは窓を開けてあげる。


「素晴らしい信頼関係だ。

ブルーノはまるで貴方のナイトだな。」

 

どう言う意味でカイルは言っているのか真意が分からずドキッとする。


「寝る時は必ず近くに戻ってきますが、バルコニーで寝ていても構わないですか?」


「雨の日はどうしてるのだ?」

ブルーノの鼻先を撫でながらカイルが問う。


「青い竜は水を友とします。

むしろ濡れる事を好むのでお気遣いなく。」


トントントン


「団長お呼びですか?」

不意にドアがノックされ一人の男が入って敬礼する。

「ルーカス、彼はリューク殿だ。

留学の為隣国から来た客人だ。しばらくこちらに滞在する。お前を身辺護衛に任命する。自己紹介を。」


「はっ!

ルーカス・ハーバーです。

五班に所属し主に要人警護を担当しています。お部屋から出る時は必ずお呼び付け下さい。」

茶髪で小柄の優しい目元の青年だ。


「始めまして。リューク・サラマンドラです。よろしくお願いします。」


「ルーカスがしばらく貴方の護衛に着く。

何かあったら彼に連絡を。」


「はい。ありがとうございます。」


「では後は頼む、ルーカス。」


そう言ってカイルは一礼して部屋を出て行った。

カイルが居なくなりサラは何故か少し寂くなった。


「わぁ。青い竜ですね!!初めて見ました。」

ルーカスが人懐っこい笑顔で話しかけてくる。すぐに仲良くなれそうな雰囲気にサラは安心する。


その後、敷地内を案内してくれたルーカスと共に食堂で夕飯を食べ部屋に戻ってきた頃には疲れ果てソファで横になる。


父に関して、これ程までに進展するとは思わなかったサラはまだ少し実感が湧かず夢見心地だ。

食堂にも教室にも女子の姿は一切なかった。この先性別を偽って上手くやって行けるのだろうかと心配になる。


こんなにも良くしてくれるのに、騙しているようで心が痛い。


でも、今更もう打ち明けるには勇気が無い。

はぁーっと深くため息を付く。


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