出発の時

今日は、雲ひとつない爽やかな青空。


空を見上げてサラは笛をピーーっと吹く。


バサァ バサァ


何処からとも無く風が吹いたかと思うと、

一頭の青い竜がラサの目の前に降り立った。


「ブルーノ、今日からよろしくね。

長い旅になるから支度は大丈夫?」

サラはブルーノに果物を与えながら優しく語りかける。


ブルーノも食べながら理解しているかの様に首を縦に振る。


ブルーノの背中には蔵と手綱だけで無く、藁で編んで作ったハシゴがかけられている。


実は腕の力が乏しいサラはどんなに練習しても1人でブルーノ背中に登れなかった為、それを見兼ねてルイが作ってくれたのだ。


本当に2人には頭が上がらない。


サラは涙が出そうになるのをグッと耐えながら、後ろに並んで立つ夫婦に振り返り明るい声で挨拶をする。


「ルイもジーナもいつも私を支えてくれて、ありがとう、お父様の無実を晴らす為に行ってくるわ。」

気丈にも涙は見せず笑顔で別れを告げる。


「どうかご無事で…。」


2人は深くお辞儀をして、サラの旅立ちを見送ってくれた。


「では、行ってきます。」

 

ブルーノの背に乗りサラは空高く飛び立つ。

 

次帰って来る時は絶対、お父様と一緒に帰ってくるからと心で誓う。


辺境地カーサから生まれ育った港町ボルジーニまで馬車で2日もかかった。


しかし、ブルーノの背に乗れば休憩を入れても半日足らずでたどり着いてしまった。


カーサを飛び立ってから寂しさで、ブルーノの背で泣き続けた。


お父様が言っていたわ。


泣く事は決して悪い事では無いと、心を浄化してくれるから泣きたい時は我慢しないで泣くべきだと。


泣いてスッキリしたせいか気持ちも前向きになった。


今は夕刻時、

目立たぬ様に街角でブルーノから降りサラは1人、二年ぶりの故郷の空気を味わっていた。


なんだかお腹が空いたわ。

メイン通りにある美味しいパスタのお店はまだやってるかしら?


ブルーノに果物も買わなくちゃ行けないし、ついでに明日の朝食用にパンも買おう。


ワクワクした気持ちを抑えながら、メイン通りまで小走りで行く。


街灯に火も灯り始め辺りもだんだん暗くなる頃メイン通りまで辿り着く。


あれ?お店が一軒も開いてないわ…。


お父様が統治していた頃は夕刻時、飲み屋街は賑やかで治安も良く、街は活気に満ち溢れていた。


それなのに訪れた繁華街はどのお店も暗く、人もまばらで街のあちこちにゴミが散乱していた。


あの活気に満ちた港町はどうしてしまったのだろうとサラは心配になる。


そうだ!マーラはどうしてるかしら?

マーラのお店は確かメイン通りの角だったはず。

サラは急いで走り出す。


マーラは食堂を開いていた。

港で獲れた魚や新鮮な野菜を使って何でも美味しく料理して、街で1番の賑わいを見せていた。

サラも幼い頃に良く父に連れられて夕飯を食べに行った。


あった!!

マーラの店も真っ暗で人影もない。


裏に回ってドアを叩いてみる。


トントントン…トントントントン…


マーラはお店の2階に住んでるはず。


少し強く叩いてみる。


ドンドンドン…


「…誰だい。こんな時間にドアを叩くのは?」


「マーラさん?

私、サラです。覚えてますか?」


「お、お嬢様⁉︎

い、今開けますから。」


ガチャガチャっと音を立ててドアが開く。


「ああーー。お嬢様…大きくなられて…」

ふくよかなマーラに抱きつかれて思わずよろけてしまう。


「マーラ元気そうで何よりだわ。

それよりも、街に活気が無くてどうしちゃったの?以前のボルジーニとはまったく変わってしまったから心配になって来てみたの。」


「と、とりあえず中に入って下さい。

誰が聞いているか分かりませんから。」


マーラは慌てて部屋の中にサラを招き入れる。

「まぁ…。髪を短く切ってしまったのですか…。ストレートで綺麗な髪でしたのに…」

部屋に入って、被っていた帽子を取ったとたんマーラは気付く。


「女の一人旅は何かと危ないでしょ。

ジーナにお願いしてバッサリ切ってもらったの。この方が男の子に見えるでしょう?」


「そうですね…。小さい頃のリューク様によく似ています…。」

寂しそうに笑いながらマーラは言う。

「本当⁉︎

お兄様に似てる?良かったわ。

なんだかしっくり来てなかったから、ちゃんと男子に見えるか心配だったの。」


「リューク様が武道を始める14歳くらいの頃によく似ていますよ。

可愛らしくて女の子みたいだったじゃないですか。」


「せっかく変装したのに…女子に見えるのは困るのだけど…」

サラは困り顔で自分が写し出された窓ガラスを見つめる。


「お食事はまだですか?

もし良かったらシチューが残ってますけど、食べられますか?」


マーラは間を取り持つ様に、サラに優しく話しかける。


「ありがとう。実はさっきこちらに着いたばかりでお腹ペコペコなの。」

サラはお腹を撫でてマーラに言う。


「あらそれは大変でしたね。 

お疲れでしょう。どうぞ、お店のテーブルに座って下さい。」


「ありがとう。またマーラの作るご飯が食べられるなんて嬉しいわ。」


「私も、お嬢様にもう一度会えるなんて本当嬉しいです。お元気そうでなによりです。」


「今日はルイ様とご一緒ではないんですか?

こんな夕刻に1人でお歩きになるなんて危ないですよ。」


「実は…ここには1人で来たの。

明日には隣国に渡ろうと思っているのだけど…。」


「お、お一人で⁉︎」


「リューク様は⁉︎

お兄様が良くお許しになりましたね。」

マーラは目を丸くして、ガチャンとシチューを混ぜるお玉まで落として驚いた。


「…お兄様は、この冬に病気で亡くなられたの…。流行り病にかかって…突然だったから誰にも知らせる事が出来なくて…。」


「まぁ。なんて事!!


まさか、あのリューク様がお亡くなりに…。」

口に手を押さえて涙を流すマーラ。


「お父様にも手紙は書いたのだけど…届いているかどうか…。」


「ボルジーニはこの二年で変わってしまいました。ボルテ公爵様が統治していた時は本当に住みやすく良い街でした。


…今は重税が課されて商売もやりにくくなって、お店を畳んで他の街に移り住む人もいるくらいです。」

涙を流しながらマーラは話してくれる。


「…そうだったの…皆んな大変な思いをしてるのね…」


「それに、夜は海賊やらガラの悪い男達もやって来るようになって…怖くて…

お嬢様も今夜は是非ともここに泊まって行って下さいね。」


「ありがとうマーラ…

まさかそこまで荒れてしまっていたなんて…心が痛いわ…。」


「それに今の統治者は疑い深くて、密偵を

使って少しでも悪口や批判をしている者がいると牢屋に入れて拷問されるんです。」


「な、なんて怖い事を……。」

サラは両手で顔を隠して俯く。


「サラ様、街の者たちは皆、あんなに優しくて穏やかなボルテ公爵様が、国王を暗殺しようとしただなんて、誰一人として信じていません。どうか、早く無実を証明出来る事を祈っています。」


「…そうね。早くお父様を助け出さなくちゃ。誰が言われのない罪をお父様になすりつけたのか、その事で誰が今、至福を肥やしているかを探り出さなくては…。


落ち込んでるばかりではいけないわ。」


「そうです。ボルテ様を助け出さなくてはなりません。何かお嬢様を助けられる事があったら、何なりと私達に言って下さい。

皆、お嬢様の味方です!!」


「ありがとう心強いわ。」


「さぁ。まずは暖かいシチューをお召し上がり下さいな。」


久しぶりに食べたマーラの味は本当に美味しくて、サラは沢山お替わりをした。


翌朝早くまだ日が昇る前に、マーラの店には人知れず沢山の民が集まって来た。


皆、口々にサラとの再会を喜びボルテ伯爵の釈放を願い、そしてリュークへの追悼の気持ちを分かち合った。


それぞれ投げ無しのお金をサラに渡してくれたり、ブルーノへと野菜や果物も沢山持って来てくれた。


「皆さん、朝早く駆けつけてくださってありがとうございます。お父様が早く無実の罪から釈放されるように、全力を尽くします。

どうかそれまで希望を捨てずに待っていて下さい。」

サラは精一杯の感謝を込めて頭を下げた。


「あまり長く集まっていると密偵に見つかってしまいます。離れ難いけど…いつもの生活に戻って下さい。」

皆はそれぞれ1人ずつサラと握手をかわし、いつもの生活に戻って行く。


「マーラいろいろありがとう。

それに皆さんを集めてくれて、こんなにも味方がいてくれる事に感動し心強く思ったわ。


いろいろ頂いたのに私からは何も返せなくて申し訳ないのだけれど…」


「気にしないで下さい。

皆んなお嬢様に会いたかったのです。

元気でボルテ公爵様と共にここに帰って来てくれる事だけが望みなのです。」



「ありがとう。


…これは、傷を癒やしてくれる不思議な水なの。もしも誰かが命を落とすような傷を負うような事があるならば…その時はこの水を使って。」


サラは旅立つ前、ブルーノが教えてくれた不思議な湖の水を汲んで持って来ていた。


手のひらくらいの小瓶に水を分け与える。

水は小瓶の中で七色に光っていた。


「なんて綺麗な水でしょう。…大事に使わせて頂きます。」

マーラは手を合わせてから小瓶を受け取りそしてサラと抱き合ってまた逢えることを祈りさよならをした。


明け方前の淡い空の中、


サラはブルーノと共に隣国リアーナへと旅立つ。

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