番外編 恋駆ける
「みなさん、今日は来てくれて本当にありがとうございます!」
スカイブルーのジャケットを
すると、満席のスタジアムから、地響きのような歓声が沸いた。
「「「キャーッ」」」
今日は人気アイドルグループ、サイレントジョーカーのコンサートの日であり。
演出でも定評のあるSJのステージは、盛り上がりも最高潮だった。
「みなさん、楽しんでますか?」
泰はそう言いながらも、目の端で誰かを探していた。
「みなさんと一緒に過ごすことができて、僕は本当にしあわ……しあわせでっ」
そして最前列に座る観客を目にするなり、泰の目に涙が浮かんだ。
コンサートで感極まって涙していると考えたファンたちは、そんな泰を支えるように次々と声を上げる。
「大丈夫だよ! また来るから!」
「泰弦、泣かないで」
「あああ、ありがとうございます——うわーん」
泰の大号泣に、会場もつられて号泣したのだった。
***
「ちょっと
ピンクのジャケットを着た、可愛らしい雰囲気の少年——
見た目は少年であっても、中身は数百年を生きる狐の妖怪なのだが。
「ぐすっ……だって……アキさんがいたんだ」
つい最近、最愛のアキに振られた泰は、諦めないことを誓いながらも、重い気持ちを引きずっていた。
「アキ姉もアキ姉だね。振っておいてコンサートに来るなんて」
「ぼ、僕がお願いしたんだ」
「なんで!?」
「だって、もしかしたら……もっと好きになってくれるかもしれないし」
「ああ、まだ望みは捨ててないってこと? でも自分で傷口開いてるだけじゃない?」
「そうかもしれないけど……」
「俺たちはプロなんだから、泣くのは自分の部屋にしてよ」
「國柊が厳しい」
「でもま、あの時はよく泣かなかったよね」
あの時、というのは座敷わらしの
甚外の危機に駆けつけたアキ。
その姿を思い出しながら、泰はまたもや泣きそうになる。
「さすがに、アキさんの前では泣けないよ」
「今日は泣いてたじゃん。ファンの子たちはコンサートで感極まって泣いてると思ったみたいだけど」
「それは……」
「もうそのくらいにしておけ」
控え室で騒ぐ泰と國柊を見て、先に着替え終えた
黒のジャージを着た琉戯は、近くの椅子に座ると、やれやれといった感じでため息を吐く。
「泰だって泣きたくて泣いたわけじゃないだろ」
「いや、泣きたくて泣いたと思うよ」
國柊のツッコミに、いつになく穏やかな琉戯が優しく告げる。
「まあまあ、そういう時もあるだろう」
「琉戯兄さん……なんか機嫌がいいね」
「そうか?」
琉戯はなんでもない風に言うもの、控え室を出る時は口笛を吹いていた。
***
「で、なんで僕たちは
コンサートの翌日。久々のオフだったが——なぜか
見れば、バス停には琉戯が立っており、誰かと待ち合わせをしている様子だった。
「だって、あんなに楽しそうな琉戯兄さん、見たことなくない?」
「それはそうだけど……だからって尾行するなんて」
「どうせ今日は暇なんでしょ?」
「そうだけど……でも、琉戯兄さんは誰を待ってるんだろう」
「もしかして、アキ
「まさか! アキさんにはジンくんがいるし」
「わからないよ? 人の気持ちなんて、いつどう変わるかわからないし——なんて」
國柊が冗談めかして言う中、オーバーオールを着た少女がバス停に現れる。
琉戯を見つけて軽く手をあげた少女は——アキだった。
「あ、アキさん!?」
「え? 嘘? 本当にアキ姉が?」
「アキさん……どうして琉戯兄さんと?」
「きっと、買い物に付き合ってほしいって言われたんじゃない?」
「そ、そうだよね」
「もうちょっと近づいてみる?」
「これ以上近づいたら、琉戯兄さんに気づかれるかも」
「なんの話してるんだろう」
「國柊、狐耳が出てる」
「この方がよく聞こえるでしょ」
「でも、琉戯兄さんにバレないかな……」
「しっ、静かに」
國柊に会話を止められて、仕方なく泰も耳を澄ませた。
すると、アキの声が聞こえた。
「琉戯さん、今日はありがとうございます」
「構わない。俺もちょうどアキちゃんに頼みたいことがあってな」
「頼みたいことですか?」
「アキちゃんの買い物が終わったら、お願いしたい」
「わかりました。まずは私の買い物に付き合ってください」
「ああ。まかせとけ」
そこまでの話を聞いて、國柊は狐耳をヒクヒク動かしながら泰に話しかける。
「やっぱり買い物につきあってるだけっぽいね」
「アキさんが、う、浮気なんてするはずないよ」
「だよね。でもなんで琉戯兄さんなんだろう」
「確かに……なんで琉戯兄さんに付き合ってもらってるんだろう」
「アキ姉も水臭いな。一度はデートした仲だし、俺を頼ってくれてもいいのに」
「え? デート? 國柊がどうしてアキさんと?」
「内緒——って、怖い顔しないでよ。泰兄さんのことを頼むためにお茶しただけだよ。それより、アキ姉たちが移動したよ」
「どこに行くつもりだろう」
琉戯が繁華街に向かって歩き出すのを見て、ついていく二人だったが——。
「おい、お前たち」
「え」
繁華街の曲がり角を曲がったところで、目の前に琉戯が現れる。
「どこまでついて来る気だ?」
「琉戯兄さん」
「兄さんこそ、どうしてアキ姉と?」
國柊が訊ねると、琉戯は不敵に笑う。
「気になるか?」
「うん、気になる」
「じゃあ、気にしてろ」
「は? ちょっと琉戯兄さん」
琉戯はそれだけ言うと、二メートル先の軒下にいるアキのところへ戻っていった。
「……これからどうするの?」
「もちろん、尾行を続けるに決まってるよ。ますます怪しいし」
「そう言うと思ったけど」
國柊が琉戯を追いかけるのを見て、泰も仕方なくついていく。
琉戯とアキは、近くの巨大なデパートへと入っていった。
地下でスイーツを物色する琉戯たちを、見失わないように追いかけていた二人だが——琉戯たちはそのうちデパートを出て、繁華街に戻ったかと思えば、花屋の前で立ち止まった。
「ケーキに花屋って……誰かの誕生日なのかな」
國柊の疑問に、泰は頷く。
「そんな感じだね」
「もしかしたら、ジンくんの誕生日なのかも」
「ジンくんの誕生日……」
「ちょっと、こんなところで泣かないでよ」
「僕の誕生日の時も、アキさんがお祝いしてくれたんだ」
「うん。そうだったね」
「でももう、お祝いしてもらえないかも」
「大丈夫だよ、兄さん。俺たちにはファンがいるから」
「國柊」
「俺たちがアイドルだってこと、忘れないで」
「國柊は偉いね」
「何が?」
「ファンのために全てを捧げることができるなんて」
「だって、今の仕事以上に楽しいことなんてないし。それにこう見えて俺はプロだよ?」
「はは……そうだね。僕もそろそろ仕事と向き合わなきゃ」
「そうだよ。アキ姉だってきっと、まっすぐ走っている泰兄さんのことが好きなんだよ」
「そっか……そうだよね」
「ジンくんや泰兄さんが好きなアキ姉は、きっと泰弦を追いかけてキラキラしてるアキ姉だから」
「そっか……じゃあ、僕はもっと頑張らないといけないな。アキさんに負けないように」
「——で、アキ姉はなんで琉戯兄さんと?」
「あ、今度はバスに乗るみたいだよ」
「追いかけよう!」
***
「そうか。
アキが大きな岩の前に花を
誰の墓なのかは、すぐにわかった。
ソアのことをあれだけ邪険に扱っていた琉戯だが、長く一緒にいたこともあり、消えてそのままにすることは出来なかったらしい。
二人が粛々と手を合わせるのを見て、泰はまた泣きそうになってしまった。
すると、そんな泰のところに、アキがやってくる。
「アキさん」
「私がお願いして、お墓参りさせてもらったの」
「そうだったんだ」
尾行はアキにも気づかれていたようで、ずっと気になっていたらしい。
今になって、泰は自分の行動を恥ずかしく思いながらも、アキに琉戯といる理由を訊ねようと口を開いた時——琉戯が間に入ってくる。
「俺は嫌だと言ったんだが、アキちゃんにどうしてもと言われてな」
「まあ、琉戯兄さんだけだったら、墓参りなんてしないだろうね。ていうか、いつの間に墓を作ったの?」
國柊の問いに、琉戯は伸びをしながら答える。
「長老が作ったんだ。仮にも弟子だったからな。形ばかりの墓だが」
「そっか……長老が」
「事情がわかってスッキリしたか?」
琉戯の言葉に、泰は苦笑する。
「うん……今日は國柊のおかげで吹っ切れた気がする」
「泰兄さん……」
***
「アキ!」
アキを自宅マンション近くまで送り届けた泰たちだったが、待ちきれなかった小さな甚外が、アキに飛びついた。
「ジンくん」
「今日はどこに行ってたの?」
見上げる甚外を愛おしそうに見つめるアキ。
そんなアキを見ていると、泰は何かモヤモヤしたものを感じた。
だがそんなことに気づかないアキは、甚外に屈託のない笑顔を向ける。
「璃空さんの墓参りに行くって言ったよ?」
「なんで俺を置いていったの?」
「琉戯さんにそう言われたから」
「琉戯兄さん、もしかして……泰兄さんに気を遣ってジンくんを呼ばなかったの?」
「ああ、違う違う…そうじゃないんだ」
國柊の想像だったが、琉戯は
そんな中、アキが琉戯に訊ねる。
「そういえば、琉戯さん……私にお願いがあるって言ってたけど、お願いってなんですか?」
その言葉に、一同の視線が琉戯に集中する。
「本当はこっそり言おうと思っていたんだが」
「何をですか?」
「アキちゃん、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「はい?」
琉戯に手招きされて、アキは何も考えずに近づく。
すると——。
琉戯が無防備なアキの唇にキスを落とした。
「……へ?」
「琉戯兄さん!?」
アキが目を瞬かせる中、泰の叫び声が夜の住宅地に響き渡る。
だがそんな周りの反応などおかまいなしに、琉戯は照れながら告げる。
「俺もどうやら、アキちゃんが好きになったらしい。お願いというのは、また会って欲しいという話だ」
「はああ!?」
声を上げる國柊に、卒倒する泰。それに愛らしい目をまん丸に見開く甚外。
こうして場が混乱を極める中、恋を成功させた者、失恋した者、横恋慕した者、それぞれの恋が駆け抜けた。
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