第36話 意地っ張りの人外


 某テレビ局のバラエティ番組を控えた人気アイドルグループ、サイレントジョーカーの楽屋。


 センターのトレードマークである、スカイブルーのジャケットを着たとおるが、部屋の隅でため息を落とした。


「どうしたの? 泰兄さん、元気ないけど……」


 國柊こくしゅうがピンクのジャケットに袖を通しながら訊ねると、泰はなんでもない風に笑う。


「……そんなことないよ。僕はいつも通りだよ」

「もしかして、アキねえに振られたの?」

「な、なんでわかるの!?」

「やっぱり……アキ姉がらみなんだね」

「……」

「本当に振られたの? あんなにいい感じだったのに」

「……実は」


 それから泰は、甚外じんとの身に起きたこと、それを解決するためにアキが契約したことを説明した。


「——え? アキ姉がジンくんを助けるために婚姻の契約を?」

「うん……だから、なんとかしてアキさんを救いたいけど……どうすればいいんだろう」

「心を通わせられなかったら、二人とも死ぬってことでしょ?」

「そうみたい」

「まさか、アキ姉も妖怪だったとは……」

「アキさんは優しすぎるんだ」

「……そうだね。正々堂々と勝負するならまだしも、こんな結果はさすがに嫌だな」

「どうすれば、ジンくんもアキさんも助けることができるんだろ」


 泰がそんなことを呟いていると——ふいに、低い声が響く。


「手がないわけではないぞ」


 テーブルで腕を組んで寝ていた琉戯が目を開けるのを見て、國柊が目を瞬かせる。


「琉戯兄さん、聞いてたの?」

「それより、アキちゃんを助けたいんだろ?」

「うん……でも、どうやって?」


 そう訊ねた國柊こくしゅうに、とおるも固唾を飲みながら見守っていると——琉戯りゅうぎは微笑みながら告げる。


「俺たちの〝狐の命玉めいぎょく〟に二人の魂を保管するんだ」

「それって、俺たちの仲間にするってこと?」


 國柊の問いに、琉戯は頷く。


「ああ、俺たちはたましい命玉めいぎょくに保存することで、あらゆる呪いから身を守っているだろう? 甚外やアキちゃんも同じように保存すれば、契約から身を守れるはずだ」


 その言葉に、泰も考えるそぶりを見せる。


「確かに、そうだね……でも、契約と呪いは違うし……力に喰われることを防げるかな?」

「やってみなければわからないが……不可能ではないだろう」


 心強い琉戯の言葉に、泰は顔を明るくする。


 國柊も嬉しそうな顔をしていた。


「でも意外だな。琉戯兄さんが協力してくれるなんて」

「アキちゃんや甚外には借りがあるからな。あの女のことで」

「そっか……でも、他の仲間はわかってくれるかな?」


 泰が言うと、琉戯はふっと息を吐くように笑う。


「あいつらは、ああ見えて話のわかるやつらだ」

「じゃあ僕、アキさんに伝えてくるよ」

「あ、俺も行く」


 さっそくジャケットを脱ぐ泰に、國柊も続くが——。


「おい、まずは仕事だ」


 その無情な言葉に、泰はがっくりと肩を落とした。






 ***






「今日も楽しかったね、ジンくん……ていうか、ジンさん」

「ジンくんでいいよ」


 一日では回りきれなかったため、世界民族博物館に再び訪れた私——アキは、帰りにジンくんを長老の家に送り届けていた。


 何かあった時、長老が側にいた方が心強いし、長老の屋敷に滞在するのはジンくんの希望でもあった。


「でも、その姿で『ジンくん』は呼びにくいんだよね」


 和室の掘りごたつに足を入れた私は、テーブルに顎を置いてジンくんを見る。


 ジンくんは相変わらず、大人の姿のままだった。


 ある程度なら、姿もコントロールできるらしい。


 私に意識してほしいから大人でいるとか。


 でも私より大人の姿をしているのに、『ジンくん』はないよね。


「そうかな? でも俺はジンくんって呼ばれたいよ」

「うーん、どう呼べばいいんだろう」


 するとその時、ふいに和室の襖が軽やかに開く。


 現れたのは、相変わらず平安装束が重そうな長老だった。


「夫婦になるなら、ジンくんでも構わんだろうに」

「長老、仕事で外に出たんじゃなかったの?」


 私が訊ねると、長老は扇子で優雅に扇ぎながら微笑む。


「いやな、お前さんたちのことが気になってな」

「長老が心配するなんて珍しいね」


 ジンくんの言葉に、長老は口を尖らせる。


「まるでわしが血も涙もないような言い草だな」

「わりとそうだよね」

「わしにさんざん世話をかけておいて……」

「それより、今回の契約の期限ってどのくらいかな?」


 ジンくんが訊ねると、長老は真面目な顔で顎を撫でる。

 

 契約の期限ってなんだろう。


「おそらく前回の半分くらいだろうな」

「半分?」

「アキ殿は妖怪といっても、半分の血しか持たないからな。下手をすれば、すぐに期限が来る可能性もある」

「なんの話?」


 訊ねると、長老が説明してくれた。


「お前さんたちが夫婦としての自覚を持つまでの時間のことだ。お互いに気持ちがなければ婚姻は成功しないと言っただろう?」

「好きになるにも期限以内じゃないとダメってこと?」

「左様だ」

「私がジンくんを好きになるには、どうしたらいいんだろう」

「わしが暗示でもかけてやろうか?」


 長老の提案に、ジンくんはかぶりを振った。


「それは卑怯だよ」

「冗談だ。そんなことをしても、解決はせん」

「あ、着信だ」


 振動に気づいてスマホを手にすると、そこには泰くんからのメッセージがあった。


「泰くんが、私たちに話があるって」

「アキだけじゃなくて、俺も?」


 きょとんと目を丸くするジンくんは、大人になっても可愛い感じがして、笑ってしまう。

 

「そうだよ。集合場所は長老の家になってる」

「なんだと?」


 長老が複雑そうな顔をする中、私たちは泰くんが来るのを待った。






 ***






「泰くん」

「アキさん……こ、こんばんは」

「なんでわしまで……」


 長老の屋敷に泰くんや國柊くん、それに琉戯さんがやってくると、長老はため息を落とした。


「長老にも聞いて欲しいんだ」

「なんの話だ?」

「実はアキさんとジンくんの契約の話だけど……」


 泰くんが言いかけたところで、長老が口を挟む。


「アキ殿はバカ正直だな……泰が聞けば、反対するに決まっておるではないか」


 その言葉に、泰は苦笑する。


「もちろん、反対だよ。それより、ジンくんとアキさんが、このままだと命を落とすかもしれないって聞いたから……だから提案なんだけど。アキさん、ジンくん、僕たちの仲間にならない?」

「え? どういうこと?」


 突然のことに、私が目を瞬かせていると、泰くんはさらに告げる。


「僕たち妖狐は命玉に魂を保存して身を守っているんだ。だから、アキさんやジンくんの魂も、命玉に保存すれば……」

「契約をナシに出来るってこと?」


 頷く泰くん。


 長老は扇子で扇ぎながら、またもや口を挟む。


「……なるほどな。妖狐の秘術か……考えたな。だが、同胞の許しが必要なのではないのか?」


 それに答えたのは、國柊くんだった。


「ああ、その点は大丈夫。仲間にも伝えたけど、アキ姉とジンくんなら構わないって」

「そうか。なら、悩むことはないな。アキ殿も甚外も妖狐の仲間になれば良い」


 まるで解決したとばかりに高笑いする長老だったけど、ジンくんはポツリと告げる。


「……俺はいい」

「ジンくん?」

「アキだけ魂を保存してもらうといいよ」


 その言葉に驚いたのは私だけじゃなくて、長老は大きく見開く。


「どうしてだ? これで助かるなら、甚外の魂も保存してもらえばよかろう」

「ううん。俺はずっと俺でいたいから、いいよ」

「どうしてそんなこと言うの? ジンくんを死なせたくないから、再契約したのに……またみんな心配するよ?」


 私の言葉に、泰くんも頷く。


「そうだよ、ジンくん。魂を保存しても、ジンくんの自我は消えたりしないよ?」

「……でもいいんだ。泰弦くんのところには行きたくない」


 その強情さに、長老が呆れた声を放つ。

 

「この座敷わらしは! どこまで意地っ張りなんだ」


 それでも首を縦に降らないジンくんを見て、私は唇を噛み締める。


「……わかった。ジンくんがそんなこと言うなら、私も泰くんのところには行かない。そもそも、ジンくんを助けるために再契約した意味がないじゃん」

「アキは妖狐の仲間になりなよ」

「だから、なんでそういうこと言うの?」

「だって、アキは泰弦くんのことが好きでしょ?」

「は?」

「俺はみんなのアキじゃなくて、俺だけのアキでいてほしいんだ」


 ジンくんの主張に、私が首を傾げる中、長老もやれやれとため息を吐く。


「甚外の言うことが、さっぱりわからん」


 そんなジンくんを見て、ずっと黙っていた琉戯さんも口を開く。 

 

「命玉に入ることで魂が一つになるとでも思っているのか? 命玉はあくまで魂を保存する場所であって、魂が同化することはないぞ」

「でも、俺は嫌なんだ」

「甚外はいつからそのように頭が固くなったんだ」


 長老は苦々しく言い放つけど——。


 結局その日は、泰くんたちの仲間になることを、ジンくんは頑なに拒絶して終わった。






 ***






「泰くん、ごめんね」


 長老の屋敷を解散した後。


 私と泰くんと國柊くんは夜の歩道橋を歩いていた。


 結局あの後もジンくんは意地を張ったまま、長老の屋敷に残ったのだった。


「何が?」

「今日は、ジンくんがあんなこと言って」

「それをアキさんが謝るのはおかしいよ。それにジンくんが望まないのに、無理やり仲間にするわけにもいかないし……きっと僕は、ジンくんに嫌われてるんだね」

「そんなことないよ。ジンくんはきっと泰くんのこと好きだよ」

「でも、ジンくんから見れば恋敵だから……」

「それでも私は、ジンくんは泰くんのことが好きだと思うよ。ただ、戸惑ってるんだと思う」


 私の言葉に、國柊くんが優しい声で告げる。


「アキ姉はジンくんのこと、理解してるんだね」


 けど、それは違うと思った。


 私がジンくんのことなんて……わかるはずもないから。

 

「違うよ、理解してるんじゃなくて、理解しようとしてるだけ。ジンくんの本心はジンくんにしかわからないよ」


 そう言うと、國柊くんは夜空を見上げた。

 

「そうだね。ジンくんの気持ちはジンくんにしかわからないね」

「でももしかしたら、明日になればジンくんの考えが変わってる可能性もあるし、命玉の件は保留にしてもらっていいかな?」

「それは構わないよ。僕たちはいつでもアキさんたちを迎え入れる覚悟ができてるから」


 泰くんの優しい言葉に、私は涙が出そうになったけど——我慢して「ありがとう」とだけ告げた。

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