第25話 盗まれた宝



 廃ビルの二階を探っていたところ、琉戯りゅうぎに遭遇した長老たちだが——気づけば、すぐ近くに璃空りくうの姿もあった。


 璃空りくうは現れるなり、長老たちには目もくれず琉戯りゅうぎに真っ直ぐ訊ねる。


「どうして逃げるの? 琉戯」


 隙を見て璃空の元から逃げた琉戯だが、璃空にはそれが理解できないという様子だった。


 琉戯は大きく息を吐く。


「それは、お前が以前のお前と違うからだ」

「私はずっと琉戯のことを想っていたのに」

「嘘だな。新しい男についていったお前が、いつまでも俺に執着するはずがない」


 琉戯の本音に、璃空は驚いた顔をしていた。


 捕まっている間、琉戯は璃空のいいなりになっていたからだ。


 しかし、嘘など必要ないと判断した琉戯は、璃空を否定した。


 そんな琉戯の豹変ぶりに動揺した璃空は、すがるように琉戯を見つめる。


「何を言うの。私はずっと琉戯だけを……」

「なら、なぜ今さら現れた? お前は俺という妖怪を捨てていなくなったくせに」


 琉戯と璃空のやりとりは、男女のそれだったが——そんな二人を見て、長老がぽつりとこぼす。


「……泥沼だな」


 だが外野の言葉など気にしない様子で、璃空は琉戯に甘えるように告げる。


「私は今も昔も琉戯だけよ」

「他の男のニオイがするお前なんかいらない」

「ハッキリ言いおった」


 楽しそうな長老だが、学生服の少年たちは無言だった。


 すると、璃空はまるで悲劇のヒロインのように悲しいそぶりを見せる。


「ひどい……琉戯はそんなことを言う人じゃなかったのに……あなた、琉戯じゃないわね?」

「お前が恋に盲目で、何も見ていなかっただけだろう。俺は今も昔も変わらない。仲間に危害を加えるようなやつは嫌いだ」

「琉戯……」


 琉戯の言葉に、黒いライダースーツの少年が驚いた顔をする。


 学生服の少年や、赤いジャンバーの少年も何かを感じたように拳を握っていた。


 琉戯にさんざん突き放された璃空だが、それでも彼女は信じられないといった顔で告げる。


「違う……琉戯はそんなこと言わない。私の琉戯は——」

「お前の琉戯はとうの昔にいなくなったんだ」

「ひどい……ひどい」

 

 両手で顔を覆ってすすり泣き始める璃空。


 すると、ビルの壁が柔らかく波を打つように動き始める。


「なんだ? この建物、まるで生きているような……」


 ぎょっとした長老が呟くと、学生服の少年も怪訝な顔をする。


「気味の悪い場所だな」

「琉戯……私の琉戯は……どこに?」


 璃空が目の前の琉戯を受け入れないのと同様に、琉戯も璃空を受け入れることはなかった。






 ***






「あぶない! 國柊こくしゅうくん」

「え?」


 長老さんたちが琉戯りゅうぎさんと合流していた頃。


 私、アキや泰くん、それに國柊くんにジンくんは、廃ビルの地下で琉戯さんらしき姿を見つけたけど——それがニセモノじゃないかと話していたら、琉戯さんがいきなり攻撃してきて——。


 気づくと琉戯さんのナイフをとおるくんが拳で受けていた。


「大丈夫? 國柊」

「ああ、ありがとう、泰兄さん——俺に喧嘩を売るなんて上等じゃん」


 私が呆気に取られる中、刃物がぶつかる音が響いた。


 どこに隠し持っていたのだろう。


 短剣を手にした國柊くんは琉戯さんと戦いながらも、余裕な様子で口を開く。


「この琉戯兄さんのニセモノ、けっこう強いね。本当にニセモノなの?」

「あれ、この琉戯さん、お札ついてる」


 私が琉戯さんの背中を見て言うと、國柊くんは琉戯さんと間合いをとりながら告げる。


「お札? ということは、これも人形?」

「もしかして、長老が作った人形を改造したのかも」


 ジンくんが言うと、今度は泰くんがニセ琉戯さんに向かって手をかざす。


「なら、これでどうだ」

「うぁあああああ」


 すると、ニセ琉戯さんの足元から火が回って、背中の札が崩れ落ちると同時に、ニセ琉戯さんは消えた。


 國柊くんはやれやれといった感じでため息をつく。

 

「人形ばかりでつまらないな」

「璃空さんはどこにいるのかな?」


 私が何気なく訊ねると、ジンくんが不思議そうな顔をして告げる。


「璃空さんはそこらじゅうにいるよ」

「……ジンくん、どういうこと?」

「確かに、あの女のニオイがそこらじゅうでするよね」


 國柊くんには、ジンくんの言葉の意味がわかるようだった。


 でも私にはわからなくて首を傾げる中、ジンくんは考えるそぶりを見せる。


「でも本人はいないのに」


 すると、今度は泰くんが「もしかして……」と言葉を濁した。


 




 ***






琉戯りゅうぎ、どうして逃げるの?」

「お前があの頃のお前じゃないからだと言ってるだろ」

「私は何も変わらないわ。琉戯と同じように」

「いいや、お前は変わりすぎだ。あんなに優しかったお前が……」


 國柊こくしゅうとおるがニセモノの琉戯を倒した頃、二階では本物の琉戯が璃空といさかいを続けていた。


 そんな二人の側で会話を聞いていた長老は、ふと思い出したように呟く。


「璃空が変わったと言うのなら、わしの力を手に入れたことで、豹変したのかもしれんな。トッケビの力は、人間には少々毒だ」


 だがそんな声も、誰に届くこともなく——璃空は自分の主張を続けた。


「私は琉戯と同じになるために、お師匠様から力をもらったのに……どうしてダメなの?」

「俺と同じだと?」

「そうよ。私も妖怪になれば、あなたと一緒にいられると思ったの」

「ならどうして、今まで姿を現さなかったんだ」

「それは……あなたに相応しい妖怪になるために……」

「本当に嘘ばかりだな。俺は知っているんだ。お前が他の妖怪にそそのかされて、俺の前から消えたこと」

「違うわ。信じて、琉戯」

「ああ、昔の俺なら信じたかもしれない。だが今の俺は、お前を許すことはできない。俺の仲間を殺そうとした女なんて、もう必要ない」

「琉戯……どうしてもわかってくれないのね」

「そうだな。俺を裏切った女をわかりたいとも思わない」

「私は裏切ったなんて、そんな……」

「お前は確かに俺を裏切ったんだ。俺の大切な〝命玉めいぎょく〟を盗みやがって……絶対に許さないからな」


 その言葉を聞いて、誰よりも驚いた学生服の少年が声を上げる。


「なんだって!?」


 琉戯と璃空の諍いはその後もさらに続いた。






 ***






「どうしよう、どこにもないよ……上に行く階段が」


 ニセ琉戯さんを泰くんたちがやっつけてくれたのはいいけど。


 それから上の階に移動しようとしても、上に行く階段が見つからなかった。


「それにだんだんと、暑くない? 空調が壊れてるんじゃ……制服脱ぎたいんだけど」


 私が手で顔を扇ぎながら言うと、泰くんが驚いたように後ずさる。


「あ、アキさん!?」

「アキねえは大胆だね。でも気持ちはわかるよ」

「國柊くん!?」


 私に同調してくれる國柊くんだったけど、私はあることに気づいて思わずぎょっとする。


 だって、國柊くんの顔が……。


「どうしたの? アキ姉」

「その顔……」

「ああ、暑いからマスク取ったんだ」

「もしかして……『SJ』の國柊くん……?」

「バレちゃったら仕方ないね。そうだよ……俺は『SJ』の國柊だよ」

「嘘! ほんとに!? 信じられない……」

「アキ姉、なんでそんなに遠ざかるの?」

「恐れ多くて近くになんて寄れないよ!」


 私が二メートルくらい離れたところにいると、國柊くんは驚いた顔をして私の名を呼んだ。


「アキ姉」

「國柊くんに名前呼ばれた! ヤバい、心臓が壊れそう」

「俺たちが妖狐メグだと知っても動じなかったのに……」

「だってあのSJだよ!? どうしよう、同じ空間で同じ空気吸ってるよ」

「もう、普通にしてよ、アキ姉……ちょっと面白いけど」

「ああ、神様……私はもう死んでもいいかも」


 私が胸で十字を切りながら混乱していると、泰くんが國柊くんをじっと睨みつけるように告げる。


「國柊、アキさんを取らないで」

「兄さんも正体を明かせばいいのに」


 國柊くんはこそこそと小さな声で泰くんに何か言っていたけど——遠くにいる私には断片的にしか聞こえなかった。


 しょうたい? なんの話をしているんだろう?


「槍を取り返したら言うつもりだったんだよ! 俺の覚悟をどうしてくれるんだよ」

「じゃあ、泰兄さんのことは内緒にしてあげるよ」


 國柊くんは泰くんに耳打ちしたあと、私に向かって手を振った。


 その可愛さと言ったら——きっと由宇が見ていたら、発狂するに違いない。


 なんたって、由宇の推しは國柊くんなんだから。


 でも由宇になんて説明すればいいんだろう?

 

 そもそも由宇に言っちゃっていいのかな?


「アキ姉、こっちにおいでよ」

「國柊くん」

「なあに?」

「おお、返事した! 尊いなぁ……」


 今度は手を合わせて拝む私を、ジンくんは複雑そうな顔でじっと見る。


「アキ……」

「もう、琉戯兄さんを探そうよ」


 そんな泰くんの言葉は最もだったけど、今の私はしばらく元に戻れそうになかった。






 ***






「〝命玉めいぎょく〟は琉戯が持っているんじゃないのか?」


 学生服の少年が訊ねると、琉戯はゆっくりとかぶりを振った。


「違う。この女が盗んで逃げたんだ」

「どうしてそのことを言わなかったんだ? 俺たちはてっきりお前が裏切ったのだと」

 

 黒のライダースーツの少年は、琉戯を責めるように告げる。


 琉戯は自分のせいだとばかりにかぶりを振った。


「俺がこの女に宝玉のことを言ったせいだ」

「そうだったのか……琉戯、すまない。一族の宝を盗んだのがお前だと思っていた。だから俺は——」


 赤いジャンバーの少年が謝罪すると、琉戯はそんな彼を睨みつける。


 琉戯が群れを離れたことで同胞たちが混乱したのは間違いなく。


 同胞たちが琉戯を敵視している理由が、一族の宝を奪われたことにあるなら、自分の責任なのだと——琉戯は改めて思った。


「だから、俺のせいだと言っているんだ。あれを取り返して、きっとお前たちに返すから、待ってろ」


 琉戯はそう赤いジャンバーの少年に告げた後、再び璃空と向き合う。


「……で、槍と宝玉はどこだ?」


 すると、璃空はさっきまでの泣き言が嘘のようにカラカラと笑った。


「どちらも大切に保管してるわ」

「言わないなら、探して奪い返すだけだ」

「……琉戯はそんなにあれが大事なの? 私よりも?」

「そうだ」

「許せない……あんなもの、私が壊して——うっ」

「なんだ?」

「なんなの……痛い……痛いわ」

「突然、なんだ?」

「地下にいるあの子たちが……暴れているようね。なんて邪魔なのかしら。だったら……」


 璃空は唇を噛むと、天井に手を掲げる。


 すると次の瞬間、眩い光が二階フロアを包み込み——。


「——わ!」


 何もない空間からアキや泰たちが現れる。


 突然現れた泰たちを見て——琉戯は慌てて彼らに駆け寄る。


「國柊! 泰弦!」

「琉戯兄さん?」


 國柊くんがきょとんと目を丸くする中、璃空さんが声高に告げる。


「みんなまとめて、私が相手してあげるわ」


 周囲の壁がまるで生き物のようにぐにゃぐにゃと動き始めたのを見て、私は思わず顔を歪める。


「……うっ、気持ち悪い」

「アキ、大丈夫?」

「うん、私は大丈夫だよ。三半規管がわりと強いから」


 心配そうにこちらを見るジンくんにそう伝えると、ジンくんは不思議そうな顔をする。


「そういう問題なの?」

「うん、そういう問題なの。それより——」


 私はようやく辿り着いた璃空さんに指をさして告げる。


「璃空さん、お爺ちゃんの槍を返してください!」


 堂々と告げる私を見て、璃空さんは目を丸くしていた。


「あなた……どうしてここにいて平気なの?」

「國柊くんに危害を加えるようなら、私が許しません。SJは私が守りますから!」

「アキさん……強い」


 感心する泰くんの隣で、國柊くんは微妙な顔をする。


「いや、もう人間の域超えてるでしょ」


 けど、そんな外野の反応もおかまいなしに、私は璃空さんにどんどん詰め寄った。


「早く槍を出してください」

「嫌よ……なんであなたの言うことなんて」

「なら、SJを守るファンとして、私はあなたを許しません」

「アキ……危ないよ」


 ジンくんが止めようと口を挟むけど、私は止まらなかった。


「危ないからってSJのファンを辞めるわけにはいかないよ」

「もうアキが何を言ってるのかわからないよ」

「アキさん……」


 呆れるジンくんだけど、泰くんはなぜか感動していた。


 そして私が一歩ずつ前に進むと、璃空さんは一歩ずつ下がった。


「何よこれ……私が気圧されてる?」

「早く返しなさい」

「なに、この威圧感……」


 ぐいぐい詰め寄る私を、璃空さんは恐ろしい顔で見ていた。







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