第24話 ダンジョンビル
「——で、この人形どうするんですか? 札が外せないんだけど」
おじさん人形に対して、私——アキが苦戦していると、
「そうだな。札を燃やすのはどうだ?」
長老が神妙な顔で提案した。
壁のように並んだスーツのおじさん人形たちが、何かする様子はまだなかったけど——動き出す前になんとかしたいよね。
すると、
「人形ごと燃やすのがいいかも」
「人形ごと……やってみるよ」
すると、泰くんの手から竜巻のように渦巻いた火が飛び出して、人形の足元を燃やした。
札と一緒に燃えて、消えてゆく人形たち。
けどその一方で、火に巻き込まれた学ランの男の子たちが逃げ回った。
「おい、あっ、あつっ!」
「ごめん、加減ができなかった」
泰くんが学ランの男の子たちに謝る中、國柊くんは悪い笑みを浮かべて言った。
「おじさん人形に効いてるみたいだね。今のうちに上の階に行こう」
今度はそう提案する國柊くんに、私は訊ねる。
「
「わからないけど、こういうダンジョンものって、上の階にボスがいるんじゃない?」
うーん……國柊くんの言うことはよくわからないけど、璃空さんを〝ボス〟だなんて、まるでゲーム感覚だね。
そんな中、ジンくんが國柊くんに告げる。
「あの人は上の階にいるとは言わなかったよ」
その指摘に、國柊くんも悩むようなそぶりを見せる。
「それはそうだけど……」
すると、いつもおどおどしてハッキリしない泰くんが、珍しく自分の考えを口にした。
「地下にいる可能性は?」
國柊くんといる時は、泰くんってちょっと強気な感じがするんだよね。
年上だからかな?
頼れるお兄さんって感じでちょっとカッコいいかも。
私がそんなことを思っていると、
「じゃあ、二手に分かれる?」
國柊くんが再び提案して、みんなもそれに頷いた。
***
「
元はショッピングモールだったのか、ひび割れたウインドウが等間隔で並ぶその場所もやはり雑草に覆われていて、もう何年も手入れがされていないことがわかった。
ていうか、地下ってこんなに雑草が生えるものだっけ?
まるでこのビルが生きてるみたいだけど……。
「それにしても地下なのに広いよね」
私がぽつりと言うと、
「ビルの地下にしては広すぎるし、どこか別の場所に繋いでいるのかもしれない」
そう泰くんが告げる。
「じゃあ、ここはビルの地下じゃないってこと?」
「たぶん」
「そっか……こんなに広いと、琉戯さん探せるかな」
「ねぇ國柊、琉戯兄さんの気配はする? ニオイは?」
泰くんが話を振ると、國柊くんは困った顔をする。
「わからない。するような、しないような……」
「だよね……おかしいな」
そういえば、泰くんは人間じゃないって言ってたもんね。
仲間の居場所も探せたりできるのかな?
「泰くんたちはニオイで探せるの?」
「うん、そうだよ。一応イヌ科の動物だし」
「そうなんだ?」
泰くんの言葉に感心していると、ジンくんが私の袖を引いた。
「アキ」
「どうしたのジンくん」
「俺の手を握る?」
「え? ジンくんの手を? なんで?」
「この異空間で迷子になると困るから」
「そっか……じゃあ、繋ごうかな」
「アキさん!」
「どうしたの? 泰くん」
「つ、つつつつ繋ぐなら、僕の手をどうぞ!」
「じゃあ、左手は泰くんと繋ごうかな」
「え」
「ん? 何かおかしいこと言った?」
私が目を丸くしてると、國柊が吹き出した。
「アキ
「失礼な! 天然じゃありません」
「でも、いまだに僕らの正体にも気づかないなんて、天然すぎると思うよ」
「気づくはずないよ。泰くんたちが妖狐だなんて」
「そっちじゃないよ。もう一つのほう」
「もう一つ?」
「こ、國柊! だだだだ、ダメだよ!」
「でもこのままだと、ジンくんにアキ姉を取られちゃうよ? 正体を明かせば、兄さんが有利になること間違いないのに」
「そそそそ、そんなこと……」
「ねぇ、なんの話?」
「それに、アキ姉なら僕たちが『SJ』だって言っても、きっと動じないと思うよ?」
「? SJ? SJがどうしたの? 國柊くんも好きなの?」
「そうじゃないよ、実は俺たち——」
國柊くんが最後まで言う前に、泰くんが私と國柊くんの間に入ってくる。
「だだだだだだだだ、ダメだよ!」
なぜか慌てる泰くんの後ろで、國柊くんは口を尖らせてみせる。
「なんでだよ、泰兄さん」
「僕はアキさんに貢がれてる存在なんだよ? 僕が泰弦だってわかったら……アキさん、きっとショックを受けるよ」
「そうかな?」
「そうに決まってるよ! 本物が実はぼぼぼ、僕みたいなやつだとわかったら、ガッカリするに決まってる」
「兄さんはちょっと考えすぎだと思うよ」
「とにかく、ダメなものはダメだよ!」
「ねぇ、泰くん」
「どうしたの?」
「あれ? 琉戯さんじゃない?」
「え?」
國柊くんと泰くんが言い争う傍ら、私は曲がり角で人影を見つけて指をさす。
そこには、黒いジャージを着た琉戯さんの姿があった。
泰くんが目を白黒させる中、
「ほんとだ? 琉戯兄さん!」
國柊くんが手を振ると、琉戯さんはこちらにやってくる。
「おお、お前たち……」
「兄さん、大丈夫? どうしてこんなところに?」
國柊くんが笑顔で訊ねると、琉戯さんは腕を組んで告げる。
「あの女から逃げて来たんだが……どうやら迷子になってしまったみたいだ」
「琉戯兄さんは方向音痴だよね」
國柊くんの言葉に、琉戯さんは無言だった。
琉戯さんってこんな寡黙な人だったっけ?
なんて思っていると、泰くんが話を進めた。
「とにかく、琉戯兄さんも見つかったことだし、長老たちと合流しないと」
上の階への階段を探そうと、泰くんが周囲を見回す中、
琉戯さんを食い入るように見つめるジンくん。
「どうしたの? ジンくん」
訊ねると、ジンくんはゆっくりと
「この人……琉戯さんじゃないよ」
「え?」
「何を言ってるんだ? 俺は琉戯だぞ」
「そうだよ。どう見たって琉戯兄さんだろ?」
國柊くんは訝しげな目をジンくんに向けるけど、ジンくんも譲らなかった。
「ううん……この気配は、妖怪のものじゃないよ」
「アキならわかるよね?」
「……うん。なんとなくだけど、琉戯さんじゃない気がする」
「アキさんまで!? どういうこと?」
泰くんが驚く隣で、國柊くんは困惑気味に告げる。
「どう見たって琉戯兄さんなのに……どこが違うの? この世の中に、琉戯兄さんが二人もいるはずないし——」
「あぶない! 國柊くん」
「え?」
キラリと光った琉戯さんの手元に、気づいた頃にはもう遅かった。
***
アキたちが琉戯を見つけた頃、泰の同胞たちと長老は、ビルの二階を彷徨っていた。
「ここは……二階だよな?」
赤いジャンバーの少年の言葉に、長老も頷く。
「ビルの二階とは思えない場所だな……うむ、どこか別の空間に繋いでいるのだろう」
オフィスのような部屋が続く二階も、荒れたものだった。
ガラスは割れ、伸び切った草がそこらじゅうに絡みついて足場が悪く、璃空を探すのも一苦労だった。
そんな中、黒い学生服を纏った少年が長老に訊ねる。
「あんたは……どうして俺たちについてきたんだ? 見張りか?」
「見張り? なんのことだ?」
「琉戯を見つけても手出ししないよう、見張るつもりなんじゃないのか?」
「わしは琉戯という者を知らんし、興味もない。ただ、あの女はこちらにいると思っただけだ」
「……お前は……あの女とは、どういう関係なんだ?」
「あいつはわしの元弟子だ。あいつに奪われた名前と力を取り戻すために探しているだけだ」
「あいつの——トッケビの力はお前のものなのか?」
「左様だ」
「人間に力を奪われるトッケビなんて、情けないな」
「ああ、情けない。弟子に甘すぎた。お前たちこそ、琉戯とやらを見つけたら、どうするつもりなんだ? 復讐なら放っておいてもあの女がするだろう?」
「俺は……俺の手で復讐したいんだ」
「ふおっふおっふおっ」
「なんだよ」
「まるで母親に捨てられた子のようだな」
「なんだと?」
「本当は復讐など望んでいないだろう」
「どういう意味だ」
「言葉のままだ。本当に恨んでいるなら、
「そんなことはない! 俺はあいつに復讐しないと気が済まないんだ」
「違うだろう……わしの同行を許可したということは、止めてほしいからじゃないのか? 情けないのう。琉戯を殺さない理由がないとダメか?」
「勝手なことを言うな」
「ああ、勝手だ。わしは他人だからな。勝手なことを言うものだ」
「……」
「仕方ないやつらだな。琉戯を見つけたら、わしが復讐を止めてやろう」
「余計なことをするな」
「アキ殿を救い——槍で人を殺させなかった礼だ」
「何をバカなことを……俺は、この手で琉戯を殺すんだ」
その時だった。
「……わかった」
どこからともなく聞こえたその言葉に、長老や学生服の少年たちがいっせいに振り返る。
気づくと、すぐ側に琉戯の姿があった。
「お前たちになら、殺されてもいい」
その大人しい様子を見て、黒いライダースーツの少年が大きく見開く。
「琉戯、どうしてここに……?」
「あの女から逃げてきたんだ。まさかお前たちに会うとはな」
その言葉に、少年たちは黙り込む。
琉戯は続けた。
「どうしても俺のことが憎いというなら、俺はお前たちの手にかかってもいいんだ。その代わり、國柊や泰弦のことは許してやってくれ」
「こらこら。琉戯とやら、やめておけ。こやつらが困るだけだ」
長老が口を挟むと、琉戯は目を丸くする。
「あんたは……?」
「この空間を支配している女……璃空を探す者だ」
「あの女は璃空なんて名前じゃない」
「知っている。わしの名前を奪って人間を捨てたんだ」
「あんたは、あいつのどういう知り合いなんだ?」
「わしはあいつがかつて人間だった時の師匠だ」
「師匠?」
「それより、お前たちは今すぐ仲直りしたほうがいいぞ」
「なんで俺たちが……」
長老の提案に、学生服の少年たちが狼狽える中——
「璃空に見つかったからな」
長老は廊下のまっすぐ先にいる璃空を扇子で示した。
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