第23話 敵地へ
工事現場で
「……それで、
行方不明のリュウギさんは、同胞の男の子たちが連れ去ったと睨んだらしい。
「國柊、この人たちがそんな簡単に教えてくれるわけ……」
泰くんは國柊くんの肩を押さえるけど、意外にも学ランの男の子は素直に口を開いた。
「……あの女が隠してる」
「え?」
目を瞬かせる國柊くん。
泰くんは学ランの男の子に訊ねる。
「あの女って?」
「ああ、
璃空さんが学ランの男の子たちと一緒にいたところを見かけたから、彼らが知り合いなのはわかったけど……まさかリュウギさんを連れ去ったのが、璃空さんだったなんて。
術師の璃空さんとリュウギさんはどういう繋がりなんだろう?
なんて思っていると、國柊くんがさらに訊ねた。
「そのリクウって人が、どうして琉戯兄さんを……?」
「おそらく、あいつは琉戯とかつて一緒にいた女だ」
学ランの男の子の代わりに、ライダースーツの男の子が答えると、國柊くんは信じられないといった顔で
「は? そんなわけないだろ……琉戯兄さんがそばに置いていた女の人は、人間だったはずだし」
「あの女は元人間だ」
「……嘘だろ……? 琉戯兄さんを裏切っておいて、今さらなんだよ」
「あの女は、琉戯に未練があるんだ」
学ランの男の子が告げると、側にいた赤いジャンバーの男の子が責めるように口を挟む。
「おい、どうして喋るんだ」
「黙っていたところで、すぐにバレることだ」
「だからって……」
「こいつが助けられた以上……借りを作りたくないんだ」
学ランの男の子が言うと、赤ジャンの男の子は黙り込む。
すると、今度は泰くんが訊ねる。
「それで。その人は、どうして琉戯兄さんをわざわざ
学ランの男の子は俯いて重い息を吐いた。
「未練がある反面、琉戯のことを殺したいほど憎んでいるらしい。……あの女は——槍を盗む協力さえすれば、復讐の手伝いをしてくれると言ったんだ」
学ランの男の子が苦々しい顔で告げるのを見て、これまで黙っていたジンくんも口を開く。
「それで、槍を盗むためにあなたたちがメイを操ったの?」
ジンくんの言葉に、私や泰くんはぎょっとする。
メイさんを操った? どういうことだろう。
さっきから彼らの話はよくわからないけど、槍を盗んだのが璃空さんと学ランの子たちだということはわかった。
学ランの子は怪訝な顔をしていた。
「メイとは誰だ?」
「
ジンくんがいつになく鋭い口調で問いつめると、赤ジャンの男の子は動揺したように答える。
「それは違う。
そういえば、璃空さんとは、
あの時すでにメイさんは術をかけられていたってこと?
私がよくわからないながらも懸命に考えていると、國柊くんは思い立ったように身を
「……とにかく、早くそのリクウって人と琉戯兄さんを見つけないと」
國柊くんが言うと、
「そうだね……既に遅いかもしれないけど」
その泰くんの言葉に、和室はしんと静まり返った。
***
「琉戯……私の琉戯」
琉戯の首に手を回したのは、長い髪を一つに結えた美しい女——璃空だった。
だが、女がいくらその名を囁いても、琉戯は憮然とした顔をする。
「……」
暗い部屋だった。
ベッド以外何もない部屋に、鎖で繋がれた琉戯は動くことができず——璃空に寄られても嫌な顔をするしかなかった。
「この槍があれば、私たちは永遠に一緒よ」
「お前が……どうして?」
「あなたと永遠に生きることが出来ないなら……出来ることは一つしかないわ」
「俺は死ぬのか?」
「ええ」
「そうか」
「あなたは死ぬことが怖くないの?」
「そうだな……俺は長く生きすぎたんだ」
「……そう、なら一緒に死んでちょうだい」
「だがその前にあいつらに別れの挨拶をしておきたい」
「なんですって?」
「いいだろ、挨拶くらい」
「……そうね。これが最後ですもの。挨拶くらいさせてあげるわ」
「お前は……」
「なあに? 琉戯」
「いいや、なんでもない」
「琉戯……」
璃空の口付けを受ける琉戯の目が、諦めない光を宿していることを、彼女は気づいてはいなかった。
***
「それで、琉戯さんの居場所はわかったの?」
学ランの男の子たちが長老の屋敷を去った後、私は
璃空さんがどうして槍を盗んだのかとか、知りたいことは山ほどあったけど、今はそうも言ってる場合じゃないもんね。
「ああ、さっき仲間たちが教えてくれたんだ」
「そっか」
「でもここからは、僕たちの問題だから……アキさんは帰ったほうがいいよ」
「どうして?」
「琉戯兄さんを
「それを言うなら、泰くんだってそうでしょ?」
「ぼ、ぼくは大丈夫だよ」
「どうして? 泰くんだって危険なのは同じでしょ?」
「そんなことないよ。ぼぼぼ、僕は強いから」
「いくら泰くんが強くても、相手は
「……本当に、大丈夫なんだ」
「?」
「だって僕は……
「メグ?」
「……そうだよ。実は僕、韓国から来た……三百年以上生きる狐の妖怪なんだ」
泰くんが何を言ってるのか、理解するまでに少し時間がかかったけど——
「へぇ、そうなんだ」
とりあえず、そう返事した。
「そ、そうなんだって……アキさん」
「すごいね! 私の周りは、こんなに不思議で溢れてるんだ」
「アキさん……は、僕のこと……」
「うん」
「嫌いになったりしないで」
「当たり前だよ。だって、泰くんだよ? 私の大事な友達だよ」
「あの、アキさん」
「どうしたの?」
「うん……あのね、もう一つアキさんに言わなきゃいけないことがあるんだ」
「なあに?」
「それはね、琉戯兄さんを無事に救出したら言うよ」
「わかった。待ってるね」
「うん」
私が頷く中、ジンくんは黙ったまま泰くんのことをじっと見つめていた。
***
「本当にこの建物なの?」
繁華街の裏通りにある寂しい街並み。
中でもひときわ廃れたテナントビルの前に、私や泰くんたちは来ていた。
「ああ、一棟丸ごと買い取って生活しているんだ」
黒いライダースーツの男の子が言うと、國柊くんは訊ねる。
「それで、どうしてあんたたちまで……ここに?」
「俺の仲間に手を出したんだ。相応の礼は必要だろう?」
学ランの男の子が、槍で傷を負ったことを悔しく思っているらしい。
黒いライダースーツの男の子は、璃空さんに仕返しをする気満々のようだった。
そんな仲間たちを見て、心強そうな顔をする國柊くんだったけど——そんな中、長老さんが私を見て変な顔をする。
「それはそうと……なんでお前さんまでいるんだ」
「え? なんで?」
「普通の人間には危険だと言っただろう? 一度槍の餌食になりかけたくせに……なぜお前さんまでいるんだ?」
「私、悪運だけは強いから、応援要員でどうかと思って」
「応援要員などいらん」
「アキさんはメンタル最強だよね」
泰くんがキラキラした目を私に向ける隣で、國柊くんが冷やかすように口笛を吹く。
「豆腐メンタルの泰兄さんとお似合いじゃない?」
「な、なななな、なにを……」
なぜか焦り始める泰くん。
その傍らで、ジンくんが私の袖を引いた。
「アキ」
「どうしたの? ジンくん」
「俺との約束、覚えてる?」
「え? 約束? なんのこと?」
「覚えてないの?」
「うん。どんな約束?」
「それは、アキが思い出さなくちゃいけないんだ」
「ふうん」
「でもきっと、アキなら思い出してくれると信じてるからね」
ジンくんの言葉を聞いて、私が不思議な気持ちでいる中、
「あれ、宣戦布告ですかね」
私とジンくんのやりとりを見ていた國柊くんが長老に話しかける。
すると、長老は扇子で仰ぎながら告げる。
「そうだな。泰と仲が良いのを見て、
「やっぱりそうですよね。長老はどっちとくっつくと思いますか?」
「甚外は小さいからな……あれの時は困るだろう」
「なるほど。大人の付き合いをするなら、泰兄さんに分があると。でも泰兄さんも恋愛経験ほぼないので、似たようなものかもしれません」
「なんと! 数百年生きて、恋愛の一つも知らんとは!」
騒がしい長老と國柊くんを見て、私が目を丸くする中、
「そこ、うるさいんだけど」
泰くんはちょっと怒った顔をしていた。
***
それから璃空さんがいるというテナントビルの中に、挨拶もなく入った私たちだけど——中はそこらじゅうヒビ割れていて、カビ臭い受付カウンターの前にたくさん並んだ椅子の間は、草が生い茂っていた。
案内板を見ると、一階は元病院なのかな?
無機質な部屋が等間隔に並んでいた。
「なんか、荒れてますね。外観よりもずっと広いし」
國柊くんが言うと、泰くんも頷く。
「なんか妙に暖かいね」
「もしかしてここは……」
長老が何か言いかけた、その時だった。
グレーのスーツを着たおじさん人形が再び現れる。
人の姿をした人形は、数十体ほど壁のような形で、私たちの前に立ちはだかった。
「これはわしの呪術人形? どうして」
長老が目を丸くしていると、学ランの男の子が口惜しそうに告げる。
「あいつ、俺たちが買い取った人形を……」
「だがまあ、この人形には弱点があるから、札さえとれば……」
長老は悠長にそう言うけど……。
「あの、長老さん」
「なんだ? アキ殿」
「この人形のお札、取れないんですけど」
「なんだと!?」
人形のお札は、いくら引っ張っても取れなかった。
「それに、俺たちが買い取った以上の数が……どういうことだ?」
学ランの男の子が焦ったように言う中、ふいにビルの中にざらざらとしたノイズと共に女の人の声が響いた。
『ふふふ。よく来たわね』
「この声……璃空さん?」
皆がいっせいに見上げると、天井のスピーカーは続けて言葉を吐いた。
『ここに足を踏み入れたら最後、あなたたちはきっと生きて帰れないわよ』
けど、國柊くんは自信たっぷりに告げる。
「ふん。何を言うかと思えば……トッケビだかなんだか知らないけど、
『そうね……私のところまで来られたら、槍は返してあげてもいいわ』
「悪いけど、俺は本気でいくから。泣いたって許してあげないから」
國柊くんの好戦的な言葉に、璃空さんはカラカラと笑った。
『ふふ、威勢がいいのは今のうちね』
「アキさん、僕から離れないで」
「うん」
無意識だろうか。
手を繋いできた泰くんの手を、私もぎゅっと握り返していた。
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