第16話 人外の槍



「それで、これからどうするの? アキ」


 ジンくんは心配そうな顔をして、私——アキに訊ねてくる。


 以前ジンくんを誘拐したお爺ちゃんに、使用人メイさんの捜索をお願いされた私たちだけど。


 残念ながら私には自慢できるような特技もないので、情報を集めることくらいしか思いつかなかった。


「そうだね……とりあえずメイさんのルーティンを追ってみようかな……あ、いいところにナディアさんが!」


 赤い絨毯が敷かれた、御剣家みつるぎけの廊下を歩いていると、メイさんそっくりな姉のナディアさんに遭遇した。


 エプロンドレスを着たナディアさんは、私やジンくんを見るなり人の良さそうな笑みを浮かべた。


「おや、アキちゃんじゃないか。どうして屋敷ここに? また旦那様に連れて来られたとは言わないだろうね?」

「確かにお爺ちゃんに連れて来られたけど、今回は誘拐とかそういうんじゃないです。実は、メイさんの失踪の話を聞いて……私もお手伝いすることに」

「ああ、そうなのかい。一人でも多くの人に探してもらえるとありがたいよ」

「それで、メイさんのことですが」

「なんだい? なんでも聞いておくれ」

「もう色んな人から聞かれたと思いますが、最近変わったことってなかったですか?」

「そうだね……とくに変わったことはなかったと思うけど……」


 それから私は、メイさんと同じ仕事をしているという、ナディアさんの一日に密着してみることにした。




「——次は何をすればいいですか?」


 白いベッドシーツを外に干し終えると、私はナディアさんに訊ねる。


 すると、ナディアさんは少しやつれた顔で笑顔を作る。


「メイがいない分、人手が足りてなかったから、アキちゃんが手伝ってくれると助かるよ」

「この広いお屋敷に、ナディアさんとメイさんしかいないって大変ですね」

「そうなんだよ。人を増やしてほしいと旦那様に頼んではいるもの、情報漏洩がどうのとか言って、なかなか首を縦に振ってはくれないんだよ」

「じゃあ、実はメイさん、仕事に疲れてお爺さんに愛想を尽かしたとか?」

「そんな簡単な話ならいいけど、あの子は責任感の強い子だからね……」

「そうですか」


 考え込む私の傍ら、今度はジンくんが口を開く。


「ねぇ、ナディア」

「どうしたんだい?」

「ジンくん、呼び捨てはダメだよ」


 ジンくんのお姉さんとして私が注意するもの、ジンくんはそんな私をスルーして続けた。

 

「あの人形はどうやって仕入れてるの?」

「あの人形かい?」

「お爺さんはボディガードって言ってたけど」

「ああ、お札のついたあれかい?」

「うん」

「なに? なんの話?」

 

 一人だけ置いてけぼり状態で目を白黒させていると、ナディアさんが悪い笑みを浮かべる。


「良かったら、倉庫を見るかい?」

「え? 倉庫?」


 それから私とジンくんは、ナディアさんに連れられてお屋敷の地下へと足を踏み入れた。


 赤い絨毯が敷かれたお屋敷の地下は、なんだか不気味な雰囲気がして、気後れする中——。


「あんたの言ってる人形っていうのはこれのことかい?」


 ナディアさんが通してくれた部屋には、グレーのスーツを着たおじさんの人形がたくさん置かれていた。


「この間、國柊くんと俺をさらった人たちが使ってた人形だよね。こんなにたくさん……お爺ちゃんが集めてるの?」

「いいや、これは予備の人形さ。ボディガードがやられたらここから補充するんだよ」


 ナディアさんは人形のことを〝ボディガード〟だと言った。


 お屋敷じゅうに配置されているらしい。


 ジンくんはさらに訊ねる。


「こんな呪力の強い人形でも、やられることがあるの?」

「相手が人外ならね」

「人外?」

「ああ、何年か前の話だけど、旦那様のコレクションを狙って侵入してきた人外がいてね。その時に人形をたくさん失ってしまったんだよ」

「コレクションって何?」

「ちょっとした槍さ。どんなに強い人外も一突きで死に至らしめる槍だよ」

「じゃあ、槍は奪われたんですか?」


 今度は私が訊ねると、ナディアさんはなんでも教えてくれた。


「いいや。その時はとっさに旦那様が槍を隠したんだ。だがそれ以来、旦那様は用心深くなってね……」

「お爺ちゃんが俺をさらった理由がわかった気がする」


 珍しくジンくんが真面目に考え込む様子を見て、私は目を丸くする。


「え?」

「俺が憑いた家は、何人なんびとも侵せないんだ」

「どういうこと?」

「つまり、俺がいる限り、アキの家には誰も侵入できないってこと」

「そうなんだ?」

「うん。俺が許した人じゃないとアキの家には入れないんだよ」

「ジンくんは最強のホームセキュリティなんだね……で、さっきの話だけど、今回もその人外の仕業じゃないんですか?」


 再びナディアさんに話を振ると、ナディアさんは頷いた。


「そうだね。その可能性を思って、アキちゃんを呼んだのかもしれないね」

「人外には人外をってことかな? うちのジンくんをあてにしてるんだ?」

「そうだろうね」

「まあ、いいや。これも推し活のため! ジンくん、今日からここに泊まるよ」

「え? ここに泊まるの?」

「うん。さっきお爺ちゃんに泊まってもいいか訊ねたら、大丈夫だって言ってたよ」

「おやおや、大丈夫なのかい? 親御さんの許可はとってあるのかい?」

「ううん。これからお兄ちゃんに言う予定」

「アキちゃんは……不思議な子だね。こんな何が出るかわからない屋敷で、怖くないのかい?」

「ナディアさんやメイさんが暮らしているくらいだから、怖いなんて思いません。それに、誰よりも早く犯人を見つけなきゃいけないし」

「アキは推しのためならなんでもするんだね」

 

 白い目を向けるジンくんを、私は見ないふりして告げる。

 

「そんなのわかりきったことだよ」

「でもたもるはダメって言うと思うよ」

「そんなことないよ」


 私は断言するけれど——。


『——ダメだ』


 スマホから聞こえたのは、お兄ちゃんの厳しい言葉だった。


「なんでよ、たもるお兄ちゃんのケチ!」

『バイトでよその家に泊まるなんて……ダメに決まってるだろ』

「でもバイトしてもいいって言ったのはお兄ちゃんじゃん」

『バイトの種類にもよるだろ……なんでまた、そんな変なバイトを……』

「変じゃないし、探偵みたいなものだよ」

『何が探偵だよ。失くし物を探すのが苦手なくせして』

「じゃあさ、由宇と一緒ならいい?」

『由宇ちゃんを巻き込むんじゃない』

「でもきっと、由宇も喜ぶと思うよ」

『とにかく! もう遅いから、ジンくんを連れて帰ってきなさい』

「……はーい」


 力なく返事をした私は、しぶしぶ通話を切る。


「お兄ちゃんにダメだって言われちゃった……」

たもるならそういうと思ったよ。アキは帰ったほうがいい」

「ジンくんまで……」

「俺は早くアキの家に帰りたい」

「こんなお化けが出そうなお屋敷、楽しそうだったのに」

「俺はこの家キライ」

「なんで? 監禁されたから?」

「怖いものばかり置いてるから」

「怖いもの?」

「……槍とか」

「例の槍?」

「うん。人外だったら、触れるのも嫌だと思う」

「その槍はどこにあるのかわかる?」

「アキ……どうするつもり?」

「見てみたいじゃん。人外が盗もうとした槍って」

「勝手に見ていいの?」

「お爺さんには許可をとってあるよ。どこでも好きに出入りしていいって」

「……」



 それからジンくんはちょっと嫌そうだったけど、槍のある場所まで案内してくれた。




「……あの人形が持ってるのが例の槍?」

「うん、そうだよ」


 やってきたのは、ダンスホールのような広い部屋だった。


 豪華な飾り付けとは裏腹に、槍が飾ってある以外何もないのが不気味だった。


 と言っても、槍の周りには例のボディーガードが沢山設置されてるけど……。


「にしても、この人形の顔……どこかで見たような……」

「アキって人の顔とか覚えられないよね」

「興味のないものを記憶する意味ある?」

「覚えておいた方がいいこともあるよ」

「あ! そっか。これって泰くんの仲間とかいう人たちが、ジンくんを動けなくした人形だ! 私がお札を剥がしたら消えたんだっけ」

「だからさっきそう言ったのに……」






 ***






「ただいま」

「おかえり」

「あ、南お兄ちゃんが珍しくいる!」


 リビングのソファで寛ぐ我が家のイケメンを見て私が驚いていると、南お兄ちゃんは訝しげな目をして言った。


「そんなことより、たもる兄さんから聞いたぞ。お前、バイトで探偵ごっこをしてるんだって?」

「うん。面白いよ」

「誰に頼まれたかは知らないが、迷惑はかけるなよ」

「南お兄ちゃんまで! 私ってそんなに信用ないかな?」

「変な事件にだけは巻き込まれるんじゃないぞ」

「もう、大丈夫だって! 失踪したメイさんの足跡をたどってるだけだし」

「失踪?」

「うん、知り合いのお爺ちゃんのメイドさんが行方不明なんだって」

「ほう。それでその爺さんは、なんでお前に依頼したんだ?」

「ジンくんがお世話になったことがあって……その繋がりで」

「ふうん。そんなことは警察に任せればいいだろう」

「それで解決するなら、私たちは呼ばれないと思う」

「お前たちなら解決できるとでも?」

「わかんないけど。でもジンくんもいるし……」

「とにかく、気をつけろよ」

「それより、賜お兄ちゃんは?」

「ああ、仕事の打ち合わせがあって出かけたみたいだ」

「ふうん。こんな時間に?」

「急ぎの仕事だと」

「そっか……」






 ***






 アキが老人の家から帰宅した頃。


 長兄の賜は自宅から五キロほど離れた高台の、古い日本家屋を訪ねていた。


「こんばんは」

「おお、久しいな……たもる


 数寄屋門すきやもんをくぐるなり、玄関先に姿を現した狩衣かりぎぬの青年に、賜は笑うでもなく頭を下げて見せた。







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