第15話 全ては推し活のために


 5月の某日。

 

 テレビ出演を控えた人気アイドルの楽屋では、とある茶番が繰り広げられていた。


「アキさん、今日は奢らせてくれてありがとう」


 今をときめくアイドルグループ、サイレント・ジョーカーのメンバー、泰弦たいげんこと小金川泰こがねがわ とおるは、普段のおどおどした姿からは想像もつかない凛々しさで告げた。


 すると、同じメンバーの國柊こくしゅうが、身をくねらせてあざとく返す。


「何言ってるの? 奢ってもらった私のほうがありがとうだよっ」


 メンバーの中でも可愛い系である國柊こくしゅうは、さらに上目遣いで告げる。


「でもご飯食べて解散なんて寂しいな」


 その変化球に、泰はひたすら慌てた。


「え、ええ!? じゃあ、カラオケにでも……」


「ストップ、泰弦たいげん兄さん。ここからはもっとロマンチックな場所に誘導しないと」


 素に戻った國柊こくしゅうが指摘すると、とおるはしどろもどろ答える。


「ろ、ロマンチックな場所? じゃあ、学校の屋上とか?」


「なんで食事のあとに学校なんだよ」


「で、でも……他に思いつかないし」


 悩むとおるに、國柊こくしゅうが呆れた顔をする中、ヘッドホンをつけてイメージトレーニングをしていた琉戯りゅうぎが、何事かと目を向ける。


「お前たち、何をやってるんだ?」


 相変わらず眠そうに見える琉戯りゅうぎが訊ねると、國柊は悪い笑みを浮かべる。


「もちろん、アキねえをモノにする作戦だよ」


「こ、國柊! モノにするって言い方はちょっと……」

 

 そうたしなめる泰だが、琉戯は興味なさそうに


「そうか。まあ、頑張れよ」


 とだけ告げて、再びヘッドホンで耳を塞いだ。


 いつもならば、アキや人外に関して釘を刺す琉戯だったが、珍しくそっけない様子に泰は違和感を覚える。


 すると、同じことを思ったらしく、國柊も泰に耳打ちする。


「ねぇ、琉戯兄さんおかしくない?」


「え?」


「いつもだったら、アキちゃんにこれ以上関わるなとか、裏切られて辛い目をするのはお前だとか言ってたのに……」


「琉戯兄さん……アキさんのことわかってくれたのかな」


「うーん……なんだかこれから泰弦兄さんが大変なことになる気がする」


「どういう意味?」


「琉戯兄さんがライバルになったりして」


「え? それはないと思うよ。琉戯兄さん、基本は人間嫌いだし」


「でも……アキ姉って不思議な魅力があるよね」


「國柊こそ、アキさんのこと好きにならないでよ」


「心配しなくて大丈夫だよ。アキ姉と友達になりたいとは思っても、恋人にしたいとは思わないから……なんか怖いし」


「失礼な。アキさんのどこが怖いんだよ!」


「俺を封印した札を一瞬で剥がすし……本当に人間なの?」


「アキさんは人間に決まってるだろ。ちょっと呪術に対しての耐性が強いだけだと思う」


「呪術に対しての耐性ね……」


「それより、仲間たちがまた現れたら……琉戯兄さんはどうするつもりだろう」


 数日前、同胞に襲撃され、突如として戦闘する羽目になった泰たち。


 アキを巻き込んでの戦闘は大変なものだった。


 甚外じんとがいなければ、泥沼の争いになったに違いない。


 争いを招いたのは、泰たち自身と言ってもいいのだが……。


 琉戯の誘いで群れを出た泰は、同胞を裏切ったつもりは毛頭なかった。


 ただ琉戯の独断で縄張りから離れたのは、確かに裏切りと取られてもおかしくはないだろう。


 軽い気持ちでついてきた泰としては、同胞を刺激するつもりはなかったのだが。


 そして同じく、琉戯についてきた國柊は、仕方ないとばかりにため息を吐く。


「そりゃ、俺たちは裏切り者のレッテル貼られてるし、また攻撃をしかけてくるだろうから、こっちも応戦するしかないでしょ」


「……戦いたくないな」


「戦わなきゃ、こっちがやられるよ」


「でも」


「泰弦兄さんの優しいところはいいと思うけど、足をすくわれないようにね」


「……」




 ***




「ただいま」


 今日は早い時間に学校から帰宅した私——アキだけど、いつも真っ先に出迎えるジンくんが、なぜか現れなかった。


「おかえり、アキ」


「あれ? ジンくんは?」


 リビングに入ると、エプロン姿の賜お兄ちゃんがいつものようにキッチンで調理していた。


 賜お兄ちゃんはカウンターから頭を覗かせて告げる。


「用事があるからって、出かけたけど」


「用事?」


「詳しくは知らないけど、以前お世話になった人に挨拶するとか……あんな小さいのに、ジンくんはしっかりしてるね」


「お世話になった人って……長老のことかな?」



 

 ***




「こんにちは、長老」


 アキの住むマンションから五キロほど離れた高台の日本家屋。


 三百坪はある敷地の、開きっぱなしの数奇屋門すきやもんから勝手に中に入った甚外だが、家主の青年は咎めることもなく、のんびりした口調で迎えた。


「おお、珍しい客だな。元気にしていたか?」


 長老が奥の和室へと案内すると、甚外は慣れた様子で掘りごたつに足を入れた。


「うん。元気だよ。今は小学校にも通ってるんだ」


「そうか。今回は良いあるじに会えたんだな」


「アキは良い主じゃないよ、アキはアキだ」


「よくわからんが、上手くいっているようなら良かった」


「それより、長老に聞きたいことがあるんだ」


「なんだ?」


「あれの期限って、いつまでなの?」


 向かいに座った長老は、〝あれ〟と言われて、少し悩むそぶりを見せる。


「あれの期限? ――ああ、あれの期限か……それは」


「それは?」


「わしにもわからん」


「……期限があるって言ったのは長老の方だよ? なんで知らないの?」


「前例がないわけではないが、なにぶん昔のことだからな」


「じゃあ、人間になった座敷わらしは、その後どうしてるの? 人間の寿命をまっとうしたの?」


「さあな。出ていったやつのことは、わしにもわからん。ただ一つ言えることは、本当に人間になったかどうかもわからないということだ」


「それを前例とは言わないよ」


「ああ、人間になったと、本人が言っていただけだ。それに……」


「それに?」


「いや、なんでもない」


「気になるよ」


「ここで暗いことを言えば、お前の意欲も下がるだろう」


「いまさらだね」


「なんだ、言うようになったな……アキ殿の影響か?」


「アキのおかげでたくさんのことが学べたよ」


「ほう、たとえば」


「推し活中は鬼になるから、見ちゃいけないんだよ」


「アキ殿が鬼に?」


「そうだよ」


「なかなか今回のあるじは面白いな」


「だから、アキは主じゃないよ」


 と、その時。


 どこからともなく振動音が聞こえた。


 長老は狩衣かりぎぬの懐からスマートフォンを取り出すと、甚外に告げる。


「……悪いが甚外、今日は所用があってな」


「わかった。また経過を報告に来るよ」


「ああ、いつでも来ればいい」




 ***




『——おい、そちらで人形を譲ってもらった者だが』


 若い声だった。


 長老は外にある蔵に移動しながら客の情報を頭の中で整理すると、素早く口を開く。


「人形はお役に立てましたかな?」


『それが、人間に札を破かれて全て消えてしまったんだ』


「なんと! それは面妖な」


『ああ。だからもう二十体ほど譲ってほしい』


「かしこまりました。さらに呪術で強化した人形をお譲りしましょう」


『たのむ——』


 ——プツリ、と通話が切れたスマートフォンを、長老は眺めながら呟く。


「おかしいな、人間は触れることもできないはずだが……?」


 その傍らには、グレーのスーツをまとった男の人形が所狭しと置かれていた。




 ***




「おい、坊主」


 夕暮れ時の歩道橋。


 ジンくんと一緒に私、アキが下校していると、ふいに見たことのある老人に声をかけられる。


 老人は、ジンくんをさらった地元の名士だった。


「あ、あなた、あの時の! 何しに来たんですか? もうジンくんは渡しませんからね!」


 私がジンくんの前に出ると、私より背の低い老人は申し訳なさそうに頭を下げる。


「この間は済まないことをした。人間じゃなくても、誘拐はよくないと使用人にさんざん説教をされた」


 お爺ちゃんはそう言うけど、なんだか信じられなくて、私は警戒を解くことができなかった。


「もうあんなことはしないでくださいね!」


 と言って、去ろうとしたその時——。


「ああ、もうしない。だから頼む、お前たちの力を貸してほしい」


「私?」


 何度も頭を下げる老人を見て、私とジンくんは顔を見合わせた。




「——それで、力を貸してほしいだなんて……いったい何があったんですか?」


 お爺ちゃん——御剣みつるぎさんの住む洋館に移動した私たちは、ソファでお茶を飲みながら訊ねる。


 あんなに溌剌としていたお爺ちゃんが、どこかやつれているように見えた。


「実は……うちのメイがいなくなったんだ」


「メイさん?」


「双子の使用人の片割れだ」


「……ああ、あの時の」


 ジンくんがさらわれた時、誘拐はダメだって言って逃してくれた人だよね。

 

 私が思い出して頷いていると、お爺ちゃんは話を続けた。


「使用人といっても、わしの孫のようなものだが……忽然と姿を消して、足跡さえ掴めないんだ」


「警察には?」


「警察など、あてにならん」


「どうして?」


「いなくなったのはメイだけじゃない。わしの友人たちの使用人も次々と姿を消しているんだ」


「ストとか?」


「これでも使用人には十分な給料と休みを渡しているつもりだ」


「仕事がイヤで逃げたとか?」


「メイは家事が好きだと言っていたからな。それもないだろう」


「使用人の失踪事件かぁ……私にはどうすることもできないなぁ」


 私は正直に告げるけど、お爺ちゃんは驚いた顔をする。


「だが、結界を破るだけの力があるのだろう? それなりの力をもった術師と見受けるが」


「は? じゅつし? 違います! 私はこれでも普通の女子高生です」


「そう……なのか? 座敷わらしを従えているのに?」


「だから! ジンくんは家族です。従えているわけじゃありません」


「そうか……残念だ。それなりの報酬を用意していたのだが」


「え? 報酬?」


「ああ。しばらくは遊んで暮らせるだけの額だ」


「やります! 私頑張ってメイさんを見つけます!」


「アキ!?」


 即答する私を見て、ジンくんがぎょっとした顔をする。


 その時の私は、完全に下心に支配されていた。


「来月、推しの写真集とDVDが出るんだよね」


「また推し活?」


 呆れた目を向けるジンくんだけど、お爺ちゃんは嬉しそうな顔をしていた。


「おお、そう言ってくれるとこちらも心強い」


「それでひとつ確認ですが……他にもお願いしてる人がいるんですよね?」


「ああ。その道のプロにもお願いはしている」


「じゃあ、早く探さなきゃ……推しのために」


「アキ……」


 

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