第14話 触れたい
「お前たち、どこのコンビニに行ってたんだ?」
私、アキとジンくんが帰宅した頃には、もう夜の十一時を過ぎていた。
予想はしていたけど……。
「ごめんなさい。知り合いに会って、立ち話しちゃった」
「知り合いって誰だよ。立ち話に三時間もかかるのか?」
「……泰くん」
嘘は言ってないよね。
泰くんに会ったのは確かなんだから。
でもヤンチャな男の子たちと戦ってた泰くん、意外とカッコ良かったなぁ。
——なんて私が思っていると、賜お兄ちゃんがため息混じりに言った。
「泰くんだったら、連れてくれば良かったのに」
「賜兄さんは泰くんのこと好きだよね」
「ああ、俺ってイヌ科の動物が好きだから」
「え?」
「それよりさっさと生姜焼き食べろよ。温めてやるから」
「はーい」
***
「き、昨日はごめんね、アキさん。変なことに巻き込んじゃって……」
——翌朝。
登校してすぐに、私の席にやってきた泰くん。
顔を合わせた瞬間、深々と頭を下げる泰くんを見て、私は
「ううん。ジンくんが無事ならいいよ」
「あれだけのことがあったのに、何も聞かないんだね。アキさんって……」
「うん?」
「ジンくんのこと大切にしてるね」
「そうだね。身内だと思うと、放っておけなくて」
「……僕の正体を知っても、今みたいに接してくれるのかな」
「え?」
「なんでもない」
泰くんの意味深な言葉に首を傾げていると、わざとらしく聞き耳を立てていた
「なになに? 昨日は何があったの? もしかしてデートしたの?」
「由宇はなんでも恋バナにしたがるよね。残念だけど、私には
「推し活もいいけど、彼氏もいいぞ~」
「そういう由宇こそ、彼氏はいいの?」
「私は推しを推すだけで精一杯だから。これ以上貢ぐ先が増えたら破産するわ」
「彼氏に貢ぐ前提なの?」
「貢ぎたくなるようなハイスペック彼氏ほしいじゃん」
「由宇みたいに可愛ければ、貢がなくてもいい彼氏ができると思うよ」
「えー、貢ぐの楽しいのに」
口を膨らませる由宇を見て笑っていると、泰くんが控えめに口を開く。
「あ、アキさん」
「なに?」
「よければ今度ごちそうしたいんだけど」
「いきなりどうしたの?」
「いや、その……昨日のお詫びに」
泰くんの申し出は嬉しいけど、別に私が何かしたわけじゃないし。
どう断ろうか悩んでいると、そんな私たちを見ていた由宇が悩むそぶりを見せる。
「うーん。泰弦くんに貢ぐアキに貢ぐ泰くんか……」
「ちょっと! 変な言い方しないでよ!」
「あ、そっか。ジンくんもいたっけ」
「由宇!」
「ぼ、僕は負けないから」
「へ?」
「僕はあんな人外に負け——」
言いかけた時、授業の始まりを告げる鐘の音が頭上で響いた。
泰くん、何を言おうとしたんだろう?
私が疑問に思っていると、なぜか由宇が泰くんの肩を叩く。
「ドンマイ、泰くん」
泰くんは無言だった。
***
「ただいま~」
「おかえり、アキ」
帰宅すると、リビングには先に学校から帰っていたジンくんの姿があった。
ジンくんは私の顔を見るなり、嬉しそうな顔をする。
と言っても、ジンくんは表情がわかりにくいんだけど。
「あ、ジンくん。初登校はどうだった?」
「うん……興味深い先生だったよ」
「ジンくんが珍しく他人に興味持ってる」
「カレー作るのが得意なんだって」
「……そっか。それで、同級生の友達はできた?」
「アキに似た女の子がいたよ」
「へぇ……私に似た女の子?」
「推し活してるんだって。SJの」
「へぇ! なんだか親近感湧くね。今度その子連れておいでよ」
「ダメだよ」
「なんで?」
「アキを独り占めしていいのは、俺だけだから」
「ちょ、ちょっと……なんてこと言うのよ」
ジンくんの問題発言に私が焦っていると、フローリングにモップをかけていた賜お兄ちゃんが掃除の手を止めて笑った。
「ははは、ジンくんは本当にアキのことが好きだなぁ」
「笑いごとじゃないよ……私には泰弦くんがいるんだからね」
「ジンくんなら、きっとイケメンに成長するぞ」
「何が言いたいのよ」
「どうせジンくんがアキを追いかけるのは子供のうちだけだろ。思春期になれば、きっとアキのことなんか見向きもしないぞ」
普通の子供ならそうなんだろうけど、ジンくんの場合はどうなんだろう……と思って、ちらりとジンくんの方を見る。
ジンくんは真面目な顔で
「俺はずっとアキがいい」
そう言うと思った。
「あはは。大人になっても言ってたら、結婚するしかないな」
「賜お兄ちゃん、もしかして酔ってるの?」
「なんでだよ」
「なんだかいつもと雰囲気違うけど」
「いただきもののワインをちょっと舐めただけだ」
「ちょっとお兄ちゃん、お酒に強くないんだから、ほどほどにね」
「はいはい」
お兄ちゃんは鼻歌混じりにモップをかけた後、カウンターキッチンに入っていった。
……なんだか今日のお兄ちゃんは様子がおかしいような?
***
就寝前のまったりタイム。
ベッドに寝転んでスマホを見ていると、ジンくんが私の布団に入ってくる。
子供の姿だから違和感ないけど、中身は妖怪なんだよね。
一緒の布団に寝ていいのかな? ……今さらだけど。
「ねぇ、ジンくん」
「なあに?」
「今日こそ自分の部屋で寝なよ」
「イヤだ」
「どうして?」
「アキに触れたいから」
「ちょ! 変な言い方しないでよ」
「変な言い方? アキに触れるのは駄目なの?」
「だから言い方! 手を繋ぐだけでしょ」
「それに、アキのベッドはいい匂いがするんだ」
「恥ずかしいから、もう自分の部屋に行きなよ」
「俺と一緒だと恥ずかしいの?」
「当たり前でしょ? ベッドは一人で眠るところだよ」
「でも、大人になったら、ベッドでたくさん触れ合うって長老が言ってたよ」
「あんの長老め……ピュアなジンくんに色んなこと言うんだから」
「俺はアキにずっと触れていたい」
「手を繋いで寝るのは、今日までだよ?」
「……このまま……ずっと一緒にいられたらいいのに」
ジンくんはそう言うと、切ない顔で笑う。
その顔を見ていると、なんだか悲しい気持ちになって、私は思わずジンくんをぎゅっと抱きしめる。
私ってこんなことするキャラじゃないんだけどな……。
でもなんとなくジンくんって、いつか消えてしまいそうな、そんな儚い雰囲気があるんだよね。
消えてしまうとか、そんなことはないと思うけど。
「ねぇ、ジンくん」
「何?」
「秋田県に帰りたいと思う?」
「ううん。アキのいる場所が俺の居場所だから」
「ふ、ふうん」
なんかすごい殺し文句だけど、動揺したりしないんだからね。
「じゃあさ、もしも私が——」
言いかけて、私はハッとする。
隣から聞こえてくる小さな寝息の音。
ジンくんはいつの間にか眠りに落ちていた。
「私ってば、何考えてるんだろう」
らしくもなくジンくんのことばかり考えていた自分がなんだか恥ずかしくて、私は思わず頭まで布団をかぶっていた。
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