第13話 仲間うちの喧嘩?
「なんだ、今のは?」
すでに夜の九時を過ぎていた。
ジンくんと
ふいに、リュウギさんが胸元を押さえて苦しそうな仕草をした。
「どうしたんですか?」
訊ねると、リュウギさんは少し汗を掻きながら口を開いた。
「今、妙な違和感が……」
そして少しの間、調子が悪そうなリュウギさんを見守っていたけど——。
「おうおう、ようやくおでましか」
どこから現れたのだろう。
誰もいなかったはずなのに、いつの間にか私と同じ年くらいの男の子たちが三人、後ろに立っていた。
「なんだ、お前たちは……」
リュウギさんが怪訝な顔で訊ねる中、学ランの男の子が苛立ったように告げる。
「へえ、もう顔も覚えていないのか? こっちはいくら忘れようとしても、忘れられないっていうのに」
知り合いのようなそぶりを見せる男の子に、リュウギさんと
けど、ジンくんが心配で仕方がない私は、思わず男の子たちに食ってかかった。
「あなたたちがジンくんを連れて行ったの?」
「おい、アキちゃん」
肩を掴んで止めようとするリュウギさん。
けど、私はその手を振り払って声を上げる。
「ジンくんを返して!」
「アキさん、ダメだよ」
泰くんも私の腕を掴むけど、私の目は男の子たちを睨み据えたままだった。
「お前はなんだ? じんくん? ああ、あの人外の保護者か? それにしても、人間くさいようだが……まさか、人間なのか?」
学ランを着た男の子が、私を見ながら眉間を寄せた。
なんだかカチンときた私は、さらにまくしたてる。
「人間に決まってるでしょ! あなたたちのことは、もう通報したんだからね! ジンくんを返しなさいよ」
「通報? ハッ、そんなものが通用するかよ」
黒のライダースーツを着た男の子が、そう言って鼻で笑った。
「……は?」
「人間のルールなんてくそくらえだ」
そう吐き捨てたのは、赤いジャンバーを着た男の子だった。
そしてさらに私が何か言おうと口を開いた時——遠くからジンくんらしき声が聞こえた。
「アキ!」
「ジンくん!?」
声がした方に視線を向けると、いつからそこにいたのか、五メートルほど向こうにスーツのおじさんに囲まれたジンくんの姿があった。
「結界から出られないくせに、威勢だけはいいな」
学ランの男の子が笑いながら言うと、他の二人もおかしそうに笑った。
私はそんな男の子たちを無視して、ジンくんに駆け寄る。
「——ジンくん、大丈夫?」
「それが……」
腕を引いても、動かないジンくん。
私がジンくんに近づくことは出来るのに、なぜかジンくんはその場から離れられないようだった。
「動けないなんて、困ったね」
「俺より、國柊くんが……」
「國柊くんがどうしたの?」
「封印されちゃった」
ジンくんの言葉に、後ろから追いかけてきたリュウギさんが声を荒げる。
「なに、封印だと!? 一体何者なんだ、あいつらは……」
リュウギさんが振り返ると、学ランの男の子は少し悲しげな顔をして告げる。
「本当に何も覚えてないんだな」
「なんの話だ……?」
「百年前までは、同じ群れだったのに」
「同じ群れだと? ……まさか!」
そう言って、リュウギさんは男の子たちに一歩近づく。
すると、学ランの男の子は敵を見るような目でリュウギさんを睨みつけた。
「ようやく思い出したか。俺たちのことを」
「だがどうして……同胞の國柊を封印なんて……」
男の子たちは、どうやらリュウギさんの知り合いらしい。
事情がよくわからない私は、とりあえず成り行きを見守った。
すると、学ランの男の子が憎しみを込めて告げる。
「同胞だと? 俺たちを捨てておいて、よく言う」
「お前たちを捨てた? どういうことだ?」
リュウギさんが訊ねると、学ランの男の子はさらに言った。
「しらばっくれるなよ。何も言わずにいなくなっておいて」
「それはお前たちのやり方が俺たちには合わなかったからだ」
「本来は単独行動をする俺たちが、ずっとリーダーのために尽くしてきたんだ。それがなんだ? 俺たちを捨てて人間にでもなったつもりか? 人間に裏切られて、あれほど嘆いていたお前が、アイドルグループだと?」
……え? アイドルグループ?
思わず、〝アイドル〟という言葉に反応してしまったオタクの私は、聞き耳を立てながら、リュウギさんを見つめる。
どうやらアイドルをしているらしいリュウギさんは、言葉を濁した。
「……それは……」
すると、今度は泰くんがリュウギさんをかばうように前に出る。
「僕たちは人間とともに生きることを選択したんだ。だから放っておいてよ」
けど、学ランの男の子は不服そうで、きつく眉間を寄せて声を荒げた。
「何? お前たちは誇りを捨てたのか? 一族の恥さらしめ! お前たちも封印してやる!」
その言葉を聞いて、身構える泰くんとリュウギさんだけど、今度はジンくんが口を挟む。
「ねぇ、同じ種族で喧嘩なんて、しちゃいけないよ」
ジンくんの言葉に、学ランの男の子は眉間を寄せる。
「なんだお前……そういえば、こいつ何者だ? 勝手についてきたが」
「同じ種族で喧嘩したら、天罰がくだるんだよ」
「何を言うかと思えば、ガキのくせに口を挟むな」
「ちょっとジンくん」
私が思わずジンくんを止めると、ライダースーツの男の子が、そんな私に指を差す。
「おい、あいつやっぱり人間だよな?」
ライダースーツの男の子がそう言うと、赤ジャンの男の子は冷やかすように言葉を吐く。
「ハッ! 琉戯はよほど人間が好きなんだな」
すると、今度は学ランの男の子がリュウギさんに向かって告げる。
「おい琉戯、お前たちがどういう意図で人間を連れてきたのかは知らないが、人間の前だからといって、大人しくすると思えば大間違いだぞ」
それを聞いたら、なんだかバカにされたような気がして——私は思わず前に出ていた。
「なんなのよ、あなたたち。さっきからわけのわからないことを……ジンくんを返しなさいよ!」
「ああ、そのガキの保護者か。ガキだけ逃がしてやる……とでも言うと思ったか?」
ライダースーツの男の子が、私を睨みつける。
私がきょとんと目を丸くする中、学ランの男の子が宣言する。
「琉戯についている以上、お前たちも敵だ。生きて帰れると思うなよ」
「はあ?」
もう、何がなんだかよくわからないけど、知らない男の子に敵視されてるのはわかった。
リュウギさんと泰くん、いったいこの人たちに何したんだろう。
こんなヤンキーの抗争みたいな展開……琉戯さんたちって意外とヤンチャなのかな? なんて思っていると、泰くんが私をかばうように前に立った。
「アキさんは下がって」
「でも」
何もしてないジンくんが巻き込まれるなんて嫌なんだけど——そんなことを思っていると、リュウギさんが舌打ちする。
「こんなことになるなら、やっぱり連れてくるんじゃなかったな」
「遅い! もう誰も逃がさねぇよ!」
そう叫んだかと思えば——。
ライダースーツの男の子が目の前から消えた。
けど次の瞬間には、リュウギさんのすぐそばにいて。
ライダースーツの男の子はリュウギさんに向かって拳を突き出していた。
すると、リュウギさんはそれをひらりとかわして後ずさる。
「アキさんは、僕から離れないで」
リュウギさんが男の子たちと拳で戦う中、泰くんはそう言って私を背中で守り続けた。
「どうしよう……こんなことになるなんて、思わなかったし」
「アキ」
「ジンくん?」
「アキ、僕の周りにある結界を破って」
「結界?」
「うん。この人形たちの背中にあるお札を破ってくれたらいいんだ」
「人形って……このおじさんたち、人形なの?」
ジンくんを囲むスーツのおじさんたちが人形と知って驚いていると、そんな私の話をちゃっかり聞いていた学ランの男の子がこちらに向かってくる。
「させるか!」
「アキさん!」
そして私のほうへ飛んできた手を、泰くんが受け止めた。
しかも泰くんは殴りかかった相手の腕をねじりあげて、蹴とばしたのだった。
……泰くん、大人しそうに見えて、意外と武闘派なんだね。
「だ、大丈夫、アキさん?」
「泰くんって……強いんだね」
「そ、それほどでも」
「泰くん、後ろ!」
私が叫ぶと同時に、泰くんは背後から襲い掛かる男を回し蹴りした。
その泰くんの運動能力の凄さに唖然としていると、ジンくんが私の袖を引っ張る。
「アキ、お札を破って」
「わかった」
私はジンくんに言われるがまま、おじさんの背中にあるお札を破った。
「おい! やめろ!」
誰かの叫び声が聞こえる中、同じ顔のおじさんたちは、いっせいに霧散して——消えた。
「よし、結界が解けた」
満足そうに言うジンくんだけど、私は驚きのあまり口を開けてポカンとしていた。
そんな中、いつの間にか近くにいた学ランの男の子が吐き捨てるように言った。
「ガキが、邪魔をする気か?」
「うん、泰くんには借りがあるから、ここで返させてもらうね」
そう言ってジンくんは、手を叩いた。
「小さくなあれ」
すると、泰くんやリュウギさんと戦っていた男の子たちの身長がみるみる縮んで——。
「ええ!? みんな、小さくなっちゃった」
幼稚園くらいの子供になった男の子たちを見て私が驚く中、ジンくんは泰くんたちに告げる。
「術が解けるまで一時間あるから、その間に逃げよう」
「え?」
ジンくんの提案に、きょとんと目を丸くする泰くん。
けど、リュウギさんは
「ダメだ」
「琉戯兄さん?」
「このままだと、こいつらはまた同じことを繰り返すだろう」
「でも、喧嘩はよくないよ。天罰がくだるんだよ」
リュウギさんに説教じみたことを言うジンくんだったけど、そんなジンくんに私は思わず訊ねる。
「それ、誰から聞いたの?」
「長老」
「……やっぱり」
「おい、お前ら!」
ぶかぶかの学ランを着た子供に声をかけられても、もう先ほどのような迫力はなかった。
「なんだよ! 早く元に戻せ!」
ライダースーツが不恰好な子供が騒ぐ中、リュウギさんは真面目な顔で彼らに告げる。
「聞いてくれ。俺は決して、お前たちを捨てたわけじゃないんだ。俺はただ……俺みたいな異分子のせいで、お前たちの血統を汚すわけにはいかないと思っただけだ。俺たちは逃げたんじゃない、お前たちのために離れたんだ」
その言葉に、学ランの子供は大声で騒いだ。
「そんなのは言い訳だ! 嘘に決まってる!」
「違う! わかってほしい」
「……琉戯兄さん」
泰くんが悲しげにリュウギさんを見つめる中、
「俺は絶対に、お前たちを認めないからな。〝
学ランの子供はそう吐き捨てて——消えた。
「え? 消えた?」
「アキさん」
「泰くん……なんだかよくわからないけど、何も聞かないことにするよ」
「アキさん?」
「それより、國柊くんはどこにいるんだろう」
私が思い出したように言うと、泰くんは周囲を見回した。
「そうだ! 國柊は……」
そして真っ暗な砂浜を捜索していると、そのうちジンくんが國柊くんを見つけた。
國柊くんは砂に半分埋もれた状態で横たわっていた。
「國柊!」
駆けつける泰くんだけど……。
「ダメだ。特殊な札で封印されてる」
國柊くんの顔に貼られた札を見て、リュウギさんが
「お札ですか?」
「ああ、よほどの呪術師だな。俺は触れることもできない」
「じゅじゅつし?」
その単語がよくわからなくて訊き返すと、ジンくんが私の袖を引く。
「アキがそのお札を破ればいいんだよ」
ジンくんが言うと、リュウギさんがムッとしたように口を開く。
「さっきの話を聞いていなかったか? 普通の人間は触れることもできないはず——」
「はい、破りました。これでいいの? ジンくん」
「はあ!?」
「うん、ありがとう、アキ」
私が國柊くんから剥がした札を見せると、リュウギさんは口をパクパクさせながら大きく見開いた。
その傍ら、國柊くんはゆっくりと上半身を起こす。
「……あれ? 俺はここで何を?」
「國柊……良かった……」
國柊くんに抱きつく泰くん。
そんな泰くんを微笑ましい顔で見守った後、私はジンくんの手を繋ぐ。
「じゃあ、帰ろっか? ジンくん。きっとお兄ちゃんが心配してるよ」
「うん。早く帰ってカレー食べたい」
「残念、今日は豚の生姜焼きだよ」
それから私は、少ししょんぼりしたジンくんの手を引いて帰ったのだった。
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