第12話 人形と妖怪


 

「……何してるの?」


 時刻は夜の八時を回った頃。


 コンビニでアイスを買った帰りにアキが見つけたのは、スーツを着た集団に囲まれた國柊こくしゅうだった。


 とおるに借りがある甚外じんとは、國柊に近づいてみるが——國柊はそんな甚外を見るなり、目を瞬かせた。


「キミはアキちゃんの……?」


國柊こくしゅうくん、囲まれてるよ」


 そう言って、甚外が指をさした男たちは、どれも同じ顔をしていたが、まとう空気は人のものではなかった。


「見ればわかるだろ。それより、何しに来たんだよ」


「國柊くんを助けに来た」


「はあ?」


泰弦たいげんくんには借りがあるから」


「ふうん。そういうこと? でもそれ以上近づかない方がいいよ。この人たち、人間じゃないみたいだし」


「うん。人形だよね」


 男たちの間から、顔を覗かせて言う甚外に、國柊は目を丸くする。


「人形?」


「そうだよ」

 

 甚外が頷くと、同じ顔の男たちは國柊に向かって手を伸ばした。


『大人しくついてこい』


 男たちは口を開かず、低い声だけが響く。


 逃げるようにして後ずさった國柊は、そんな気味の悪い男たちを睨みつける。


「イヤだって言ってるだろ」


「すごい! 人形が喋ってる」


「感心してる場合じゃない。巻き込まれたくなかったら、あっち行ってよ」


 國柊の言葉に、甚外はかぶりを振る。

 

「行かないよ。だって、助けに来たから」


「はあ? どうやって助けるつもり?」


 國柊を囲む男たちは、逃げる隙などないほど密集していた。


 甚外は提案する。


「この人形、背中にお札がくっついてるから……お札を破れば、消えるんじゃないかな?」


「背中を狙うったって……この身動き取れない状況で?」


『大人しくついてこい』


『大人しくついてこい』


『大人しくついてこい』


 幾つもこだまする不気味な声に、國柊は思わず耳を塞ぐ。


「ああ、もう気持ち悪い。なんだよ、この声は」


「ちょっと待って、俺がお札を剥がすから——」


 と、その時。


 男の背中に手を伸ばした甚外の手を、別の男がガシッと掴んだ。


『大人しくついてこい』


「ちょっと、関係ない子まで巻き込むなよ!」


 叫ぶ國柊だが、通行人には男たちが見えていない様子で――見知らぬカップルがなに食わぬ顔で通り過ぎてゆく。 


 そんな中、甚外の手を引いて、男たちが移動を始めた。


 國柊も逃げられないまま、男たちに押される形で一緒に移動する。


「おい、どこに連れていくんだよ!」


 國柊の声は男たちには届かず、ただ空に響いていた。




 ***




「ジンくん!」


 ジンくんと國柊こくしゅうくんのやりとりを遠巻きに見守っていた私、アキは——男の人たちにジンくんが連れていかれるのを見て、慌ててスマホをポケットから取り出した。


「どうしよう……通報したほうがいいのかな? でもその前にとおるくんに知らせなきゃ——」


『……もしもし』


「泰くん?」


『アキさん、どうしたの?』


「今……泰くんのいとこの國柊くんが、変な男の人たちに連れていかれたんだけど」


『え!? 國柊が?』


「……おまけにジンくんも」


『ジンくん? どうしてジンくんが?』


「うん。たまたまコンビニ帰りに囲まれてる國柊くんを見かけて、ジンくんが一人で見に行ったんだけど、そのまま一緒に連れて行かれちゃったの……どうしよう」


『アキさんは今どこにいるの?』


「コンビニの近くだよ」


『わかった。すぐ行くから、アキさんはそこを動かないで』


「う、うん」


 それから通話を切ると、十分ほどで泰くんがやってきた。


「お待たせ、アキさん」


 白いジャージ姿の泰くんの後ろには、黒いジャージにメガネの——泰くんの家で会った男の人の姿もあった。


「ごめんね、バイト中に」


「大丈夫、バイトは終わったから」


 泰くんが説明する中、泰くんを押しのけるようにして黒ジャージの人が前に出る。


「それでアキちゃん、うちの國柊はどっちに行ったんだ?」


「あ、泰くんのいとこの……」


琉戯りゅうぎだ。國柊が連れ去られたと聞いたが」


「はい。國柊くんとジンくんが、あっちの方角に」


 私が指をさすと、リュウギさんは笑顔で告げる。


「そうか、ありがとう。じゃあ、あとは俺たちに任せて、アキちゃんは早く帰りな」


 その言葉に、私は思わず固まる。


「は?」


「この先は何が起きるかわからないからな。アキちゃんは帰った方がいい」


「でもジンくんが……」


「俺たちがなんとかするから、アキちゃんは帰るんだ」


 自分たちだけでなんとかしようとするリュウギさんに、私はなんだかむしょうに腹が立って口を尖らせる。


「帰りません」


「……なんだと?」


「一人でハラハラしたくないですから!」


「この子は……」


 私が絶対に帰らないとばかりに睨みつけると、リュウギさんは呆れたようにため息を吐いた。

 

 すると、泰くんも恐る恐るリュウギさんにお願いする。


「琉戯兄さん……アキさんは僕が守るから……」


「ああもう、勝手にしろ。それよりも國柊を早く見つけないと」


「そうだね。殺害予告もあったし」


「え? 殺害予告?」


 その不穏な言葉に、私が驚いていると、リュウギさんはますます大きなため息を吐いた。


とおる、お前は……」


「あ、ごめん兄さん」


「國柊くん、誰かに狙われているんですか?」


 訊ねると、リュウギさんは怪訝な顔をする。


「……あんたには関係ない」


「関係あります! うちのジンくんもいるんだから」


「……そうだった」


 頭を抱えるリュウギさんの隣で、泰くんは張り切って告げる。


「とにかく、この間みたいに僕の力で……!」


「こら! アキちゃんの前だぞ」


「……でも」


 泰くんが言葉を濁す中、リュウギさんが私を真っ直ぐ見つめる。


「なぁ、アキちゃん」


「はい」


「とりあえず別々に行動しよう」


「えっと……そうですね。そのほうが早く見つけられるかも」


「だが、たとえ國柊たちを見つけても、無茶な真似はするんじゃないぞ? 見つけた時は速やかに俺たちを呼んでくれ」


「わかりました」

 

 私が素直に頷くと、ようやくリュウギさんはホッとした顔をした。




 ***




「アキちゃんもいなくなったところで……泰弦たいげん、できるか?」


「うん」


 國柊こくしゅうたちを探すべく公園に移動したとおる琉戯りゅうぎだが。


 琉戯が目で合図するなり、泰は目を閉じて周囲の音を拾うことに集中した。


 泰の頭に現れた獣耳があちこち向きを変えて、周囲の音を探る中——さらに泰は鼻を高く上げて匂いを嗅ぐような仕草をする。


 するとその直後、泰は何かを感じ取ったように目を開いた。


「どうだ、國柊の匂いがわかるか?」


「うん。ここから五キロくらいかな」


「じゃあ、さっそく……」


 その時だった。


 ——ガサガサ、と草が擦れあう音がした次の瞬間、


「誰だ!」


「え? アキさん!?」


 木陰からアキが現れる。


「ご、ごめんなさい。ちょっと言い忘れたことがあったから……」


「……そうか」


「あの、こんな時に言うのもなんだけど……泰くん、なんで猫耳つけてるの?」


「……」


 答えられない泰の代わりに、琉戯が話題を変える。


「それで、言い忘れたこととはなんだ? アキちゃん」


「あ、そうそう。ジンくんを連れ去った人たちは、人間じゃないみたい」


「人間じゃない?」


「うん。ジンくんが言ってました……ジンくんにはそういうのがわかるみたいで」


 アキが告げると、琉戯は考えるそぶりを見せる。


「人外……か?」


「人間じゃないのに、私たちだけで大丈夫かな? ——あ、メールが。ジンくんからだ」


 アキの言葉に、琉戯は大きく見開く。


「なんだと? なんて書いてある?」


「『来ないで』って」

 

 甚外のメッセージを聞いて、その真意を探るように琉戯は考え込む。


「——なるほど。罠が張ってあるのか」


「早く、ジンくんを見つけなきゃ……きっと怖い思いしてるよ」


「大人に変身するような——人間じゃないガキなんだろ? 何を心配しているんだ?」


「たとえ人間じゃなくても、怖いものは怖いと思います。だから、早く見つけなきゃ」


「あんたは本当にお人好しだな」


「お人好しなんかじゃない……ジンくんだから心配なんです」


 アキが琉戯の目を真っ直ぐ見て言うと、琉戯は少しだけ気圧されたように固唾を飲んだ。


 それを見ていた泰は、複雑な顔をする。


「アキさん……」


「とにかく、あいつらの居場所はわかったから、行くぞ」


「え? 居場所がわかったんですか?」


 アキが目を瞬かせて訊ねると、琉戯は自身のスマートフォンを見せつける。

 

「ああ。國柊の、スマホの位置情報を調べた。だからアキちゃんは帰ってくれ……と言っても、ついてくるんだろうな」


「もちろんです」


 当然とばかりに言うアキを見て、琉戯は泰に耳打ちする。


「お前はとんでもない女を好きになったな」


「りゅ、琉戯兄さん!」


「まあいい、行くぞ」




 ***




「——本当にここなのか?」


 琉戯が耳打ちすると、泰は静かに頷く。


「このあたりで、匂いが途切れたんだ」


 GPSを追ってきた、というのは嘘だった。


 泰が持つ嗅覚で海にやってきた一行だが、夜の砂浜は静かなものだった。


「まさか、國柊は海の中じゃないだろうな」


「怖いこと言わないでよ、琉戯兄さん」


「いや、可能性を言ったまでだ」


「ジンくん、せっかく帰って来たのに……また連れていかれるなんて……どうしてジンくんは私に心配ばかりかけるんだろ」


 などとアキがぼやく中、ふいに琉戯が心臓を押さえて固まる。


「リュウギさん?」


「近くに何かある……?」

 

 そう大きく見開いた琉戯の目には、何か予感のようなものが映っていた。






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