第11話 殺意のラブレター


「アキさんにとって、ジンくんは本当に家族なんだね。なんだか……羨ましいな」


 そう言ったのは、あの人気アイドルグループ、サイレントジョーカーの泰弦たいげんくんだった。


「……え? 泰弦くん?」


 突然出会えた奇跡に、私が心の中で歓喜乱舞していると、泰弦くんはそんな私の顔に手を添えて告げる。


「アキさん……僕はアキさんのことが好きだよ」

「本当に? 嬉しい、泰弦くん」


 私が国宝級の顔面を見てうっとりしていると、そのうちどこからか大きな足音が近づいてきて——。


「ちょっと待って!」


 と、邪魔者が現れる。


「え? ジンくん!?」


 大人の姿をしたジンくんは、私と泰弦くんの間に立つと、泰弦くんを睨みつけて言った。


「俺のアキは渡さない」


 その言葉を、泰弦くんは鼻で笑って見せる。


「ふん、アキさんはキミのものじゃない」

「泰弦くんのものでもないよ」


 ……いや、そもそも私は物じゃないし。


 心の中でそっとツッコむ私。


 そんな私に、ジンくんが話を振ってくる。


「じゃあ、アキはどっちが好きなの?」

「そりゃあ、私は泰弦くんのことを……推してるし」

「見ろ、アキさんは僕のことが好きなんだ」


 ドヤ顔の泰弦くんも推せるなぁ……なんて思ってると、ジンくんが淡々と告げる。


「好きとは言ってないよ。〝おしてる〟って言ったんだ」

「推すくらい好きってことだろ?」


 そう胸を張る泰弦くんを見て、ジンくんは悲しげに肩を落とす。


「アキは泰弦くんのことが好きなの? じゃあ、俺のことは好きじゃないの?」

「えっ……それは」

「泣くなんて卑怯な!」

「俺の一番はアキなのに、アキの一番は泰弦くんなんだね」

「ジンくん……」

「じゃあ、もうお別れだね」

「ジンくん?」

「さよなら、アキ。俺は他の人と口を合わせることにするよ」


 そう言って背中を向けるジンくん。


 なんだか追いかけないといけないような気がした私は、慌ててジンくんの背中に向かって手を伸ばすけど——。


「ちょっと待って、ジンくん!」






 ***






「アキさん」


 すぐ近くで、どこか聞き覚えのある声が私の名を呼んだ。


 でも私はジンくんを追いかけなくちゃいけなくて……。


「待って、ジンくん……」

「アキさん!」


 懸命に手を伸ばす私の耳元で、怒鳴り声が響く。


「……へ?」

「授業中に堂々と居眠りとは、いい度胸ですね」


 気づくと、周囲には泰弦くんもジンくんもいなくて。


 クラスメイトたちの好奇心に満ちた視線に囲まれていた。


「す、すみません!」


 私は慌てて立ち上がると、英語の女性教師に向かって平謝りしたのだった。




「……アキってば、授業中にどんな夢見たの?」


 お昼休みになり、私の机を囲んでお弁当を食べていた由宇が訊ねてくる。


 授業中に居眠りするなんて、思い出すだけで恥ずかしかったけど、いい夢だったよね。


泰弦たいげんくんとジンくんが私を取り合う夢だよ」

「なにそれ、面白いんだけど。それで、アキはどっちを選んだの?」

「そりゃ、もちろん……」

「うん」

「あれ? どっちを選んだんだっけ?」


 夢のラストが思い出せない私を見て、由宇は悪い笑みを浮かべる。


「ふーん。選べなかったんだ?」

「ち、違うよ! だって夢の中だし」

「ちょっと前のアキなら、泰弦くんって即答してたのに」

「もちろん、今も泰弦くん推しだよ」

「どうだか? ジンくんのことも少なからず想ってるんじゃないの?」

「もう、やめてよ。ジンくんは弟だよ」

「大人の姿になったジンくんの前でも、それ言える?」

「い、言えるに決まってるじゃない。どんな姿でも、ジンくんは弟だよ」

「はいはい。どっちも選べないんだね」

「そんなことないし!」

「じゃあさ、もし泰弦くんとジンくんが溺れたら、どっちを先に助ける?」

「なんなの、その例え……もちろん海上保安庁に連絡して、どっちも助けてもらうけど」

「つまんない答え。優先順位が聞きたいのに」

「どっちも死なせたくないに決まってるし」


 口を尖らせる由宇に、私がため息を吐いていると——私の机に、とおるくんもやってくる。


「……なんの話してるの?」

「泰くん」

「推し変についてだよ」

「推し変? もしかして、由宇さん推しを変えたの?」

「違うよ。私じゃなくてアキが。泰弦くんとジンくんのこと、選べないみたいだから」

「ちょ、ちょっと! 推し変なんてしないわよ!」


 由宇の紛らわしい言い方に、私が焦っていると、泰くんがみるみる顔色を変える。


「え? アキさんが……推しを変える?」

「だから、違うって。由宇の勘違いだよ」


 必死で説明する私の傍ら、泰くんは黙り込んでいたけど、そのうちぽつりと口を開く。


「——変えないで」

「え?」

「推しを変えないで、アキさん!」


 そう強く言った泰くんに、私と由宇は同時に目を瞬かせた。






 ***






 ——推しを変えないで、アキさん!


「……なんて言っちゃったけど、変に思われたかな」


 某テレビ局の控え室で待機していたとおるは、スカイブルーのジャケットに黒のパンツというステージ衣装をチェックしてはため息を吐く。


 すると、ピンクのジャケットに黒のパンツをまとった國柊こくしゅうが、無邪気に笑って言った。


泰弦たいげん兄さんはけっこうドジだよね」

「うるさいな。自分でもわかってるよ」


 自分の失言にうんざりする泰だったが、珍しく琉戯りゅうぎがフォローする。


「まあ、あの妖怪が無事だったのは複雑だが……アキちゃんも喜んでいるみたいで良かったな」


 琉戯りゅうぎが白いジャケットの襟を正しながら言うと、ソファに座った泰は、暗い顔で項垂れる。


「良くないよ……推し変だなんて……」

「大丈夫だよ、泰弦兄さん。ルックスではいい勝負だし」


 フォローにならないフォローに、とおる國柊こくしゅうをじっとりと睨みつける。


「いい勝負ってなんだよ」

「あの座敷わらしも綺麗な顔してたけど、泰弦たいげん兄さんだって負けてないよ」

國柊こくしゅうはそれでフォローしてるつもりなの?」

「おい、泰弦。アキちゃんのことを考えるなとは言わないが……俺たちは人間じゃないんだから、距離感を間違えるなよ」


 琉戯りゅうぎの忠告に、泰は複雑な顔をする。


「わかってる。わかってるけど……」

「座敷わらしだって人外じゃん。泰弦兄さんの何がダメなの?」


 國柊がかばうように言うと、琉戯はやれやれとため息を吐く。


「あいつと俺たちは違うんだ。たとえ座敷わらしが上手くいっても、俺たちが受け入れられるとは限らないだろう?」

「アキねえなら、大丈夫だと思うけどな」

「人間を信用しすぎるのはいけない」

「琉戯兄さんみたいに裏切られるとは限らないし」


 可愛く口を膨らませて指摘する國柊に、泰は思わず焦った声を出す。


「ちょ、ちょっと國柊!?」


 地雷を踏んだ國柊のせいで、ハラハラする泰だったが、琉戯は落ち着いた様子で告げる。


「人間は裏表のある生き物なんだ。それをお前たちは知らないから……」

「そうかな? 人間が必ずしも悪いやつばかりじゃないと思うけど」

「國柊……」

「青いな」

「でもうかうかしてたら、本当にアキ姉をジンくんにとられちゃうよ? 泰弦兄さんは本当にそれでいいの?」


 泰が密かに恐れていることを指摘されて、泰は苦い顔で呟く。


「……あの妖怪に取られるのは嫌だ」

「だったら、やっぱり泰弦兄さんはアキ姉に告白すべきだよ」


 そう応援する國柊だが——。


「ダメだ」

琉戯りゅうぎ兄さん」

「俺たちがこうやって平和に生きてこられたのは、秘密を守ってきたからだ。それをお前たちも忘れるな」


 琉戯の言葉は重く、泰も國柊もそれ以上言い返すことはできなかった。


「——それはそうと、最近妙な手紙が来るんだけど……これ捨ててもいいと思う?」


 重い空気を破るように話題を変えた國柊だが、その内容は不穏だった。


「手紙?」


 泰が訊ねると、國柊はカバンのポケットから封筒を取り出して見せる。


「うん。ファンレターと見せかけた殺害予告だよ」


 その恐ろしい言葉に、琉戯が怪訝な顔をする。

 

「なんだと!? どうして早く言わないんだ」

「だって、暗い話とかしたくないし」

「それで、その手紙にはなんて書いてあるんだ?」

「俺に対する愛について」

「それのどこが殺害予告なんだ?」

「手紙を横にして読んでみて」


 國柊に言われて、泰たちは文章の端を並べて読んでみる。


 すると……。


「お、ま、え、を、こ、ろ、す……?」

「すごいでしょ?」


 楽しそうな國柊に、琉戯はため息を吐く。

 

「一応マネージャーに報告しておくか」

「ま、やれるもんならやってみろって感じ?」

「國柊、油断するんじゃない」

「ただの人間が俺に勝てると思う?」

「相手が真っ向から勝負を挑んでくるとは限らないんだぞ?」

「わかってるよ」


 琉戯の言葉に、國柊は当然とばかりに返事をする。


 そんな國柊を見て、なんだか不安になった泰は、一つ提案する。


「ねぇ國柊、とうぶん俺と一緒に帰る?」

「いいよ。子供じゃないんだから」


 泰の提案を鼻で笑う國柊。

 

 その完全に油断した様子に、琉戯が釘を刺そうとするが——。


「國柊」

「大丈夫だって。何かあったら連絡するから」


 言ったところで聞かないとわかって、琉戯もそれ以上は何も言わなかった。






 ***






「明日から小学校だね」

「うん、アキと一緒に帰れないのは嫌だな」


 学校から帰った後、アイスが食べたいというジンくんに付き合って、コンビニまできた私——アキは、両手にレジ袋をぶら下げながら住宅街を歩いていた。


 一緒にいることが当たり前になっているから、ジンくんがいないのは少し寂しいような気もするけど、ずっと一緒にいる方がおかしいんだよね。


「ジンくんはもうちょっと世界を広げた方がいいよ」


 そう指摘すると、ジンくんは相変わらず純粋そうな目を大きくして首を傾げた。


「世界を広げる?」

「そうだよ。色んな人に会えば、色んなことがわかって、世界が広がるんだよ」

「俺はアキがいれば、それでいいのに」

「私には由宇や泰くんがいるけど……ジンくんにも、かけがえのない友達ができるといいね」

「……友達」


 口の中でそう呟くジンくんの隣で、私はふと立ち止まる。


「どうしたの? アキ」

「あれ、泰くんのいとこの——國柊こくしゅうくんじゃない?」


 見ると、住宅街の暗い舗道に、國柊くんらしき男の子がいて。大勢の人に囲まれていた。

 

 しかも國柊くんを囲んでいるのは、みんなグレーのスーツを着たサラリーマンっぽい男の人たちで、どう見ても異様な光景だった。


「男の人たちに囲まれてるけど……大丈夫かな?」

「この気配……普通の人間じゃない」

「え? どういうこと?」


 目を瞬かせる私に、ジンくんは持っていたレジ袋を預けてきたかと思えば——。


「ここで待ってて、アキ」

「え? ジンくん、どうするつもり?」


 ジンくんは一人で國柊くんのいる場所へと向かっていった。






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