第10話 推しと推し以外と私
連れ去られたジンくんを助けるためにとある老人のお屋敷に潜入した
突然大人になったジンくんを見て、老人は何も言わずに私たちを帰してくれたのだった。
「良かった……ジンくんが無事で」
すっかり夜が深くなった住宅街。
街路灯に照らされた道を歩く中、大人のジンくんは私に向かって微笑む。
「アキのおかげだよ」
「私だけじゃないよ。由宇が手伝ってくれたから」
私がそう言うと、一緒に帰っていた由宇が好奇心いっぱいの顔で口を開く。
「で、で、これはいったいどういうことなの? なんでジンくんは大人になったの?」
「えっと……実はね……」
「——ええ!? ジンくんが妖怪? しかもアキを追いかけて東北から来た!?」
由宇には助けてもらった手前、何も言わないわけにもいかず。
これまであった事を説明した私だけど、由宇はさすがというか、とくに怖がる様子もなくキラキラした顔をしていた。
「なにそれ、面白いんだけど」
「由宇はジンくんが怖くないの?」
「え、全然怖くないよ。だってあんなお爺ちゃんに捕まるような妖怪だし」
その軽い反応に、ジンくんが小さく笑う。
「由宇はさすがアキの友達だ」
「あ、そうだ!
「泰くんもジンくんの……その、正体を知ってるの?」
「うん、うっかり言っちゃって」
「えー、知らなかったのは私だけ?」
「ごめん由宇、あまり人に言えるようなことじゃなかったから」
「……まあ、仕方ないか。それより、これからは気をつけるんだよ? ジンくん……いや、ジンさん」
由宇が言いにくそうにしていると、ジンくんは
「俺はジンくんだよ」
その普段と変わらない様子に、由宇はおかしそうな顔をする。
「大人の姿になっても、中身は変わらないんだね」
「そうなの。でもどうしよう、大人の姿になったジンくんを連れ帰るわけにはいかないよね。お兄ちゃんたちはジンくんの正体を知らないわけだし」
「ジンくんは自分で元の姿に戻れないの?」
「うん」
子供のように素直に頷くジンくんの姿を見て、由宇はクスリと笑う。
けど、すぐに真面目な顔をして私に言った。
「どうするの? このままじゃ、ジンくん野宿することになるよ」
「野宿は嫌だ。
「ジンくんは本当に
「うん、アキの作ったカレーも食べてみたい」
「え? 私のカレー?」
お兄ちゃんと違って料理が苦手な私は、ジンくんの言葉に思わず狼狽えてしまう。
すると、由宇はやっぱりおかしそうに笑う。
「ジンくんはアキが大好きだね」
「カレーなら作れるけど……まずジンくんが子供の姿に戻らないと無理だよ」
「子供になったらカレー作ってくれるの?」
ジンくんが純粋な目で見つめてくるものだから、私も嫌とは言えなかった。
「うん、まあ……たまにはね」
「私もアキのカレー食べたいな」
「なんで由宇まで!?」
「いいじゃん、ジンくん奪還作戦手伝ってあげたんだから」
「……仕方ないなぁ。作ってあげるわよ、カレーぐらい」
それからジンくんが元に戻るまで、一時間くらいかかった。
「……で、ジンくんは今までどこにいたんだ?」
夜遅くに帰ると、賜お兄ちゃんがお怒りだったのは言うまでもなく。
玄関で待ち構えていたお兄ちゃんに、さっそく尋問されるけど。
ジンくんはというと、いつもと変わらず落ち着いた様子で淡々と答えた。
「知らないお爺ちゃんの家」
「知らない人についていっちゃいけないって、学校で習わなかったのか?」
「道を聞かれたから……」
「これからは、家族や友達以外は危険だと思ったほうがいい……で、アキはジンくんのこと、どうやって見つけたんだ?」
「泰くんが目撃情報を教えてくれたの」
むしろ私の方がドキドキしながら言うと、賜お兄ちゃんはため息混じりに言った。
「じゃあ、明日は泰くんにもお礼言わないとな。菓子折りのひとつでも下げて謝ってきなさい」
「……わかった」
「それで……そのお爺ちゃんはどうしてジンくんを連れていったんだ?」
「えっとそれは……話し相手が欲しかったみたい。だからすんなり帰してくれたよ」
「それなら良かったけど……ジンくんにはGPSでも持たせたほうがよさそうだな」
考え込む賜お兄ちゃんに、ジンくんがぼそりと呟く。
「スマホが欲しい」
いつもあまり何かを欲しがる様子のないジンくんなので、私がビックリしていると、同じく賜お兄ちゃんも驚いた顔をしていた。
けど、
「スマホか……子供に持たせるのは気が進まないが、考えてみる」
今回のことで、連絡手段が必要だと判断したのだろう。
いつも厳しい賜お兄ちゃんがそんなことを言った。
「本当に買ってくれるの?」
「とにかく、今後はじゅうぶん気をつけるんだぞ?」
「うん、気をつける。アキと由宇以外は敵だと思うことにする」
ジンくんの言葉に、私は付け加える。
「泰くんもね」
けど、ジンくんは困惑したように私の顔を見る。
「泰くんは敵だよ」
「なんで?」
「だって、アキのこと……」
「なに?」
「なんでもない」
「なんで言いかけてやめるの?」
それから私が何度訊ねても、ジンくんは「泰くんは敵だから」としか言わなかった。
***
「ジンくん、見つかって良かったね」
「うん。
翌朝、登校して真っ先にお礼を告げた私に、泰くんは人の良い笑顔で言った。
「アキさんの役に立てて良かった」
さすが泰くん。やっぱり良い人なんだよね。
「泰くんは本当に優しいよね」
「そ、そんなことないよ……こんな風に手伝うのは、アキさんだけだから」
「私だけ?」
「そ、そうだよ。とととと友達だから」
泰くんが慌てたように手足を振りながら言う中、一緒にいた由宇が口を開く。
「二人の世界作ってるとこごめんね。ねぇアキ、昨日のテレビ見た?」
「え? なんのこと?」
「嘘!? まさか忘れてる? 昨日は夜の番組にゲストでSJが出たのに」
「あ、そうだった! ……ヤバい、見てないよ」
「アンタの好きな
そう言って悪い顔をする由宇に、泰くんがなぜか咳き込む。
「げほ、ごほ」
「泰弦くんが? 何したの?」
「生出演なのに、上の空だったり、トイレ行ったり、舞台セット壊したり……」
「そうなの? やだ、見たかった……」
「そう思って、録画しておいたから、うちに見に来る?」
「うそ! ほんとに? さすが由宇、ありがとう」
「やっぱり同じファンと見た方が楽しいもんね」
「由宇がいて良かった……あ、泰くんも来る?」
思い出したように私が話を振ると、泰くんはしどろもどろ言った。
「え? あ、えっと……ぼ、僕も一緒にいっていい?」
「もちろんだよ! たまには泰くんもおいでよ」
***
「俺も一緒に行く」
「そう言うと思った」
放課後、校門で待っていたジンくんに推し活の話をしたら、ついて来る気満々だった。
「ジンくん……私たちが推し活してるとこ、そんなに見たいの?」
「推し活……? またあの変な儀式するの?」
「変な儀式って……」
「でも
一度言い出したジンくんは聞かないので、私がため息をついていると、由宇が笑ってジンくんに言った。
「ジンくん、泰くんのこと好きだよね」
「……嫌いじゃないけど、好きでもない。ライバルだから」
「おお、ライバルだって!」
嬉しそうな由宇だけど、私はうんざりした顔をする。
「またどこでそんな言葉覚えて来たの?」
「そりゃ、小学生ならライバルくらい知ってるでしょ。いや、妖怪なら」
由宇のツッコミに、そりゃそうだと思いながらも、ジンくんが子供にしか見えない私にはちょっと複雑だった。
「長老が教えてくれたんだ。泰弦くんはライバルだって」
その言葉を聞いて、ずっと黙って側にいた泰くんがぼそりと呟く。
「……ライバル」
「泰くん、ジンくんの話はスルーしていいからね。長老はすぐジンくんに変なこと吹き込むんだから」
「で、でも……ジンくんの言うことは、本当だから」
「え?」
「ななななんでもない」
***
「こ、怖かった……」
今日も由宇の家で存分に推し活をした私だけど、帰り道の歩道橋でジンくんはめそめそ泣きながら「怖い」を繰り返していた。
「ていうか、何が怖いの?」
訊ねても、ジンくんにスルーされて私はムッとする。
そんな中、泰くんはちょっとだけ強張った顔で口を開く。
「アキさん……推し活中はあんな風になるんだ?」
その泰くんの言葉に、いつになくジンくんが食いつく。
「ね、怖いでしょ?」
「何よ、泰くんまで」
「だって、アキも由宇も、テレビの中の人を睨み殺す勢いだったから」
言ってることは確かにそうかもしれないけど、ちょっと傷ついた私が黙り込んでいると、今度はジンくんがキラキラした眼差しでこちらを見る。
「でもそんなアキも好きだよ」
「じ、ジンくん! ちょっと、人前でそんなこと言わないでよ!」
「人の前だとダメなの? じゃあ、帰ったらもう一回言う」
「もう、ジンくんは……」
「いいな、ジンくんは……簡単に言えて」
「え?」
ふとこぼした泰くんの言葉を、私は訊き返すけど。
「あ、いや……」
言葉を濁す泰くんをジンくんがじっと見つめる。
「
「う」
「ちょっとジンくん、いきなり何?」
「いきなりじゃないよ。泰弦くんはいつも臆病だよ」
「ごめんね、泰くん。いつもジンくんが変なこと言って」
「アキさんが謝ることじゃないよ」
「え?」
「アキさんにとって、ジンくんは本当に家族なんだね。なんだか……」
————妬けちゃうな。
「と、泰くん?」
「あ、ごめん。変なこと言ったよね。気にしないで」
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