第9話 救出作戦



 いなくなったジンくんを探して彷徨っていた私——アキに朗報を持ってきたのはとおるくんだった。


 そしてとおるくんからジンくんの居場所を聞いた後、公園で由宇と合流すると——由宇は私の話を聞くなり、不安そうに訊ねてくる。


「場所がわかったのはいいとして……これからどうするつもり? 本当に連れ去られたの?」


「他に情報もないし……とりあえず泰くんが教えてくれた洋館に行ってみるよ」


 私がスマホで地図を見せると、由宇は大きく見開いた。


「地元でも有名な富豪のお屋敷だよ? 入れてくれると思う?」


「じゃあ、どうすればいいの?」


 私の気持ちばかりが焦る中、由宇は悪い笑みを浮かべて言った。


「実はさ、そのお屋敷、ちょっと前にお手伝いさんを募集してたんだよね」


「お手伝いさんって……まさか」


「そのまさかだよ。私たちがバイトの面接に行くふりをしてジンくんを探すってのはどう?」


「……上手くいくかな?」


「ダメだったら、他の方法を考えればいいよ」


「由宇は行き当たりばったりなんだから」


「警察に届けても、すぐに動いてくれるかわかんないし」


「でも……危険じゃないかな?」


「だから、私たちがこれからどこに行くかを、みんなに伝えておかなきゃ。万が一戻らなかったら、通報してもらおう」


「本当に大丈夫かな?」


「アキはジンくんを助けたいんでしょ?」


「うん」


「だったら、行動するしかないよ!」




 ***




 アキと由宇が作戦会議を繰り広げていた頃。 


 座敷わらしの存在を知る老人に捕まった甚外じんとは、美しい調度品に囲まれた部屋に連れて来られる。


「この部屋を自由に使いなさい」


 まるで自由を約束するかのように告げる老人だったが、実際は監禁宣言のようなものだった。


 甚外は部屋を見回す。


 アンティーク調の応接セットに、土足をためらう繊細な模様の絨毯。


 傍らには、冬になれば使うであろう薪の暖炉が備えられていた。


 普通に暮らす分には申し分ない状況だろう。


 しかし、ドアに貼られている札を見て、甚外は怪訝な顔をする。



「あの車と同じように、結界が貼ってあるね」


「せっかく拾った獲物を、逃がしては困るからな」


「……」


 逃げられないのは一目瞭然。


 それでも甚外は落ち着いた様子で、強欲な老人を見上げる。


 すると老人は甚外の表情すら見ずに、使用人を呼びつける。


「さて、これから忙しくなるな……おい、メイ」


「はい、ご主人様」


 現れたのは、エプロンドレスを纏った長髪の女性だった。


 足音静かにやってきた女性に、老人は仕事を言いつける。


「ガキが退屈しないように遊んでやれ。こいつは女が好きみたいだからな」


「かしこまりました」


 そう頭を下げた女性は、小さな甚外を見て目を丸くした。




 ***




「あの、坊ちゃん」


 老人にメイと呼ばれた使用人が控えめに声をかけると、甚外は首を傾げる。


「ぼっちゃん? 俺はジンくんだよ」


「では、ジン様。これから専属でお世話をさせていただきます。メイでございます」


「ジン様じゃない。俺はジンくんだ」


「では、ジンくん様」


「なあに?」


「今日は何をすればよろしいでしょうか?」


「アキに会いたい」


「アキ……様でございますか?」


「うん。大事な人なんだ」


「では、アポイントをとってみましょう。アキ様はどちらにお住まいでございますか?」


 メイが甚外の言葉通りに手配しようと動き出したその時、メイの主人である老人が再びやってくる。


「——おい、メイ。ガキの言うことをいちいち聞くな」


「ですが……お客様はまだ子供……」


「お前はわしの言うことだけ聞いていればいい」


「……」


 やや不服そうなメイを甚外はじっと見つめていた。




 ***




「アキ、準備はいい?」


「うん」


 ジンくんが連れていかれたと聞いて、いてもたってもいられず。


 地元の名士が暮らしているという洋館にやってきた私——アキだけど、大きなアーチ型の門を前にしてすでに気後れしていた。

 

 そしてそんな私についてきてくれた由宇が、落ち着いた様子で確認する。


「お手伝いさんのバイトは十八歳以上だから、私たちは高卒ってことでいい?」


「OK」


 ここまで来たら、逃げるわけにもいかないもんね。


 即答する私を見て、由宇は覚悟を促すように告げる。


「じゃ、行くよ」


 それから私は洋館の裏門に回ると、インターホンを鳴らした。


 すると、数分ほど経って、エプロンドレスを着た若いメイドさんが現れる。

 

 右目の下にあるホクロが印象的なメイドさんは、私や由宇を見て不思議そうな顔をしていた。


「──あの、すみません。お手伝いさん募集の張り紙を見てきました」


「ああ、そうかい。中に入りな」


 メイドさんは何を疑うこともなく、門の中へ通してくれた。


「うわあ、すごい庭」


 呟く由宇の横で、私も息を飲む。


 洋館に続く道は、迷路のような花壇で埋め尽くされていて、あり得ない広さの庭だった。


 ジンくんのことも忘れて、庭に見入っていると——案内してくれたナディアさんというメイドさんが微笑ましそうな顔をする。

 

「あんたたち……本当に十八歳かい? その服、高校の制服に見えるけど」


「制服風の服なんです」


「……そうかい。でも助かったよ。ちょうど手が足りなくて困っていたところだから」


「じゃあ」


「ああ、今日からでも、入ってもらえると助かるよ……ひとまず着替えてもらって、お屋敷の中を案内するよ」


 そう言って、ナディアさんは洋館の通用口で立ち止まる。


 まさかこんなにあっさり潜入できるなんて、思ってもみなかった。


「ありがとうございます!」


 私が思い切り頭を下げると、由宇が小さく耳打ちする。


「やったね」


「ここは厳しいからね。笑っていられるのも今のうちだよ」


 そう言いながらも、優しい顔で笑うナディアさんに、私たちは揃って勢いよく返事をした。


「「は、はい!」」


「じゃあ、まずは着替えだね……あ、そこの廊下にある部屋は、旦那様の大事な書斎と客間だから、入っちゃいけないよ」


 更衣室に案内してもらう途中、ナディアさんは説明しながら進んでいたけど——そんな時だった。


「……ナディア姉さん」


「あらメイ、どうしたんだい? 憂鬱な顔をして」


 ナディアさんソックリのメイドさんがやってきて、私と由宇は顔を見合わせる。


 双子なのかな?


 メイと呼ばれたメイドさんは、深刻そうな顔でナディアさんに話し掛ける。


「実は客間にお通しした子供の件なんだけど」


「今は新人の子がいるから、あとにしてくれないかい?」


「……わかりました」


 メイさんは控えめに言うと、私たちに背中を向けた。


『客間に子供?』


 子供と言う言葉に反応した私が小さく言うと、由宇も「それってまさか」と大きく見開く。


 客間に通された子供って、きっとジンくんのことだよね?


 ジンくんがお客さんとしてここにいるってことなのかな?


 由宇と顔を見合わせて頷いていると、ナディアさんが赤い絨毯の廊下を再び歩き始める。


「それで更衣室だけど、上の階にあるから——」


 けど、客間の話を聞いて気になった私は、階段の手前で思い切ってナディアさんにお願いした。


「あの、お手洗いをお借りすることって出来ますか?」


「あらやだ、緊張してるのかい? 使用人専用の化粧室なら、突き当たりにあるよ」


「わかりました。ちょっと失礼します」


「じゃあ、私は先に上の階で待ってるから、終わり次第おいで」


「はい」


 絶好のチャンスだった。


 ナディアさんが上の階に移動したのを見届けると、私と由宇は客間の前にやってくる。


 こんなに広いお屋敷なのに、メイドさんはナディアさんとメイさんしかいないらしくて——誰かに見咎められる様子もなかった。


「……私が廊下を見張ってるから、アキは中に入って」


「うん、ありがとう」


 由宇に促されて、私は客間のドアと向き合う。


 豪華な細工が施されたドアを開くと、中は別世界のように綺麗な部屋だった。


 そしてアンティーク調の家具をまじまじと見つめながら部屋の中を進むと——。


 黄色いTシャツを着た小さな少年の背中を発見する。


 ジンくんは部屋の中で呆然と立ち尽くしていた。

 

「ジンくん……?」


「アキ」


「もう、心配したんだよ! どうしてここにいるの?」


 訊ねると、ジンくんはため息混じりに告げる。


「実は、知らないお爺ちゃんに連れて来られたんだ」


「その人、ジンくんが座敷わらしだと知って?」


「そうみたい」


「とにかく、詳しい話はあとで聞くから。今は脱出が先だよ」


「でも……ここには結界があるから、俺は出られないんだ」


「結界? 結界って何?」


「まじない師が作ったお札が貼ってあるんだ」


「お札? ってもしかして、これのこと?」


 私が一筆書きのメモ帳みたいな紙を見せると、ジンくんは大きな目をさらに大きくする。


「そう、これだよ。でもなんでアキが持ってるの?」


「さっき部屋に入った瞬間に破れちゃったんだ」


「アキが結界を破ったの? すごい」


「よくわからないけど、このお札がなければ出られるんだね?」


「うん」


「じゃあ、このお札、全部破っちゃおう」


 部屋にたくさん貼られているお札の一つに、手を伸ばしたその時。


「お待ちください」


「……え?」


 女の人の声に引き止められて、私はゆっくりと振り返る。


 そこには、メイドのメイさんが困った顔をして立っていた。




 ***




「──お待たせ、由宇」


 ドアの外に出た私とジンくんを見て、由宇が破顔する。


「お、ジンくんじゃん! もう見つかったんだ?」


 メイさんに見つかった時は、どうしようかと思ったけど。


 意外にもメイさんは私のことを見逃してくれて。


 しかも、結界を破ると逃げた痕跡が残るので、そのままにしたほうが良いという助言までしてくれたのだった。


 なので、あとは逃げるだけなんだけど——。


「うん。早く逃げよう」


 これで終わりだと思った矢先。


 すぐ側から低い老人の声が聞こえた。


「ダメだ、逃がさん」


「え?」


「お爺ちゃん」


 振り返ると、ジンくんより少しだけ背の高い老人の姿があった。


 カーキのシャツに黒いズボンを着た、一見どこにでもいそうな老人は、私やジンくんを無表情で見つめていた。


「この人が、ジンくんをさらった人?」


 私が訊ねると、ジンくんは頷く。

 

「うん、そうだよ」


「結界が破られたと思えば、侵入者か?」


 眉間を寄せて言う老人に、由宇が前に出てビシッと指を差す。


「ちょっとおじいちゃん! こんな子供を誘拐するなんて、通報すれば捕まる案件だよ?」


「残念だが、その子供は人間じゃないからな……わしが誘拐したところで、警察に捕まることもない」


 老人のよくわからない言い分に由宇が首を傾げる中、ジンくんは落ち着いた声で指摘する。


「それは違うよ。長老が俺の戸籍を作ってくれたから、本当に捕まるよ」


「なんと! 座敷わらしに戸籍じゃと? 笑わせてくれる」


「本当だよ。それに今はアキの家族だよ」


 ジンくんの言葉を聞いて、老人は私をじっと見据える。


「ほう、お前が〝アキ〟か。結界を破ったのはお前だな?」


 私が黙り込むと、由宇が私の制服の袖を引く。


「ねぇ、アキ。座敷わらしってなに? それに戸籍とか……」


「……あとで全部話すから、今は脱出することだけを考えよう」


「わかった」


 素直に引いてくれた由宇。


 とは言え、良い案が浮かばず考えあぐねていると——そんな折、客間のドアが開く。


「……旦那様」


 再び現れたメイさんは、老人に控えめな声をかけた。


「なんじゃ、メイ」


「誘拐はいけません」


 どうやらメイさんは老人がジンくんを誘拐したと思ったらしい。


 だから私のことも逃してくれたようで。


 正義感あふれるメイドさんの行動に、私がちょっとだけ感動していると、老人は怪訝な顔で告げる。


「誘拐などではない。そもそもこのガキは人間ではないのだから」


「でも、いけません」


「なんだ、メイ。お前は使用人のクセに意見する気か?」


 メイさんが私たちをかばうようにして立つ中、今度は上の階からナディアさんも降りてくる。


「なんだい? なんだい? 何があったんだい?」


 ナディアさんは目を白黒させながら、私たちやメイさんを見比べていた。


「旦那様、これはいったい、どういうことですか? 新人の子たちが、何かやらかしましたか?」


「ああ、そうか。ナディアはメイドを募集していたな……なるほど、お前たちがどうやって侵入したのかはわかった」


「メイ、これはいったいどういうことだい?」


「それが……旦那様が子供をさらってきたみたいで」


 メイさんの爆弾発言に、ナディアさんは大きく見開く。


「なんだって!?」


 それから老人が何か言おうとしたけど、それを遮るように私が先に口を開いた。


「実はこの子、うちの弟なんです」


 そう告げると、ナディアさんは困惑したように老人を見つめた。


「まさか……旦那様がそんなことを……」


「だから何度も言っている。そのガキは人間じゃない」


 老人のとんでもない言い分に、ナディアさんはまなじりを上げて声を荒げた。


「旦那様! 私が言う立場ではないですが、誘拐はいけません。いくら跡継ぎが欲しいからと言って——犯罪ですよ!」


「違う。どうしてわからんのじゃ」


「お爺ちゃん、申し訳ないけど、うちの弟はあげられないよ」


 私がハッキリ言うと、老人は鼻で笑う。


「座敷わらしが弟などと……お前もよほど強欲なのだな」


「は……?」


「富と繁栄をもたらす座敷わらしを弟にするなど、強欲以外のなにものでもなかろう?」


「それは違うよ、お爺ちゃん」


「何が違う?」


「私が欲しいのは富と繁栄じゃなくて、ジンくんなんだよ。この子はもう、うちの可愛い弟だから、誰にもあげないって決めたの」


「ふん、口ではなんとでも言える」


「お爺ちゃんがどう思うかは勝手だけど、ジンくんは渡さないから!」


「……アキ」


 私が覚悟して老人に立ち向かうことを決めたその時——。


 ジンくんからもくもくと煙が出て、再び大人のジンくんが現れる。


「ジンくん!」


 青いコートの青年に変身したジンくんは、私を見て嬉しそうな顔をしていた。


「アキ、ありがとう」


 けど、その場にいたのは私だけじゃないわけで……。


「ええ!? ジンくんが大人になった……?」


 好奇心いっぱいの目でジンくんを見る由宇に、


「ひぃいい」


「ば、化け物……」


 ショックを受けるメイドさんたち。


 そんな中、老人はというと、


「なんと! 座敷わらしが大人に? これでは、富と繁栄が期待できないではないか……」


 なぜかガッカリした様子で、その場に膝をついていた。


「……ジンくん、帰ろうか」





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