第8話 行方知れず
「お爺ちゃん、駅はとっくに過ぎちゃったよ」
「あぁ? よく聞こえんな」
「駅はとっくに過ぎちゃったよ!」
「この
「わらしじゃないよ、ジンくんだよ」
アキが自宅に連絡し
甚外はというと、見知らぬ老人の車に乗っていた。
最初は駅までの道を案内するだけのつもりだった。
だが見事に騙され連れ去れられても甚外は気づかないまま現在に至る。
「純粋な座敷わらしほど強い力を持つというからな。これからはたくさん働いてもらうぞ」
本性剥き出しの老人の言葉に、ようやく事情を飲み込んだ甚外は目を丸くする。
「お爺ちゃん、俺が座敷わらしだってわかるの?」
「ああ、わかるとも。古い文献を山ほど確認したからな。その中にお前の顔もあった」
「……俺をどこに連れて行くの?」
「ようやく自分の置かれている状況に気づいたか。だがもう遅い」
「アキのところに帰らなきゃ……」
「今のお前の
***
「どうしよう……」
しかもそんな私の不安を煽るように由宇が余計な口を開く。
「ジンくん……可愛いから、
「怖いこと言わないでよ」
私が神経を尖らせる中、校舎の方から
どうやらまだ、バイトには行ってなかったらしい。
「どうしたの? 二人とも、こんなところで」
「泰くん!」
「アキさん……もしかして、ジンくんを待ってるの?」
「それが……」
それから私が事情を話すと、泰くんは真面目に聞いてくれた。
「──え? ジンくんがどこに行ったかわからない?」
「一時間前に出かけたってお兄ちゃんは言うけど、まだこっちには来てないみたいで」
「こ、子供だから、公園に寄り道でもしてるんじゃ……?」
「そうだといいけど……」
私が考え込むと、由宇と泰くんは顔を見合わせる。
連絡手段がない以上、探そうにもお手上げだった。
「どうしよう……ジンくん、世の中のことをわかってるようで、わかってないとこもあるし……また閉じ込められたりでもしたら」
私の口から咄嗟に出た言葉に、泰くんがぎょっとした顔をする。
「閉じ込める? ジンくんは閉じ込められたことがあるの?」
「え? あ、うん……」
……どうしよう、混乱のあまり余計なこと言っちゃった。
けど、どこかに閉じ込められてしまったらと思うと、気が気じゃなかった。
「私……探してくる」
「わかった。私も手伝うよ」
「由宇ごめん、遊ぶ約束してたのに」
「今はジンくんを探す方が大事でしょ? それで、ジンくんが行きそうなところわかる?」
「うん……ジンくんは図書館が好きなんだ」
「他は?」
「あとは……遊園地に行きたいって言ってた」
「じゃあ、私は遊園地に行くから、アキは図書館行って」
「でも、遊園地なんて遠いのに……」
「私これでも自転車で足は鍛えてるから! そんなことより、急いで探そうよ」
「うん、ありがとう由宇」
由宇の優しさに、泣きそうになっていると、そんな私に泰くんが声をかけてくる。
「あ、あの……アキさん」
「
「ぼ、ぼぼ僕も手伝うよ!」
「本当に? ありがとう、泰くん」
「僕……アキさんのお兄さんから詳しい話が聞きたい」
***
「着いたぞ。これからはここがお前の城だ」
「大きな家」
「立派だろう? わしが一代で築き上げた栄光だ。だがさらにわしの地位を
車から降りるなり自慢する老人に、同じく洋館の前に立った甚外はぽつりとこぼした。
「欲深さの象徴みたいな家だ」
「そうか。お前にはそう見えるか」
「ううん、長老がよくそういうことを言ってた」
「長老? 座敷わらしに長老がいるのか?」
「違うよ。長老は長老だよ」
「まあいい、お前が富と繁栄をもたらしてくれるというのなら、あらゆる贅沢をさせてやろう」
「贅沢なんていらない。俺はアキがいい」
「アキとは、女の
「うん。俺の大事なひとだよ」
「ガキの分際で女を求めるのか。なら、わしがとびっきりの女を用意してやろう」
「女じゃない、アキだ。アキはアキだ」
「わからぬやつだな。ここに来た以上、お前はもう外の世界には出られぬ」
「ううん……俺は絶対にアキのところに帰るんだ」
「贅沢に溺れてしまえば、そんなことも考えなくなるだろう」
高笑いする老人を、甚外は複雑な顔で見ていた。
***
「
身近な地域にある図書館の出入り口で、私はスマホに声を吹き込む。
推し活以外で、こんなに真剣になったのは初めてだった。
『ううん、小さい子の一人客なんて見てないって、スタッフの人が言ってた』
「そっか……図書館にも来てないみたいだし……本当にどこ行っちゃったんだろう」
『警察に届ける?』
「そ、それは……」
……ジンくん妖怪だし、警察に届けていいのかな?
私が悩んでいると、由宇はさらに提案する。
『とにかく、私は公園を探してくるから、アキも落ち着いて別の図書館を探してみたら?』
「うん、そうする、ありがとう、由宇」
『どういたしまして──じゃあ、また掛けるね』
通話を切ったスマホを見つめながら、私はため息を落とす。
「ジンくん……どこに行っちゃったんだろう? ジンくんがいないことがこんなに怖いなんて……」
私が弱気になっていたその時、
「アキさん!」
「泰くん」
「
「どうだった?」
「いつも通りだったって」
「お兄ちゃんには事情を話した?」
「……一応」
「だよね」
「よくなかった?」
「え? あ、ううん……そんなことないよ。お兄ちゃんたちにも言っておいた方がいいし……」
とは言うもの、お兄ちゃんたちが警察に行ったらどうしよう。
ジンくんが親戚じゃないってバレちゃうんじゃ……?
いなくなって清々してもいいはずなのに、なぜか私は不安ばかり抱いて──おまけにジンくんの正体がバレることを恐れていた。
……だってもう、ジンくんは私の弟みたいなものだし、放ってはおけないよ──。
「私……ちょっと行ってくる」
「どこへ?」
「誰か、ジンくんの姿を見た人はいないか、聞いてみるよ」
「……」
***
「あんなアキさん……見たことないよね……そんなにジンくんが大事なんだ。人外なのに」
アキが別の図書館に移動した後、泰は繁華街を歩いていた。
平日でほどほどに人がいる繁華街だが、幼い子供が一人で歩いている光景など見当たらず、ひたすら周囲を見回していると──。
黒の乗用車が近くに停車したかと思えば、開いた窓から整った顔立ちがのぞいた。
「おい、どうしたんだ」
「
「なかなか来ないから、心配したぞ……何か、あったのか?」
「……実は」
泰は乗用車に近づくもの、乗り込まずに説明した。
「──座敷わらしがいなくなった? それは万々歳じゃないのか?」
「でも、アキさんがものすごく不安そうで……見ていられないから」
「それで仕事を放り出して探してたわけか?」
「ごめん」
「とにかく、早く仕事に行くぞ」
「え?」
「お前まで座敷わらしを探す必要はないだろ? あわよくば、このまま消えてくれたら」
「それは……」
「恋敵がいなくなるなら、お前も嬉しいだろ?」
「……嬉しい?」
「それとも何か? あの人外に情でも湧いたのか?」
「まさか! ……でも、アキさんの悲しい顔は見たくない」
「……はあ。アキちゃんも罪な人間だな」
「ごめん、
「わかった。手伝ってやろう」
「え!?」
「これ以上仕事に支障が出ても困るしな」
「でも、このあとテレビ出演が控えてるのに」
「要は、アキちゃんに座敷わらしの居場所だけ伝えればいいんだろ?」
「って、まさか……力を使うの?」
「ああ」
***
ただ、探すといっても、足で探すわけでも、情報を拾うわけでもなく──
公園に移動した泰と琉戯は、周りに人がいないことを確認すると、木陰に隠れるようにして立った。
そして準備ができたところで、琉戯は腕を組んで泰に訊ねる。
「座敷わらしの匂いは覚えているな?」
「うん。アキさんの家の匂いが染みついてたから」
「だったら、その匂いを辿ればいい」
「うん」
琉戯に言われ、目を閉じて耳を澄ます泰。
すると、泰の頭上にふさふさの三角耳が二つ現れる。
それから高くした鼻で街中の匂いを嗅ぎ分けた泰は、記憶にある座敷わらしの甘い匂いを探った。
そう、彼も甚外と同じく、人間ではなかった。
***
「あの、黄色いシャツを着た小学校低学年くらいの男の子、見ませんでしたか?」
私、アキが通りすがりの女の人に声をかけると、女の人は少し考えて首を横に振った。
「子供が一人で歩いてたら、目立つよね。私は見てませんよ」
「……ありがとうございます」
図書館を行き尽くした私は、
ジンくんはこの街に来たばかりだと言っていたから、そんな遠くに行くとは思えないけど──まさか、地元に帰ったとかじゃ、ないよね?
私や兄さんに何も言わずに出ていくなんて、そんなことあるはずないし。
「ジンくん、本当にどこに行ったんだろう」
東北じゃないから、ジンくんを知ってる人なんて、そういないって言ってたけど……やっぱり誰かに捕まったんじゃ……?
──なんて思っていた、その時。
スマホがメッセージを受け取ったらしく、振動が伝わってきたので——私は慌ててスカートのポケットからスマホを取り出した。
すると、画面には泰くんからのメッセージが表示されていた。
「え!? ジンくんの居場所がわかった!?」
それから泰くんと公園で合流した私に、泰くんは真剣な顔で告げる。
「うん、そうだよ。ジンくんがどこにいるか、わかったんだ」
「それで、どこにいるの?」
「町の外れにある洋館だって」
「洋館?」
「そうだよ……どうやらジンくんは誰かに連れ去られたみたいだ」
「連れ去られた!?」
「そういう目撃情報があったんだ。僕はこれからバイトがあるから、これ以上手伝うことができないけど……位置情報だけ送っておくよ」
「ありがとう、泰くん。この洋館に行ってみるよ」
「気をつけてね」
「うん」
……やっぱり、攫われたんだ。
泰くんが公園を去るのを見届けながら、私はため息を吐く。
その目撃情報が正しいかどうかはわからないけど、今は泰くんの言葉を信じるしかなかった。
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