第6話 人外と暮らすということ
歩道橋から見える街並みは、すっかり
「ちょっとジンくん! なんで大きくなるのよ!」
そのせいで私——アキは、泰くんの家を追い出されてしまったわけだけど……。
「なんでって言われても……わからない」
大人の姿になっても、ジンくんはジンくんだった。
「泰くんたち、きっと気持ち悪くて私たちを追い出したんだよ」
「気持ち悪い……? アキは俺のこと気持ち悪いと思うの?」
「別に私は思わないけど……子供が大人になるなんてあり得ないし、きっと普通の人が見たら不気味に思うよ」
「そうなんだ……俺って不気味なんだ」
そう言って、ジンくんがしょんぼりと肩を落とした瞬間、再び煙がもくもくと広がって──ジンくんが元の子供に戻る。
「え? ジンくん?」
「あれ? 元に戻った?」
ジンくん自身もよくわからないまま元に戻ったようで、目を丸くする中、私は安堵のため息を吐いた。
「良かった……とりあえずこの姿なら家に連れ帰っても問題ないし……もう、変なタイミングで大きくなるのはやめてよね」
「アキは大人の俺が嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「アキ、最初はカッコイイって言ってたのに」
「それは、ジンくんが〝座敷わらし〟だなんて知らなかったから」
「座敷わらしだとカッコ良くないの?」
「そんなことはないけど……」
「アキは、どうすれば俺と口を合わせてくれるの?」
「ジンくんはキスにこだわるね……でも、キスしなくても大きくなれたじゃん」
「うん。一時的になら、大きくなることもできるけど……完全な大人になるには、アキと口を合わせないといけないんだ」
「よくわからないけど……ずっと一緒にいても無駄だと思うよ? 私はジンくんとはキスなんかできないよ」
「どうして?」
「どうしても!」
私が断言すると、ジンくんは複雑な顔で俯いた。
***
「おはよう、
──翌朝。
いつものように登校した私だけど、いつもと違う私の顔を見て、由宇が不思議そうな顔をする。
「おはよ……どうしたの? 今日はひどい顔してるね」
「うん……ちょっと昨日、ジンくんと喧嘩して」
「ふうん。それで、
「ううん。今日は遅れてくるって」
「おはようございます、アキさん、由宇さん」
「噂をすれば」
あとから登校してきた泰くんは、もうすっかり調子が良いようだった。
そして泰くんは私の顔を見るなり、神妙な面持ちで話しかけてくる。
「あのアキさん……ちょっと話があるんだけど、放課後時間ある?」
「登校早々なになに? アキになんの話かなぁ?」
何やらテンションが高い由宇の言葉は聞き流して、私は泰くんに告げる。
「ごめんね、泰くん。しばらく放課後遊びに行けないんだ」
「そんなに時間は取らせないから」
「わかった」
***
「……それで、話ってなあに?」
放課後の屋上。
周囲に人がいないことを確認した
「あのさ……アキさんのいとこのことだけど」
「うん、ジンくんのこと?」
いとこの名を出した途端、動揺したようにソワソワし始めるアキ。
そんなアキを泰がじっと見つめていると、アキは言い訳のように口を開く。
「変なもの見せちゃってごめんね。いきなり成長するなんて、ビックリするよね?」
「アキさんは……あの子が人間じゃないこと、知ってるの?」
「え?」
「いや、やっぱいいや……」
泰はわかっていた。
泰のマンションに見舞いに来た際、アキが連れてきた子供が人間ではないこと。
だから確認したかった。
アキが知っていて一緒にいるのかを。
そして意外にもアキは肯定した。
「うん……知ってるよ」
「……じゃあ、いとこって言うのは嘘なの?」
泰は心底驚きながら訊ねる。
そして昨日、同じ部屋にいた
縄張り意識の強い
「──あいつ、人外のくせに、人間と暮らしているのか?」
アキたちが帰った直後、琉戯の開口一番はそれだった。
「もしかしたら、あの人外にアキ
考えるそぶりを見せながら言った
「それはないと思うな。操られているようには見えなかったし」
だが國柊は信じられないといった雰囲気でさらに告げる。
「だったら、どうしてアキ姉は人外と一緒にいて平気なんだ?」
「わからない。人外を恐れない人間なんて、何十年ぶりだよ……でもアキさんのそばに、あんな人外を置きたくない」
珍しく泰が不快感をあらわにすると、琉戯が再び口を開く。
「
「なんだよ」
「もうアキちゃんに関わるな……と言っても、関わるんだろう?」
「もちろんだよ。あんな人外に負けたくない」
「どうやらアキちゃんは人外に好かれる体質みたいだな……だが、あのジンくんとかいう人外には今後一切関わるな」
「どうして?」
「縄張り争いになったら、困るのはアキちゃんだぞ」
黙り込む泰。
まっとうであるだけに、琉戯の言葉を跳ね除けることはできなかった。
泰は改めて考える。
──あの時、琉戯が言いたかったことはある程度理解していた。
だがそれでもアキの側にいる人外を放置することがどうしても許せず、その動向が気になって仕方がなかった。
だから聞かずにはいられなかった。あの人外のことを。
するとアキは正直に説明してくれた。
一年間、共に居たこともあり、信頼されている証だった。
「ジンくんはいとこじゃないよ……ていうか、親戚ですらないし」
「じゃあ、何者なの?」
「私が東北から連れてきちゃった……〝座敷わらし〟なの」
「とっ、東北から!?」
「って言っても、信じられないよね。私もいまだに夢なんじゃないかと思ってるし。ごめんね、変な話して。今の話は忘れてくれていいから」
「え、あ、そんなこと……」
「じゃあ、私早く帰らないと怒られるから、続きはまた今度で……ごめんね。昨日は変な子連れていって」
「え、いや、そんな、えっと」
もっと話が聞きたいもの、どうやって繋ぎ止めればいいのかわからず。
泰が狼狽えている間にも、アキは手を振りながら背中を向ける。
「また明日ね」
「あ、アキさん……」
そしてアキがいなくなった屋上で、泰はしばらくその場を動けずにいたのだった。
***
……思わず
でもどうせ、こんな話誰も信じないよね。
私の話を聞いて混乱する泰くんの内心なんて知らず──私、アキはなんだかスッキリした気持ちで帰宅した。
「ただいま!」
「おかえり、アキ」
玄関に入るなり、出迎えたのはジンくんだった。
ジンくんはパタパタと私に駆け寄ると、少しだけ笑みを浮かべて見上げた。
なんだか小動物っぽくて可愛いから、騙されちゃいそうで怖いよね。
本当は妖怪なのに。
でも大人しくしてるなら、無害かも……?
「ジンくん、今日は家でちゃんと留守番してたんだね」
「
少しだけ膨れた顔をするジンくんだったけど──リビングに入ると、地獄耳の賜お兄ちゃんがたしなめるように言った。
「病人のところは遊びに行く場所じゃないからな。アキも、ジンくんを連れて行っちゃダメじゃないか」
「ごめんなさい。ジンくんがどうしても行くってきかなくて」
「それより、ジンくんの小学校の話だけど」
「え? 小学校?」
なんのことかわからず、目を瞬かせる私に、賜お兄ちゃんは説明した。
「ジンくんだって学校に行かないといけないだろ。悪いけどアキ、明日の放課後、教科書を受け取りに行ってくれないか?」
「え? 私が?」
「俺も南も忙しくてな……代わりに行ってくれたら、この間嘘をついて推し活に行ったことは不問にしてやろう」
「え? ほんとに?」
「その代わり、今後はちゃんと報告するんだぞ? いいな?」
「わかった! 私が教科書とりに行ってくる」
***
「ねぇ、ジンくん……学校に行っても大丈夫なの?」
夕食前のリラックスタイム。
本当なら、推し活を楽しみたい時間だけど、ジンくんが来てからはそうもいかなくなって。
賜お兄ちゃんに言われて、ジンくんの遊び相手になっていた。
「何が?」
ベッドに座るジンくんは、きょとんとした顔で私の手からババ抜きのトランプを選ぶ。
そして私のジョーカーを綺麗に持ち去ったのを見て、私は大人気なく破顔してしまう。
「人間じゃないこと、バレたりしない?」
「大丈夫だよ。これまでも学校には行ったことあるし」
「そうなんだ?」
「ほとんど家から出してもらえなかったことの方が多いけど……」
「え?」
「でもアキは俺を縛ったり、結界に閉じ込めたりしないから好き」
「それって……ジンくんが〝座敷わらし〟だから?」
「うん。俺が憑いた家は富と繁栄が約束されるから……だから、俺を捕まえて閉じ込める人がたくさんいたよ」
「何それ、ひどい! 人権無視じゃん」
「じんけんむし? それってなんの虫?」
「ジンくんがいくら人じゃなくても、閉じ込めたりしちゃいけないってこと」
「でも、俺がいるだけで、富と繁栄が──」
「身の丈に合わない生活なんていらないよ」
「そうなの?」
「うん。私はお兄ちゃんたちが幸せでいてくれたら、それでいいんだ」
「アキは……他の人間と違うんだね」
「そりゃ、ジンくんのこと、縛ったり閉じ込めたりする趣味はないし」
「そうじゃないよ。アキの側にいると、心があったかくなるんだ。こんなこと初めてだったから……また会えて良かった」
「でもキスはしないからね」
「なんで?」
「だから言ったでしょ? わたしには他に好きな人がいるって」
「泰弦くんのこと?」
「そうだよ。だから、何度も言ったでしょ?」
そして私がトランプの最後の二枚を落として、ババ抜きに勝利したその時。
ピンポーン。
と、インターホンの音が私の部屋まで響いてきたかと思えば……。
「おーい、アキ。泰くんが来てるぞ」
「え!? うそ!? なんで??」
「あの……お邪魔します」
南お兄ちゃんが言った直後、ノックと共に入ってきた泰くんを見て、私は慌ててベッドから降りる。
もう、なんでそのまま通しちゃうかな。
せめて着替える時間くらいくれたらいいのに……こんなパジャマみたいなリラックスウェアで出迎えるなんて恥ずかしい。
とは言えず、私は平静を装って泰くんに訊ねる。
「どうしたの? 泰くん」
「うん、ちょっと気になることがあって、見に来たよ」
「見に来た?」
訊き返すと、泰くんは神妙な顔でジンくんを見つめた。
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