第5話 ドキドキのお見舞い


『本日――アイドルが襲撃された事件の、犯人と思われる男たち五人の身柄が確保されました。いずれも、アイドルに対し強い恨みを──』


 リビングに入った途端、聞こえてきた声に心底安堵した私──佐渡さわたりアキは、朝食の目玉焼きを食べる手を止めて息を吐いた。


「アイドル襲撃事件の犯人捕まったんだ? 本当に良かった~」


 SJが悪者たちにフルボッコにされる姿を想像して恐怖していたので、安心感がハンパなかった。


 これには、私の推し活に興味ないみなみお兄ちゃんでさえ、


「くだらないことをする連中もいたもんだな」


 とまあ、嫌な顔をしていたわけだけど。


 そんな中、眉間を寄せる南お兄ちゃんとは対照的に、たもるお兄ちゃんは予想外の反応を見せた。


「本人たちにとってはくだらないことじゃなかったんだろ」

賜兄たもるにいは犯人をかばうのか?」

「まさか」


 呆れた顔をする南お兄ちゃんに対して、賜お兄ちゃんは心外という感じで返事をする。


 さすが賜お兄ちゃん。


 いつも平等すぎるくらい平等というか……相手の立場をものすごく考えてるんだよね。


「賜お兄ちゃんは優しいんだから。お兄ちゃん自身が犯罪に巻き込まれても、相手のことを可哀相とか言いそう」


 私が指摘すると、賜お兄ちゃんは驚いた顔をする。


「おいおい、お兄ちゃんのことをなんだと思ってるんだ」

「イケメンだけど小うるさくて、ちょっと抜けてるお兄ちゃん」

「弁当にタバスコをいっぱいかけてやろう」

「ひどい! やっぱり賜お兄ちゃんは鬼だよ!」


 本当にタバスコをかけようとする賜お兄ちゃんを見て、私が朝から大声をあげていると、傍観していた南お兄ちゃんがため息を吐く。


「どうでもいいが、早く行かないとマズいんじゃないか?」

「あ!ほんとだ! 行ってきます」

「今日はまっすぐ帰って来いよ」


 そんな賜お兄ちゃんの言葉を、


「わかってるって」


 私は半分聞き流しながら玄関をあとにした。






 ***






「おはよう、由宇ゆう

「おはようアキ。……あれ? とおるくんは?」


 登校するなり訊ねてくる由宇。


 私は机に教科書を放り込みながら説明する。


「泰くん、今日は調子が悪いんだって。お休みだよ」

「そうなんだ? 泰くん、バイトに明け暮れてるみたいだし、過労じゃないよね?」

「風邪って言ってたけど」

「そうだ。いいこと思いついた」

「何が?」


 由宇は悪い笑みを浮かべると、私の机に座って咳払いをする。


「ねぇねぇ、泰くんって一人暮らしだよね?」

「そうみたいだね」

「きっと一人で心細い思いをしてるんじゃないかな? お見舞いに行ってあげれば?」

「じゃあ、由宇も行こうよ」

「え? わ、私は……ゴホゴホ。ちょっと調子悪いし、アキ一人で行っておいでよ」

「でもお兄ちゃんに、遊びに行くなって言われてるし」

「お見舞いくらいなら、許してくれるんじゃない?」

「そうだね。ちょっとお兄ちゃんに確認してみるよ」






 ***






とおるくんのマンションって、確かこの辺だったよね」


 お見舞いなら仕方がないということで、お兄ちゃんに外出の許可を貰った私は──放課後に住宅街を歩いていた。


泰弦たいげんくんは病気なの?」

「だから言ってるでしょ? とおるくんは泰弦たいげんくんじゃないって」


 私がもう何度目かの説明をすると、黄色いTシャツを着たジンくんが隣で何かを呟くのが聞こえた。


「……泰弦くんなのに」


 本当は一人でお見舞いに行くつもりだったけど、いつものように出待ちしていたジンくんに見つかって、一緒に泰くんのところへ行くことになったのである。


 ……まあ、いいんだけどね。


 そんな感じで閑静な住宅街を歩いていた私たちは、そのうち泰くんの住む五階建てのマンションを見つけて立ち止まる。




「……ここまで来てなんだけど、インターホン押しても大丈夫かな? 出てこれないくらい風邪がひどかったらどうしよう」


 由宇に言われるがままに来てしまったもの、今更ながら泰くんのことを考えてなかったことに気づく。


 せめて泰くんに連絡してから来れば良かったけど……忘れてた。


 私が自分の計画性のなさにうんざりしていると、ジンくんが手を上げて言った。


「俺が中を確認してこようか?」

「え?」

「俺、たいていの家は通り抜けできるよ」

「そんなのダメだよ! いくら座敷わらしだからって……よその家に勝手に上がるなんて」

「なんで?」

「他人のプライベートな空間に割り込むのは非常識なの!」

「よくわからないけど、アキがダメって言うならやめる」

「良かった」


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。


 ピンポーン、と響き渡るインターホンの音に私は汗を掻く。

 

「ちょっと! まだ覚悟も決めてないのにインターホン押さないでよ!」

「だって、アキいつまで経っても押さないし」

「こういうのは心の準備がいるの!」


 私とジンくんが言い争う中、インターホンから知らない声が聞こえた。


『はい。どなたですか?』


 少し低めの声は、どこかで聞いたような男の人の声だった。


「え? あれ? 泰くんじゃない?」

『……あ』

「あの……私、泰くんのクラスメイトの佐渡さわたりアキって言います」

『例のアキちゃんか! ちょっと待ってくれ』

「は、はい」


 インターホンの声に言われた通り待っていると、ものの数分でドアが開いた。


 そして現れたのは、黒のジャージを纏ったメガネの男の人だった。


 ちょっとだけ〝SJ〟の琉戯りゅうぎに似たその人は、腕を組んで偉そうな感じとは裏腹に丁寧な口調で出迎えてくれた。


「お待たせしました」

「え、えっと……泰くんのご家族ですか?」

「ああ、泰のいとこだよ」

「そうなんですか。てっきり一人だと思ってたけど……私は必要ないかな?」

「そ、そんなことはないよ! アキちゃんがいれば、た……とおるの体調が百倍良くなるから、どうぞ入ってくれ』

「……はあ」

「それで、そっちのガキ……じゃなくて、お子さんは?」

「お子さんじゃない。ジンくんだ」

「私のいとこの子なんです! すみません、どうしてもついてくるって聞かなくて」

「……そうか」


 泰くんのいとこは、そう言ってジンくんを横目で見つつ、玄関のドアを開いた。






 ***






「泰くん! 大丈夫?」

「え? アキさん?」


 黒いジャージの男の人が通してくれたのは、泰くんの寝室だった。


 意外にも、ミニマリストな泰くん。


 ベッドと衣装ケース以外何もない部屋は、私の部屋より断然綺麗だった。


 そして私が寝室にお邪魔すると、泰くんは慌ててベッドから身を起こした。


「寝てなくて大丈夫なの?」

「うん。もう熱は下がったから……」

「そっか。でも良かった。てっきり一人だと思ったけど……いとこの人がいるなら、安心だね」

「いとこ? あ、ああ……琉戯りゅうぎ兄さんのことか」


 ……ん? りゅうぎ?


 その名前を聞いて、ちょっとだけ固まっていると——バタン、と勢いよくドアが開く。


 新しく入ってきたのは、マスクをつけた同じ年くらいの男の子だった。


 ちょっとだけ〝SJ〟の國柊こくしゅうに似た男の子は、嬉しそうに声を弾ませてこちらにやってくる。


「ねぇねぇ、アキちゃんが来てるって本当?」

「ちょ、ちょっと! 入ってくるなよ」

「なんで? 一度見てみたかったんだよ。泰弦兄さんを骨抜きにしたアキちゃんっての」

「え? だ、誰?」


 私が目を丸くしていると、泰くんは視線をうろうろさせながら言った。


「ご、ごめん、この人もいとこなんだ──って、なんで勝手に入ってくるんだよ」

「だって、アキちゃんになかなか会わせてくれないから」

「は、早くどっか行って」

「嫌だね。俺もアキちゃんとお喋りするんだ」


 私が泰くんとそのいとこのやりとりを黙って見ていると、そのうちいとこの子が私に話し掛けてくる。


「ねぇ、アキちゃん」

「なんですか? えっと……」

國柊こくしゅう

「えっ」

「俺のことは國柊こくしゅうって呼んで」

「〝こくしゅう〟ってSJの……」

「そう、オレってSJの國柊に似てるでしょ? だからあだ名も國柊なんだ」

「は、はあ……」


 國柊くんの説明に生返事していると、今までじっと話を聞いていたジンくんが口を開く。


「この家に、さいれんとじょーかーが住んでるの?」


 國柊くんは驚いたように周囲を見回すと——ジンくんを見てハッとした顔をする。


「なんだこの子、全く気配に気づかなかった」


 呟くように言った後、國柊くんは笑顔で否定する。


「やだな、そっくりなだけだよ。本物がこんなボロっちいアパートに住むわけないだろ?」

「人の家をボロっちいなんて言わないでよ、國柊」

「壁もうっすいから、下手に声も出せないしね」


 國柊くんの言葉に、私は首を傾げる。


「泰くんは騒いだりしなさそうだけど」

「アキちゃんは純粋だね。可愛い」

「ちょっと、アキさんは國柊より年上だぞ」

「そっか。じゃあ、これからアキねえって呼んでもいい?」

「かまいませんが」

「ちょっと、敬語はやめてよ、アキ姉」

「でもまだ会ったばかりですし」

「意外とガードが固いんだね」


 がっかりする國柊くんに、泰くんが小さく声をかける。


『國柊……』

『なんだよ』

『アキさんに手を出したら許さないから』

『わかってるって。俺は人のものには興味ないから』


 二人がひそひそと話す中、ジンくんが口を挟む。


「アキは人のものなの?」

「え? あ……ああ。アキ姉はた──とおる兄さんのものだから、キミも好きになっちゃダメだよ」

「ちょっと! 國柊!」


 真っ赤になって言う泰くんの傍ら、ジンくんは静かに告げる。


「……違うよ。アキは俺のだ」


 その言葉に、國柊くんがため息を吐く。


「ああ、なるほど。キミもアキ姉が好きなんだね」

「うん。ずっと昔からずーっと好きだよ。だから、アキは渡せないよ」


 その時だった。


 ジンくんからドライアイスみたいな煙がもくもくと広がって、部屋が真っ白になったかと思えば──。


 すぐに煙は消えて、部屋の中心に端正な顔立ちの青年が現れる。


 青いコートを羽織ったその人は、大人のジンくんだった。


「え? ジンくん? なんで?」


 私が目を瞬かせる中、國柊くんがさっきとはうってかわって、ジンくんを睨みつける。


「なんだよ、急に大きくなりやがった。お前まさか、人間じゃないのか?」


 その怖い顔を見て、私は思わずジンくんをかばうように前に出る。


「ごめんなさい! この子、体が大きくなったり小さくなったりする体質で……」

「悪いけど、ここは俺たちの縄張りだから、よそ者は出て行ってもらうよ」

「え? ナワバリ?」

「──やめろ」


 私が何がなんだかわからないでいると、そんな時、泰くんのもう一人のいとこが部屋に入ってくる。


 黒のジャージを着たその人は、部屋に入るなり國柊くんをたしなめるように告げた。


 その鬼のような形相を見て、國柊くんは目を白黒させていた。


「え? 琉戯りゅうぎ兄さん?」

「仮にもここには人間がいるんだぞ?」

「けど、よそ者が入り込むなんて……」

「この人たちはお見舞いに来た立派な客人だ」

「でも」


 國柊くんが不服そうな顔をする中、リュウギと呼ばれたその泰くんのいとこは、私の方に振り返って告げる。


「悪いけどアキちゃん、今日のところは帰ってくれないかな?」

「え?」

「泰は調子が悪いようだから」

「あ、は……はい」


 状況はよくわからなかったけど──ジンくんが大きくなってしまったこともあって、私はそれ以上何も言うことができなかった。





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