第4話 アイドル狩り



「ちょっと、なんで今日も待ってるのよ」


 週半ばの放課後。


 私、アキが校門を出たところで、うちに居候しているジンくんが現れた。


 ジンくんは登場するなり、人形みたいな透き通った目で見上げてくる。

 

「早くアキに会いたかったから」


「アキに会いたくて来ちゃうなんて、可愛いじゃん」


「可愛くないわよ! 人のこと告げ口しておいて……」


 一緒に下校していた由宇ゆうの冷やかしに、思わずムキになる私だけど。


 当のジンくんはまるで身に覚えがないように首を傾げた。


「告げ口って何が?」


「私の推し活のことお兄ちゃんに言ったでしょ?」


「うん、だって。アキのこと聞かれたし」


「だからって、推し活のことを言うなんて……」


「変な儀式のことは言っちゃだめなの?」


「そうだよ」


「なんで?」


「なんでって……」


「アキさん、その子が例のいとこ?」


 私とジンくんの会話が噛み合わない中、ふと後ろから声が聞こえた。


 振り返ると、いつも誰よりも早く下校するとおるくんが、珍しくそこにいた。


「あ、泰くん」


 私が声をかけると、泰くんは照れたように笑った。


 そんな奥ゆかしい姫君みたいな反応をする泰くんに対して、ジンくんは大きく見開いてぼそりと呟く。


「……テレビの人がいる」


「え、なんのこと?」

 

 私が訊ねると、ジンくんは真面目な顔をして言った。


「アキが好きって言った泰弦たいげんくんだ」


「違うわよ、この子はとおるくん」


「違うの? 同じなのに」


「全然違うでしょ。どこが泰弦くんなの?」

  

 私が全力で否定すると、泰くんは静かにジンくんを見つめた。


「……」


「泰くん? どうしたの?」


 訊ねても黙り込む泰くんだったけど。


 そのうち泰くんはいつになく嘘っぽい笑みを浮かべて、ジンくんに声をかけた。


「ねぇ、キミちょっといいかな?」


「え? 俺?」


「うん。二人だけで話がしたいんだ」


「いいけど」


 泰くんはジンくんと何やら話したあと、校舎裏へと移動していった。




 ***




 人気ひとけのない校舎裏に移動したとおるは、周囲に人がいないことを改めて確認した後、甚外じんとを見下ろして告げる。


「き、キミ……人間じゃないよね?」


 その質問にどう答えるか、緊張しながら待つとおるだったが——甚外じんとは素直に頭を縦に振った。


「そうだよ」


「やっぱり……! 変な感じがすると思えば」


泰弦たいげんくんも人間じゃないの?」


「ぼ、僕は人間だよ」


「じゃあ、なんで俺が人間じゃないってわかったの?」


「そ、それは……人間じゃない奴を知ってるから……それより、キミはアキさんをどうするつもり?」


「アキに口を合わせてもらうんだ」


「口を?」


 その言葉の意味がわからず、泰が首を傾げる中——ふと、どこからともなく「ふおっふおっふおっ」と古風な笑い声が響いてくる。


 声はそのうち泰に近づいてきたかと思えば、金色の狩衣かりぎぬまとった青年が現れる。


 青年は甚外じんとに代わって説明した。


「それは接吻というものだよ」


「わ!」

 

 触れそうな距離で告げる青年に、思い切りあとずさる泰だが、甚外は嬉しそうにその名を呼んだ。


「長老!」


「アキ殿と少しは進展したか? 甚外よ」


「ううん、まだ口を合わせてもらってないよ」


 得体の知れない二人のやりとりを見て、泰は沸々と怒りのようなものが湧いてくる。


 アキと〝口を合わせる〟と言う意味を、ようやく理解した泰だった。


「人外が人間に害をもたらすなんて——そんなこと……絶対させない!」


 一人燃える泰。


 だが、長老と甚外はどこ吹く風だった。


甚外じんとよ、なんだこやつは」


「アキの友達の泰弦たいげんくんだよ」


とおるだ。アキさんに余計なことを言ったら、ただじゃおかないよ」


 目を細めて言う泰の向かいで、甚外はどこか悠長に首を傾げる。


「余計なことって?」


「その……僕が泰弦とか」


「みんな、嘘を吐くのが好きだね」


 大人のようにやれやれとため息をつく甚外に対して、長老は扇子で扇ぎながら告げる。


「甚外もそのうち、嘘を吐くようになれば立派な大人だな」


「そうなの? 長老」


「ああ、そうだ。だが人間は子供も嘘をつくがな」


「そうなんだ」


 純粋そのものな顔で長老の言葉を聞く甚外だったが。


 泰がさらに何か言おうと口を開いた時、三人の周囲に多くの人影ができる。


 気づくと、二十歳前後の青年たちがぞろぞろと、泰たちを囲んでいた。


 学生以外、入ってくることのない校舎裏に、部外者が入ってくることは稀であり。


 泰が警戒する中——そのうち部外者の一人が、いかにも悪そうな笑みを浮かべて泰に訊ねる。

 

「おい、お前。泰弦だよな?」


「え? 誰? ぼ、僕は泰弦じゃないです」


 泰が否定すると、黒いジャージを着た青年が声を荒げる。


「お前が泰弦だって調べはついているんだよ!」


「は? なんのことですか?」


 泰がしらを切ると、青年たちが騒がしく話し合いを始める。


 どうやって泰のところに辿り着いたのかはわからないもの、そんな簡単に情報が漏れるとも思えなかった。


 しかし、実際に情報が漏れている以上、泰は腹を括るしかなく。


 泰はアキには見せないような鋭い顔で青年たちを見据える。


 すると、青年たちは少しだけ驚いたように一歩下がった。


 そして、そんな剣呑けんのんな雰囲気の中でも、長老は相変わらず悠長だった。


「ふおっふおっふおっ、不躾な男どもだな」


 その長老の言葉に、我に返った青年の一人が、今度は脅しの言葉を吐く。


「お前、俺たちについてこい。さもなくば、ここにいるやつ全員殺すからな」


 甚外たちを守る筋合いはなかったもの、アキの知り合いに危害を加えさせるわけにもいかず、泰は頷くしかなかった。




 ***




 とおるくんがジンくんに話があると言って校舎裏に連れて行った後。


 私、アキが校門で待っていると、十分ほどでジンくんが戻って来た。


「ジンくん、とおるくんとなんの話してたの?」


 あのつつましいというか、照れ屋の泰くんが何を言ったのか気になって聞いてみたもの、ジンくんは教えてくれなかった。


「それは内緒だよ」


「え」


「嘘をつけば、大人なんだって」


「なんのこと?」


「だから内緒。泰弦たいげんくんがいなくなったことも内緒」


「いなくなったってどういうこと? そういえば、とおるくんはどこに行ったの? ていうか、泰弦たいげんくんじゃなくて、とおるくんだけど……」


「泰弦くんが大人の人に連れて行かれたのは、内緒だよ」


「ちょっと待って、大人の人って誰?」


「知らない。怖い顔の大人が泰弦くんを連れて行ったことは言っちゃいけないって」


「もしかして、誘拐?」


「誘拐って何?」


人攫ひとさらいのことだよ」


「……あの人たち、人攫いだったの?」


 きょとんと目を丸くするジンくんは可愛いかったけど、そんな場合じゃなかった。


 嫌な予感がした私は、さらに確認する。


「だって、泰くんを連れて行っちゃったんでしょ?」


「うん。泰弦くんが行かないと、俺を殺すって言ったんだ」


「何それ、ちょーヤバいじゃん!」


 私が悲鳴のような声をあげると、隣の由宇は落ち着いた様子でスマホを手に取った。


「誘拐なら、早く通報しないと」


 由宇の言葉に、ジンくんが首を傾げる。


「通報?」


「警察に知らせるってことだよ」


 由宇が説明していると、そんな時──後ろから長老が現れる。


 学校関係者以外立ち入り禁止なのに、どうしてここにいるんだろう。


 そんな疑問をよそに、長老はゆったりと扇子で扇ぎながら言った。


「その必要はないぞ」


「長老さん? どうしてここに?」


甚外じんとのことが気になって、見に来たが……まさか人攫いに遭遇するとはな」


「どうしてそんな悠長でいられるんですか! 泰くんが——人が一人攫われたんですよ?」


「あやつなら、自力で帰ってくると思うが」


「え?」


 長老はそれだけ言って、ひたすら笑っていた。




 ***




「おいお前が泰弦たいげんだろ」


 校舎裏から繁華街の路地裏へと連れて行かれたとおるだったが、相手は相変わらず同じことばかり訊ねていた。


「しつこいなぁ……僕は泰なんですけど」


「嘘をつくな! こんなに似てる奴いないだろ」


 メガネとウィッグの変装でクラスメイトには正体がバレていないため、油断しきっていた泰だったが。


 初めて正体を見抜かれて、動揺よりも『どこから情報が漏れたのか』そればかり気になっていた。


 また、ここで正体を明かすわけにもいかなかった。


 周囲に正体が知れれば、おそらくアキとも一緒にいられなくなる。それだけは避けたかった。


 そのため、泰はあくまで嘘を突き通す。

 

「双子の兄弟かもしれないよ?」


「泰弦には家族がいないことくらいわかっているんだ」


「へぇ、よく知ってるね。あなたたちは何者なんですか?」


「俺たちは、『SJ』が大っ嫌いなんだよ。最近とくに調子に乗ってるだろ。二度と舞台に立てなくしてやる」


「そっか……最近、アイドルを狙う人たちがいるって聞いたけど……あなたたちのことなんだ?」


 泰はメガネを取ると、悪漢たちを睨みつける。


 その目が一瞬、青く光ったのは誰にも気づかれてはいなかった。


 が、その威圧感に、悪漢の一人が思わず後ずさる。


「なんだこいつ、さっきと雰囲気が違わないか?」


「アキさんたちのいない場所に連れてきてくれてありがとう。これで思う存分、僕も暴れられるよ」


「……は?」




 ***




「どうしよう、通報したいけど、とおるくんがどこに連れて行かれたのかもわからないし……」


 泰くんが連れ去られたと聞いて、三十分が経っていた。


 校舎裏を確認しても誰もいないし……私、アキは校門の前でひたすら冷や冷やしながら待っていた。


 本当なら通報したいところだけど、それは長老がダメだって言うし。


「だから言っておるだろう、あやつなら自力で帰ってくると」


 もう何度目かの長老の言葉に、苛立ちを募らせていると——。


「アキさん!」


 長老の言う通り、泰くんが校門に戻ってきた。


「泰くん? 大丈夫なの? それになんで街の方から?」


「何が?」


「だって、怖い大人に連れて行かれたって、ジンくんが……」


「ば、バイトのスカウトの人だよ。でも僕、今の仕事が好きだから、話だけ聞いて帰ってきたんだ」


「なんだ……そうだったんだ。びっくりさせないでよ、もうジンくん」


 泰くんの傷一つない様子に安心していると、ふいにジンくんが鼻を押さえる。


「血のニオイがする」


「え? ジンくん」


「ううん、なんでもない」


 そう言うと、ジンくんは無表情で泰くんを見上げた。









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