正体

「逃げましょ!」

 小川の判断は速く、私の手をつかんで、歌とは逆方向の出入り口に向かう。

 手のぬくもりを感じるだけで、私は生きる意欲が出た。

 赤い廊下を進むと、はしごが壁にかかってある。

 ほかに行く道はなさそうだ。

「私が先に行って確かめますわ!」

 小川がちゅうちょなくはしごに飛びつき、登っていく。

 早い。運動神経がいい。

 私が先じゃなくてよかった。

 私は小川の後ろをついて、はしごを登る。

 登ってみて初めてわかった。

 はしごはかなり高い。

 途中途中で、壁に穴があいているけど、小川は気にすることなく登り続ける。

「ねえ」

 小川が話しかけてきた。

 私は返事する。

「この『赤い空間』から抜け出せたら――『お友達』にならない?」

 小川はちょっと苦しそうに笑っていた。

「……私でいいの?」

「ええ。大歓迎よ。私は謝罪しなければならない相手がいますの。その子にひどいことをしてしまって……。あれだけ仲が良い親友だったのに」

 小川の悲しそうな声。

「もうその子とは友達にはなれないけど、あなたとならなれそう。こんな私だけど、お友達になってくれる?」

「はい。喜んで」

「ありがとう――うれしい」

 私と小川は笑い合う。


 か~ごめかごめ


 はしごの下のほうで、仮面の女子生徒の歌が聞こえる。

 かなり突き放した。

 これなら逃げられ……。

「うぐっ?」


 か~ごのな~かのと~りは

 い~つい~つで~や~る


 はしごのそばの穴から、にゅっと手が出てきて、私を穴に引き入れた。

 私の口は手で押さえられている。

 小川は気づかず、はしごを登っている。


 よ~あけのば~んに


「しっ! ――しゃべらないでください」

 知らない女の子の声。

 口を押さえられたまま、暗い穴の中に座らされる。

 鈍い音がして、はしごを登っている小川の体が震えた。


 つ~るとか~めがす~べった


 丸い何かが、はしごに当たった。

 目を見開いた小川の頭だった。

 鮮血を花びらのように散らしながら、落下している。

 首を失った小川の体が、はしごからグラリと倒れる。

 体が落下する寸前、上から白くて細長い手が、はしごを持つ力を失った小川の腕を、ガシリとつかんだ。


 うしろのしょうめんだ~あれ


 ズルズルと、頭がなくなった小川の体は、はしごの上へと連れていかれる――

「あっ……あっ……」

 私はいなくなっていく彼女に手をのばすけど、届かない。

 あの細長い片腕で、人間ひとり持ち上げられるなんて、女の子の力じゃない。

 私の頭はショックで、真っ白になった。

 何が起こったのか理解できない。

「罠ですよ。自分の歌を録音したスマートフォンを、はしごの下に置いといて、最短ルートで上にのぼったんです。私もやられました。当然ですよね。敵はホラーゲームでよくある知能の低いザコの怪物なんかじゃない。私たちと同じ――現代を生きる女子高生ですから」

 暗闇が私の耳元でささやいていた。

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