小川英美

 ――あれはなんなの?

 壁の向こう側から聞こえるのは、何かを引きずっている音。

 仮面をかぶり、巨大なナタを持った女子生徒が、首を飛ばした木下を運んでいる。

 音がやんだのを見計らって、私はその場から逃げ出した。

 矢印にはきちんと従っている。

 体中から汗びっしょりで、熱い息が顔全体にかかる。

 壁、壁、壁、柱と抜けていき、自分がどこにいるのか、方向すらわからなくなってきた。

「ちょっと」

 声をかけられ、足を止めた。

 私が横を見ると、赤い廊下の真ん中に、腕を組んで立っている制服を着た少女が立っていた。

 私と同じ、学生だ。

「あなた、ここの責任者の方? いったいここはなに……あんっ!」

 見知らぬ女子生徒がしゃべり終わる前に、私は彼女に抱きついた。

 怖くて全身が震えている。

 あの仮面の女子生徒以外なら、誰でも抱きつきたかった。

 私の後頭部にそっと手がおかれ、

「大丈夫? 安心していいのよ――私が守ってあげる」

 想像よりも優しい人だった。

 私は自分の行為に、顔を真っ赤にし、

「ごっごめんなさい!」

 彼女から離れた。

 その子はちょっと驚いた顔つきをしたけど――すぐに優しい笑みを浮かべてくれた。

 彼女の名前は『小川英美おがわひでみ』。


 


 例によって打ち消し線が、『小』と『英』という漢字の真ん中に引かれてある。

 状況は私と同じ。

 パソコンルームで目覚めて、赤い扉が開かず、矢印に導かれるままここにきた。

 私は仮面の女子生徒のことを話した。それに木下という出会ったばかりの子が殺されたことも……。

「そう。そんな危険なやつがいるのね……」

 小川はアゴに手をのせて考えている。

 背は私より高く、胸も大きい。気品あふれるローズの香りがする。普通の女子高生とはどこか違う。

「ここにいても仕方ないわ。矢印に従って進んでみましょ」

 小川は頼りがいのあるお姉さまだった。


 矢印に従って、赤い廊下を進んでいると、本棚が並ぶ図書館みたいな所に出た。

 本棚の間に液晶テレビが置いてあった。

 後ろのコンセントを見ると、電源につながっていない。

 アンテナにだってつながっていない。

 その液晶テレビが、なぜかニュースを流している。


『吉岡洋子さん、大学生が、学校の屋上から飛び降り自殺しました……妊娠しており、ノイローゼだと思われます……友人の話では、近々結婚する予定で……女の子の赤ちゃんの名前は吉美と名付ける予定だったそうです……旦那さん……千神真川さんは小さい頃両親を亡くし……ショックを隠しきれず……』


 誰かわからず、小川を見る。

 小川は首を横に振る。

 なんでこんなニュースを?


『かごめかごめという歌がありますが、実は、怖い意味がある……「かごめ」は妊婦、「かごのなかのとり」は胎児、「つるとかめがすべった」は誰かに突き落とされて流産してしまった……「うしろのしょうめんだれ?」とは、いったい誰がつきおとしたの? という意味で……』


 か~ごめかごめ


 私と小川は飛び上がった。

 この透き通った歌声。

 あの仮面の女子生徒がくる。

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