第139話 第4部第7話
王立学園新入生向けの伝統的なイベントである4泊5日のオリエンテーション合宿。
これは各クラス別にタッシュマン王国内の各地へ遠征し、その遠征先でクラスの親睦を深めるための行事。
というようにここまで見ると良くある新入生向けのイベントに思われるが。
「……これはただのガチ行軍なのでは?」
オリエンテーション初日。学園の大講堂に集められた新入生たちはその場でいきなり一人あたり20kg程の背嚢を渡されて各クラス別に行き先を告げられる。
遠征先が最も近い下位クラスでも王都からおよそ100km先。ジェズ達の第1クラスは王都から最も離れた200km先のエルドア湖/ティリス森林帯が目的地として設定されていた。
このエルドア湖/ティリス森林帯は王都からの距離が程よい事もあって王侯貴族含めた王都民の避暑地となっているが、野生の魔物の出現スポットでもあった。
この遠征で新入生達が教師陣から伝えられたシナリオは、とある地点で魔物が突如発生。2日以内に現地へ救援へ向かい魔物を討伐せよ。なお4日後には本隊の増援が到着予定なのでそれまで持ち堪えるように、というもの。
シナリオとはいえ、現地到着後は実際に魔物を狩る事になる実戦演習である。
この合宿。タッシュマン王国の伝統行事なだけあって新入生たちもその内容は耳にしていた。
この合宿の目的はいくつかある。まず第一に実戦さながらの演習を実施することで新入生が自分自身や自クラスの級友の得意不得意や実力を知る機会を提供すること。
そしてしっかりした負荷を一年生にかける事で目指すべき高みを意識させること。
更に実際に各地で魔物の討伐をさせる事で早いうちに実戦デビューさせること。もっとも、学生の多くは既に実戦経験済みであり一部の留学生や非戦闘職志望の面々向けといったところではあるが。
最後の目的。それはタッシュマン王国内の魔物の一斉討伐である。タッシュマン王国は北、東、南の最前線より向こう側に多くの魔物が発生するが国内にも魔物がいないわけではない。
国内の特に王都近郊で魔物が発生しうるスポットを毎年この時期に綺麗に片付けるためにこのオリエンテーション合宿は活用されていた。学生のためにも、国のためにもなるという一石二鳥なイベントだった。
この合宿、比較的危険度は低いものの実際に民草の役に立つ演習でありオリエンテーション終了後には王都民から学生たちへと有形無形の形で感謝が贈られる。
ここで学生たちは自分たちの能力や働きが人々の生活に直結している事を意識する。その意味でこれらは将来の国の安全保障を担う学生たちへの意識づけという意味でも非常に大事な意味を持つイベントであった。
なおこのオリエンテーション。流石に学生だけに任せている訳ではなく、第1軍団の一連隊1500名がフォローに入る事になっていた。
第一軍団の三つの連隊が毎年持ち回りでオリエンテーションの支援を担当。第1クラスから第10クラスまでのそれぞれに百人隊がフォローに付き、残り5つの百人隊が各地で遊撃的に動いて不測の事態に備える。
そして成績は現地への到着までにかかった時間、その後の魔物の討伐量で評価される。このオリエンテーションの成績は既に翌年のクラス編成のための参考成績となる。最初から全力で行くのが王立学園のやり方だった。
大講堂に集められた生徒たち1000名、全10クラスへの説明が完了するとその場でオリエンテーションが開始。
生徒たちには必要な装備がまとめられた20kgの背嚢が与えられているが、それに加えて各クラス別に軍用馬が50騎、そして軍用馬車が1台づつ与えられていた。
これらの装備を学園から受け取った各クラスはそれぞれ行動を開始する。
・ ・ ・
第1クラスの面々は一度教室へ戻り行軍などの作戦会議を行っていた。進行はエリン・セイラー。そしてミリアムもエリンと共に教卓へ上がり議論をリードしていた。
ジェズは大教室の窓側後ろの方でぼーっと教室内の様子を眺め、その隣ではヴィクターが何やらノートに熱心に書き込んでいる。セラフィナはジェズの後ろの席からジェズの髪をくるくると弄っていた。
「改めて確認するよ。今回の私たちの目的地はエルドア湖/ティリス森林帯。ここから約200km。2日以内にこの距離を踏破した上で、そこから更に2日間の魔物の討伐と防衛戦を実施する必要がある」
クラス全員に語りかけるエリンの言葉に全員が頷く。
「みんなもわかってると思うけど、支給された軍用馬50騎と軍用馬車一台ではこの人数で2日で200kmの踏破は難しい」
これについても全員が頷く。一般的に強化魔法を使った歩兵の一日の行軍距離は40kmから60km程度。騎馬だと魔法を併用すると100km前後。
したがって100名のうち騎馬が50騎しかない場合は2日でよくて120km程度しか行軍することはできない。
第10クラスなど下位クラスの遠征先が王都から100km地点というのは、この辺りの事情も踏まえてである。
ではエリン達の第1クラスはどうすれば良いのか?答えは簡単。
「という事であらかじめ想定していた通り軍馬と馬車の足りない分ははセイラー家とストーンウェル家中心に準備しておいたわ。費用の方は今回の演習で討伐した魔物の報酬から払うようにしましょう」
この演習、王立学園名物なだけあって生徒側もそれなり以上に準備している。そしてこの演習の肝は“支給品以外でも使えるものなら何でも使ってOK”というポイントにあった。
文字通りルール無用で目的が達成されるならば手段は問わない、使えるものはなんでも使え、というのがタッシュマン王国である。
特に第1クラスは例年王侯貴族や裕福な家系の出身者が必ず配属されているためにこういった無茶な課題設定がなされていた。そして情報収集も大事な軍事演習の一環である。
昨年度の先輩や教師陣から事前に必要な情報を集めることは特に禁止されておらず、むしろ奨励されていた。
このような背景があったためにエリンやミリアムを中心としたメンバーは事前にかなりの準備を進めていたのである。
さぁ、装備を整えていざ出陣、という雰囲気が教室に満ちる中。
「……えっと、ちょっと良いかな?」
ジェズの横で何やら熱心に計算していたヴィクターが立ち上がると教室中に語りかける。珍しいな?と思いつつもジェズも話を聞く。
「みんなの魔力量と行軍速度を考えると全員が騎乗して、かつ荷物も軍用馬車に載せたとしても2日で200kmは厳しいんじゃないかなと思うよ」
そういうとヴィクターは学園から支給された背嚢とは別に持っていた自分のカバンの中からゴソゴソと何かを取り出すと。
「という事で僕特製のマジックポーションを持ってきてるから、これを10倍に希釈してみんな飲んでくれる?これで多分魔力はしっかり保つと思うよ」
そう言って前髪野郎は教卓まで進み出るとミリアムに10本のマジックポーションを渡した。
教室中の全員が「さすがアルケミス家」やら「なんだ、意外と良いやつじゃん」と言いながらもポーションを希釈しそれぞれがそれを口に含もうとする中。
「くふっ」
という不穏な笑い声をジェズは聞いた気がした。
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