第137話 第4部第5話

王立学園入学式終了後。誰かに絡まれる前にさっさと寮へ帰ろうとしたジェズだったが、道に迷った挙句に謎のお子ちゃま達に絡まれていた。


「さぁ、リリー!やるぞ!!」


迷子らしき子供達を見つけたのでただ純粋に大丈夫かと思い声をかけたのだが、その結果としてクソガキ共に殴りかかられていた。


全く王都の情操教育はどうなってるのか?ジェズは呆れながらもちびっ子達の攻撃をヒラヒラ躱し、受け流していた。さすがにこんな子供に遅れをとるような鍛え方はしていない。


ちなみにレネとリリーはなぜこんなに血気盛んだったのか?これは幾つかの要因が重なっていた。


まずレネとリリーはラムセス王や第2王子のレヴィスに黙って抜け出してきており、かつ道に迷っていた事で軽くテンパっていた。要するに大人に怒られるんじゃないか?と思っていたのである。


さらにレネやリリーは立場が立場であったために、幼い頃から知らない人に声をかけられたら絶対についていかないこと。なんなら相手は不審者だと思って良いからまず身を守ることを最優先にしなさいと教えられていたという背景がある。


これらの事がダメな方に組み合わさった結果としてレネとリリーは人気が少ない貴賓室エリアの廊下で急に声をかけてきた不審な男に正当防衛として殴りかかったのであった。


ジェズとしては完全にただの厚意のつもりだったのだがとんだ災難である。


しかもさらに面倒なことにこのお子ちゃま二人組、普通に強い。体も出来上がっていないし技術もまだまだ未熟だが、動きの端々に確かに訓練を受けている形跡が見て取れる。


何よりも二人のセンスがすごい。


リリーと呼ばれている女の子の方は前衛としてこちらの注意を惹きながら手堅い攻撃を加えつつ、本命の攻撃に繋げるためのフォローに徹している。


そしてレネと呼ばれている方はそんなリリーが作り出した隙を見事に活かしてこちらに攻撃を加えてくる。


この年齢でここまでの練度。下手したらそこら辺の新人軍団兵クラスなのではないだろうか?


しかしまぁ、相手が悪かった。


ジェズ・ノーマン。幼くして生まれ故郷のウィスト領を魔物のスタンピードで失うもなんとかその身一つで生き抜き、そして拾われたノーマン家で約8年、人類最強の男に師事してきた男。


弱冠16歳にして、ジェラルド・ノーマンがその実力を認め、正式に相続権を持つ養子にならないかと聞いてきたほどの実力者。ちなみにその話はジェズ自身が断ったのだが。


何にせよジェズのその戦闘能力は16歳にしてすでにかなりの高みにあった。潜ってきた修羅場が違うのだ。


そんなジェズに絡んだお子ちゃま達が敵うわけもなく。ただひたすらに攻撃を加え続けること約5分。その尽くの攻撃を躱されたレネとリリー。


二人は既に息を切らし、滝のような汗を流しながらも肩で息をしつつジェズを睨みつける。


「……リリー、こんなモブ学生風情でもこんなに強いのか!?」


「……わかんないけど、めちゃくちゃ強いね!いつもお城の人たちは私たちにだいぶ手加減してたってことなんじゃないかな?」


などと二人はたまたま遭遇した学生服を着た不審者を睨みつけるが、状況は変わらない。さすがにこれ以上やると怒られるだけじゃすまない気もするが……


「リリー、魔法を使うぞ。身体能力だけではこの男は倒せない」


その一言と共にレネは腰に下げていた儀礼用の短剣を構えると一気に魔力を込める。その間、リリーはレネを守る位置どりでジェズに相対しつつ攻撃を続ける。そして。


「はぁっ!!!!!」


魔力を十分に込めた短剣。そして身体強化魔法。当時のレネが使いうる最高の接近戦コンボを使ってジェズに襲いかかるが。


そんな様子を見ていたジェズはため息を吐きながらも右半身で構えを取ると。


「ノーマン流戦技 バッサイ初段」


素人では目で追うのが難しい速度で踏み込んできたレネの短剣を流れるように掬い上げて弾き飛ばすと、そのまま足払いをかけて彼女の体勢を崩し、さらに腕を掴んでそのまま関節を極めて制圧する。


あまりにも流麗な連続技に一瞬何が起きたのか理解できないレネとリリー。そんな二人が何か言おうとしたまさにその時。


「はいはい、そこまでにしようか?」


割って入ってきたのは第2王子にして生徒会長のレヴィス・タッシュマン。苦笑いしながらもジェズ達に近づいてくる。


彼を見たジェズはレネの拘束を解きその場に跪こうとするが。


「あぁ、この学園ではそういうのは不要だよ。いちいちそんな事してたら時間の無駄だからね。それにしてもノーマン君、さすがだね。レネとリリーは大丈夫かい?」


ジェズは少し前から気づいていたのだが、やや離れたところからこの第2王子とそのお付きの者達がジェズとレネ達の戯れを興味深そうに見ていたのだ。


「すまなかったね、ノーマン君。最近この子達は少し伸び悩んでいたみたいだったから何かのきっかけになれば良いと思って黙って見させてもらったよ」


そんな事を和かな表情で言うレヴィス殿下。この雰囲気。噂の第2王子はなかなかに喰えない人物かもしれないと思いながらこれまたゲンナリするジェズ。


何か余計な事を言われるかと一瞬身構えたジェズだったが。その様子を見たレヴィスは少し笑うと。


「そんなに身構えなくて大丈夫だよ。ほら、レネにリリー。父上達が探してるから戻ろう。ノーマン君もまたね」


そう言ってにこやかに手を振るとそのまま去っていた。レネとリリーは何かを言いたそうにしながらも大人しくレヴィスにそのまま着いていった。


そしてその後。この日にあまりにも軽く捻られたレネとリリーはより鍛錬に精を出すようになり、その才能に磨きをかけていくことになる。


なおこの日の事はレネとリリーもなんとなく覚えているのだが、相手の名前を聞いてなかった事やこの後にラムセス王や王妃に怒られた事でジェズの存在はすっかり忘れていた。


ジェズの方もこれから始まる怒涛の3年間の学生生活の初日にちびっこに絡まれた事など早々に記憶の彼方の出来事となる。


……こんなにしっかりした「私が強くなれたのは貴方のおかげ」イベントがレネにも存在していた事を忘れていたのはリリーちゃん最大級のうっかりではあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る