第135話 第4部第3話
王立学園大闘技場で行われる入学式。そのイベントの開始時間まで待つべく貴賓室で過ごす今年度の成績上位者達。
ジェズは部屋の隅の方にあるソファーセットで一人でぽつんと過ごしていた男子学生に暇潰しもかねて声をかけていた。
「アルケミス?という事は君が座学と魔法で1番だった?」
「……うん、そうだね。そういう君は武芸と面接で一位だったんじゃない?」
ジェズにヴィクター。お互いにその名前を入試の結果で見た記憶があった。総合点をのぞいて各科目一位を分け合っていた二人。
当然覚えようとせずとも名前は記憶に残っていたのだ。それをきっかけにして雑談が始まるが基本的にはジェズが会話をリードし、ヴィクターがぽつぽつと答えるという形。
このヴィクターという男子学生、どうも非常にシャイな性格らしい。というか話を聞いている感じでは研究や趣味に没頭して引き篭もりがちというか、そもそも他人と関わる事が多く無いようだった。
本当であれば王立学園にも通うつもりは無く、アルケミス家の地方の別邸で引き続き自由気ままに魔法や魔道具を探求したかったらしい。
しかしヴィクターはどうやらアルケミス本家の血筋らしく、王立学園を卒業してアカデミーへ就職するように一族の頭領から言われて仕方がなく王都まで戻ってきたとのこと。
アルケミス本家。錬金術の始祖の家系でありタッシュマン王国どころかアゼリオン大陸の各国に分家が存在するようなガチの名家である。
そんな家柄の本家ともなれば色々と制約があるのだろう。ジェズは自身が養子である事を色々と気にしているのだが、それ以上に大変そうなやつもいるもんだと密かに同情する。
しかし仕方がなく受験して魔法と座学で一番を取ってしまうのだからこのヴィクターという人間もまた天才というか異才の類いなのだろう。ジェズが勝手に納得していると。
「……ふーん?一位を取った人たちは早速仲良く高みの見物でもしているのかな?」
ジェズとヴィクターが部屋の隅で話している事に気づいたエリン・セイラーが近づいてきて早々に嫌味を言ってくる。
ヴィクターはそんなエリンの雰囲気に若干びびり、ジェズはゲンナリした気分でため息をつく。なんでこの女はこんなにトゲトゲしいんだか。
「何か用か?セイラーさん」
「いいえ、別に。ただ二人がどんな話をしているのかなって気になっただけ」
「それは私も気になるわね」
エリンがジェズとヴィクターに絡んでいると更にもう一人の女子生徒が会話に入ってくる。彼女は確か。
「私はミリアム・ストーンウェル。よろしくね、ノーマンくん。それから久しぶり、ヴィクター」
話しかけてきたのはミリアム・ストーンウェル。総合2位の秀才で魔道具に強いストーウェル男爵家の出身。
エリンが王都の上級貴族の子弟のまとめ役であるとしたら、ミリアムは下級貴族の子弟のまとめ役。
エリンもミリアムも共に王都出身ではあるのだが、貴族階級に差があったためこれまでは直接的な関わり合いは多くなかった。当然互いに名前は聞いたことがあるし、何度かこれまでにも会った事がある。だがその程度の関係性だった。
補足するとタッシュマン王国の爵位は比較的一般的。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵となる。これらに加えて侯爵以下、伯爵以上のポジションで辺境伯があり、一代限りの名誉騎士爵などもある。
平民から軍団長など軍の高官になった者は自動的に名誉騎士爵やそれ以上になるケースもある。
エリンのセイラー家は伯爵であり、彼女は伯爵位以上の同世代グループのまとめ役だったのだ。ちなみにジェズのノーマン家は辺境伯。そしてアルケミス本家は何気に侯爵家だったりする。
話を戻すと王立学園は階級など関係ない完全な実力主義の学校。ここに来て初めてエリンとミリアムは同じステージで争う事になったという訳だ。
さらにストーンウェル家は古くからの魔道具の名家である。錬金術師の名家であるアルケミス家とも当然親交があり、言ってしまえばヴィクターとミリアムは幼馴染のようなもの。
しかしヴィクターは王都のアルケミス家本邸を離れて地方の別邸で過ごす事が多かったためにそこまで深い付き合いがあった訳では無い。
ただいずれにせよ、今年度の総合1位と2位、そして各科目の1位を独占した四人が一箇所に固まったのだ。部屋中の者達がそれとなく様子を伺っていた。
王都出身で上級貴族の子弟のまとめ役、親が宰相になるという噂もあるエリン・セイラー。
同じく王都出身で下級貴族の子弟のまとめ役、魔道具の開発から流通まで含めて大商会などの財界とも繋がりが深いストーンウェル家のミリアム・ストーンウェル。
詳細は不明だがあのアルケミス家の麒麟児との噂もあるヴィクター・アルケミス。実際に座学と魔法は圧倒的な成績だったらしい。
そしてタッシュマン王国最激戦区の北部戦線を守る第2軍団軍団長にして人類最強の男、ジェラルド・ノーマンの息子であるジェズ・ノーマン。武芸で1番というのは順当だろう。……ただし面接でも一位だったのは採点していた教師陣も戸惑ったらしいが。
なんにせよ本人の実力もさることながら、実家も影響力が大きな四人が揃ったのだ。まず間違いなくしばらくはこの学年はこの四人を中心に動いていく事になるだろうと思える組み合わせ。
全員が気にするのも無理はなかった。周囲が固唾を飲んで見守る中、静かにエリンやミリアムに絡まれていた前髪男はぽろっと呟いた。
「……えっと。王都の同世代は本当に程度が低いんだね?あんなに簡単な試験で逆にどうやったら間違えられるのか教えてくれないかな?興味があるよ」
それを聞いたエリンはにっこり微笑み、ミリアムのこめかみには血管の怒りマークが浮かび、ジェズは天を仰いだ。……なるほど、このギャルゲ主人公的前髪野郎は中身がとんでもないらしい。
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